参
通夜が終わり、夜、家に帰った羅利子は、すぐに自分の部屋に閉じこもった。
押し入れの中から、写真をたくさん入れた段ボオル箱を取り出して、部屋中に中身をばらまく。
何十枚もの写真が、ひらひらと畳の上に落ちる。
その写真には、様々な表情の雅彦が写っていた。いままでに、こっそりと撮りためていたものだ。
いつもなら、一枚ずつ眺めては胸をうずかせていたのだが、今日はそんなことをしている暇はない。
ばらまいた写真の中心あたりに座り、気を落ち着かせる。
羅利子は、自分の想像力を使って、雅彦の幻覚を作りだそうとしていた。
はっきりいって、自信はなかった。パンや洋服といった物は、何度もくりかえし想像してきたので、ほぼ完璧なものを作りだせるようになっていた。だが、生きているものを、しかも人間を想像するということは、まだ一度もやってみたことがない。
動き、話し、考える、ちゃんとした雅彦を作らないといけない。でも、そんな神様みたいなことが、私なんかにできりのだろうか?
いや、必ず作りだしてみせる。私だけを愛してくれる、私だけの雅彦を。そうしないと、私の悲しみは癒されない。
羅利子は不安を振り払い、想像を開始した。
まず最初に、雅彦と初めて出会った日のことを思い出す。
雅彦とはじめて出会ったのは、高等学校の二年生に進級したばかりの頃だった。
新学期の朝、羅利子は教室の後のほうの席でぼんやりとしていた。新しい同級生の顔をひとりひとり眺めては、どいつもこいつも頭が悪そうなやつばかりだと思っていた。ため息をついて、鞄から本を取り出したとき、隣の席の男子生徒に声をかけられた。
「暇そうだね」
昔から男子と話すことに慣れていない羅利子は、とまどいながらも小さくうなずいた。
「おれも、暇なんだ。仲の良かったやつとは、みんな別々のクラスになってしまってね。話し相手がいないんだよ。ああ、おれは鹿村雅彦っていうんだ。よろしく」
気持ちのいいしゃべり方だった。羅利子は思わず笑顔を浮かべながら、こちらこそよろしく、とつぶやいていた。
そのあと二人で話をした。
雅彦は、とても会話が上手で、話し下手な羅利子の言葉を、じっくりと聞いてくれた。おかげで、内気な羅利子でも、気軽にしゃべることができた。
やがて親しくなり、その後も一緒によく行動するようになった。
好きになってしまったのは、すぐだった。
雅彦を見ると、頬が熱くなってしまう。軽く手が触れただけで、胸が激しく高鳴る。異性にそんな感情を持ったのは、初めてのことだったので、どうすればいいのかわからなかった。
毎日を、悶々として過ごした。
何度も告白することを考えてみたが、自分に自信がなくて、まったく言い出せなかった。
「恋人ができたんだ」
半年後、雅彦から明るくそう告げられた瞬間、体の中がからっぽになってしまったような気がした。そうなんだ、よかったね、と言って笑う自分に腹が立った。
それ以来、雅彦と話す機会はめっきりと少なくなった。恋人に夢中になる雅彦を、ただじっと眺めることしかできなくなった。何度もあきらめようとしたが、だめだった。心の揺れを、抑えることができなかった。
やがて、心の底に押し込めたその想いは、醜悪な嫉妬へと変わっていった。
羅利子は雅彦の恋人である木川奈津に、こっそりと嫌がらせを始めた。
靴箱に汚物をつめこんでやった。机に包丁で傷をつけてやった。体操服を引き裂いてやった。
顔を赤くして怒る雅彦のそばで、羅利子は木川に同情するふりをしてみせた。気分は少しも晴れなかった。むしろ前以上に、どす黒いものが満ちてきた。
数日後、雅彦にばれた。
朝早くに、木川の机の中に、魚の死骸を入れようとしたところを、見られてしまったのだ。
雅彦は、羅利子を殴るでもなく、さげすむでもなく、ただ悲しそうな表情をして見つめていた。それを見て、自分が雅彦に、友人として強く信頼されていたことに気づいた。
しかし、もう遅い。
雅彦に絶交を言い渡された。
二度と、口を聞いてもらえなくなった。
それでも、雅彦に対する想いは消えてくれなかった。むしろ、激しく拒絶されることによって、ますますいびつにふくらんでいった。
雅彦の写真を集めはじめたのは、それから一週間後のことだ。
友達や木川と遊んでいる雅彦の笑顔を、望遠レンズつきのカメラで、はなれたところから、何度も撮影した。もう彼は自分には笑いかけてくれないだろうから、こうして彼の笑顔の写真を集め、それを眺めながら、自分をなぐさめた。木川といっしょに写っているものは、木川の顔の部分だけを噛みちぎった。そしてそこに自分の顔がはまっているところを空想し、暗い喜びにふけった。
写真が段ボオル箱にいっぱいになった頃、雅彦は交通事故で死んだ。