車中の二人
ゲンはジュンヤの家に到着した。
そして話した通り携帯を手に取りワンコール鳴らす。
家の中からドタドタと走る音が聞こえてくる。
ジュンヤの家の引き戸が空いた。
「お?来たね? ゲンちゃん!」
笑顔でジュンヤが顔を出した。
「いいから、早く乗れっての!」
ゲンが運転席から助手席のドアを空け、
ジュンヤを促す。
「おっ邪魔しまーす!」
ひょいひょいとジュンヤが乗り込んできた。
「あぁーイイ臭いだな、この車! クミちゃんの臭いがする!」
深呼吸をしながら、ジュンヤは楽しげにそう言った。
「アホか! ったく、てめぇは・・・」
そう言いながら不慣れな手つきで、ゲンは車を走らせた。
中学時代、こうやって二人で行動することは多かった。
ジュンヤが盗んだスクーターに乗ってゲンを迎えにいく。
運転はジュンヤの担当だった。
パトカーに追いかけられても、ジュンヤの運転であれば全く問題はなかった。
ゲンはジュンヤの運転技術を信頼し身を委ねており、ジュンヤはそれが誇らしかった。
稀にゲンが運転することがあった。
その時もジュンヤは今のように後ろではしゃいでいたのが印象的だ。
運転技術こそ無いゲンだったが、それでもジュンヤはゲンを信頼していた。
自分がそうされて誇らしかったからだ。
車の中の二人には、今その当時の空気があるようにすら感じられる。
「なぁなぁ、ゲン? タバコ吸ってもいい?」
はしゃぎながらジュンヤはサンダルを脱ぎ捨て体育座りをして聞く。
「だぁめだ!! 姉ちゃんに殺されるわ!」
クミはタバコの臭いを嫌う、タケシも目下禁煙中。
「なぁなぁ、ゲン? 道わかるの??」
今度は横向きに座って、ジュンヤが聞いてくる。
「市内に入って、国道ずーーーっといけばいいんだろ?」
ゲンも道は曖昧だ。
「俺に聞いてもだめっしょ?」
ジュンヤも分かってない様子。
ショウの依頼は地元から遠ざかる事。
ゲンは別に目的地はどうでもよかった。
ジュンヤにとっても目的地はどうでもよかった。
そんな二人は昔から徘徊慣れしている。
風とお互いの信頼を感じながらスクーターで徘徊する事が、
車に変わり、風を感じなくなった分、お互いの声や表情を観る事ができる。
新しい空間でのやりとりを模索するように、無言の時間が続いた。
車は20分程走り、市内へと入った頃だった。
その時、ゲンの携帯が鳴った。
「ジュンヤ、ちょっと出てくれ。」
そういって、ゲンは携帯を渡した。
「タケシくんからだぞ・・・」
ジュンヤは文字盤を見て固まっている。
「俺、今運転中だろ? まだ慣れてないんだよ。」
そういうゲンのハンドルの握りは正しく十時十分だ。
「だろうねー、緊張感が伝わってくるもんなぁ・・・」
ジュンヤはほのぼのした顔で携帯を片手にゲンの横顔を見ている。
「いや、出ろって!」
視線は前を向いたまま、ゲンはジュンヤに命令した。
「そういやぁさ・・・、ゲンって原付も単車も苦手だったもんなぁ・・・」
思い返すようにジュンヤはぶつくさ言っている。
ジュンヤにとって車もスクーターも同じ空間に感じていたのだろう。
当時を思わせる空間の余韻に浸って、遠い目をしている。
着信音が途切れた。
「ってめぇ、さっさと出ろよ! ったくもう」
そう言いながらゲンは停車できるところを探した。
左車線へウインカーを出そうとしている。
「っおい!ジュンヤ! ちょっと普通に座れ! ミラーが見えないだろうが!」
乗り出して乗るジュンヤに遮られ、助手席側のドアミラーが見えないゲン。
「っと、怖い怖い!」
ジュンヤはこれでもかというぐらい正しく座りなおし、シートベルトを締めた。
ゲンは車を路肩に止め、携帯をジュンヤから奪い返した。
ゲンは着信履歴の中から、タケシに電話を掛ける。
トゥルルル・・・・
ガチャ
「おう!ゲンか!」
タケシが威勢よく電話にでた。
「ごめん! 運転してたから、出れなかった。」
ゲンは中指を立てて、それをジュンヤに見せながらそう話した。
「そうか・・・話はショウから聞いたぞ、ジュンヤは一緒か?」
「聞いた?マジで腹立つ話じゃね? 警察もそうだけど、どこのどいつがって、もう・・・」
ゲンは不満をタケシにぶつけたかったが・・・。
「ジュンヤは一緒にいるか?!」
カブせるようにタケシは聞いてきた。
傍で聞き耳を立てていたジュンヤは、手を横に振り
(居ないって言ってくれ!)とアピールしている。
「いるよ、横に乗ってる」
意に介さず、ゲンはあっさり裏切った。
「そうか・・・じゃぁ、二人はそのまま俺の家に来い、ドライブ中止な。」
「えっ?何で?」
「今の状況でドライブは無いだろう、俺の家で待機。 車は俺が明日返しに行くから、いいな?」
「でもさ・・・ショウがややこしくなるからって言ってたし・・・」
ダダをこねるように、ドライブを楽しみにしていたゲンは理由を付ける。
「アホか! クミの車だぞそれ、もっと普通の時に乗れ! んでもってショウも納得してたわ!」
聞き分けの悪い弟分にタケシは強い口調で言った、さらに・・・。
「お前と俺は真犯人探すのが仕事だろうがよ・・・。」
タケシはボソリ、そう言った。
「!!」
ゲンは胸が高鳴った。
こういう時はやっぱり頼りになる、そう感じた。
「俺は今から方々当たって、手がかりを探させる。 最初に捕まったのはマコトだろ?
だったら、マコトに似てるやつが真犯人じゃねぇか。 あんな特徴あるやつあんまり居ねぇと俺は思うがな。」
確かにマコトは身長が約180と大きく、横幅もあるし何よりドレッドヘアーだ。
捕まった時の格好などを聞けばかなり絞り込めるはずだ。
「どちらにせよ、話し合いは俺の家な。 ゲン、気をつけて来いよ。」
「わかった、じゃあ後で。」
そう言ってゲンは携帯を切った。
「タケシくんの家へ行くのか・・・?」
ジュンヤが心配そうにゲンに聞く。
「そうだ、さすがはタケシくん。 真犯人はマコト似か・・・そうだよな、うん。 やってやる。」
ゲンは先程のやり取りを噛み締めながら、車を走らせ始めた。
市内へ向かっていた二人の場所からタケシの家までは20分程度。
道も大して複雑ではない。
やる気に満ちた表情でゲンは運転を続ける。
「俺・・・どうすればいいんだろ・・・」
ジュンヤがゲンに聞こえない程度の声で呟いた。
二人の空間はわずかな余韻も無いままに、
目的地に向かって車は突き進んでいった。