第03話 『アランとイナ』
ギボス村の夜が明ける。
結局、昨晩新たな魔獣が現れることはなかった。
アルタイルは目を覚ますと、寝間着を着替え、宿から出る。
宿の外に見張りの警備隊員が一人、眠そうな顔をして立っていた。
「ご苦労様でした」
と、アルタイルが声をかける。
「アルタイル様、おはようございます!」
警備隊員は明るく敬礼した。
村の様子を見て回るアルタイル。
救援隊が村の若者達と壊れた建物を片付けている。
無残に崩れた瓦礫や木材を焼却場へと運んでいる。
一人の若者がアルタイルに気づき挨拶する。それに合わせ他の者も作業の手を止め、挨拶をした。アルタイルもそれに応え軽く会釈をして近づいた。
「ひどいですね」
と、アルタイルは一番近くにいた救援隊の一人に話しかける。
「賢者様が来てくださったおかげで、この程度で済んだのですよ」
と、救援隊員はアルタイルに感謝の気持ちを伝えた。
アルタイルは首を小さく横に振り、瓦礫に視線を送った。
それからアルタイルは馬小屋を訪れる。
魔獣の被害はなく、馬も皆無事であった。
「人の避難で目いっぱいでしたからね。良かったですよ」
馬の世話をしている青年が嬉しそうに話した。
アルタイルは馬を撫でる。そして小屋の奥を覗く。
「全部で8頭ですよ」
と、青年はアルタイルに教えた。
馬小屋を後にして、今度は村長の家に向かう。
するとその途中、一人の少年がアルタイルの元に走って近づいてきた。
少年は走ってきた勢いで飛び跳ね空中で一回転し、アルタイルの目の前で着地した。
アルタイルは笑顔で驚く。
「やっと見つけたぜ」
と、少年が声をかけてくる。
すると、少年の後ろから今度は一人の少女が走ってきた。
昨晩、避難所にいたイナである。
少年は息を切らすイナを一瞬見た後、アルタイルに再び話しかける。
「俺の名はアラン。こっちは村長の親戚のイナ。あんた、名は?」
アランと名乗る少年は腕を組んで得意げにしている。
「アラン!このバカ!アルタイル様に失礼でしょ!」
イナが大きな声でアランに怒鳴る。
しかしアランはアルタイルをじっと見つめたまま微笑んでいる。
「私は鷲座の星使いアルタイル。職位は三賢者。以後お見知りおきを、アランくん」
アルタイルも微笑みながら答えた。
アランは嬉しそうに喋りだす。
「おう!よろしくなアルタイル!俺はアラン!8歳!そしてこっちは村長の親戚のイ…」
「なんであんたはそんな偉そうなのよ!アルタイル様、ごめんなさい!」
イナはアルタイルに頭を下げた。
アルタイルは少し声を出して笑った。
アランは気にせずアルタイルと会話する。
「アルタイルはギボスに来るの初めて?」
「うん。鷲座の里から来たんだけど」
「なにしに?」
「王様のお城に行こうと思って、山を越えて来たんだけどね」
「うん」
「本当はいつも北の山道を抜けて城に向かっていたんだけど、途中ちょっと時間がかかってしまってね。道を変えて、夜はここに泊めてもらおうと寄ってみたの」
「ふーん」
「そしたらあの魔獣がいてね」
「見てたよ、俺とイナ!!アルタイルがあれ!魔獣!?をやっつけるとこ!」
「ほんと?」
アルタイルはイナの方を向く。イナは少し恥ずかしそうに目線を下げた。
アランは更にアルタイルに話しかける。
「あれなんなの!?杖みたいなの!いきなり出してたよね!キラキラ光って!」
「ああ、聖哲体だね」
「せいてつたい?ってなに?」
「聖哲体は星使いの武器で、いつもは心の中にしまっておけるの」
アルタイルはそう言うと右の掌を広げた。
桃色のいくつもの小さな光がアルタイルの掌の上に棒状に集まる。
それが一瞬で杖に変わり、アルタイルは、がしっとつかんだ。
アランとイナは興味深々でその杖を眺める。
「これが聖哲体。魔力と想像力を使って引き出す、星使いの創造術。」
と、アルタイルは二人に説明する。
「すげえぜ、こいつは」
アランはその聖哲体を指でつついたりして観察する。そしてアルタイルに質問する。
「あのバチバチってやつ、すごいよね!あれはなんなの?」
「電撃だよ。星使いは聖哲体を通してああいう自然現象を発生させて操ることができるの」
「ほーう。自然現象を、操る。星使いって聖哲体が無いとそういうのできないの?」
「おー、いい質問だね。そう。人はもともと電撃を飛ばしたり、火を吐いたり、あるいは空を飛んだりって出来ないでしょ?」
「うん、まあね」
「聖哲体はそういう、人間には出来ない事を可能にする為の道具なの」
「へー」
「でないと創造術でどんなものでも作り出せたら危ないからね。封印術でそういう制限が掛けられているんだよ」
「ふーん」
「星使いの魔術は、封印術、結界術、創造術、回復術ってあって一番上位の術が」
「うん、もういいや」
「え?」
「なんか飽きた」
アランは興味を失う。
イナは頭を下げて謝る。
アルタイルは聖哲体をしまった。
「そんなことより村を案内するぜ!」
アランは大きな声を上げると走り出し、「こっちこっち」と手招きする。
アルタイルとイナが目を合わせる。
イナは申し訳なさそうに再び頭を下げ、ため息をついた。
アルタイルは微笑んだ。
アランが案内したのは洋梨畑だった。
木の本数は約50本。小さな実がいくつもなっている。
ここも昨晩の襲撃の被害は無かった。
アランは得意げにアルタイルに話しかける。
「ギボス村の洋梨は世界一おいしいぜ!他の食ったことねーけど。秋には収穫祭もあるしさ、その時また来てよ!」
「うん、絶対来るよ」
「俺、摘果したし」
「手伝ってるんだ。すごいじゃん。どの辺?」
「うん、向こう!見る?」
アルタイルの返事を聞かず、アランはまた走り出す。
アルタイルはイナと一緒にアランについて行く。
一通りその畑を見て回ると、今度は三人で一緒に村長の家に向かった。
畑から出てすぐ、ふと歩きながらアランが空を見上げる。
「え……!?あれは!?」
アランがそう言うと、アルタイルとイナも同じように空を見る。
そこで三人が目にしたのは上空を旋回する一羽の鳥の姿だった。
「でかくねーか?しかもあの色」
と、アランがつぶやく。
ゆっくりと旋回するその鳥は体が暗い紫色で、はっきりとした高度は分からなかったが、それが異常に巨大であるという事は三人にはすぐ理解できた。
「鳥型の、魔獣?」
アルタイルはそう言うと、すぐに見回り中の警備隊員にそれを伝え、避難を指示した。
村人は警備隊の誘導で、避難所となっている集会場へと移動を始める。
アルタイルはアランとイナにもそこへ向かうように言った。
「いやアルタイル!あの鳥やっつけるんだろ?だったら俺もついてく」
と、アランは集会場とは別の方向に走り出す。
「ていうか、ついてきて!!」
アランは振り向いてアルタイルを呼ぶ。
アルタイルが引き止めようと声を出そうとした瞬間、イナもアランに続いて走り出した。
「イ、イナ!あなたまで!?」
と、アルタイルも走り出す。
「アルタイル様!ごめんなさい!でもあのバカ、本気なんです!」
アルタイルとイナはアランを追いかけて、洋梨畑の近くの山に登った。
そして村の住宅地と洋梨畑が一望できる開けた場所に、三人は到着する。
鳥型の魔獣は依然高度を保ち旋回している。
下の村を襲う素振りは一切見せていない。
高い場所にやってきた分、魔獣もますます大きく見える。
旋回する為、体を若干斜めに傾けている。
真下からは見えなかった赤く丸い目が光っている。
それと昨晩、アルタイル達が見たものと同じく体全体が鈍く発光している。
「アラン、イナ、ありがとう。ここからなら、狙える」
と、言うとアルタイルは左手の掌を広げる。
光が集まり、聖哲体を具現させる。
その形は、弓。