第1話 婚約破棄されたので、攻略対象を全員堕とします
「リゼリア・ヴァンローゼ! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な舞踏会に、王太子リオン・アークライトの声が響き渡った。
ざわめく貴族たち。怯えたように息を呑む令嬢たち。
そして、婚約破棄を突きつけられた張本人の私はというと、
「……あー、はいはい」
軽くため息をついた。
ついに来たか、婚約破棄イベント。
私の前世は二十六歳フリーター。
筋金入りの恋愛体質で、情緒は不安定。男に依存しては重いと言われて振られ、寂しさを紛らわすために酒を飲んでは暴れて、また別の男に依存する。
そんな生活を続けていたら、ある日あっさり急性アルコール中毒で死んだ。
そして気づけば、乙女ゲームの悪役令嬢――リゼリア・ヴァンローゼに転生していたのである。
私は前髪をかき上げながら、目の前の元婚約者を見た。
輝くような金髪、整った顔、無駄に高い身長、王族らしい無駄に偉そうな態度。
顔だけなら最高。顔だけで国を治めてそうな男だ。
ちなみにこの婚約破棄、半分くらいは自業自得だ。
最近リオンの周りには、やたら私を悪役扱いしたがる連中が増えていた。
「リゼリア様に嫌味を言われました!」
「階段から突き飛ばされそうになりました!」
そんな噂が方々から聞こえていた。
……いや。だってムカついたんだもん。
慣れない貴族社会のストレスのせいで、つい酒量が増え、酔うと前世の素が出てしまうのだ。
なお、婚約破棄の理由として隣に立たされているモブ令嬢は、別にリオンの本命ではない。たぶん“断罪イベント用ヒロイン役”として適当に配置されているだけである。かわいそう。
まあ、それも当然だ。本来の正ヒロインは、出現前に私が潰した。
聖女として教会に発見されるはずだったイベントの情報を前世の記憶で先回りし、彼女が引き取られるはずだった孤児院を、大金を積んで丸ごと買い取り、イベントの発生そのものを消滅させたのだ。
だが、やっぱりゲームシナリオの強制力的なものがあるらしく、婚約破棄イベントまでは止められなかったらしい。
「うーん」
私は会場を見渡した。
どうせ婚約破棄されるなら、次の男を探さなくては生きていけない。
騎士団長ガレス・オルディン。
黒髪長身。頑健な体躯で国内最強。無口で怖い。
でも、顔がいい。
公爵子息アシュレイ・グランディス。
黒髪眼鏡。冷徹貴公子と呼ばれ、若くして宰相補佐を務めている。絶対めんどくさい性格をしてる。
でも、顔がいい。
そして窓辺で退屈そうにこちらを眺めている、若草色の髪をした男。
人間離れした美貌に淡い光を纏う、人外の存在。
精霊王フェリクス。隠し攻略対象だ。
冷静に考えて、この世界、顔のいい男が多すぎない?
だったら別に、一人の男に執着して重たがられる必要なくない?
私は真顔でしばらく考え、そして閃いた。
「……逆ハーレム作ればいいのでは?」
その瞬間、私にしか見えない半透明の文字が、目の前に浮かぶ。
《固有スキル【魅了補正】を使用しますか?》
……便利なんだよな、このチートスキル。
転生した時から、なぜか私はこの能力を持っていた。
《感情誘導》
《感情増幅》
《イベント補正》
使えるのはこの三つ。異性のみ有効。ただし『一人につき各一回限り』という回数制限がある。
以前、私は王妃の座が欲しくて、《感情増幅》を使ってリオンを一度“攻略”していた。
ただ問題は、私がかなり面倒くさい女だったことだ。
嫉妬、束縛、おまけにメンヘラ。
結果、最近のリオンは明らかに私に疲れ果て、それが今回の婚約破棄に繋がったわけだ。
まあでも、最強の《感情誘導》はまだ使っていない。つまり、やり直せる。
「使う」
《対象:リオン・アークライト》
《感情誘導:執着》
《――成功》
これでよし。私はさっさと帰ろうと、リオンに背を向けた。
「待て」
突然、腕を強く掴まれた。振り返ると、つい今しがた婚約破棄を突きつけてきた男が、形のいい眉を悲痛そうに歪めていた。
「……どこへ行く気だ、リゼ」
「帰ろうかと」
「嘘を言うな! 他の男のところへ行くつもりだろう!?」
「え?」
怖。さっきまで婚約破棄してきた男とは思えない、狂気すら感じる顔をしている。
周囲の貴族たちも「殿下……?」「え、今婚約破棄を……」「なぜ引き止めを……?」と大混乱だ。
よし、効いてる効いてる。やっぱり男は追いかけるより、追わせるに限る。
私は戸惑ったふりをしながら、内心でガッツポーズを決めた。
◇
そこからは早かった。
次に狙ったガレスは比較的単純だった。脳筋タイプはイベントで落ちる。
《イベント補正》を発動させると、シナリオが都合よく書き換わるように、タイミングよく魔物が出現し、タイミングよく私が巻き込まれ、タイミングよくガレスが助けに来る。
「……怪我はないか」
精悍な騎士団長は、私の腰を抱きすくめたまま低く言った。
「……大丈夫、ガレスが命がけで助けてくれたから」
潤んだ瞳で見つめ返すと、彼の呼吸が止まる。
《イベント補正:成功》
《感情増幅:庇護欲――成功》
離さない。まるで世界に二人しかいないかのような、狂おしい目で見つめてくる。落ちたな。
にしても腕の力が強すぎて骨が折れそうだ。でも顔がいいから許す。
◇
アシュレイは少し面倒だった。頭が良い理性派は、【魅了補正】の効きが悪い。(ちなみにリオンにはめちゃくちゃ効いた。バカだから。)
《感情誘導》で独占欲を植えつけても、涼しい顔で隠してくる。なので、少し揺さぶってみることにした。
「アシュレイ様って、本当は私のことが気になって仕方ないのに、意外と嫉妬深そうだから隠してるんですよね?」
わざと挑発するように笑ってみた。数秒の沈黙の後、アシュレイが口を開く。
「……随分と、私を舐めてくれているようですね、リゼリア」
眼鏡の奥の目が据わる。笑顔が怖い。
《感情増幅:独占欲――成功》
よし、チョロい。
◇
「君ほんと、めちゃくちゃだね」
ある日、自室の窓辺で精霊王フェリクスが微笑んでいた。
若草色の髪を揺らす、人外じみた美貌。相変わらず神出鬼没だ。
ちなみに、こいつには状態異常の類が一切効かない。当然、私の【魅了補正】も無効だ。
それなのに、なぜか最初から私のことを気に入っているらしい。
「めちゃくちゃとは?」
「そうでしょう。人間の分際で、世界の因果を力技であちこちへし折ってるんだから」
「何言ってるか分かんない」
私がしらばっくれると、フェリクスは喉の奥で楽しそうに笑う。
「でも好きだよ、そういうの。君が世界をどう変えるのか、見ていたいな」
「?」
男を何人か落としただけで、世界を変えるとは大げさな。まあ人外だしな。
◇
数ヶ月後。
「リゼ、今日は俺の私邸に来い。他の男を視界に入れるな」
「……リゼ、お茶を淹れました。そこの金髪バカの毒を消す成分が入っています」
「二人とも、俺の前でリゼに触るな。斬るぞ」
「あはは、相変わらず大人気だねぇ、リゼ」
……人生、楽しい。楽しすぎる。
前世では一人の男にも長く愛されたことのなかった私が、今や四人の最高峰イケメンに全肯定され、甘やかされている。
気づけば、逆ハーレムが完成していた。王太子、騎士団長、公爵子息、ついでに精霊王。
かなり順調。人生イージーモード。最高に幸せ。
――そんな時だった。
「……やっと、見つけました」
不意に、静かな声が響いた。
振り返ると、そこにいたのは、小柄な少女だった。
白い髪、青い目、人形みたいに整った顔。私はそいつを見た瞬間、総毛立つような恐怖に襲われた。
やばい。やばすぎる。
こいつは、私が金に物を言わせて闇に葬り、絶対に表舞台に出ないよう手回ししたはずの、本来の正ヒロイン――ノア・エルフィードだ。
なんでここにいる? 聖女出現イベントは消したはずなのに。
少女は男たちに囲まれる私を真っ直ぐに見つめ、静かに言った。
「世界が、壊れ始めています」
ノアの青い瞳が、まっすぐ私を貫く。
「あなたが、本来奪ってはいけないものを奪ったせいで」
その瞬間、リオンが私を庇うように抱き寄せ、ガレスが剣に手をかけ、アシュレイが冷たい目でノアを見た。
張り詰めた空気の中、窓辺のフェリクスだけは笑っていた。
「……へえ」




