鳴き颪
四神獣記の外伝です。金環山の内側に面した黄の地の隠れ里での話。
――颪が鳴いている。
金環山の吹き下ろしは止むことなく、高く組まれた足場を揺らしている。強い風に煽られた木組みの風車は、ぎしぎしと悲鳴を上げる。ふと手を止めて顔を上げると、遠い陽山の風が、御山を越えて鼻をくすぐった。懐かしい火の匂いだ。青年は額に浮いた汗をぐいと拭い、再び手元を見やった。鉄の滑車はずいぶんと錆が浮いている。
「ウォンや、ウォンシンや」
下から老爺の呼ぶ声がする。はーい、と声の限りに返事をして、ウォンは自分の股の間から下を見やった。自分にこの仕事を言いつけた、腰の曲がった老爺がこちらを見あげている。
「滑車の具合はどうだね」
「使えなくはないっすけど、手入れしないと駄目ですね」
試しに回してみたが、がりがりと錆が降るばかりで手ごたえは重い。真下に老爺がいることを思い出して、慌ててまた下を見やる。思い切り錆の粉を被ったであろう老爺が、渋い顔でこちらを見ていた。すみません、と呟いたが、おそらく下には聞こえていないだろう。風車台に据え付けられた滑車を外し、しっかりと脇に抱えこんだ。
「気をつけておりてくるんじゃぞ」
「大丈夫です」
見れば随分な高さだと思うが、高いところはそれほど怖くない。高いところが怖いと言うよりは、しばらく誰の手もかかっていない梯子の強度が心配だった。皆、この風車台に上るのを避けていたようで、上る者がいなければ滑車に油を注す者は当然いなかった。
梯子に手を掛けたところで、ウォンはふと足を止め、下の集落を眺めた。木の簡素な小屋と、積み石で囲っただけの井戸。中央に生えた果樹の古木。その周りを取り囲む人々。自分がいる、高いだけで力のない風車。金環山の内側に、颪で開けた荒れた土地。
何を思ったわけでもないのに、ため息が出る。開けているのに閉じられた空間。天の土地にあれば、ここは町でも村でもない。様々なものから逃れ集った、居場所無き人々の里だ。人々はここを、昇仙郷、と呼んだ。
壁のようにそびえる金環山の岩肌が日を照り返し、辺りを見回したその目をちくりと射た。この高さに上らぬ誰も彼もは、こうやって周りと郷を見ることはないのだろう。
ここには落人しかいない。そして、他に漏れず、ウォンも――自分もその一人なのだ。