第02話 『ギボス村の夜』
アルタイルが老人に名を告げると、老人はすぐさまその場で右の掌を胸に当て、頭を下げた。
「も、申し訳ありません!大変御無礼致しました!」
老人のその言葉にアルタイルは軽く首を横に振り、気にしていない事を表す。
「申し遅れました。私はここ、ギボス村の村長を務めております、ホセと申します」
老人こと村長が挨拶すると、アルタイルはすぐ村長に駆け寄り尋ねる。
「ホセ村長」
「はい」
「村の様子が気になります。ギボス村の救援隊の数は?」
「8名です」
「すぐに火災の発生した建物が無いか調べてください」
「かしこまりました、直ちに」
「避難所はどこに?」
「こちらです!救援隊もそこにいます」
村長に案内され、村人が避難している集会場へとやってきた。
集会場は木造の平屋建て。住宅地が見渡せるほどの小高い丘の上にある。
集会場には、老人や子供を優先して中に避難させている。しかし村人のほとんどは外へ出て、丘から村の様子を見下ろしている者ばかりである。
村長はすぐに救援隊を呼び出し、村の様子を確認にさせるため全隊員を向かわせた。
それに続いて村人の何人かは丘を降りようとするが、村長は慌てて呼び止める。
「まだ行くな!あの化物が暴れた周辺はまだ危険だ!安全が確認できてからだ!」
アルタイルは中に怪我人はいないかと、集会場の入り口にいた一人の警備隊員に尋ねる。
警備隊員の青年は不思議そうな顔で答える。
「君はいったい?」
そこへ村長が駆けつける。
「ば、ばかもん!その方は星使いのアルタイル様だ!三賢者様だぞ!」
避難所にいた村人たち、また丘を降りようとしたしていた何人かも一斉にアルタイルの方を振り向き沈黙する。質問を受けた警備隊員は、はっと我に戻りすぐ頭を下げる。
「すみませんでした!怪我人は現在、避難中に転んでかすり傷を負った者など軽症者、だけでして!その……」
「大きな怪我をされた方、あるいは特別具合が悪い方などはいないのですね」
「さ、左様でございます!」
アルタイルはそれを聞いて安心する。
「わかりました。ありがとうございます」
「こ、こちらこそ、あ!いえ、はい!以上です!」
警備隊員は右手を上げ、敬礼する。
「落ち着けよ。まあ私もひとのことは言えんが」
村長はそう言うと、続けてその場にいる者たちに向かって大きな声で喋りだす。
「みんな聞いてくれ!村を襲っていた化物は、ここにおられるアルタイル様が退治なさってくださった!」
村人たちは皆、喜びと驚きの「おお」という声を上げる。
アルタイルは少し照れたように軽く会釈する。
「しかしまだ安全とは言い切れん。またあの化物の仲間が今晩のうちに現れてもおかしくはない!念のため年寄りと子供はここに残し、被害の状況が分かり次第、無事に帰れるものは戻ってもらって構わない」
広さの問題から、ここ集会場を避難所として全員が寝泊まりするのは不可能である。
今、魔獣の退治に喜んだ村人たちから笑顔が消えていた。
「私が今晩、村に泊まりましょう。どなたか部屋を貸してくれますか?」
と、アルタイルが言う。
村長がアルタイルの方を向く。その近くでうつむいていた村人たちも頭を上げてそちらに目を向けた。アルタイルが村長と会話する。
「私は王城に向かう途中でして、実を言うと元々泊めていただくつもりだったんです」
「それは構いませんが、いやむしろ心強い。いくら鍛えているとはいえ、警備隊にあの化物に太刀打ち出来る者などおりませんからな」
うんうんと、先ほどの警備隊員はうなづく。
「その警備隊はここには何名?」
と、アルタイルは質問する。
「7名です」「7名になります!」
村長に尋ねたつもりだったが、警備隊員もやや遅れて元気よく答えた。
村長はやれやれと言いたげな顔。アルタイルは少し笑った。
「わかりました。では3名を集会場周辺に、残りの4名を住宅地の見張りに。詳しい配置は任せますが、私は今晩は住宅地に泊まります。すぐに連絡を取れるようお願いします。」
「かしこまりました」
村長はアルタイルの指示を受け、すぐそばでそのやり取りを聞いていた、その警備隊員に目配せする。
「は!すべて承知致しました!」
と、答え警備隊員は今一度敬礼する。
「で、村人は今、全員いるんですよね?」
と、アルタイルは改めて村長に尋ねる。
「ご安心を。こう見えて私は村民の名と顔と住所は全て憶えております。アルタイル様と先ほど会う前に、この集会場で全員の避難を確認しております」
村長はやや得意げに微笑みながらアルタイルにそう答えた。
アルタイルは軽くうなづく。
「全員は、いません」
と、一人の女の子がアルタイルに向かって話しかけてきた。
背丈はアルタイルよりも低く、年齢も差を感じさせる。金髪で長さは腰ぐらいまで。首の後ろで、リボンで一つに束ねている。
「イナ!なにを急に言い出す」
村長はその少女の名を呼び、やや叱りつけるように言った。
「ああ、救援隊の人たちのことかな?今、ここにはいないから」
と、アルタイルはイナと呼ばれたその子に、背丈を合わせて語りかけた。
「違います。言うなって言われてましたけど……」
と、言うとイナは視線を斜め下にそらした。
「どういうことだ?話してごらん」
と、村長もかがんで、先ほどよりは優しい口調でイナに問いかけた。
イナはアルタイルに目線を合わせ喋りだす。
「申し遅れました。イナです。8歳です」
「はい。私はアルタイルです」
「アランがいません」
「アラン?」
アルタイルはそう言うと、村長の顔を見た。
「アランが?さっきまでいただろ?」
村長がイナに確認する。
「村長さんが、みんなの避難が終わった後、村長さんが村に戻った時に、私とアランがこっそり後をつけて……ついて行ったんです」
「私の後を?また勝手なことを。それで?」
「私とアランはアルタイル様があの化物をやっつけるところを見てました。そのあと村長さんとアルタイル様がここに来るって聞いて、急いで戻ってきました、私だけ」
「アランはどうした!?」
「洋梨畑が気になるって言って、そっちに行きました」
「……あのバカが」
村長が大きくため息をつく。
「あの、アランというのは?」
アルタイルが村長に聞く。
「イナと同い年の男の子です。やんちゃな奴なんです」
村長はそう答えると、先ほどの警備隊員に向かってもう一度目配せする。
警備隊員は無言でうなずき、他の警備隊の人間を呼びつけ、アランを迎えに行くよう指示を出した。
村の安全が確認されたのはそれから1時間ほどであった。
アルタイルが危惧していた建物火災は発生していなかった。
倒壊した家屋と、またこれから倒れる危険性のある建物及びその周辺には戻らないという条件で、住民の帰宅が許された。
アルタイルには宿が用意された。
そこで久しぶりのちゃんとした食事をいただく。
湯船にも浸かった。
そして深夜、警備隊に外の見張りを任せ、アルタイルは眠りについた。