本当の私って、なに?
よろしくお願いします☺
例えば、当たり前にやっていることが周囲から見れば、当たり前ではなくて。
その時、あなたは何を思いますか?
私はそんな“異常”な家で、育ちました。
朝。
目覚ましのなる部屋で、一人の少女は飛び起きた。
「眠…」
寝ぼけ眼を擦りながら、制服をクローゼットから取り出して。
「ふあぁぁー」
色気もくそもない、大欠伸をする。
「…」
―…黒橋沙耶。年は、17。
漆黒の長い髪と、漆黒の瞳を持つ、平凡な女子高生。
髪は高く結い上げ、香水とか、女子力高そうな人たちがつけるものは身に付けない女。
否、興味がない女。
「はぁ…」
今日は、始業式。
高校二年生活の始まりの日。
だが、当の沙耶は、やる気なし。
「校長の話、長いだろうなぁ…」
訪れる未来にため息をつき、制服に袖を通せば、丁度良い具合にノックされるドア。
「―…沙耶、起きてる?」
「んー」
ちゃちゃっと制服を着終え、ドアを開ければ、柔らかく微笑む母親が。
「おはよう、沙耶」
沙耶と同じ漆黒の長い髪と、漆黒の瞳を持つ母親。
黒橋ユイラ。父の最愛の妻であり、絶世の美貌をもつ(父親談)沙耶の母親。
彼女は微笑みながら、沙耶に手を伸ばす。
「おはよ、お母さん」
挨拶を返せば、伸ばした手で沙耶の頭を優しく撫でるお母さん。
「寝癖がついていたわよ?」
魅力的な母親はそう言って、沙耶の寝癖を直すと、
「下、皆いるから。私は、健斗を起こしてくるわね」
と、沙耶の部屋よりも奥の部屋へと進んでく。
「ほーい」
お父さんがまだ寝ているということは、お母さんが起こしに行ったとしても、絶対に起きてこない。
それは、分かりきっていること。
父さんの“あっち”が目覚めて、“甘え”が始まるから。
「あ、おはよ~沙耶」
「湊、来てたの?」
「うん。昨日…いや、今日?仕事でね。午前二時とか、本当に殺す気かよってね…ま、暇だったから良いけどぉ~」
階段を降りていると、下からかかった声。
チャラ男全開な彼は、沙耶の父親の幼なじみであり、仕事の部下である夏川湊。
彼女はおらず、仕事のためだけに女関係を渡り歩いている男である。
「お父さん、仕事していたわけ?珍しいね、お母さんを置き去りにしてまで…」
沙耶の父親であり、母親のユイラを溺愛している黒橋健斗は、どこへ行くにも、ユイラを連れていく。
そんな彼が朝早くから、母さんをつれずに動くことは緊急の場合、あり得ない。
そんな沙耶の予想通り、湊は笑う。
「健斗が動くわけないじゃん!メールで俺が動いたんだよ。本当、勘弁してほしい~お陰で、寝不足…」
「どうせ、女の人たちと過ごしてたんでしょ?それで寝不足とか…あの雰囲気じゃ、昨日の夜もお父さんとお母さんは蜜月だったわけね」
結婚して、少なくとも、20年以上経つのに、ラブラブな両親。子供としては喜ぶべきなのだろうが、どうもこう…釈然としない。
「うん、そうみたいだよ~まぁ、昨日はユイラが発作を起こしたしね。仕方がないと言えば、その通りなんだけど。ところでさ、沙耶、学校、何時から?」
「8時」
時計を見れば、現在、6時45分。
「お、意外とゆっくりできるね」
湊がそう言ったときである。
「…ただいま」
がちゃりと玄関が開き、現れたのは二人の兄。
兄といっても、義兄だが。
健斗とユイラの子供としては沙耶しかいないが、ある理由から戸籍上は健斗の息子ということになっている一人の兄。もう片方の兄は猶子に父親が取っているので、事実上、二人は沙耶の兄ということになる。
「沙耶、おはよ」
頭を小突かれて、顔をあげると戸籍上の兄、黒橋大樹が沙耶の側に立っていた。
「おはよ、大兄ちゃん。…また、春ちゃんのところにいたの?」
春ちゃんこと小栗小春は、近所に住む大兄ちゃんの幼なじみであり、面倒見が良く、密かに大兄ちゃんに恋心を抱いている可愛い人である。
悩んでいると話を聞いてくれるし、こうやって、大兄ちゃんがどんなことをしても、彼女は受け入れている。
「ああ」
そんな春ちゃんの事情を全く知らずに、兄はいつも通りに頷いた。
「勇兄ちゃんは?」
隣に立っていたもう一人の兄、松山勇真に視線を滑らせる。
「俺は麻衣子のところにいた」
パーカーを脱ぎ、大欠伸する勇兄ちゃん。
「…それは、本当の彼女かな?それとも、また、遊び?それと、大兄ちゃんにも言っているけど、いい加減、女遊び止めな。相手がいないなら、あれだけど…二人には、春ちゃんと麻衣ちゃんがいるんでしょ?」
麻衣ちゃんが勇兄ちゃんにとって、どれだけ大切な存在なのかは分からない。
分かるのは、大兄ちゃんが春ちゃんに依存しているということ。
「麻衣子は、大事にしているつもりだ。女遊びも止めた」
「俺だって、やってねーよ。春がいながら、できるわけねーだろ」
結婚という気配すらならない、共に28歳の義兄達。
「ま、結婚はお互いを縛るものだからね。二人がよく考えてからで良いんじゃない?」
縛られるのが嫌いで、一生涯、結婚するつもりがない湊は、台所から朝御飯を運んできた。
「そうでしょ?沙耶」
湊と一緒ということに不本意だが、沙耶も一生涯、結婚するつもりがない。
「そうだけど」
理由はいろいろあるが、最も強い理由としては、これ以上、周りを悲しませたくないことが理由。
結婚という単語を聞くたび、思い出すのは過去。
「それに、二人は二人なりにちゃんと考えてるよ。もうすぐ三十路にはいるし?」
どこか楽しそうな湊は、グリグリと勇兄ちゃんの頭を撫でた。
「…湊さん、何でそんなに楽しそうなんすか」
「え~?だって、生まれたときから知っている子供が、三十路だよ?三十路!なんか、感慨深いじゃん?」
そう言う湊は、今年で48歳。
彼は、中学生の時から父に仕えている。
「…言われてみれば、そうだね」
大兄ちゃんが生まれたとき、計算すれば、湊はまだ、
20歳だったということだ。
健斗が現在、51歳だから…
3歳差の幼なじみということになる。
「湊も年、取ったしね」
「やめて、沙耶。若干、傷つく」
外見が相変わらず若々しい湊。
幼なじみから言えば、美貌の両親。
正直、沙耶からすれば、どうでも良い。
「春ちゃんのところに行って、学校行くから」
ご飯を作ってくれたであろうお母さんに聞こえるはずはないが、一応、お礼を言って、玄関に向かう。
天井は高く、玄関はバカ広いらしいこの家。
「待て、沙耶、弁当!」
「あ。ありがとー、大兄ちゃん」
ヨレヨレの服を着た大樹から、沙耶は弁当を受けとる。
「遅くなるのか?」
「んー、どうだろ。分かんないや。でも、遅くなるときは、連絡するから」
黒髪短髪、母親がイギリス系ハーフで父親が日本人の大兄ちゃんの瞳は、黒と青のミックスになっていて、とても魅力的。
「ちゃんとしろよ!」
大兄ちゃんの後ろからついてきた勇兄ちゃんは、そう叫ぶ。
勇兄ちゃんは純日本人なので、大兄ちゃんとは違い、漆黒の髪と漆黒の瞳を持っていたはずだが、染めたらしく茶髪になっていて、瞳は変わらず、漆黒。
既に亡い、両親から受け継いだものを一部は残していたくてと彼は、昔、語った。
そんな勇兄ちゃんのお母さんは、勇兄ちゃんを生んですぐに亡くなり、健斗の幼なじみであった勇兄ちゃんのお父さんは、事故で亡くなったそうだ。
おまけに沙耶が幼い頃、死にかけていたのを見かけたあの日から、勇兄ちゃんは超過保護になった。
「分かったってば。勇兄ちゃんったら、心配しすぎ」
シスコンな彼等。
過去のこともあると思うが、女子高生になっても、ここまで心配されるとなんだかいたたまれない。
「お前は自分のことに無頓着過ぎるから、心配なだよ…頼むから、無茶だけはするなよ」
過去のことがなければ、軽く笑い飛ばすことができたであろう。
けど、ここは“異常”な家だから。
顔面偏差値が無駄に高いらしい家族を見ながら、沙耶は呟く。
「…学校行くだけなんだけど」
時刻は7時過ぎ。
部活も入っていないし、彼氏なんかもつくる気のない沙耶にとっては少しだけ、早い時間。
「…沙耶、勇真の言うことを聞いてやれ。じゃないと、学校にいかせてもらえないだろ?」
「…それも、そうね」
「いや、俺の扱い、雑じゃね?」
大樹の言葉に沙耶が頷けば、勇真は不機嫌そうに言った。
年頃の反応ではないそれに、沙耶は吹き出す。
「あははっ、ごめんごめん。でも、本当に大丈夫だから。行ってきます!」
ローファーを履き、振り向けば。
兄達は優しく笑った。
(…優しすぎるんだから)
家をでて、少し先の大通りを目指す。
高級住宅街に建つ沙耶の家は、その周辺より一回り倍にでかく、注目を集めることがある。
一言で言うところの豪邸。
今頃、妻を襲っているであろう父親の健斗は、この国でそれなりに名のある権力者である。
まず、世界経済の中枢、姫宮家。
関東一極道、“帝王”悪の街支配者、焔棠家。
ホテル、商社、飲食店などその経営は多岐に渡り、各界の人脈は姫宮並み。
日舞としても名を馳せる家で、極道の仲介役も請け負っている。光と闇の世界の狭間で、警察と動き回り、闇からの光への侵入を防ぐ家、御園家。
この国で誰でも知っていると言えば、この三家か、建築専門の藤島グループだろう。
藤島は御園ほどではないが、それなりに大きなグループで。
最近も御園との共同でホテルが作られて、完成したとテレビで言っていた。
(…嫌いだけど)
沙耶が結婚しない理由、
母親の発作持ちになった理由、
それはすべて、藤島グループのせい。
父の健斗は藤島グループで過去に働いていたが、あることを境に、現在は、自身で作った会社でどんどん業績を伸ばしている。
名前を出せば、すぐに出てくるまでぐらいになった黒橋グループ。
主に御園の下につくグループであるが、父さんの手腕は恐ろしいもので。
海外を飛び回りながら、いろいろな契約を取り続け、今や、御園のトップとも顔見知り。
すごいことなんだと会社の社員たちが騒いでいたのを思い出す。
そんな、藤島グループの娘であった、お母さん。
幼い頃に捨てられたお母さんの不遇な人生。
それを救った、お母さんを捨てた藤島グループの社長に深く信頼されていたお父さん。
お母さんを愛しているからという理由だけで、会社を止め、自分の会社をつくり、それをどんどん大きくしているお父さんの人生なんて、それこそ、波瀾万丈。
本気で物語として発売しても、違和感無く、虚構と思われる話ばかり。
そんな人が自分の父親だと知ったとき、自分の身の上を一気に理解した。
沙耶の家があるこの街から、車で一時間ちょっとの街。
焔棠の治める、悪の街。
そこには、焔棠、御園、姫宮の本家がある。
その街から、すべてが始まったその三家は、今や、憧れの存在。
知らないものはいないと言われ、誰もが興味と恐怖で語り合う。
そんな闇の存在である焔棠の他にも、勿論、闇に生きている者たちは沢山いる。
父さんの実家も、元は闇に生きている者たちの集まりだった。
今となっては、既に跡形もなく、お父さんが消し炭にしてしまったので存在はしていないが、間違いなく、お父さんは闇に生きるものたちの血を引いている。
極道の息子として生まれ、父親を憎み、実家を跡形もなく、父親と共に消したお父さん。
その後は、藤島グループの会社に入り、実力だけでのしあがって、社長のお気に入りに。
暫くすると、社長の娘との縁談を持ちかけられ、それに仕方なく応じるも、当の娘本人が拒否し、駆け落ちすると言い出したので、その娘を戸籍上の妻として、その恋人と共に引き取り、結ばせた男。
自身の家に二人を住まわせ、戸籍では、二人の息子として生まれた大兄ちゃんを自分の子供ということにし、時が経って、すべてが社長に露見すると、キャリアとかをすべて捨てて、会社をやめ、自分で会社を作った男。
会社をやめた後も相変わらず、二人を匿い続け、ある日、運命の出会いを果たす。
死を望むボロボロになるほどに心が砕け散った、漆黒の姫に闇の中で出逢い、それが匿っている社長の娘と双子だったことを知ったときに、狂気に顔を歪めたらしい父は、漆黒の姫ことお母さんを傷つけた奴等を塵一つ残らず、殲滅したと聞いている。
父の狂気は、計り知れない。
ただ、一般人ではない。
ハーフだったお母さんと、社長の娘。
捨てられたお母さんと大切に育てられた社長の娘。
地獄を見たお母さんと幸せだった社長の娘。
双子なのに、ここまで違った扱い。
それは、何故か。
聞かなくてもわかる。
だって、そのせいで、
沙耶が慕っていた王子さまは、
王子が愛していた社長の娘ことお姫様は、
消えてしまったのだから。
クオーターの自分。
極道の血をひいた、社長の娘の自分。
顔面偏差値が高いらしい、兄二人。
“異常”だけど、優しい両親。
恵まれた生活。
何でも持っている私。
…そんな自分が大嫌いだ。
私は、彼等から奪ったのに。
―…黒橋沙耶。年は、17。
結婚願望全くなし。
夢なし、欲無しの女子高生。
私のすべき事は…
いなくなった、お姫様を見つけ出すこと。
そして、自分の罪を忘れないこと。
私は、兄から大切な人を奪って、
両親を悲しませた。
(…忘れるな)
あの日から、何度も繰り返す。
声が枯れるほどに、何度も、何度も。
『ごめんなさい、私のせいで、ごめんなさい―…』
ありがとうございました✨