最終章:忘れた愛
眩しかった。
なぜだろうと、頭を傾げる。
何を求めて何をしてきただろうか。
きっと、きっとね。
「愛」を求めたんだ。
光が輝いた瞬間だった。
壁から光ったままで。
「恋」が光った。
水希が病室をでて2分後。
ことりが嘔吐した。
ことりの病気、「記憶損害精神破裂病」は一種の精神病である。
それは「精神分裂病」の症状とよく似ている。
「精神分裂病」とは、若い人によくでる症状で、大まかに言えば幻覚や幻聴といったものがあるという。
しかし、そういったことと、ことりの病気には何のかかわりも無い。
だとすれば、何が似ているのか?
それは人間性を無くすことである。
人との関わりを断つことで人を嫌うようになってしまったのである。
そして、ことりの病気の一つの「記憶喪失」と混ざってしまったようなのである。
そして、付けられた名前が「記憶損害精神破裂病」である。
井上が言った通りにわからない病気なのである。
記憶がなくなったら精神が不安定になり、壊れる。といったほうがいいのだろうか。
簡単にいってしまえば「記憶が無くなってしまい、人間不信」みたいなことである。
まだ医学でも解明できない病気なのである。
そんな病気がことりを襲った。
嘔吐したことりは、10秒以上吐き続けた。
舌が痺れるほどの量と音。
目が剥き出しになり、涙が止まらない。
ナースコールを連打する看護婦と背中をさする看護婦。
「大丈夫ですか!?青風さん!!」
聞こえる大声に反応できないことり。
一面、多彩な色で染められたベットにことりが横たわる。
懸命に叫ぶ看護婦を横目に意識が遠退く。
呼吸が荒く、未だに眼球が剥き出しであった。
ことりのベットに更に2人、人が増えた。
酸素吸入を付け、ストレッチャーに急いでのせる。
点滴を持ったり必死にことりに呼びかけたり、扉を開ける。
やはりたどり着くのはあの「集中治療室」。
緑のランプから、赤のランプがついた。
3人の医者達が治療室へ入っていった。
そして、白衣を着る井上の姿がみられた。
―――水希はことりの病室から出て、ロビーで頭を抱えていた。
下に降りてから看護婦達の動きが慌しくなったのが感じられた。
「集中治療室」はこのロビーの一番右端。
ちょうど水希のいる位置からかすかに見える所。
暗くてわからないが夜になれば明かりが余計につくのでその位置がわかりやすい。
そんな場所が慌しい。
「(なにかあったんかな…?)」
水希がチラリとその場所を見た時、
「月下君!」
肩で息をする井上の姿が座席の後ろに見えた。
「ど、どうしたんですか?」
「ことりちゃんが・・ね、今…集中・・治療室に…はいったんだ。」
「え・・ことりが、ですか!?」
「そう…そうなんだ。」
ようやく呼吸を正した井上。
「これまでにない症状でね。嘔吐が止まらないんだよ。それに息が苦しそうで。」
井上が言った瞬間、水希が走り出した。
――――時間が止まった。
走馬灯のように水希の頭を巡る。
「笑ったことり」「泣いたことり」「怒ったことり」
全部、全部覚えてる。
きっと叶わないだろう。
だけど、ことりを想うんだ。
そう、告げたのが水希なのである。
閃光が二人を抑えた。
「愛」を求めた。
だけど叶わない。
「恋」を求めた。
認めなくない。
水希はことりを「愛」してる。
「恋」してるではない。
「愛」してるんだ、と水希。
だからことりを求めて走り出した。
少年はお姫さまを連れ去ったことで、処刑といわれたのです。
お姫さまは少年が殺されるのを止めようとしたのだが、王様は許しませんでした。
処刑の場所は一番右端の場所でありました。
水希は急いでことりの病室に走っていった。
荒い呼吸でドアを開けた。
壁に激突する音が病室に響いた。
個室のことりの病室からは鼻がもげる匂いがした。
白い布団が半分だけ床に落ちていた。
そして、白ではない多彩な色で敷き詰められいた。
臭くて気分が悪くなる。
右手で口と鼻を押さえながらも水希はことりの引き出しを開けてみる。
そこには無数の大学ノート。
4つある引き出しの大学ノートを取り出し、それを胸に抱きまた走り出した。
涙が零れないように上を向けながら。
君は何を知ってるのかな。
私にはありふれた言葉と悲しみ。
何気ないことが私を揺らし、涙する。
覚えたいこと、覚えたくないこと。
入り込む現実が私を悩ます。
君は何をしてくれるのかな。
きっと。
きっと。
笑ってくれるのかな。
汗だくになった水希がそこにいた。
「集中治療室」。
頭の先にはそう、書いてある。
荒い呼吸がさらに暑さを感じさせる。
何も変わらない日常。
感じあった毎日。
だけど、今日だけは揺れていた。
見渡すと白衣の人が5人…いや、8人以上はいるだろう。
大声を張り上げたり、妙に鳴り響く金属がこすれる音。
いつもは緑のランプ、しかし今は赤く「手術中」と目に映った。
水希は脇にしまったノートのことなど忘れて、地べたに座り込んだ。
「(遅かった…?)」
虚ろな顔でじっと地面を眺める。
バサバサとノートが落ちる。
無造作に開かれることりの日記。
それは、水希がくる前のものもあった。
かわいらしい字が並んでいる。
怒ったような字、泣いていたような字。
言葉によってわかってしまうそのときの感情。
だが、もうこの日記には書かれないかもしれない。
もう二度と。
カタカタと震える水希の歯。
がまんして溜めていた涙が一気にあふれ出した。
声がでないほどの涙。
鼓動が大きくなる。
通り過ぎることができない病気、許せない自分。
何故だか自分が許せない。
何故だろう。
ことりを守れなかった自分が許せないのだ。
「うあぁぁぁ!!!!!」
両手を叫びと同時に地面を殴りつけた。
誰も振り向かない時間。
気づかない人々。
真っ赤になった目の水希が歩き出した。
――――――空が泣いた。
処刑の時間は残り3日です。
少年はわかったような顔をして牢屋の中でずっと座っていました。
牢屋の外はちょうどお姫さまの部屋が見えるのです。
ことりが手術室に入っておよそ半日がたとうとしていた。
辺りは暗く人もいなくなった。
ようやく静かになった手術室。
ことりの病状はいっこうに回復せず、ただ現状維持が精一杯であった。
井上はまだ安定しないことりをずっと観ていた。
酸素マスクをつけ、息をしているのかわからないほど静かに目を閉じていた。
ここからは小さいが窓から外がみえる。
先程から雨が降ってきてるようで、カンカンと何かにあたっていてる音がしていた。
それは、何か子守唄のようにも聞こえた。
でも、誰かの涙のようにも聞こえた。
――――ことりの音が止まった。
ついに処刑の時間です。
それはお姫さまにとっては見たくないものでした。
大きな刃が少年を狙います。
その時、神様が少しだけ時間を与えました。
お姫さまに最後の言葉を聞くために。
水希が歩いていた。
目指していたのはあの駐車場の薄暗い隙間。
外は雨。
傘もささずにただ立ち尽くす水希。
光がない場所には何が見えたのだろうか。
水希は泣いていたのだろうか。
その時、水希は膝をつき呟いた。
「…どうか。俺に最後の時間をください。何でもいいです。何でも罰を受けます、だから最後にことりと笑っていたいんです。」
それが精一杯の言葉だった。
雨はいっこうに降り続ける。
――――空も泣いていた。
跡がつくほど抱いて。
ねぇ、ぎゅっと。
痛いくらい好きだよ。
愛してるっていって。
何よりもずっと、ずっと。
愛してるよ。
そう、ずっと。
ことりの息が止まった。
甲高い音が響く。
傍にいた井上はいつもと変わらない顔で、ことりの酸素マスクをとった。
機械を止める。
だが次の瞬間。
「…先生?」
擦れた声が聞こえた。
その声に驚いた井上。
「こ、ことりちゃん!?大丈夫なのかい!?息が…息が止まって鼓動も…」
痩せている力ない顔でまた、力ない笑顔を見せた。
「み…ずき…は?」
目が見えていないのかずっと天井をみていた。
瞬きもせずに真っすぐ。
力が入らないようで、震えていた声と体。
井上はことりの笑顔に反応して笑って話した。
「はは…。よし!今から月下君を探してくるよ!ことりちゃん。待っててね。」
そういう井上は、ナースコールを押して出ていった。
ことりは軽くため息を吐き、目を閉じた。
勢いよく出て行った井上であるが、ことりの病室の手前で足が止まった。
「でも…なんでことりちゃんは、僕のことと月下君のことを呼んだんだろう?」
記憶喪失をもってることりが、なぜ覚えているのだろうか。
今日のことはわかるのだが、何度も寝ても消えない記憶もあるのだが、一度頭を切開してしまったから脳の力が軽く停止してる状態であったのにもかかわらず。
なぜ覚えてるのだろうか。
これも、病状の意味がわからないことにたどりつく。
「一時的…?なにかの衝動で記憶が戻るという実例もあるけど。」
何か強く覚えてる記憶であれば、その行動をすると脳に焼き付けた記憶が戻ってくるという実例も少なくは無い。
井上は深く考えてみる。
ことりが思い出すような出来事を。
すると、階段から床を擦るような音が鳴り響いた。
水の音がした。
そこからは雨で濡れて水が滴れ落ちている水希がいる。
薄暗い電灯の光が、暗い水希の色をだした。
ヒタヒタと濡れている水希が目を閉じていった。
「…先生。俺、なんでむするからことりを助けてやってくれ。」
「月下君…。」
頭を下げると水がさらに床に落ちる。
電灯の明かりが虚しく感じる光。
水希の体からは夏の気温は感じさせないほどの寒さが感じられた。
ゆっくり、ゆっくりと井上に近寄ってくる。
そして、重い口が開かれ、小さな静寂を破った。
「…先生。俺…どうすればいいですか?」
「え?・・なにをいって」
水は一気に床に落ちた。
「俺は、ことりを助けたいんです!!」
大声が響き、ちらほらと人間が集まってくるような、そんな感じ。
赤く染まった水希の目は大きく開かれていた。
真っ直ぐで、素直な顔。
「ことりは絶対、死なせない。それは俺がきめたことなんです。」
「月下君」
驚きじゃない、呆れじゃない。
井上の言葉は曲がってない真実の言葉だった。
―――――空が笑った。
――――眩暈がした。
走った。
――――倒れた。
階段で躓いた。
――――血だ。
足を捻った。
――――服が乱れて肌から出血した。
右側まで走った。
――――目を閉じた。
絶句した。