逃走
天濃町グラウンド・・・・
免許をとったのは仲間内で一番誕生日の早い ゲン。
彼には3つ上の姉がいて、その姉の車を借りてくることになっていた。
気の早い ジュンヤが既に公園待ち。
ゲンがショウを迎えに行って、公園へ来る段取りになっている。
それにマコトを合わせて、4人でゲンの車に乗り込んでドライブを決め込もうという算段だ。
天濃町グラウンドは野球などができる広場と、小学生以下を対象としているような遊具、
そしてプール、公民館が一体となった地域では大きな、いわば公園だ。
4人はいつもそこでタムロしたり、たわいもない会話に花を咲かせている。
遊ぶ約束をせずとも、自然とソコにいけば誰かいるような場所となっていた。
タバコの吸殻や吐いたツバの後がベンチの周りにいつもあり、そのベンチにも彼ら以外は腰掛ないだろうと
言うぐらい、タバコのコゲや靴の足跡があった。
近隣住民は決していい顔をしていなかったが、4人にとってソコは大切な場所であった。
そのベンチにジュンヤが座ってタバコを吹かして待っている。
グレーのスウェットに身を包み、足元にはキャラクターもののサンダル。
ジュンヤはマコトと違ってポリシーの無いタイプの不良で、シンナーに道をそらしたことや、
手癖の悪いことが彼の欠点ともいえる。
見通しの良い公園のベンチからある一点を見つめていた。
(あの曲がり角を曲がってゲンが車に乗ってやってくる。)
ジュンヤ自身の性格でもあり、シンナー中毒の後遺症でもあるが、
ただボーッと皆が集まるのを待っていた。
「ッフーー・・・・(あ、やっと来た)」
そう思いながら、タバコの煙を自分の前髪に吹きかけるように吐き上げた。
ゲンの姉の車は白の デミオ だった。
特に派手さも見栄えもしない、無難な車。
操作性や燃費などを考慮すると、女性やセカンドカー向きといわれるのも合点がいく。
しかしジュンヤの目にはまったくそうは映っていなかった。
それは夢の車。
自転車、原付、単車とステップアップしてきた若者にとって、自動車は最終段階だ。
それがもう仲間内の中に存在する・・・。
それだけで、もう夢は広がっていく。
その夢の車に遅れて角を曲がってきた車が一台ある。
「パトカーだ・・・。」
ジュンヤは息を呑んだ。
彼の本能がそうさせたのか、表情は強張っていた。
ゲンの車が駐車場にゆっくりと向かっている。
免許取立てのためか、後ろのパトカーのためか、そのデミオからも緊張感が伝わってくる。
2台は駐車場に入って、定位置にはとめず、
斜めに線を跨いで、乱暴な駐車をした。
「!?」
ジュンヤは絶句した。
パトカーに捕まったのだと、感じとったのだ。
「初ドライブ早々についていない奴だww」
と、心では笑いがこみ上げていたが、パトカーを正視する目は真剣で、
その一挙手一投足を見逃すことはできなかった。
しかし、パトカーから降りた警官2人はゲンのデミオには向かわず、
こちらに向かってくる。
ジュンヤはさらに絶句した。
と思うと同時に、彼の足は逆方向へと歩き出していた。
ポケットに手を突っ込み、背中を丸めながらスゴスゴと歩いていくジュンヤ。
彼の性格と経験上、警察官は避けるべき存在と判断されていたのだ。
正直なところでは、ポケットに入ったタバコ・先ほどのコンビニでカスめたライター・・・
これが彼の足の速度を早めてしまった。
「おい、ちょっと待て!」
警察官が鋭い声を上げた瞬間、
ジュンヤはそれをスタートの合図にしたように走り出していた。
このジュンヤの走り出しの良さが彼の得意分野であり、
今回の騒動の引き金となってしまう。
彼は仲間内でもっとも逃げ足が速い。
短距離走という枠では恐らくマコトが一番早いだろうが、
判断を含めた動き出しの速さが群を抜いており、逃げ足というカテゴリーではダントツを誇る。
「おい!逃げたぞ! 連絡しろ!!」
警察官の第二声で全てをジュンヤは把握した。
自身が追われる立場にあって、敵は複数であることを・・・。
通常の逃げ道、逆の出口に走っていったのでは恐らく捕まってしまう、
そう判断したジュンヤは公民館の横をすり抜け、塀を目指す。
前述にもあったように、ジュンヤ達は天濃町グラウンドを溜まり場にしている。
そのもう一つの理由は、この逃げ道の確保であった。
公民館の塀はその隣にある神社に接しており、その神社は民家に囲まれている。
それらの庭や敷地を利用すると、東西南北どちらにも逃げ道ルートが確保できる。
彼は必死だった、おそらく自分の身元は明らかではないという希望を元に、
ひたすらに自宅を目指す。
神社の境内を抜け民家の塀に登り、庭を走る。
「ハァ・・・ハァッ・・・ち・・・っくそぉ。 なんだってんだ?」
塀を越える際に手についたコケを払いながら、マンションの駐車場に身を隠した。
ジュンヤは状況を理解できないまま、自らの安全を確保することに成功した。