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仕事で参加したレセプションパーティーを終え、常と違う華やかな場所に疲れた身体を引きずり笛吹沙弥は、静かな夜の住宅街をヒールの音を響かせながら歩いていた。
明日は休みだし、帰ったらシャワーを浴びて録り溜めたドラマを観てゆっくりしようと考えながら歩いていると、どこからか何かの音が聞こえてきた。
それは人の話し声のような、呪文でも唱えているような音だった。
「……なに、これ……誰?」
沙弥は立ち止まって辺りを見回すが音の発生源は見つけられない。それなのに聞こえてくる音はどんどん近づいてくるのが分かる。
「やだ……! なに……!? 」
恐怖に竦む身体。音は沙弥のすぐそばまで来ていた。
目に見える景色は誰もいない住宅街なのに、耳に聞こえる音は何十人もの話し声。その音がいよいよ沙弥に襲い掛かりそうだと思われたその時ーー、
……リィーン ……リィーン
軽やかな鈴の音が聞こえ、それまで聞こえていた恐ろしい音がピタリと止んだ。
それと同時に足元から黒い光が浮かび上がり沙弥の身体を包んだ。
「きゃあっ! 」
咄嗟に顔を腕で庇いきつく目を閉じると、光が感じられなくなるまで沙弥はそのままの姿勢でじっと耐えた。
何かが起こるのではと身構えた沙弥だが、一向に何も起こらない事で恐る恐る腕を下ろし目を開けーー目の前の光景に目を見開いた。
薄暗い部屋の中、全身をローブに身を包んだ男か女かも分からない人たちが沙弥を取り囲むように立っていた。まずそれに驚いた沙弥は小さな悲鳴をあげ、さらにその後ろに広がる異様な光景に身を震わせた。
年齢のバラバラな男女が何人も裸でじっと沙弥を見つめていたのだ。しかもその手前には意識を失っているのであろう子供が数人寝かされている。
「……な、に……」
無意識のうちに小さな声で呟くと、ローブを着て沙弥を取り囲んでいたうちの一人が前に進み出て跪き、それに倣い他の者たちも全員その場に跪いた。
「我らの召喚に応じていただき誠に有難うございます」
「……しょうかん……」
意味が分からず沙弥は足元に跪く男(声で男だと判断した)を注意深く見る。
「生贄も交合う者たちもご用意致してございます」
「…………はい?」
「儀式終了の後には私に力をお授けください」
「………」
なにを言ってるのか全く分からない。
召喚? 生贄? 交合う? 儀式?
それらの単語を拾いある儀式が思い浮かんだ。何かの本で読んだ事があるが、まさかと言う思いに即座にそれを否定した。
だってその儀式は確かーー
「魔人召喚は禁じられている! 」
息を詰めたような場面で裸姿の人たちの後方で突然叩きつけるように扉が開き、大声をあげながら剣を持った男たちが何人もなだれ込んで来た。
沙弥が呆気に取られている間に裸の者たちやローブ姿の者たちが次々に捕らえられていく。
やがてその中の一人が沙弥を見据えて近づいてくる。
「お前が召喚された魔人か」
手に持った剣を構えて話しかけてくる男に沙弥は一気に青ざめた。
「ち、違います! 私、気がついたらここに…! 」
「魔人にしてはずいぶんと弱そうだな。まるで魔力を感じない」
「そんなものありません!」
「…いつもの魔人と毛色が違うな」
「だから魔人なんかじゃないんです! 」
大真面目に、そしてこんなに必死に沙弥は自分を人間だと主張する日がくるとは思わなかった。
「もしかしたら高位の魔人かもしれん。お前ら、気をつけろ! 」
男は沙弥から目を離さず、後ろにいる同じ服を着た仲間たちに注意を促した。
このままでは問答無用で斬られるかもしれない。
沙弥の背中を嫌な汗が伝い、一歩後ろに足を引いた。するとそれまで沙弥がいたのは淡い光を発している円の中だった事に気づいた。引いた足が円から出ると光が収まったのだ。
思わず沙弥が足元を凝視していると、そこに影が差した。
それが何か意識する前に沙弥は床に倒されていた。
「つーー!」
「なんだ、ここまでされてまだ反撃しないのか。本当に変な魔人だな」
「だから……ちが、う……」
上から男に押さえつけられ、うつ伏せに倒れた沙弥は顔だけなんとか動かして否定の言葉を口にする。
「なにか企んでいるのかと思ったが違うようだな。だが魔人を野放しにしておく事はできん。ここで死んでもらう」
「い、や……っ!」
さっきまでいつもの日常だったはずなのに。
どうして自分はこんな訳の分からない場所で、変な言い掛かりで殺されなければならないのか。
男が押さえつける手にさらに力を込め、沙弥が苦しさに呻くと一瞬男の力が緩んだ。
「なんだ…これは…」
今にも沙弥を斬ろうとしていた男が動きを止めて戸惑っている様子に、周りにいた仲間たちから声が掛かった。
「隊長、どうしたんですか」
「……」
「隊長? 」
「あ、ああ。……この魔人は騎士団へ連れて行く」
「ええ!? な、なんでですか! 」
「どうしたんですか隊長! 」
「もしかして魅了の魔術をかけられたんじゃ…」
「すぐに解呪を! 」
「俺は正気だ! この魔人は…いや、魔人ではないかもしれん。とにかく騎士団で詳しく調べたい」
男はそう言うと、沙弥の手首に何かをつけた。
「魔力封じの枷だ。これで魔術は使えん。変な真似はするなよ」
そうして男が沙弥の腕を掴んで立たせると、自分がつけていたマントで沙弥の身体を包み横抱きで抱き上げた。
「え? 」
「お前の姿は隊員の目に毒だ。このまま俺の馬で騎士団に戻る」
目まぐるしく変わる状況について行けず、沙弥は男にされるがまま人生初の乗馬を経験した。
「なにこの状況……」
沙弥の呟きは誰にも聞かれることなく、男の腕にしっかりと抱かれて馬の動きに合わせて身体を揺らすのだった。