第二章:明かり
気持ちいい。
嬉しいかもしれない。
そんな感情が嬉しい。
この物語を知っているだろうか?
あるお姫さまとただの汚らしい少年のお話。
…知らないならいいんだ。
聞きたくなったらいつでもいおう。
でもね…最後の結末だけは知られたくないんだよ。
だけど、あのかわいい彼女は自分で結末をあけようとしてる。
どうか…どうかわかって欲しい。
知らないでいる彼を悲しませることなく幕を引いていきたいんだ。
どうか…
「ん〜…よく寝たなぁ。」
どしゃぶりなあの通り雨は夜、消灯時間まで降り続いていた。
人の声が少なくなる病院の明かり。
人の燈も消えるここはなにか悲しい風を毎日送り続けるようで。
ちょっと恐かった。
悲しいことは御免だよって。
そう、水希は思った。
水希はことりの病室の壁に寄り掛かって知らぬ間に寝ていたらしい。
ふと、携帯を見れば針は八の羅針盤を動いていた。
ふいに看護婦の足音だけ聞こえた。
「ヤバいな…消灯時間過ぎてるな。さっさと帰るか。…おーい、ことりさーん。俺、帰るから今度また来るからなー…寝てんか?」
水希の独り言が空を切り虚しく消えたようだった。
ことりの顔を覗き込む水希。
スゥスゥと安心そうに寝息をたてていた。
「寝てる…か。そっとしとくかな。」
クルッと体を反転させると足元に固い何かが足にぶつかった感触が。
「おろ?なんだこれ?」
暗くてよく見えないが、どうやら何かの本である感じであった。
ふと、携帯を取り出す水希。
携帯をあけて、その画面からでる明るい微かな光をあて本を見た。
表紙には“日記”と書いてあった。
「これは…はっ!いかんいかん!いくらなんでも少女の恥ずかしい日記なんぞ見たら男として最低だ!…つーことで‥ほいっと。」
左で持ってた日記をことりのベットに投げた‥つもりだった。
「…!しくった!落ちちまったよ…。ん?」
床に落ちた日記はパラパラと数ページ開いた音がした。
水希は携帯の電源のボタンを一度押した。
もう一度明かりが光った。
偶然開いたページには、
「6月12日。今日は月下水希という男の人と出会った。とーってもおもしろくて優しい人だ。うぅ〜明日も会えないかなぁ〜」
「6月13日。いつもの場所で空を見た。今日はヒコーキ雲があったら嬉しい。それでね!なんと水希にまた会ったんだよ〜。久しぶりに、人が来ることで嬉しいなんて思ったよ〜!!もっとお話したかったのに…時間がすぎるのははやいね…。また会えないかなぁ。」
「何書いてんだか…」
ことりの純粋な文字に照れる水希。
先が気になりまた電源のボタンを押した。
「6月14日。今日は検査の日。いやだ。水希、お願いきてよ。」
「6月16日。昨日は検査の日だったらしい。私は覚えてない。ずっと寝ていたのかな?あー、はやく水希こないかな〜」
「…ん?15日がない。検査で疲れたかな?」
水希が次のページへいこうとした時、
「消灯時間はとっくに過ぎてますよ!お帰りください〜」
「のあぁ!」
突然の声が聞こえ、思わず携帯と本を落とした。
その音でことりが起きてしまった。
「ん〜…?水希、まだいたの〜?」
「あ、あぁ。今から帰ろうとしていたんだよ!」
バクバクと心臓の音が止まらない。
看護婦が来て、しかもことりの日記を見ていて尚且つ、ことりが起きた。
舌もまわらない返答であった。
「…時間すぎてるから帰るな。また、明日くるからさ。」
まだ寝呆けていることりの頭を撫でた。
左目を瞑り、少し涙をだしていった。
「うん。またね水希。」
満面…てほどじゃないがことりは笑った。
その笑顔を確認して病室をでた。
すると、看護婦が声を低くして喋ってた。
「…月下さんだっけ?」
「え…あ、はい。そうですが?」
看護婦は壁と向かい合って口を動かした。
「…あまりことりと仲良くしないほうがいいですよ。これはことりのためでなくてあなたのためなのですからね…。」
「あ…?な、なんでですか?」
「あなたはわからない…いや、わからないほうがいいかもね。でも…嫌でも知ることになるからね。」
「…?なんのことを言ってるんですか?よく話が…って!」
水希の返事に答えずスタスタと行く看護婦。
そして待っていたかのように雨があがった。
お姫さまはいっつもお城の中にいた。
汚らしい少年はお姫さまが好きだった。
ある日、少年はお姫さまが外にいたとこを捕まえて海へ逃げた。
お姫さまの執事達が追い掛けていたが、走った道程は少年しかわからない道。
少年の隠れ場まできた時にお姫さまがいった。
“ありがとう”と笑顔で。
そして雨が降ってきたのです。
知っていいこと。
知ってよくないこと。
あのヒコーキ雲は何をしていたのだろうか。
あったら嬉しい。
なかったら悲しい。
ヒコーキ雲。
生命の線のように無限の空にひかれていく。
指でなぞると消えそうで恐い。
死んじゃいそうで。
だからそういう時は、ただあったら嬉しいと祈るだけ。
それだけが許される時間の束縛なんだと。
誰かがいったんだ。
誰かが…。
知らない誰かが…死んじゃいやだって。