エピローグ:駐車場
回る回る空の中。
晴る日にはニッコリと笑って。
雨の日にはもっと笑って。
何度も何度も想った。
雨の中の恋って。
二人ならきっと寄り添える傘の中。
ずっと、くっついていたい。
離れたくない。
ずっと、抱きしめていて。
「はい。では、こちらの原稿ですね。わかりました。では、およそ…そうですねぇ。1ヶ月ほどで出版されますのでその時は、ご連絡致しますので。」
「わかりました。どうも、ありがとうございます。」
キィとドアが閉まる音がした。
蝉が煩いぐらいに鳴いている。
外は暑い空気が流れる、部屋は寒いぐらいの冷たい空気が流れる。
沢山、難しそうな本が山ほどあるこの部屋。
シャーペンやら、多種多彩のペンが机の上に転がっている。
机の上にはペンは勿論、写真が飾られていた。
懐かしそうにその写真を持ち上げる男。
すると、一度ドアは閉まったのだが荒々しくドアがまた開いた。
「先生!ちょっとまってくださいよ!」
「なんですか…?騒々しいですね。」
「ここ!ここですよ!最後に名前のとこがありませんよ!?」
「あー…適当にかいちゃってください。」
「適当にって…ダメですよ!本人が書いてもらわなきゃ!こちらが困っちゃうんですよ!?」
「あー…わかりましたよ。もうちょっとボリュームを下げてもらえませんか?」
面倒くさそうにペンを握った。
サラサラを名前を書く。
達筆な字で『月下ことり』と書いた。
声の大きさを調整できない男が横にはいりこんだ。
「そういえば、月下さん。なんで名前がことりなんですか?なんか女の子って感じな名前ですけど…?」
「ふふ…。そうですね。確かに、女の子って感じですね。でもですね、これは私の大切な思い出の名前なんですよ。」
「そうなんですか?」
「はい。でも、悲しい名前ですね。」
「あ…なんかいけないこと聞いたような…。」
「いえいえ。大丈夫ですよ。もう、それは思い出になりましたから。」
水希…月下ことりはにっこりと笑った。
――ことりは7月25日に、息をしなくなった。
倒れたのも25日。
水希だけはその真実のことを知らなかった。
でも、井上の言葉でハッキリとわかった。
「元気ですか?」と聞けば「まだわからないね」と。
2回も聞けば、大体は見当がつく。
だからあの日から水希はいつも病院の前。
真実を知っていても。
誰かが笑うのを待っていた。
雨が降るのを待っていた。
泣き虫な水希は、ことりに黙ってながぐつを自分よいに買ったのだ。
でも、もう用済みになった。
だから水の中。
忘れるためか、それとも悔やんでいるのか。
ただ、おそろいのながぐつだけは、水の中。
きっと届くと思った、ながぐつの光。
雨の日を待っていたくて、真実に背を向けた。
ずっと待っていた。
25日。
その日は突然の雨だった。
小雨でこの季節には気持ちいいほどの冷たさ。
水希は、雨が降るのを確認したらゆっくりと立ちあがった。
涙と一緒に雨が頬を流れる。
あの日から泣かなかった水希。
雨の日だけに泣こうと決めた。
そう、こんな風に声を出して泣いてみることを。
ことりの病室からは無音と微かなぬくもり。
病室の下にはあの駐車場。
そこには花束が置かれている。
あれは井上が置いたもののようだ。
誰が泣くのか、誰が笑うのか。
ことりの死には誰が喜ぶのか?
誰も笑顔がでないはずだ。
井上も看護婦もあの親戚も、絶対。
そして、水希も。
でも、今だけは笑っていたい気がする。
だってこうして、雨が降ってるんだから。
「雨の日は嬉しいはずだろ、ことり?」
「今度からはちゃんと傘を持って空を見ろよ?」
―――想いが破裂したように、泣きながら笑った。
『見事!新人絵本大賞を取った「月下ことり」さんです!!』
『そして、月下さんが書いた詩がなんと!曲になり、高い評価をもらっているんですよ!』
『さらに!小説も大賞を見事、とられています!』
水希は言う。
「大賞よりも、この文章や詩を見て、わかってくるだけでいいんです。儚い人間の死のことを理解してくれれば本望です。そして、真実と向き合うことも大切ですが、背を向けて自分の信念を貫いていく。そういう心を持ってほしんです。どうか、嘘でもないこの物語を見てください。彼女のことをわかってください。」
いつかそっと。
淡く輝いたモノを見つめて。
締め付けるこの想い。
気付いて。
例えどんなに離れていても。
奏でる笑い声は届くだろう。
切ないこの優しさに抱いてもらいたい。
もう二度と触れない宝物。
泣きつかれた顔。
それが愛しさに変わるまで。
泣き続けるよ。
君が永遠に望む顔なら。
それを果たしてみせるよ。
月を眺めることを繰り返した。
さよならは切なくて。
約束は守りたくて。
でも記憶が思い出せなくて。
幾千の夢を見ながら待ち続けた。
微笑みの涙の後。
空も泣きつかれて。
雨上がりの空の中に。
君が微笑んでいることを。
きっとずっと願うよ。
――きっとずっとだよ