壱
雅彦を作ろうと思った。
わたしの特殊な想像力を使って、死んでしまった彼をよみがえらせるのだ。
夕日が射す通夜の会場で、月田羅利子は涙をふきながら、そう決心した。
棺桶の前では、血縁者達が整列し、ひとりずつ焼香をあげていた。羅利子をふくむ雅彦の同級生達も、制服姿でその列にならんでいる。
鹿村雅彦は、十七歳で死んだ。交通事故だった。
クラスで人気者だった生徒の死に、誰もが表情を暗くしていた。低い嗚咽が何度も聞こえてくる中で、遺影に写る雅彦の日焼けした顔だけが、まぶしい笑みを浮かべている。
焼香を終えると、羅利子はその遺影を見上げた。
雅彦君。ちょっと変わった形で、もうすぐ会えるからね。
心の中でつぶやき、小さく笑う。
すると突然、誰かに頬をたたかれた。
乾いた音が響きわたり、まわりにざわめきが走る。
頬をおさえて顔をあげると、目の前にひとりの女子生徒が立っていた。体を震わせながら、こちらをにらんでいる。
「あなた、いま笑ったでしょう?」
その女子生徒は、かすれた声で叫んだ。その顔はひどくやつれており、目の下には、涙の跡がくっきりと残っている。
羅利子は無表情で見つめ返した。
「このブス。雅彦が、雅彦が死んじゃったっていうのに、何がおかしいのよ?」
どうやらさっき小さく笑ったことが、彼女の気にさわったらしい。だからといって、手を出すことはないだろうと思ったが、口には出さなかった。
あまりこの女子生徒とは、話をしたくなかったからだ。
その女子生徒、木川奈津は、雅彦の恋人だった。
雅彦が生きていた頃は、この女が彼の体に触れるたびに、嫉妬に狂い、何度も殺してやりたいと思ったものだった。しかし、いまはもう、そんな気持ちは消えていた。たたかれたことに対する怒りも、まったくない。
なぜなら、自分とちがって、木川奈津はもう二度と、雅彦に会うことはできないのだから。
そのことを考えると、体中が優越感で満ちてくる。いままでの彼女に対する恨みなど、全然気にならなくなってくる。
「何とか言いなさいよ」
木川が、また腕をふりあげた。男子生徒達が間に入って、それを止めてくれた。
「離して、離してよ。あいつを殴らせて」
男子生徒達に引きずられながら、木川奈津は会場の外へ連れて行かれた。
羅利子は、無言でそれを見送った。