01
地上100階を超える超高層複合ビルの中階、その日の夕方遅くに、松尾義徳は自宅玄関のドアノブを掴んだ。
-瞬間、ドアノブは触れた手のランダムな場所から皮膚細胞の一欠片を採取、登録されている遺伝子情報と称号。及び、監視カメラは彼の外見的特徴及び網膜パターンを照合する。-
その間約1秒。
ピーンという電子音がドアから聞こえると、彼はドアノブを下げ扉を開けた。
「ただいまー」
襟元のボタンを外しながら靴を脱ぎ、廊下を歩く。
「お帰りなさーい。よかったー。無事でー」
ゆるふわ系のファッションを身にまとった、雰囲気のふんわりした女性、母親の「松尾マリエッタ」がリビングから彼の方へ歩いて来た。
「何かあったの?」
「何かファーストの辺りで爆発事件だって。最近本当に物騒ねー」
二人でリビングに入ると、大きなディスプレイには、その爆発事件の事件現場が中継されていた。
義徳はそれを横目に見ながらキッチンへ行く。
「大丈夫だよママ。家からは遠いみたいだし」
水道からグラスに水を汲むと、一気に飲み干した。
「でも、最近多くない?」
「そうだね。最近多いような気もするけど、いつもの事だよ」
そう言いながら、グラスを軽くすすぎ、シンクに置く。
そんな会話をしていると、住居制御装置から、女性の声が流れた。
「お帰りなさい。義徳。」
「ただいま。母さん」
***
ほんの少し彼「松尾義徳」のパーソナルデータの紹介をしようと思う。
年齢17歳、高校生。身長168cm、体重52kg。男。インドア派だが、容姿は女性にはもてる方。
二人の女性の子供として育つ。
母親の1人は「松尾七海」。公職の検事であったがそれを辞職、現在は優秀なフリーランスの検事として働いている。
もう一人の母親は「松尾マリエッタ」。元ヤクザの組長。とある事件で七海と出会う。その際、一目惚れをした七海に口説き落とされる形で結婚。組を引退。現在はデイトレーダー兼主婦として生活。
なお、遺伝レベルでの親子関係については、どちらの母親とも99.9%の確率で親子関係を実証済。
***
「母さんとママにもちょっと相談したいことがあるから、晩御飯一緒に食べてくれる? 大したことじゃないんだけどさ」
「何々? 恋の話? それならママに任せてよ」
そう言いながら、マリエッタは義徳の右腕を抱きかかえるようにして引き寄せる。
実際、彼女は色と情で組織のTOPまでのし上がり、それを維持していた。ある意味、プロフェッショナルだ。もちろんそれだけではなく、経済の波を読む力にも優れていた。そういうところからも、人を読むという能力に優れているとも言えるだろう。
「そんなんじゃないから。ちょっと、離してよママ」
義徳は小さくため息をつくと、ファムにむかって声をかける。
「頼むよ母さん」
「分かった。ちょっと早めに切り上げるから。でも恋の相談じゃないのね。残念。」
「母さんまで…。」
義徳が言い終わるか終わらないかの辺りで、ファムの通信が切れる音がした。
-曲者の母親二人をどう説得するか-現在の彼の頭の中は、その道筋を組み立てるシミュレーションを繰り返していた。
取り敢えず始めてみました。どれくらい続けられるやら。