第06話 『救出戦』
洞窟は外から眺めるより広く、じめじめしている。
緩やかな下り坂。ゴツゴツした足場で歩きにくい。
松明の明かりで奥を照らすが、魔獣の姿は確認できない。
カストル、ポルックスとアルタイルの三人はゆっくりと奥に進む。
その先で道が4つに枝分かれしている。
アルタイルは魔獣の気配を探るがはっきりとは分からない。
双子座の二人が同時に同じ道を指さす。
「根拠は無いが、こっちにしよう」
と、カストルがアルタイルに言う。
「私達の勘、結構当たるよ」
ポルックスは微笑みかける。
「では、おまかせします」
アルタイルの返事を聞くと双子は少し目を合わせる。
三人は一緒に選んだその道を進んだ。
道は更にゴツゴツした足場で歩きにくさを増している。
カストルを先頭に、アルタイルが真ん中でポルックスが後ろをほぼ一列に歩く。
カストルが少し小さな声でアルタイルに話しかける。
「手筈通り、魔獣と戦闘になった時はアルタイルに任すよ」
「はい。大丈夫です」
アルタイルも同じように声を下げて答える。
「私達は聖哲体が無いからさ。近接戦闘なら頑張るからね」
と、ポルックスも後ろからささやく。
瞬間、アルタイルが気づく。
魔獣の気配が急に強くなる。
カストルの肩を軽く叩いて知らせる。
アルタイルの指さす方を松明で照らす。
数メートル先、天井も道幅もやや狭くなっているその先に魔獣の姿が見える。
アルタイルがギボス村で最初に見たものと似ている。
人型の魔獣で、体の色は暗い紫色。顔は後ろを向いていて見えない。
大きく違う点は体の大きさと、全体が鎧のように頑丈そうな表面に見える事。
アルタイルは心の中にしまっていた杖の聖哲体を右手に取り出す。
三人は奥に進み魔獣に近づく。
近づいてみるとその大きさがはっきりと分かる。
体長は約5メートル。
魔獣がいるそこは天井が高く、壁にはぼんやりと場所全体を照らす明かりがある。
明かりは炎ではなく、張り付いている光を放つコケで、緑色と黄色に光っている。
カストルは持っていた松明を地面に突き刺す。
魔獣は少しも動かない。
アルタイルを正面に魔獣を取り囲むように双子がそれぞれ左右に移動する。
すると、ポルックスが何かに気づいたように小声で二人に合図する。
ポルックスが指さす方はアルタイルからは魔獣が邪魔で見えない。
少し場所をポルックス側に移し、奥を覗く。
鉄格子が見える。
壁のくぼみを、牢獄のように人が通れない幅で鉄の格子がふさいでいる。
その奥に人影が見える。
倒れている。アルタイルは更に目を凝らす。
見覚えのある紺色の長い髪。
琴座のベガであると、確信する。
「ベガ!!」
アルタイルが叫ぶ。
魔獣はその声に反応し、ゆっくりとアルタイルの方を向く。
アルタイルは、すかさず電撃の球体を魔獣に放つ。
魔獣の胸部に当たるが、はじき返される。
飛んできた電撃がポルックスを直撃する。
「ちょ!?うわあぁっ!!」
電撃は大きな光と音でその場に散る。
ポルックスの叫び声も響き渡る。
「ご、ごめんなさい!!」
「アハハ!大丈夫大丈夫!私もこう見えて結界は、ちゃんと張ってるから!」
アルタイルが謝り、ポルックスが明るく返事をする。
魔獣がアルタイル目がけて蹴りかかる。
咄嗟の攻撃にアルタイルはぶつかり、吹っ飛ぶ。
しかしアルタイルも常に結界を張っているため無傷。
「あの硬い表面をなんとかしないと!」
カストルが大きな声で二人に伝える。
双子は一瞬目配せして、魔獣の正面に同時に高く跳躍する。
二人とも魔獣の胸部に蹴りを入れる。
が、傷一つつかない。
二人はすぐさま足を引っ込めて、連続で拳を叩きこむ。
連打が魔獣の皮膚を砕いていく。ヒビが入る。
魔獣は二人を捕えようと、両腕を自らの胸部に近づける。
双子は蹴りを再び放ち、その反動で回転しながら後ろに飛ぶ。
魔獣の手から逃れると、空中でカストルが叫ぶ。
「そこ打てアルタイル!!」
「はい!!」
アルタイルが返事と同時に電撃の球体を再び放つ。
電撃はヒビの入った胸部に真っすぐ向かう。
が、魔獣は両腕を組み防御する。
また跳ね返される。
電撃はアルタイルの頭上をかすめ、後ろの壁に激突し、砂煙を舞わせる。
双子はアルタイルの近くに着地すると、ポルックスから話始める。
「意外と早い動きを見せるね」
「ああ、関節を狙う」
「膝?」
「そう。裏に回り込む」
二人はアルタイルの方を同時に見る。
「分かりました。援護します」
双子が走る。
それぞれ左右から、回り込む。
アルタイルはその間、魔獣の正面に立ち、電撃を溜めて視線を奪う。
魔獣が一歩、アルタイルに近づく。
と、次の瞬間、カストルが右足、ポルックスが左足の膝裏に蹴りを深く入れる。
「倒れろ!」
三人の声が重なる。
アルタイルが電撃の球体を、魔獣が一歩踏み込んだ地面に放つ。
電撃は地面をえぐり、魔獣は体勢を崩し、前のめりで倒れる。
「今です!ベガを頼みます!」
と、アルタイルは叫んだ。
双子はすぐに近くの檻に近づく。
中にいる少女が一人、格子を掴んで立っている。
「あなたがベガだね。大丈夫?」
と、カストルが話しかける。
「そうです。……私がベガです」
衰弱している。声が少しかすれていた。
琴座のベガ。14歳。職位は三賢者。
髪は紺色、腰ぐらいまでの長さで先端が少し波打っている。
アルタイルよりも背は少し高い。
服の色は白と深い青。
カストルがベガに少し格子から離れるように指示する。
ベガは後ずさりで離れると、尻もちをつく。
カストルとポルックスは格子をバキバキにへし折り、人が通れる幅を確保した。
ベガはゆっくりと立ち上がり、小さな声で二人に礼を言いながらそこを抜けだす。
「この檻の中は……聖哲体が使えなくて」
ベガは振り絞るような声で双子に話しかける。
ポルックスがうんうんと頷き、ベガに肩を貸した。
一方、魔獣は起き上がりアルタイルに殴りかかってくる。
アルタイルはそれをかわし、ベガ達の方に走って近づく。
「ベガ!無事!?」
アルタイルは走りながら聞く。
「……無事ではない」
ベガはアルタイルには聞き取れない小さな声で答える。
アルタイルはすぐさま鞄から詰め込んできた食糧と、水の入った水筒を取り出しベガに見せる。
ベガが水筒に手を伸ばすと、アルタイルは蓋を開け飲ませる。
ベガをアルタイルに任せ、双子座の二人は再び魔獣と対峙する。
その間、ベガはもぐもぐとパンやチーズを食べる。
アルタイルは双子を気にかけつつもベガに目を配る。
双子の蹴りが魔獣の頭部を揺らす。
しかし、魔獣が怯む気配は無い。
二人はアルタイル達から魔獣の目をそらすように、少し離れた場所に着地する。
魔獣を見たまま、ポルックスが姉に話しかける。
「かっ、たいなもう!」
「ああ硬いな」
「さっき連打したとこは?」
「いや狙ってもいいが、かなり警戒してるな」
「だよね」
「長距離から一瞬で狙える攻撃があればな」
「アルタイルの、弓とか」
「……昨日、聞いたけどあの子」
「あー、うん。苦手らしいね」
魔獣が双子に拳を向ける。
左右にそれぞれ避ける二人。
一方、ベガは。
「少し元気になった。ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
アルタイルの回復術と持ってきた食べ物で、ベガの疲労は無くなった。
「反撃したい。アレをやりましょう」
「うん!分かった!」
ベガの言葉にアルタイルは元気に答える。
ベガは微笑み、改めて言う。
「合体線術よ」