2(ウォーレン視点)
我ら聖騎士隊は通常の騎士団とは違い、対魔人専門の部門だ。
魔人はその性質ゆえ人の世に混乱を巻き起こす厄介な存在であるし、魔人崇拝という一部の者たちによる事件が後を絶たないため設立された隊だ。
その聖騎士隊の隊長を任されているのが俺、ウォーレンだ。
聖騎士になるには白魔術と呼ばれる特別な魔術が使えなければならず、その魔術は身分に関係なく偶然持って生まれてくるものだ。
白魔術が使える者は貴重で、騎士団に入団した者で白魔術使用者は自動的に聖騎士隊に配属される。今の隊員は貴族と平民が半々くらいだ。
斯く言う俺も平民の出であり、今まで魔人を屠った数が圧倒的に多いことと、魔力量の多さが認められ隊長の任を拝命するに至った。
そして今夜、とある男爵家で魔人召喚の儀式が行われるとの情報が入り、準備を整えた俺たちは突入の機会をうかがっていた。
闇に紛れて男爵家の屋敷を見張っていると、突如屋敷の中から眩い光が漏れ出した。
通常の魔人召喚ではここまで派手な事態にはならない。
いったいどんな魔人を召喚したのか。
部下たちが怯む前に突入の合図を出し、俺は先頭を切って走り出した。
地下へ続く階段を駆け下り、蹴り飛ばす勢いで開けた扉の中は、よく見る魔人召喚の現場だった。
生贄の子供たち。
召喚した魔人を交えての乱行を行う男女。
召喚魔術を行うローブを纏った術者たち。
そしてーー
召喚の陣の中に一人立っている魔人。
だがその魔人は今まで見た事がある魔人とは違う姿をしていた。
角や尻尾があるわけでもなく、肌の色が違ったり鱗がついているわけでもない。
どこからどう見ても普通の人間に見えた。
だが着ている服は常人では考えられないほど肌の露出が高く、やはり魔人かと思い直す。
儀式に参加していた者たちを部下たちが捕らえていく中、俺は用心深く魔人に近づく。
だが魔人は怯えた表情で自分は魔人ではないと主張した。
露出した肌は柔らかそうですぐに傷がついてしまいそうな脆さを感じるし、その細い腕は俺が力を入れて掴めば容易く折ってしまいそうだ。目尻に浮かぶ涙を見て俺の心が波立つ。
こんな魔人を俺は見た事がない。
それに例えどんなに弱い魔人であっても、微力の魔力は感じられるものだ。その魔力がこの魔人からは一切感じられない。
もしかしたら魔力を全て抑えることが出来る高位の魔人かもしれん。そう部下たちにも注意を促しながらさらに距離を縮めるが、魔人は怯えた態度を隠す事なく一歩後ろに下がった。
だが何を思ったのか、それまで魔人は怯えながらも俺から目を離さずいたのに突然俯いてしまった。何故か俺は魔人の視線が俺から離れる事に苛立ちを覚え、一気に距離を詰めてその身体を押さえつけた。
見た目通り柔らかな身体。
苦しさに喘ぐ姿が妙に心を痛めた。
こんな得体の知れない魔人はさっさと殺してしまった方がいい。
そう思った直後、魔人を押さえている手の平から身体に溜まった穢れが抜け出していくのを感じた。
穢れとは魔人や魔人崇拝をしている者たちが使う黒魔術使用時に発生する負の魔力で、白魔術使用者はその影響を受けやすい。特にこういった魔人召喚の場などはそれが濃厚で、澱となって身体に蓄積されていく。
穢れが身体に溜まりすぎると心身に不調をきたすのだが普通は時間とともに自然と浄化されていく。だが溜まりすぎたときは癒しの魔術で穢れを浄化してもらうのだ。
その穢れが、魔人に触れた部分から吸い出されるように抜けていった。
より濃厚な穢れを発生させるならともかく、溜まった穢れを吸い出す魔人など見た事も聞いた事もない。
いったいこの魔人は何者なのだ。
いや、本人が主張しているように本当に魔人ではないのかもしれない。
ならばこの魔人はここで殺さず騎士団に連れて帰り詳しく調べた方がいいのではないか。
殺さず連れて帰る決断をした俺は改めて魔人を見下ろすと、むき出しの肩や異常に短いスカートが乱暴に押し倒した事でさらに際どくずり上がっているのが目に入った。
この場には俺の部下たちも多くいる。その部下たちにこのシミ一つ見当たらない肌を晒す事に拒否感を持った俺は咄嗟に魔人をマントで包み、抱き上げ同じ馬に乗せ騎士団に戻る事にした。
なんの抵抗も見せず大人しくされるがままの魔人を腕に抱き、妙な満足感を覚えながら俺は帰路を辿ったのだった。