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 あれから目まぐるしい日々が続いた。


 あの日、魔人召喚とやらで召喚された沙弥は騎士団に連れて行かれ訳の分からないまま様々な検査を受けさせられた。

 その結果本当にただの人間であると証明され、沙弥を捕らえたウォーレンと言う隊長から土下座せんばかりに謝り倒された。

 そしてウォーレンが隊長を務める聖騎士隊のメンバーの他に、騎士団長やら魔術師団長やら、とにかくお偉方に囲まれての事情聴取が始まった。


 そこで分かったのが、ここは沙弥がいた世界とは違う世界だという事。……ここまで常識では考えられない事態が続けば割と素直に受け入れられた。

 むしろ驚いていたのは周りの人たちで、異世界から誰かを召喚できるなど夢物語だったはずだと、特に魔術師団長が鼻息荒く質問してきた。

 しかしどうやってこちらの世界に来たかなど沙弥が聞きたいくらいで、お互い疑問の残る結果になった。

 

 さらなる疑問は沙弥がウォーレンに触れると穢れが吸い出される事だった。

 聖騎士と呼ばれる者たちだけに蓄積される穢れと呼ばれる毒のようなものが、沙弥が触ると吸い出されるのだ。

 吸い出した沙弥本人に影響は全くなく、しかも吸い出せるのは何故かウォーレン限定。恐らく最初に吸い出したのがウォーレンであったため、ウォーレンの魔力しか反応しないのではないかと魔術師団長が言っていた。


 諸々の話し合いが終わり、残った問題は沙弥がこれからどうやって生活していくかであった。


 召喚した側のこちらが悪いと、騎士団長は沙弥の生活は保障すると請け負ってくれたが、正直いつまでも養ってもらうのは嫌だ。仕事が欲しいと言ったところ、ウォーレンから「ならうちのメイドとして雇いたい」と言う申し出があった。

 なんでも聖騎士隊長に昇進し、一人で住むには大きな屋敷を与えられたが仕事が忙しくメイドを雇う暇もなく、だいぶ家の中が荒れてきたのでいい加減誰か雇わなければと思っていたところだそうだ。

 部屋も余っているから空いてる部屋に住めばいいし、事情を知っているウォーレンが一緒ならフォローも出来る。こちらの世界の事を教えながら生活も出来るから悪い話ではないはずだと、やたら熱くプレゼンをされた。たぶん最初に沙弥を魔人と勘違いして乱暴に扱った事に対して罪滅ぼしみたいなもんかなと納得し、沙弥はその話を有難く受け入れる事にした。


 周りにいた他のメンバーはやたらニヤついた顔で意味ありげな視線をウォーレンに送っていたのは気にしない。こちらは右も左も分からない世界でこれから生きていかなければならないのだ。この世界に慣れるまで、自分に好意的な人物の傍で生活した方が何かと楽だろうと打算が働いたのも否定出来ない。


 そうと決まればその後はあっという間にウォーレンが全ての手続きを済ませ、気づけばウォーレンの家にいた。いろいろな事があり過ぎて感覚が麻痺してきてこの辺りの記憶が飛び飛びだ。

 

 家の事は追々出来るようになればいいからと、その日はウォーレンが急いで整えてくれた客間でゆっくり休むように言われ沙弥はそこで初めてこちらの世界に来て一人になった。

 一人になり、自分の置かれた状況を改めてよく考えられるようになった沙弥は自分が異世界に来た事、戻れる可能性は限りなく低い事、今後の事など、今日話した様々な事の理解がやっと追いついてきた。

 それと同時に涙が次々と溢れて止まらない。

 

 親、兄弟、友達と、沙弥にとって大切なものは全てあちらにあるのだ。こんな何の覚悟もなく、別れの言葉もないまま突然離れ離れになるとは思っていなかった。

 元の世界に置いてきた沙弥を取り巻く全ての思い出が沙弥の心を引き裂くようだった。


 必死に声が漏れないように口を押さえながら泣き続けていると、ウォーレンが静かに部屋に入ってきて何も言わず沙弥の肩を抱きよせ寄り添ってくれた。


 そんなウォーレンの優しさに触れ、沙弥は張り詰めていた糸が切れウォーレンに八つ当たりをしてしまった。


 ーーなんで私なの。

 ーーなんで私がこんな目にあわなきゃならないの。

 ーーこっちの世界の人間が間違って呼んだりするから。自分勝手に呼んだりするから。

 ーー同じ世界の人間のウォーレンも同罪よ。

 ーーどう責任取るつもりなの。


 落ち着いて考えればウォーレンは全然関係がないのは分かってる。でもこの時はただ行き場のない怒りをぶつける相手が欲しかった。だから都合良くその時傍にいたウォーレンに当たってしまったのだ。


 でもウォーレンは文句も言わず沙弥が感情的に吐き出す言葉を受け止め、それから沙弥を抱き締めてずっと謝ってくれた。


 ーーすまない。

 ーーいくら謝っても許される事じゃないのは分かってる。

 ーーせめてもの償いに俺が一生傍にいて面倒を見る。

 ーーだから結婚してほしい。




 「…………は? 」


 干からびてしまうのではと思うほど流れ続けた涙がピタリと止まり、沙弥は信じられないという顔でウォーレンを見つめた。


 「不自由な生活はさせない。 だから結婚してくれ」


 「ちょ、ちょっと待って! おおお落ち着いて! けっこん……血痕……結婚……。 結婚っ!?」


 沙弥の反応にウォーレンもさすがに唐突すぎたと気づき、慌てて「一目惚れなんだ」と説明が入った。


 ウォーレン曰く、魔人召喚の現場で初めて沙弥を見た瞬間から惹かれていたらしい。でも通常の魔人と違う事に驚いて気になるだけだと思い、目の前の気になって仕方ない存在を必死に無視しようとしていた。なのに実はただの人間で、二人の間に何の障害もないと分かると必死に働かせていた理性やら自重やらが吹き飛んだようだ。

 今ここで彼女を囲い込んでしまわなければならない。でないとすぐにでも騎士団長か魔術師団長が持っていってしまう。二人の目がそう言っているのをウォーレンは正確に察知したらしい。

 だからメイドという餌で沙弥を連れて来たのだと。


 沙弥としてはそれに文句があるわけではない。

 騎士団長や魔術師団長も、今日が初対面なのはみんな同じだったが特にウォーレンとの出会いはお互いにとって最悪な出会い方だったと思う。沙弥も初めこそ恐怖したものの、ウォーレンのその後の対応がとても紳士的で困惑はしたが怖いと思う事はなかった。ウォーレンの腕に抱かれながら馬に揺られていた時は妙な安心感まであったほどだ。

 だから誰かの預かりになるとすればウォーレンを選ぶ。こちらの世界で最初に接した人物という刷り込みもあるかもしれないが、この時点で一番信頼出来るのがウォーレンだったからだ。


 とはいえそれで即結婚とはいかない。普通は。


 ……そう、普通は結婚なとありえない。

 だがこの時の沙弥は精神的に追い詰められていた。突然異世界に来て混乱していたところへ強烈な求婚。いつもの判断力が失われていた。


 グイグイとウォーレンに押されまくっての愛の告白。

 元々押しに弱い性格なうえにあまりの押しの強さに「求められて結婚するのが花」と、誰かの台詞が頭をよぎりうっかり流されてそのままベッドを共にしてしまった。


 翌朝やっちまったと後悔の中で目が覚めたら、とてもいい笑顔のウォーレンから受理済みの結婚証明書を見せられ、既に結婚が成立しているのを知る。


 開いた口が塞がらない。

 確かに昨夜ベッドの中で結婚を承諾したような気もするが……。

 だからって一晩経ったら結婚してたとか。情事の最中の約束はノーカンだろうとか。言ってやりたい文句が頭の中を埋め尽くすが、この頃にはなんだかんだで沙弥もウォーレンに絆されていた。


 身体を許したから心も許すとか、どんだけ自分はチョロいんだと落ち込むが、そもそも今の状況が普通じゃないのだ。なら普通じゃない結婚をしてもいいじゃないか。


 一度決めてしまえばグダグダ言わないのが沙弥のいい所だ。


 こういう事は最初が肝心だからと、沙弥はシーツを巻き付けながら身体を起こし、三つ指をついて「不束者ではありますが宜しくお願いします」と挨拶をする。

 ウォーレンがその姿をポカンと見ているのに気づき、沙弥は故郷の嫁入り時の伝統的な挨拶だと説明した。


 きっと沙弥がこんなにすんなり結婚を承諾するとは思ってなかったのだろう。一瞬の沈黙の後、嬉しさを爆発させたウォーレンが再び沙弥をベッドに押し倒した。

 ウォーレンはあらん限りの愛を伝え、沙弥もその激情に翻弄されながらまあこんな結婚も悪くないかと、溺れるほどの愛に浸りながらそう感じたのだった。




 

 こうして沙弥は間違い召喚で異世界にやって来た。

 置いてきた家族を思うと涙が止まらなくなる事もあるが、泣いた分だけ最愛の夫が沙弥を笑顔にしようと慰めてくれる。

 そんな優しい夫を愛し、そして愛され、最悪だったあの日の出会いは幸せへと続く道の通過点にすぎなかったと、生まれたばかりの赤ん坊を抱きながら沙弥は思うのだった。





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