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第五章:震えた光

あの空になんの言葉をいった?

絶望じみた言葉ですか?

それとも悲しみの言葉ですか?

人を欺ける言葉ですか?

風は空にその言葉を伝えにいく。

暗くて怖くて。

それでも、なにか。

雨だけは、動いていた。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

外は暗かったと思う。

小雨が降る夜中。

街は静かに眠る日だった。

一人の少女は眠れない日となった。

いや、眠らされた日だった。






白い背もたれのないソファに水希が前屈みで座っていた。

ビビッと天井の電球がいう。

――――ことりが倒れてからおよそ半日を過ぎようとしていた頃。

異常な体温を持ち、目が開かないほどの汗を出していた。

水希はとっさに出した紙をとりだして、井上に電話をした。

ことりが倒れてから1時間で救急車がやってきた。

それからはずっと病院の中で座ったままだった。

何も飲まず何も食べないで、座っていた。

ただ意地をはるように黙って座っていた。

時計は進む。

12時を越した。

次の日になった。

「…月下君?」

少し震えた声と共にやってきたのは、白衣の痩せた男。

ずれた眼鏡が特徴の、井上だった。

「・・・・」

何も言わずに水希はふと顔上げた。

枯れた涙と消えた笑顔。

残念そうな顔で覗き込んだ井上は、水希の隣に腰をおとした。

第一声は皮肉なものだ。

「ことりのことなんだけどね…。」

水希は顔をまた伏せた。

「月下君?…いいかい?これは君にきいてくれないといけなんだ。」

眼鏡を右手で上げて言った。

「ことりの病状はね…非常に危ない状況なんだ。君にはいってないかのしれないが、ことりの病気は君が知ってるようなものじゃないんだ。もっと…酷なものなんだ。」

「・・・」

「記憶がなくなる病気なんだ。」

そう、井上が言ったときには水希の頭は上がっていた。

「…それって単なる記憶喪失ってものじゃないんですか?」

かすれた声が黒さを増していく。

「月下君。君の知っている、記憶喪失、というものは。全部忘れたわけではなくて、なにかの拍子で記憶が戻る、とか思っていないかい?」

無言で頷く。

井上は立ち上がり、後ろ向いた。

「記憶がなくなるんだよ。」

また、息継ぎをして。

「なくなるんじゃなくて消えるんだ。もう、彼女の頭の中には未来のこと以外なにも入らないんだ。無理に思い出そうとすると、体が反応して痛みを出す。」

水希は言葉を失った。

無くなる。

残酷にも、その言葉が水希を襲った。

「そして、彼女は無理に思い出してしまった。過去のこと。でも、彼女の体はそのことを許してはくれなかったんだ。いわゆる、拒絶反応ってやつだよ。僕たちの力じゃなにもできないんだ・・。ホント、ごめんね…」

井上が振り向いた瞬間。

「ふざけるんじゃねぇぞ、お前!!」

水希の顔が血相を変えて、井上の襟を掴んで持ち上げた。

怒鳴る罵声が無音の病院に響き渡る。

「・・・!な、なにをすんだ!月下君!」

「…なにが…なにが、“なにもできない”なんだ!なんで・・なんで…なんでなんだよ!お前は医者じゃないのか!人の命を救う人間じゃないのか!?」

「…しかたがないんだ!」

井上は水希の目を逸らさず睨み付けた。

「僕だって助けたいんだ。だけど…この病気は実証がなくてどうしたら回復ができるのかわからないんだ。ただ、生きる時間を延ばすだけした…できないんだ!」

井上が水希の手を振りほどいた。

逆に、水希の襟を掴み返した。

「君になにができる!彼女を救えることができるのか!?君は、なにもできない人間じゃないのか!?えぇ!?どうなんだ!?ただ遊んで話して、ことりのことをよく知らない輩が出しゃばるじゃないよ!君は何もわかってないんだよ!」

ハッとしたころには遅かった。

水希は下を俯き悔しがっていた。

井上は自分手を見た。

水希の襟には、赤い染みとパキパキになった感触。

震えた体と滲む誰かの手。

「…ご、ごめん!僕…ずっと手術していて頭が火照って…」

焦る井上と…涙する水希。

「俺は・・俺は…。ことりのためになにができたんだっていうんだよ…!」

ビキッという音が水希の口のとこから聞こえてきた。

滴れ落ちる赤いもの。

殴りつける自分の顔。

「…月下君!?」

口の中は鉄の味でいっぱいに。

―――――空は怖かった。











間違った雲がそこにあった。

真っ白に眩しい光のカケラ。

遠くに遠くに。

何か消えるまで。

遠くに遠くに。

光よ、輝いて。

空が怖くて。

気持ちもどこかへ飛んでいった。

もっと、もっと。

近くに近くに。

笑っていたいから。

近くに近くに。

眠ったカケラは、空に消えた。

カケラが投げ出されて、クルクルまわった。

闇が空を焦がした。

決して、許してはくれないもの。

きっと、きっとね。

カケラは―――――裏返った。











―――記憶損害精神破裂病。

これが、ことりの病名だった。

世界中、どこにいってもありえない名前。

存在しない名前なのだ。

だが、ただの“記憶喪失”だと味気がないようで。

“喪失”ではなく、“破壊”とでもいうべきなのだろうか・・。

生憎、この病気を治せる手段はない。

「残念でした。」と終わらせればいいのもだが・・。

終わせることのできない男がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨上がりの空は少ない光を保つ。

それが嬉しくて、何度も空を眺めた。

光が射す場所が好きで。

何度も歩いた。

決して歩けなくとも、その場所が好きだった。

そこは誰かのお気に入り。

暗くなってもお気に入り。

そして、約束の場所だって。

―――――――ねぇ、そうでしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涙を流したのは多分、12時を過ぎたころだと思う。

井上と水希が話していた。

「これが…ことりの病気・・?」

「あぁ、そうだよ。」

見せられたのは何枚もの白くてたくさん字のある紙。

小さくて見づらい字だらけだが、一行だけオレンジのマーカーがひかれていた。

「“青風ことり  上記の者は  記憶損害精神破裂病  と称す”」

水希が瞬きせずに呼んだ。

「なんだよ…この病名は・・!こんなのって知らないぞ!?」

「そうだよ…こんな病気は存在しないよ。」

「だったらなんで…!」

「彼女が記憶喪失の病気じゃないんだよ。」

「そんなことって…。」

「僕も人生で初めての患者だよ。」

水希が思い立ったように言った。

「その対処方法はあるんですか?」

水希が書類を丸くして下に落とした。

クシャクシャになった紙が地面を撫でる。

「…技術的なものには、全部手をうったんだ。だけど、全部彼女には通用ないんだ…だとすれば、残るは一つ…。」

「残りは・・?」

「メンタル面だよ。」

「メンタル?」

水希が繰り返し疑問を投げつけた。

「用は精神面だよ。不安定なのも、自分の記憶がないからなんだよ。記憶を戻そうとするけど、1日たったらその日の記憶がなくなってさらに、思い出そうとする行動さえも消えてしまうんだよ。それがループしてしまってるから余計に精神に負担がかかるんだよ。」

「でも、精神ってそう回復できないんじゃないんですか?」

「そう。僕たち医者ができることじゃないんだよ。でも、君ならできるかもしれないんだ。」

「俺に・・ですか?」

呆れた顔で井上を見る。

「なんで俺なんですか?」

さらに井上を問う。

「彼女が君のことを好きだってことさ。」

「へ・・?」

井上の真剣な声と、水希の呆れた声。

時刻はもう3時を超えようとしていた。

勿論、今日は平日。

水希はフリーの高校だがちゃんと時間があるのである。

時間的に危うい状況なのだが・・・。

「ことりが・・好き?」

分かってない人が約ここに一名いたのであった。

「そう。彼女はね。よく君のことを話すんだよ。うん…毎日。何度も何度も。耳にタコがあできるほどに何回もね。」

「・・・。」

「でも、それだけ君のことが好きってことなんだ、って思ってたんだよ。」

「で、でも。そういうことに精神面とかの問題は解決できないんじゃ?」

「そうでもなんだよ。精神っていうのはその人がもってる一つのものなんだ。それはとてもとても繊細なものなんだ。でも、解決できるのは自分が一番安心できる行為。」

「安心できる行為?」

「それが君の話をしたり、君といることなんだよ。彼女のとってそれが安心できる一番の行為なんだよ。」

用は水希がことりといることで、ことりの病気が治るかもってことである。

そのことをハッキリと確認した瞬間、水希の顔が赤面した。

「だからお願い。君の協力が必要なんだよ。月下君。」

そう、時刻が4時をまわったときだった。

 

 


 

 

 

 


ドアが開いた。

私に見えるのは未来?過去?

涙のない顔に無数の雫。

気高き血が切り捨てられた。

私にはもう、なにも残らない。

一人では動けない意識。

誰も愛してくれない。

もう――――――誰も。

こんな姿なんて。

―――みせたくない。

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