逮捕の理由
終始無言のパトカーの車内・・・
無線の声だけが、響いている。
ノイズ交じりで聞き取り辛いが、マコトにも認識できた一文がある。
「天濃町で被疑者逃走中・・・」
これで大体理解できた。
仲間は警察に捕まえられそうになって、逃げた。
その時、携帯のバイブが動き出した・・・。
WU-WU-
マコトは一瞬ドキっとしたが、なるべく振動が伝わらないように、
ポケットを浮かせた。
WU-WU-
「携帯鳴ってるね、仲間からじゃないのか?」
熟年の警官が気づき、なだめるようなやさしい声を掛ける。
「出ても良いですか?」
その声を聞いて、冷静になったのか、誤解を解いてもらうにはこれだろうとマコトは考えた。
しかも着信はショウからだ・・・。
こういう時にショウは機転が利くから助かる、そうマコトは頼りにしながら電話に出た。
「もしもし?」
「おーマコト、今日中止!中止だ」
ショウにしては何時に無く声が強い。
静かな車内には・・・警官達の耳には恐らく聞こえてしまうだろう。
「ちょ・・・ショウ、聞いてくれるか?」
「いや、こっちもよ。ジュンヤがどうもやらかしたらしくて・・・」
助手席側の熟年の警官は終に、身を乗り出して電話の声を拾いに来た。
「いいから、ショウ!聞けって!!」
頼りにしてたリアクションのないショウにマコトは声を荒げた。
マコトがこういう声をショウに掛ける事は滅多にない。
「・・・どした?マコト? 急に・・・」
電話の向こうでショウもマコトのただならぬ様子を感じ取った様だ。
「今、俺なぜか警察に捕まって、パトカーの中なんだ・・・」
ここまで、言いかけた所で、熟年の警官が電話をサッと取上げた。
「ちょ・・・てめぇ!!」
再びマコトはさっきより強く声を荒げた。
阿吽の呼吸で運転していた若い警官はパトカーを脇に止めた。
熟年の警官はマコトを制止するよう若い警官に合図し、
パトカー即座に降りる。
「待て!ゴルァーー!!」
マコトは冷静さを失っている。
「待つのは、そっちだ!立場が分かってるのか!」
若い警官はマコトを抑えに掛かる・・・。
「なんだぁ?!どんな立場だ?! あ?!」
さっきの恨みもあってか、マコトも若い警察官に食って掛かる。
「もしもし?君は彼の友人だね?」
落ち着いた口調で熟年の警官が尋ねる。
「は?どちらさんですか?」
一部始終が携帯から届いており、ショウも機転を利かすべく、
状況を見極めようと、頭を冷やしていた。
「大川署のものなんだがね、さっきの彼とのやり取りを聞かせていただいた。そこで質問なんだが、
「やらかしたジュンヤ君」とは知り合いなのかね?」
間髪入れずに、確信を突いた質問を入れた。
「・・・何の話ですか?」
ショウは一旦シラを切るように、質問を再確認することにした。
マコトが何故今、パトカーに乗っているのか・・・。
それが整理できないまま、安易に質問に答える事は出来ない、そう考えたからだ。
「うむ・・・ではマコト君は君の友人に間違いないね?」
間を置いて、尋ねる。
「知らない人に電話は掛けないでしょう。」
まずは会話の主導権を握らねば・・・とショウは思う。
「マコト君と今から天濃公園で会う約束をしていたね?」
淡々と事実を確認するように、問い続ける。
ショウの頭は冴えていた。
天濃公園、ジュンヤがやらかした、マコトがパトカーの中、そして質問の内容・・・。
さっきのジュンヤを捕まえにきた警察・・・
ひったくり犯・・・その疑いが自分にも掛けられている。
何ら後ろめたい事は無い、ジュンヤを匿っても逃がしても、知り合いではないとシラを通した事もない。
ここはマコトを信じて、仲間だと話す・・・。
質問の内容からしても、この質問にシラを切ることは難しい。
電話のやり取りを聞かせてもらってた・・・というのもほぼ事実だろうと考えていた。
「はい、そういう約束ですが?何かありましたか?」
はっきりとした口調でショウは言い放った。
(・・・何か違う)
そう思わずには入られない熟年の警官であったが、ここは職務に徹した。
「今からそちらにパトカーが向かうから、一緒に来てもらえるかな?」
「はい、いいですよ。」
淡々とショウは答えた。
「ちなみに今、そっちは何人でいる?」
ショウは視線をゲンへとやった。
「一人です。」
ゲンは異変に感づいた様子だ・・・事の真相を知りたくて仕方が無くなった。
「パトカーが1台そちらに向かう、15分ぐらいだろう。 待っててもらえるかな?」
この若者は逃げない、と警官は感じた。
「わかりました。待っています。 マコトと話はできますか?」
一旦相手の言葉を飲み込んだショウは情報を取りに行く。
「今はできない。後で署の方で会えるだろう。」
警官は車内へと視線を送った。
マコトは若い警察官の手を振り払っており、
深くシートに腰をかけている。
「彼はなぜそこで捕まっているんですか?」
ここが勝負所だ、知り得た情報によってはパトカーが来るまでの15分間で、
あらゆる手を打たなければならない。
マコトは何もしていないだろう・・・そう願った。
「ひったくりの容疑が掛けられているんだよ、彼に。」
こう言ってしまえば逃げる可能性も出てくる。
しかし、この若者は何かを知りたがっているのも明確だった。
そういった人間が完全逃走を図るケースは稀だ、必ず接触はある。
確信した表情で、警官は告げた。
「ひったくりの容疑が掛けられているんだよ、彼に。」
ショウは絶句した。 (さっきの警察が言っていた捕まえた一人はマコトだったのか・・・)
「では、署の方で待っているから。」
「はい、失礼します。」
ショウにとっての長い15分が幕を開けた瞬間だった。