国の借金踏み倒しに抗う場合
農業を営んでいるトト・カルテはとても怒っていた。国のやっている借金の踏み倒しがどうしても許せなかったからだ。
国は国民に対して借金をしている。しかも、自分達でさんざん贅沢をして、税金をたんまり懐に入れた上で抱えた借金だ。普通なら、国の人間達がまずは節約をして、それで浮いた金で借金を返すのが筋だろう。
ところが、連中はそれをやらなかった。欲丸出し。少しでも損をするのを嫌がったんだ。そして、輪転機をグルグル回して、通貨を発行しまくって借金を返し始めてしまった。
もちろん、通貨なんてのは、本来ただの紙切れだ。そんなものをいくら発行したって、何ら富は増えはしない。そして、その結果として物価が上がり始めてしまった。
物の流通量は変わっていないのに、その取引に用いられる通貨ばっかり二倍も三倍も増やしていたら、そりゃそうなるのは当たり前。それは通貨の価値を減らす事を意味していて、まぁ、難しい理屈は割愛するけども、貯金を減らす事でもあって、借金を減らす事でもある。
つまりは、それは実質的には国による“借金の踏み倒し”である訳だ。
その分、みんなの貯金は減ってしまうから、当然、生活は苦しくなる。貯金に頼って生活をしているお爺ちゃんとかお婆ちゃんは大変だ。
恐らくは、苛斂誅求に増税なんかすると国民の反発が激しいから、国民にばれないようにする為にそんな手段を執ったのだろうけど、ちょっとばかり姑息に過ぎるし卑怯でもある。
だからこそ、農家のトト・カルテは怒っていた訳だけれど。そして、あまりに腹の虫が治まらなかった彼は、ある時ある事を思い付いたのだった。
「俺の作る作物は、前の物価と同じ値段で売るぞ! ただし、2年前までに発行された通貨としか取引をしない!」
国に対する嫌がらせとして、借金を返す為に発行した通貨を通貨として認めない事に彼は決めたのだ。だから、その前に発行された通貨としか取引をしない。でも、そうなれば、物価は当然、通貨を発行する前にしなくちゃおかしい。だから彼は、その前の物価水準で自分の作物を売り始めたのだ。
もちろん、そうすれば他の農家よりも随分と安くなる。当然、彼の作物は大人気となった。ただ、そのままじゃ、彼は生活が苦しくなってしまう。だから彼は、自分の作物を買いたがる人達に、
「安く売る代わりに、俺にもあんた達の商品を安く売ってくれ。もちろん、2年前までに発行した通貨でしか払わないから」
と、そう持ちかけたのだ。
相手としては、彼と取引をしても、貯蓄分やその他の人との取引での儲けを考えるとまだ得だった。だから、彼のその申し出に多くの人がOKと答えたのだった。
……そして、それからしばらくが過ぎた。
トト・カルテとしては、自分の行動は単なる国への嫌がらせだけのつもりだった。ところが、その彼の運動(?)は思わぬ効果を帯び、大きな影響となって、国中に波及していってしまったのだ。
2年前までに発行された通貨としか取引しないのであれば、当然、それ以降に発行した通貨の価値が下がってしまう。下がった通貨とは取引したがらないのが当たり前。すると、ますますそれ以降に発行された通貨の価値は下がってしまう。
それはトト・カルテが起こしたほんのわずかな差異だったのだけど、それが繰り返されることで正のフィードバックが起きて、“借金を返す為に発行された通貨”の価値だけが大きく下がり、それ以前の通貨の価値は以前とそう変わらない水準まで持ち直すという事が起きてしまったのだ。
つまり、同じ通貨でも、発行年度によって価値に差が生じてしまった。
もちろん、そんな価値が下がった通貨なんて、一般の人間だけじゃなく銀行等の金融機関だって取引したがらない。結果的に、国がどれだけ新たに通貨を発行しても、誰もそれを受け取らないようになってしまった。もちろん、それは通貨として機能しない。
つまり、どれだけ輪転機を回して通貨を発行しても、借金は少しも返せなくなってしまったのだ。
まぁ、トト・カルテは“借金を返す為に発行した通貨を通貨として認めない事”をやり始めたのだから、それが国全体に波及したなら、そうなるのは当たり前なのだけど。
やがて、国の人間達は、こうなっては仕方ないと、自分達の給与を減らしたり、年金を減らしたり、無駄な公共事業を減らしたりして、ようやくなんとか税金を節約する努力をし始めたのだった。
もっとも、それだけじゃとても足りないから、やがては国民に頭を下げて、「どうか、増税させてください」と言うかもしれない。もちろん、それを国民が受け入れるかどうかはまた別問題なのだけど。
思考実験を小説にした系の話だったりします。
オリンピックの予算が大きくなったのって、絶対、国の方々が公共事業で税金を貪ろうとしているのが原因ですよね…
朗読も作りました。↓
http://www.nicovideo.jp/watch/sm30517948