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ラウンジ

エントランス


「どうしてですか」


 僕は、先輩を責めた。


 ここは先輩の住むアパートのエントランス。彼女は大きなスーツケースを転がして、マフラーを首に巻きつけながら出てきたところを僕につかまった。


 さすがの彼女もびっくりしたらしい。もともと大きな目をさらに大きく見開いて、ひとつふたつとまばたきをする。対する僕は、彼女をしっかりと見て――いや、ほとんど睨んでいた。マフラーの端がふわりと舞い上がった。


 僕がなおも視線を外さずにいると、先輩はやがて、


「なーんでばれちゃったかなあ」


 そう言って、あっけらかんと笑った。


「絶対ばれないと思ったのに。ねえ、なんで?」

「そりゃ、学校全体で一人しか枠のないプログラムに受かってれば判りますよ」

「あー、そういうことか。ていうかよくチェックしてたね、そんなん」

「僕もあの枠、来年もらおうと思ってるので」

「優秀だねえ、感心感心!」


 ……遠まわしに自画自賛したことに気づいているのだろうか、この人は。

 毒気を抜かれそうになりながらも、僕はまだ食い下がる。


「それはいいんです。どうして、僕に黙ってたんですか」

「だって、言ったら行きたくなくなっちゃうもん」


 先輩はそう言って、子どものように頬をふくらませた。


 対する僕は、少し混乱する。


「なんで……僕が引き留めるとでも思ったんですか? 僕は絶対に貴女を応援して」

「だからだよ。『すごいじゃないですか、ぜひ行ってきてください! 僕、応援しますから』とか言って、寂しい目するんでしょ」

「…………」

「あたし、言葉より目つきのが堪えるタイプなんだよね」


 先輩は、今度はきまり悪そうにほほ笑むと、スーツケースをその場に置いたまま僕のほうへ向かってきた。

 不覚にもどきりとする僕の顔を至近距離から見上げて、冷えた指先で眉間をちょんと突ついてくる。


「ほーら、そうやってシケた顔する!」

「……だっ、て」

「あっあーあー、泣かないでよ。泣いたら10倍の声量で泣き返してやるから」

「……泣きませんよ」


 僕は気合いで涙をひっこませ、先輩の圧力に屈して、にこりと笑って見せた。

 意地の悪い笑みになっている気がする、けど、まあ良いか。


「メール、ください」

「うん」

「頑張ってください」

「うん」

「待ってます」

「うん」

「好きですよ」

「……うん」




 そうして旅立っていった彼女は、果たして一週間後、LAXのエントランスでホストファミリーと並んだ写真が同封されたエア・メールを送って寄越した。


 "See you soon, my honey!"




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