第04話 『スペシャルな弓』
アルタイルは聖哲体の弓を構えた。
右手で弦を引くとそこに電撃の矢が発生する。
上空の鳥型の魔獣に狙いを定め、すかさずその矢を放った。
真っすぐに飛んだ矢は魔獣の高さに届く。
しかし当たらずに通り過ぎて、更に上空で稲妻となって消えていった。
「惜しい!」
と、アランとイナが同時に叫ぶ。
魔獣は気にする素振りも見せず、旋回を続ける。
アルタイルは再び矢を放つ。
だが、かすりもしなかった。先ほどと同じく矢は空に散っていった。
今度は連続で発射する。5発放ったが全て外れる。
魔獣は先ほどから、なんの変化も見せていない。
「あれ?」
と、アランがつぶやく。
アルタイルはじっと魔獣を見たまま、構えを解く。
「もしかしてアルタイルって、弓、へたくそなの?」
「こ、こらバカ!」
「…………うん。今日も調子が悪いね」
アランの質問に、イナは動揺し、アルタイルは目を合わせずに答えた。
三人に、しばし沈黙が流れる。
すると突然、魔獣はなんの前触れもなく旋回を止め、一つの方向へと進路を向ける。
「魔獣が、離れていくよ!」
と、イナが大きな声を上げる。
「海に向かっているのか?」
と、アランは南の方角を指さし、魔獣を見上げる。
魔獣は大きな翼を羽ばたかせ、高度を上げる。
もう、アルタイルの矢は届かない。
三人は悠然と飛び去る魔獣を見ていることしかできなかった。
アルタイルは弓を心の中にしまう。
「ん?……あれは、なに?」
アルタイルは上空からゆっくりと落ちてくる小さな光を見つける。
光は赤紫色で、ぼんやりと周りの空気を歪ませているように見える。
光は段々と小さくなり、洋梨畑へとふわふわと落ちていった。
アランとイナもその光に気がつき目で追っていた。
「行ってみようぜ!」
アランが駆け出す。
洋梨畑に着いたアルタイル達は一緒になってその光を探した。
「見つけても絶対に触らないで」
アルタイルは念のため二人にそう注意する。
「あれじゃない!?」
イナが指をさして、二人に伝える。
洋梨の木々の間、その地面に赤紫の小さな光はあった。
先ほど、山の上から見た時よりも小さくなったようにも見える。
不気味に光るそれをしばし距離を保って見続けた。
「どうするの?」
と、アランはアルタイルの裾を小さく引っ張る。
アルタイルは二人にその場で待つように伝え、光に近づく。
光は球体で、直径2センチぐらい。
背負い鞄から透明な小さな空き瓶を取り出し、コルク栓を外す。
空き瓶を左手に構えたまま、右の指先で光を軽くつついてみる。やや硬い感触が伝わったので、すばやくそれを掴んで空き瓶に入れ、元のコルクでふたをした。
瓶の底にゆっくりと落ちる謎の物体。
アルタイルが瓶を振ってみるとふわりと漂い、また底に落ちる。
正体は不明だが、魔獣に関わるものに違いないと、アルタイルはその物体が入った小瓶を鞄にしまった。
「そいつなんだったの?あれ?魔獣のフン?」
アランがアルタイルに尋ねる。
「いやわからない。でも得体の知れないものだからやたらに放ってはおけないよ」
「あとで食うの?」
「ん?いや食べないよ!なんで?」
「いや、味とか」
「調べないよ!」
「だよね。よかった」
アルタイルとアランの会話に、イナは横でくすくすと笑っていた。
三人はその後、避難所を訪れる。
魔獣が去ったことを伝えると多くの村人は安心して戻っていった。
村長もそこにいた。
「アルタイル様!ありがとうございます!魔獣を追い払って下さったのですね!」
村長がそういうと残っていた村人たちは、惜しみない拍手をアルタイルに向けた。
「いや、あの……」
アルタイルは言葉に詰まる。
イナは心配そうに見つめる。
アランは腕を組んで目を閉じている。
さらに村長はアルタイルに話しかける。
「この丘からも見えましたよ!地上からいくつも放たれる電撃の矢!鳥の魔獣が恐れおののいて逃げ出すさまを!」
「そ、そうでした?」
「しっかしお見事ですなー!魔獣が村に落下することを避けて、わざと仕留めずに追い払うなんて!いやさすが!」
「へ!?ああ、そうですか?」
「あんな巨大なものが村に落ちてきたりでもしたら、大変な被害が出たことでしょう」
「ええ、まあ」
「さすがは三賢者様!ハハハッ!」
「……ありがとうございます」
アルタイルはアランとイナの方を向く。
イナは優しく微笑む。
アランは片目を開け真顔のまま、組んでいた右手の親指をぐっと立てる。
アルタイルは苦笑いを続けた。
その後、アルタイルはギボス村を離れる支度を済ませる。
村長が用意してくれた馬車に乗るアルタイル。
運転手は朝、馬の世話をしていた青年である。
アランとイナも見送りに来ている。
「それでは、皆さんまたお会いしましょう」
アルタイルが村人に別れを告げる。
馬車が走り出す。
「さようなら」
アランとイナが手を振った。
アルタイルも手を振る。
馬車はここより北西にある王城へと向かう。
平坦な道が続く。天気は快晴であった。
場所は変わって、ここは王城の内部。王の間。
一人の少年が、王座に座る女性の前に近づく。
「陛下。もう少しでアルタイル様がご到着されます」
少年がそう告げると、陛下と呼ばれたその女性は小さく頷く。
「左様か。では、出迎えてやれポラリス」
「はい。承知致しました」
ポラリスと呼ばれるその少年は、命令を受け王の間を出る。
アルタイルは王城の正門前に到着していた。
馬車の運転手に別れを告げる。
そして、正門の門番を務める警備隊に声をかける。
「三賢者の鷲座のアルタイルです。こちらが令状です」
門番が令状を確認したのち、すぐに門は開いた。
正門をくぐり庭園を抜け、城の中に入る。
だだっ広い廊下の真ん中に、ポラリスが待っていた。
「お久しぶりです。アルタイル様」
「久しぶりだね。ポラリス」
ポラリスは、こぐま座の星使い。11歳。職位は六官。
髪の色は黒。顔立ちが中世的で、女の子のような少年である。
全体的に紺色の服装で、つばのない円筒形の帽子を頭にのせている。
王の側近でもある。
二人は並んで歩きだす。
アルタイルがポラリスに聞く。
「私がここへ着いたの、分かってたの?」
「ええ。私には、極星の目がありますから」
「極星の目。噂には聞いていたけど。どれぐらい見えるの?」
「今のところは、数キロ先なら」
「おお凄い」
ポラリスは少し照れる。が、すぐ冷静に返事を返す。
「あくまで魔力の可視化ですから、見えるのは星座図だけです」
星使いは、肉眼でとらえた他の星使いの魔力を可視化できる。
可視化された魔力は、それぞれの星座図、それを形成する星によって表される。
星の輝きが残りの魔力を示し、消費すれば一つずつ順に輝きは消えていく。
これは、どの星使いも鍛えることなくできる技で、アルタイルも勿論できる。
しかしポラリスはこの魔力の可視化を、遠く離れた目には見えない星使いにも使うことができる。
それが極星の目。こぐま座の星使いのみが持つ特異能力である。
アルタイルは質問を続ける。
「壁とかも関係なく見えるんだよね。暗くても見える?」
「ええ、物体を隔てていても見えますね。暗さもあまり関係ありません」
「普通は直接見えてないとだめなんだよ」
「そうですね」
「ポラリスの周りじゃ悪いことできないね」
「しないでください」
二人はそんなやりとりをしながら、王の間までやってきた。
扉の前でポラリスが中に向かって話しかける。
「陛下。アルタイル様をお連れしました」
そして、中から声が聞こえる。
「入れ」