第01話 『アルタイル、山を越える』
少女の名は、アルタイル。
年齢は14歳。髪は薄い桃色で肩ぐらいまでの長さがある。
服装は全体的に白色。使い古びた背負い鞄を背負っている。
故郷である鷲座の里に帰ってきたアルタイル。
「お帰りなさい、アルタイル」
と、里の入り口で声をかけたのはアルタイルの実父、鷲座の一族の族長である。
娘の、予定よりも大分早い帰郷に少し驚いた様子、しかし笑顔。
「ただいま戻りました」
アルタイルも笑顔で答える。
「今晩は泊まって行くのでしょう?」
「はい。明日の朝には山に入りたいので」
王城に呼び出されているアルタイル。城に辿り着くまでには、山を二つ越える事となる。今晩はここ鷲座の里に泊まり、明日の登山に備えるつもりだ。
親子二人は家に向かう。
里の住人たちは夕食どきで皆、家の中にいる。途中すれ違う人は誰もいなかった。
「部屋は掃除させてありますから、いつも通り使ってください」
「ありがとうございます」
族長の家といっても、周りと比べて特別広くもないレンガ造りの二階建て。多いときは5人で暮らしていたが、アルタイルが旅に出ている今、この家に住むのは族長一人だけである。
族長が玄関のドアを引いて開ける。慣れ親しんだ家の匂いがアルタイルを優しく迎え入れ、その心を癒した。
夕食や入浴を済ませ、すぐ床につく。アルタイルにとって、わずか六日ぶりの里帰りであった。
翌朝明朝。支度を済ませたアルタイルは族長に挨拶したのち、山へ向かう。結局は族長以外の住民に会うことはなかった。
山のふもとまでは草原が続く。草原といっても人が通る為の道はある。途中、道端で綺麗な黄色い花を見つける。背負い鞄から手帳と鉛筆を取り出し、それを写生する。花の名前や生態を後で詳しく調べる為である。アルタイルはこうして気になったものはなんでも調べるようにしている。
通常、里からなら一時間もあれば山のふもとに着く。こうした行動を三回続けた結果、着いた頃には昼を回っていた。
山に入る前に草原の岩場に座り、実家から持ってきていたパンとベーコンで昼食を済ませる。
「さっきまでの感じではいけない。山登りに専念しよう」
と、アルタイルは自分に言い聞かせる。
新緑が山を彩っている。
天候は晴れ。風も落ち着いている。
山道はやや険しいが、アルタイルに苦労はなかった。
一つ目の山の中腹までやってきた。山道の片側が崖になっていて、その下には川が流れている。
アルタイルが川に目をやると、そこに一頭の子熊がいた。
子熊は川岸をうろうろとしている。母熊の姿はない。アルタイルは嬉しそうに崖を下り、砂利の上を進み子熊に近づく。
「かわいい~!」
子熊を後ろから両手でひょいと持ち上げ、眺め続けた。そして話しかけたりしていた。
すると、夢中になっていたアルタイルの後方でバシャバシャ、と川の水が音を立てる。
振り向くとそこには、大きな熊が一頭、睨みつけて唸り声も上げていた。
「……」
しばし沈黙が流れる。熊は唸っている。
「あ、お母さんかな?」
アルタイルは抱えていた子熊を母熊と思われる体長2メートル弱の、その熊の前にそっと降ろした。二頭に別れを告げると先ほど降りてきた10メートルぐらいの崖をよじ登り、山道へと戻った。
日が暮れてきた。ちょうど洞穴があったので今晩はそこで野宿することに決める。洞穴は、高さも奥行きも2メートルぐらいで地面は乾いている。
背負い鞄から薄い毛布を取り出す。が、あまり大きさは無い。地面に敷いてそこに腰を下ろした。
季節は春、そしてもうすぐ夏。夜は寒かった。
「……つめたい」
アルタイルの体は、震えていた。
翌日。二つ目の山は順調に進んだ。途中、崖から落ちたり、木の実を食べて腹を下したりもしたが、概ね良好だった。
山道を抜けた先に村が見えた。既に日は暮れていたので、家々の明かりがアルタイルを導いた。そこで異変に気づく。村から複数の悲鳴が聴こえる。なにかがバキバキと音を立てている。アルタイルは走って近づいた。
そこにはアルタイルが見たこともない何かがいた。体長は約3メートル。体の色は暗い紫色で薄っすらと発光している。輪郭がゆらゆらとはっきりしないが、人の形をしている。目に白目はなく丸く、赤くはっきりと発光している。アルタイルは直感する。
「噂の魔獣か。こんな所まで」
アルタイルが魔獣の前に立ちふさがる。
「お嬢さん!危ない!」
と、アルタイルの後ろから一人の老人が叫ぶ。
「大丈夫だから、さがっていてください…」
「君は混乱している!早く!」
「!!?」
後ろからその老人に、背負い鞄を引っ張られる。やむなくアルタイルは、老人と二人で魔獣の死角となる木造家屋の影へと身を隠した。
「……怪我人は?」
「なに?」
「怪我人は出ていますか?」
アルタイルは少し強い口調で老人に尋ねる。
「……いや、まだわからない、ただ奴が現れるのは、近づいてくるのは早くに気づけた」
「みんな避難できたと?」
「ああ、それに奴は足が遅い。だが奴の姿を見て混乱している者も多くてな」
「無理もありません」
「君のように」
「私は冷静です」
隠れていた家屋からメキメキという音が聴こえた。二人は走った。
倒壊する家屋。またどこかで悲鳴が聴こえた。
「……大事な家が壊されたら、悲鳴だって出る」
そう言うとアルタイルは、再び魔獣の前に飛び出した。
老人は土煙にむせていた。
アルタイルは右の掌を広げると、そこに聖哲体を心の中から取り出した。
その聖哲体は杖の形で、腰ぐらいの高さ、先端に赤い水晶玉がついている。
それを両手で持ち替え、水晶玉を魔獣に向ける。
水晶玉がパチパチと音を立て、桃色の小さい稲妻を発生させる。その小さい稲妻がみるみるうちに先端に集まり、電撃の球体を作り出し、更にそれを魔獣目掛けて打ち放った。
直撃した球体は魔獣の体内に半分埋まり、そして爆砕した。
爆散した魔獣の体は細かい粒子となり風に乗り、暗い紫色の煙となって夜空に消えた。
アルタイルはその光景を見て、改めてそれが魔獣であり、ただの生命体ではないということを確信した。
老人がアルタイルに駆け寄る。
「え!?い、今のは……君が、君は」
老人は混乱していた。
その姿を見たアルタイルは笑顔で、優しく答えた。
「私は鷲座の星使い、アルタイル」