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9/11

終局:泣き虫の空

ねぇ。

空は笑ってる?それとも泣いてる?

手を伸ばせば届くかな。

きっとだね。

きっとだって。

何回目かな?

目隠ししたようで暗かった。

見えない雲にうっすら笑った。

かすれた声でゆっくりと名前を言うんだ。

忘れかけた名前をね。

 

 

 


 

 

 

 


 

 

 

夏は暑い。

そんなことはわかってるのだが。

今日に限って陽射しが余計に厳しいのはなぜか。

半袖はあたりまえ、しかし半ズボンは気が引ける。

無邪気にはしゃぐ子供達が羨ましい。

冬用ではないが、ちょっと厚めの長ズボンを穿く。

でも、今は膝までめくれている。

暑いコンクリの上に座って「あー」と力が抜ける。

水分を太陽に吸い取られている感じ。

とにかく陽射しが厳しい。

いつもより黒くなった手を上にあげてみる。

太陽の光で余計に黒くなった。

何を掴む手なんだろうか。

伸ばせば届くようで届かない距離。

この距離が届かないこと。

くやしくて手を下げて暑いコンクリの上に。

水希は看護婦に頼んで水を桶にいれてもらって、足を突っ込んでいる。

ひんやりした感触は数分で温くなって、逆に暑い。

汗がダラダラと服を通っていく。

水希はなぜ自分がここにいるか、まったくわからない。

ただ、病院に入りたくないだけ。

一歩でも入ったら、自分が許せないようで怖い。

真っ白なTシャツに英語の単語がずらずらと胸にペイントされている。

その生地が厚いのかわからないが、汗で透けてはいなかった。

時間は、先ほど携帯を覗けば12時前。

平日と違って、今日から夏休みといえる日である。

水希の学校はフリースクールなので、行きたいときにいけばよいという決まり。

規則もなにもないところだが、その分学費が異常だ。

バイトして、全額だしきってもサラ金に借りるオチだ。

しかし、いいことに水希の両親は多額の金を用意してある。

バイトが自分の小遣いみたいなものだ。

が、今はことりの飲食物などで消えていってる。

でも、今の財布は豪華。

そんな中途半端な水希はまだ病院の前。

看護婦に「入れば?」なんていわれようが。

「いえ。」

の二文字で事を終わらせる。

そして、今日が座り込んで2日目。

――――ことりが意識を取り戻した日。

井上と水希が病室に向かうと身動きしないことりが床に顔をつけていた。

微動…いや、動いていないといったほうが適切であった。

乱れた服で倒れることり。

無心、心を無くしたような目つき。

「・・・!」

なぜか怖くて2・3歩下がった。

『もうコイツはことりじゃない』

そう、自分で思ってしまった。

看護婦や看護師。

多くの人がことりを心配し、駆け寄り抱き上げて、病室へ戻った。

「…どうしたんだ・・って月下君?」

 

 

 

 

 

怖くて。

自分が許せなくて。

泣きたくて。

愛せない自分を殺したくて。

憎くて。

全てを諦めたくて。

何もかも壊れてしまいたい。

元通りになんてできやしない。

日が射せば吸い上げられるように。

いつか、自分も水になりたい。

希望なんて自分の中で死んだと思う。

もう――消えてしまいたい。

 

 

 

 

 

 

 

あの日。

ことりは一度は息を止めた状態であったが、奇跡的に息が戻った。

しっかりと鼓動も聞こえた。

しかし、油断はできず酸素を常に吸入しなければ、おそらくは、

「死」と直面してしまう。

なんの病気でどうやったら治療ができるのか。

まったくもってサッパリだ。

普通の記憶喪失ではなく、なにかの精神病であることは間違いない。

精神分裂?わからない。

彼女はなにが苦しくてなにが怖いのだろうかと。

彼女以外、誰もわからない。

どうしたら、あんなに長時間も嘔吐し続けるのだろうか。

体にはなにも異常がないのに、足腰が悪くなったりするのか。

考えることにも疑問を抱く。

でも、わかることはこうして息をしてること。

それだけで、いいのかもしれない。

今はそう、思うことだけが本当の『治療』なのかもしれない。

ことりは、いつも病室の中。

一歩もでれない、いやでれない。

水希はいつも病院の前。

一歩もはいれない、いや入れない。

だって、ことりを見てしまえば…

 

 

 

 

 

 

 

 

お姫さまは必死に牢屋に向かって叫びました。

なにか、少年には『ごめんなさい』と何度も何度も聞こえているようでした。

お姫さまは喉が嗄れても、ずっと叫びました。

少年には聞こえない言葉をたくさんと。

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は17時ちょうど。

日は白ではなく赤く染まっていた。

雲がでてきたぐらいで、何一つかわりはない。

病院の玄関のすぐ隣のへこんだスペース。

ここには水希がいたのだが、今だけは面影もない。

蜩がどこか遠くで鳴いている。

夏の風物詩である蜩。

誰かの叫びみたいな悲しい唄のように聞こえた。

あの温い水の入った桶が赤く染まっている。

ゆらゆらと琥珀みたく、桶の中に何かが沈んでる。

ホント琥珀みたいに。

黒くて揺れる水面ではただの塊にしかみえない。

手の平にのるぐらいの丸いような形の物体。

その水面の光は真上に輝く。

そこはことりの病室のところまで飛んでいく。

真っ直ぐな光ではなく、まだらに飛び交う光。

あの黒い物体が邪魔をして光を止めているように。

虚しく蜩が唄う。

蜩の唄が終わると同時に水希が走って戻ってきた。

手には青い棒状のあの冷たいもの。

それも二つ、キンキンになっている。

「へへ…やっぱ夏はこれだよなぁ」

あの桶に足を突っ込むと同時にアイスにしゃぶりついた。

一気に解放された水希の唾液。

その液によって溶けていく青いソーダ味のアイス。

凍りついた液体が喉に通るとき、冷凍された感覚が脳に刺激する。

「くぅ〜…これだよこれ!やっぱり冷たいのはいいよな!?こと…」

―――蜩が唄い始めた。

水希の隣には誰もいない。

右を見ても、左を見ても、誰もいない。

手には木の棒と溶け始めているソーダ味のアイスの二つ。

蜩はまだ唄う。

笑顔から通常の水希の顔に戻っていった。

 

 

「なぁ…。ことり?今日も暑かったよな。いつも通りだろ?」

 

誰もいない。

 

「今日も雨、降らなかったよな?」

 

上を向いた。辺りは夕暮れ。

 

「あの買ったながぐつ、どうしよっか?」

 

溶けてきてるアイスが大きな固体として、零れ落ちた。

 

「まだ日記、かいてるんか?今度読ましてくれよ?」

 

声が震えた。

 

「なぁ…ことり。返事、ちゃんとしろよ?」

 

蜩が唄うのをやめた。

 

「なぁ…ことり…ことり!!返事しろよっ!!」

 

雲はまだ泣かない。

 

きっと空も泣かない。

 

誰かが笑ったら泣くのかな。

 

きっと、きっと。

 

空はいつも回る。

 

いつもにんまり笑っている。

 

楽しそうに、何も考えずにぐるぐると。

 

でも、悲しいときには泣いていんだよ?

 

がまんせずに、たまには泣いてごらん?

 

彼はずっと待ってるんだ。

 

空が泣くのを。

 

ずっとずっと待ってるんだ。

 

わかったことに背を向けて待ってるんだ。

 

ずっとずっと。

 

空が泣いてくれるのを。

 

誰かが笑ってくれるのを。

 

待ってるんだ。

 

痛くたって、悔しくたって。

 

きっと、ずっと待ってる。

 

泣き虫な自分は泣いちゃダメだって。

 

こんなにも想ってるのに。

 

どれだけ、自分が弱くて泣き虫でも。

 

笑って生きる彼女が好きなんだって。

 

あの空にはわかってくれてるのかな?

 

全て、わかってくれるように。

 

涙は流したくない。

 

彼はいつも呟く。

 

彼女のために、ずっと。

 

 

 

 

 

今日は雨が降った。

 

 

 

流れる雨の雫は、彼の涙かな?

 

 

 

あの場所でずっと雨の中立っていた彼。

 

 

 

泣いているのかな?

 

 

 

その涙は彼女のためにあるんだって。

 

 

 

空はいったんだ。

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