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カルロスとの取引:ノエル視点



昨晩、宿のベッドに寝転がって悶々と悩み続けたオレは、『焦って暴力に訴えるのは悪手だ!』と結論した。

                

「やはり時間が掛かるか……。しかし、急がば回れとも言う」


怒りに飲まれた人は、極々単純なことでさえ見落とす傾向がある。


「魔獣を狩るばかりで、人の相手はしてこなかったからな。権力者の心を動かすには、やはり利権か……?まあ何にせよ、手土産は必要になるよな」


それは今更再考するまでもなく、これまでにも幾度となく考えたことだが、この繰り返す行為自体に意味があった。

思考実験(シミュレーション)を繰り返せば繰り返すほど焦燥感は抑えられ、オレの復讐計画から突拍子もない実現不可能な部分が削ぎ落されていく。


当初の計画では、サヴォイア家当主カルロス・サヴォイアがオレの頼みを聞こうとしない場合、力尽くで脅して従わせるつもりだった。

だが、たらふくスイーツを食べたら頭が冴え、その計画の杜撰(ずさん)で短絡的なところに気づいてしまった。

脅しはゴリ押しの短期作戦で、着地地点が明白なときにのみ有効な手段だ。

もしくは場を支配する、圧倒的な権力を保持しているとか。


冷静になってみれば、オレにできることは暗殺くらいだ。

後ろ盾を持たない暗殺者なんて、狩られて殺されるに決まっていた。

カルロスが『さあ殺せ。殺しやがれ!』と叫び出したところで、オレは完全に詰む。


「第一カルロスを殺してしまったら、ドラローシュ侯爵への伝手を失っちまう。オレはバカなのか!?」


激情とは恐ろしいものだ。

こんなアホな計画を実行に移そうと考えていたのだから……。


「威圧や脅しは、絶対に禁止だ。コチラが友好的であり、付き合えば利得をもたらすと信じさせなければ、どこかで(つまず)く」


サヴォイア家の協力を得ようとするなら、暴力ではなく正当な取引を持ち掛けるべきだ。


物事には優先順位がある。

復讐と言うゴールを目指すにしても、しっかりと手順を踏むべきだ。

オレは自分自身の強化を行わなければならないし、社会的な足場固めも重要になる。

充分な戦闘力と経済力がなければ、ターゲットの追跡など夢のまた夢で終わることだろう。


だからまず、身分証明書を入手する。

死返し(ペイバック)』の精霊も、徹底的に強化せねばなるまい。

まだ成長過程のペイバックには、重大な欠陥が残されていた。


「あれやこれやと悩みが尽きなくて、うんざりするね」


昨日に続き、コリンナ通りを西に向かって歩くオレは、すぐ横を走り過ぎた乗合馬車を見て、深く後悔した。


「馬車に乗れば、スラム街の手前まで歩かずに済んだ。たったの二百クローザじゃないか」


余所行き用に、新しく購入した革の手提げカバンが重い。

【正直堂】で買った古いドタ靴が足に合わず、ガポガポと音を立て不快だ。


マナドゥの町は広く、貧民窟は遠い。


「オレもポンコツ。ペイバックもポンコツ。問題だらけじゃないか」


死返し(ペイバック)』の精霊が抱える欠陥は、復活のリキャストタイムとでも呼ぶべきものだった。

一度目の復活を使用した直後から二度目の復活が使用可能となるまで、呆れるほど待たされる。

二度目の復活まで二刻半(五時間)も掛かるようでは、もし仮に複数の敵と相対した場合、お話にならないだろう。

実際、闇森の迷宮で苦労させられたのも、この点が大きかった。


「待ち時間なしで、回数制限なしの完全復活が理想だ」


どうしたら『死返し(ペイバック)』の精霊を成長させられるのか見当もつかないが、『じっくり腰を据えて挑む!』と決めたので、激しい苛立ちはない。

不思議なもので、心に余裕を取り戻すとラクロットの行動も、何となく予測できるようになった。


「アイツは、オレが死んだと確信している」


ラクロットは他者からの承認に飢えていた。

ほっておいても、いずれは頭角を現すに違いなかった。

覇道の剣(はどうのつるぎ)には、それだけの力があるはずだ。

その時を待てば、捜索も容易い。


「おい、ペイバック。仕事の時間だぞ!」


貧民窟の入口で、オレは『死返し(ペイバック)』の精霊を叩き起こした。


〈隠密を使いたい〉


頭の中で、『死返し(ペイバック)』の精霊に指示を伝える。


【隠密】のスキルは、『死返し(ペイバック)』の精霊が闇森の迷宮で獲得した能力だ。

オレのものではない。

何なら、技能(スキル)ですらない。

【隠密】はインヴィジブルアラクネーが所持する異能力で、認識阻害(イリュージョン)を生じさせる精神干渉魔法だ。

つまり世間で隠密と呼ばれるスキルとは、似て非なるものだった。


自らの気配を断ち、背景に溶け込んで隠れる技能(スキル)

暗殺者や盗賊、猟人などが、厳しい鍛錬の末に身につける高度な技能(スキル)を一般的に隠密と呼ぶ。


一方で魔獣がアンブッシュに用いる【隠密】の異能力は、人の範疇(はんちゅう)になかった。

幾ら修行を積もうとも、人には取得できないからだ。


ではなぜオレが、インヴィジブルアラクネーの特殊能力を隠密と呼ぶのか?

それは『死返し(ペイバック)』の精霊が、隠密だと伝えてきたからだ。

仕方があるまい。


【精霊使い】と言う呼称も、ノバック家と世間では違うものを指す。

ノバック家では、力ある固有の精霊と信頼関係を築き上げ、精霊使いとなる。

これに対して、一般に精霊使いと呼ばれる者たちは、使役する精霊を選り好みしない。

その場その場で付近に存在する精霊たちの力を借りて、精霊魔法を用いるのが、精霊使いだ。

多くの精霊使いは、精霊に語り掛ける独特の言語を操る。

また精霊とのコミュニケーションを図るために、特殊な呪物を身に着ける場合もある。


名称と指示対象のズレは、どちらもロカールルールに因るものだ。

どいつもこいつも利己主義でスキルを秘密にするから、共通コードなんて生まれようがなかった。

他に、なんら特筆すべき理由はない。



「さすがは裏社会のボス。立派な屋敷に住んでいらっしゃる」


オレは貧民窟の(はずれ)にある、大きな屋敷に忍び込んだ。

下っ端(チンピラ)を通さず、トップと話したいからだ。

極力、ムダな手間は省きたい。


今回の場合、手間とは障害物の排除を意味した。

屋敷の護衛を排除すれば、後々遺恨となって残るのだ。

そんなもの省くに決まっている。


「はぁー。隠密を起動させてから、急激に何かが減って行く気がする。ペイバックの封印を解いたら、やたらと疲れるようになった」


(だる)いのだ。

できるなら寝ていたい。

たぶん『死返し(ペイバック)』の精霊が、オレの活力(オド)を食ってやがる。


「マナドゥの囲壁内に、どでかい噴水のある庭園。豪商もびっくりなお屋敷だぜ。それでも肉屋と言い張るか!」


カルロス・サヴォイア。

サヴォイア家は、マナドゥの町に古くから続く名家だ。


表向きは、確かに肉屋だった。

それも養豚から精肉、加工販売までを一手に担う巨大な肉屋だ。

そして裏社会を牛耳る組織の元締めでもあった。


この地に根付く豪族としての役割は、手配師である。

食い扶持を求める貧しい人々に、適切な仕事を見つけては割り振る。

だから貧民窟で暮らす人々は、サヴォイア家当主のカルロスをボスと(あが)めて(はばか)らない。


(ひるがえ)って代官のリュシェール子爵だが、主たる役割は徴税だった。

ドラローシュ侯爵に役職を与えられて、マナドゥの町に住む資産家たちから税を徴収している。

勿論、町の行政管理もリュシェール子爵に一任されていた。


オレの想像に過ぎないが、ドラローシュ侯爵家は代官のお目付け役に、サヴォイア家のような土地の有力者を使っているようだ。

おそらくティエリー・ド・ドラローシュ侯爵は定期的にカルロスから報告を受け、リュシェール子爵を解雇するかどうか思案しているのだろう。


「汚れたリネンは取り換えられる。シーツは新しい方が、心地いいからな」


無能な代官を交代させるのは、領主と領民の関係を良好に保つ上でも有効な手段である。

だがそれ故に、リュシェール子爵の存在は軽い。

信用に値しないのだ。


「ティエリー卿が、代官を重用しているような気配もない」


かつて【栄光の剣】として、ドラローシュ侯爵からの依頼を受けたことがあった。

依頼達成時に特別報酬を手渡して来たのは、サヴォイア家の若頭だった。

『私兵として雇いたい』と勧誘されたけれど、断った覚えがある。


「リュシェール子爵の部下ではなく、サヴォイア家の若頭に報酬を渡されたのがミソだ」


広大な穀倉地帯を含め、マナドゥの町はドラローシュ侯爵家の領地に含まれる。

ドラローシュ侯爵家は広大な領地の管理を複数の代官に任せていた。


サヴォイア家のような土豪を優遇する懐の深さは、おそらくドラローシュ侯爵家が経験から得た、統治者の知恵だろう。

高位貴族と平民が手を組むケースは、とても珍しいのだ。


オレの頭に詰まっているのは、殆どがノバック家で冷や飯を食っていた頃に仕込んだ、豆知識である。

益体(やくたい)もない資料の整理をさせられたとき、興味半分で記憶した事柄は存外に多い。


まあ、大半はゴミ屑だ。

歳月の経過と共に、やがては全てがゴミ屑に変わるだろう。

情報なんて、そんなものである。


だけどサヴォイア家の本業は肉屋であるとか、ドラローシュ侯爵家は代々魔法研究に投資しているなどの情報が、今のオレにとても役立つ。

取引を持ち掛けるには、相手が欲しがるエサを用意しなければいけない。


安くて上等な肉……?

魔法研究の対象となり得る貴重な素材……?


実に素晴らしいじゃないか。

両方とも、オレが提供できるサービスだ。


「ブタか……」


屋敷の玄関ホールには、見上げるほどデッカイ剥製(はくせい)が飾ってあった。

美観もクソもあったモノじゃない。

これを見た来客は、腰を抜かすに違いなかった。


「うん。野生ブタだな」


壁には写像器で撮られた画像だ。

写像機とは光魔法を応用した、現実を魔法紙に転写する魔法具だ。

立派な額に収められた数多(あまた)の画像は、歴代の当主が狩りで仕留めたブタの大きさを競い合っていた。

絵だと幾らでも嘘が吐けるから、高価な写像器を使っているのだろう。


屋敷の使用人やサヴォイア家の私兵たちが行き交う中、オレは気にせずに長い廊下を歩く。

彼らにオレの姿は見えない。


「ここまでくると偏執的(へんしゅうてき)だな」


廊下の壁にも写真だ。

こちらは飼育したブタのようだ。

やはり大きさを競い合っているように見える。


「ブタ、ブタ、ブタ……。そしてブタ!!」


余程、ブタが好きなのだろう。

それは初代から連綿と受け継がれた、サヴォイア家の伝統にも見える。


「あっ、肉切り包丁だ」


屋敷の壁に高価な武器を飾る貴族は多いけれど、肉切り包丁が飾ってある屋敷は初めて見た。


この地金の色は、ミスリル製か……?

ミスリル鋼は、鉄とミスリルの合金である。

ミスリル鋼で作られた武器は魔法付与が可能になり、驚くほど切れ味を増す。


「だけど、肉を切るのに必要か……?」


見栄で作らせた装飾品じゃないかと、顔を近づけて細部までチェックしてみた。

ガラスケースに収められた肉切り包丁は、バランスからして刀身部分がちびているようだ。

微かだが、柄にも染みが浮いていた。


「平が狭いのは、繰り返し()いだからか……?ウーム、もとは実用品だな。何にせよ、年季の入った代物(しろもの)だ」


裏社会の元締めとなっても、初代の志を忘れずに看板を守り続ける、頑固一徹の肉屋。

これならオレの提案も、こころよく受け入れられるだろう。


「うんブタだ。カルロスへの提案は決まったな」


神の計らいとは良くしたもので、出会いを(おろそ)かにしてはならない。

たとえそれが、迷宮帰りにチラ見しただけの豚であろうと。


「立派な扉だ」


立派なのは扉だけではない。

扉を守る二人の護衛も、仕立てのよい衣装をバリッと着こなしていた。


カルロスの執務室と考えて間違いなかろう。


「邪魔するぜ」


オレは重厚な扉を押し開き、室内に足を踏み入れた。

護衛はオレの言葉に反応を見せず、扉が開いても身じろぎ一つしなかった。


それにしても、精神干渉魔法はとんでもなく危険な異能力だな。


「こんな力を自慢して歩いたら、トラブル続出だろ!」


危険人物として教会騎士隊に追われるとか、伝説の暗殺者ギルドに勧誘されるとか、悪い予感しかしない。




◇◇




広い執務室に入ると、まず明り取りの窓を背にして設置されたローズウッド製のデスクが、視界に飛び込んでくる。

右手には洒落た暖炉があり、左手の壁は本棚で埋め尽くされていた。

暖炉の上には、時代を経た肖像画が飾られている。


初代のサヴォイア氏だろうか。

エプロンを着け、肉切り包丁を手にして、満面の笑顔である。

男が手にしている肉切り包丁は、廊下に飾られていたミスリル鋼のアレだ。


「堂々とした面構えだ」


暖炉の手前にはローテーブルがあり、ソファーに腰を下ろしたカルロスらしい人物と幼女がお茶を楽しんでいた。

会話の内容から、幼女がカルロスの孫だと分かった。

名はエリカだ。


「ちっ、計算外だ」


ここからの話し合いをフェアに進めたいなら、家族を人質にはできない。

『人質を取られた』と、カルロスに思われるだけでアウトだ。

孫娘は邪魔である。


幼女が退室するまで待つという手もあったが、かったるい。


〈ペイバック、カルロスとだけ話したい〉


死返し(ペイバック)』の精霊は、直ぐに了承の意を伝えてきた。


「カルロス。この声は、アンタにしか聞こえていない。慌てふためいたりせずに、従って欲しい」


カルロスは肩をびくりとさせたが、振り向くことなく微かに頷いた。


「取引を提案したい。お嬢さんを部屋から出してもらえないだろうか?」


再び小さく頷き、『大切な仕事を思い出したから、お茶会は終わり』と、不満そうな幼女を扉の外へ追いやった。


「護衛に知らせないのか……?」

「ふん」

「アンタを殺しに来たのかも知れないだろ」

「無駄口を叩かず、取引とやらの話を聞かせてくれ」


大した度胸だ。


〈ペイバック。カルロスにだけ姿を見せてくれ〉


オレが姿を見せると、カルロスは目を丸くして後退(あとずさ)った。


「くっ。そこにいたのか……!?まったく気づかなかったぞ」

「アンタに気づかれるようじゃ、ここまで入って来れない。取り敢えず、不法侵入の件は謝っておく。すまない」

「今更だな。謝罪で済むような話でもなし。忍び込まれたコチラとしては、それどころではない」

「オレが言うのもなんだが、この屋敷は充分に守られている。警備体制の変更や強化は、必要ないよ」

「………………」

「どれだけ警備を強化しようと、オレはまた忍び込む。何なら試すか?」

「いいや、やめておこう」


オレは革の手提げカバンを床に降ろし、布に包んだ暴れイノシシ(ランページボア)の牙を取り出した。


「まあ、立っていないで座れ。オレも腰を下ろしたいんだ」

「俺の執務室だぞ」

「だったら、客にソファーを勧めろよ」

「行儀の悪いガキだな。マナーを(わきま)えない奴は、俺の客じゃない」

「そうかい。じゃあ遠慮なく座らせてもらうよ」


カルロスの文句を聞き流してソファーに座り、暴れイノシシ(ランページボア)の牙をローテーブルに置く。


「何だそれは……?」

「不法侵入の詫びだ。ランベージボアから剥ぎ取った」

「フーム。ランベージボアなら耳にした覚えがある。イノシシの魔獣だな。こいつは見事だ」


カルロスは老眼鏡を掛けて、手にした暴れイノシシ(ランページボア)の牙をじっくりと眺め、指先で撫で擦った。


「お気に召さないか?」

「いや……。気に入った。オマエの謝罪を受け入れよう。孫娘を退室させてくれた点も、信用に値する」


オレはローテーブル越しに差し出されたカルロスの手を握り返した。

力強く、ごつごつとした頑丈な手だった。


「だが、どうして一本なんだ?普通、牙は二本だろ」


カルロスの疑問は(もっと)もだ。

暴れイノシシ(ランページボア)を一頭狩れば、牙は二本手に入る。


「フッ。重かったのさ」

「なんだと?」

「迷宮を出るまでは二本あったけど、マナドゥの町を目指す途中で嫌気が差したんだ」

「まさか捨てたのか……?」

「ああっ」

「信じられん!!」


カルロスは右手で顔を押さえると、天を仰いで嘆いた。


「オレも、自分の非力さが信じられないよ」


大仰なカルロスの仕草を眺めながら、ボソリと呟く。


運搬量に限界があるなら、優先順位の低い物から捨てるしかない。

今回、泣く泣く処分した素材は、十指に余る。

嘆きたいのはこっちだ。


「それで取引とは……」

「闇森の迷宮から戻る途中、モンスターを目撃した。東の草原だ」

「片目のヤツか?」

「ああっ、右目が潰れていた」

「グヌヌヌヌッ……。アイツのせいで、俺は優秀なハンターを三人、失った」

「さもありなん。本当にブタかと疑うほどデカかった。生半可な武器では、狩れないだろう」

「あれはブタじゃない。イノシシだ!」


この地域でモンスターと言えば、桁外れに育った(イノシシ)だ。

巨大猪(モンスター)は魔核を持たないので、魔獣ではない。

だが、その危険性は魔獣と大差なかった。

猪は雑食なのだ。


要するに人間を喰う。

農夫たちは戦々恐々である。

ドラローシュ侯爵家が派遣した騎士隊も奮闘しているのだが、森に逃げ込まれると手も足も出ないようだ。


「で?」

「モンスターを狩る」

「オマエが……?牙鬼王に勝てるのか?」

「ガキオウ……」

「アイツの名だ。森の民が名付けた。それで、どうやって狩る?」

「我に秘策あり」


カルロスは腕を組み、考え込んだ。


「フーム。俺の受け持ちは……?」

「勝利宣言。戦利品の回収くらいだな」

「それだけか……?」

「それだけだ」

「狙いは、モンスターを倒した栄誉か?」

「そんなもん、要らない。第一、モンスターはカルロス・サヴォイアが討伐しなきゃ、お話にならんだろ」

「はぁ?」

「オレがモンスターを昏倒させるから、アンタが止めを刺すんだよ」


少なくとも、そのように演じてもらわなければ困る。

オレは目立ちたくないのだ。


「それなら対価に何を望む……?」

「リネール王国内の関所で止められる心配がない、キレイな身分証だ」

「ウーム!?」


オレの要求を訊いて、カルロスが(うな)った。


「どれだけ作り込んでも、偽造だと魔法研究所の鑑定装置に撥ねられる。オマエの要求を満たすには、本物が必要になるぞ」

「アンタには伝手(ツテ)があるよな」

「ある。だが、そう簡単には行かん」

「そこで、こいつだ」


オレは新たな品をローテーブルに()せた。


「これは何だ?」

「魔石」


魔石は魔法石に加工されてから、市場で取引される。

加工前の魔石を知る者は、意外と少ない。


「おいおい、随分とデカイな」

「キメラの魔石だ」

「これがキメラの魔石か……。割れているが傷は少ない。殆ど一撃で倒したのか?」


魔獣を倒すさいに手際が悪いと、魔石は粉々に砕けてしまうのだ。

大きな魔石が欲しければ、一瞬で魔獣を倒す必要があった。


カルロスも、一応の知識だけは持っているようだ。

魔石や魔法石は投資対象にもなっているので、その関係で仕込んだ情報だろう。

大きな魔石になると、目の玉が飛び出るほどの価格がつく。


「頭を落とすのに、三回ほど剣を振った」


キメラの頭部は、獅子、ヤギ、蛇(尾?)の三つある。

それはラクロットと力を合わせて倒した、キメラの魔石だった。

スカベンジャーに喰い散らかされた残骸から、わざわざ拾ってきたのだ。


最低限の攻撃で倒したキメラは、パックリと割れた魔石を残した。

だとすれば、何一つダメージを与えずに命だけ奪った場合、魔石はどうなるのか……?


「次は、コイツだ」

「えっ!」


カルロスがソファーから身を乗り出してオレの手元を覗き、目を細めた。


「この魔核は闇狼(シャドーウルフ)のものだから、少し小さい。でも、そこは重要じゃない」

「傷がない。しかも、何だか脈打っていないか……?どうして魔石ではなく、魔核と……。もしかして、コイツは」


途中まで口にして気づいたのか、カルロスの顔が驚きに凍りついた。


「分かるかい。こいつは魔石じゃなく魔核だ。魔獣から剥ぎ取っても、魔核の機能が生きてるのさ。もしかすると、今も魔素を作っているのかも知れない」


これが、その答えだ。

死返し(ペイバック)』の能力で倒した魔獣は、生きた魔石、魔核を内包していた。


「どうやって……」


カルロスは魔核から身を引くようにして、ソファーの背もたれに身体を預けた。

その手が(せわ)しなく口ひげを整えているのは、緊張したときの癖だろうか。


「オレには秘策があるんだよ。それを手土産にして、魔法好きな侯爵さまからオレの身分証を受け取ってくるのが、アンタの仕事だ」

「やってみよう」


オレは頷くカルロスの反応を窺い、念のために止めを刺しておくことにした。

やってみようじゃなくて、是非ともやらせて欲しいと言わせたい。

なので追い打ちだ。


「もし駄目なら……」

「ん?」

「ここに取って置きの魔核が、二つある。でかいヤツだ」


オレは手提げカバンをポンと叩いて見せた。


「何の魔核だ?」

「キメラから剥ぎ取ったものだ。欲しいかどうか、侯爵に訊いてくれ」

「オマエなぁー!?」


カルロスが不快そうな顔になった。

そんな態度にはお構いなく、手提げカバンから取り出したキメラの魔核をカルロスの前に転がしてやる。


「どうかね?」

「でっ、でかい!」


カルロスの顔に、引き攣った笑みが浮かんだ。


ドラローシュ侯爵と駆け引きしようとするオレの態度に、不快感でも覚えたのだろうか。

それともキメラと聞いて、容赦がない秘策の殺傷力に怖気づいたのだろうか。

だが、オレの死と引き換えに入手した魔核だ。

せいぜい驚いてもらいたい。


「オマエの居場所を教えろ」

「何故だ?」


オレは警戒心を(あら)わにして、訊ね返した。


「ガーデンパーティーに招き、ファミリーの主要人物に紹介する」

「ほぉー」

「次に訪れるときは、正門を通って来い」

「分かった」


どうやらカルロスに他意はないようだ。

オレは鷹揚に頷いて見せた。


「………………くっ!」

「まだ何か?」

「どうしてオマエは名乗らん!?」


カルロスがローテーブルをこぶしで殴った。

皿に盛られていた焼き菓子が、ローテーブルに転がった。


名乗らなかったのは、偽名を考えていたからだ。

だけど、何も思いつかなかった。


「ノエルだ」

「ノエルか……。本当に、その名で良いんだな?今、冒険者ギルドで話題になっている、裏切者の名だぞ。キメラにビビッて、パートナーを見捨てた(クズ)の名だ」

「はっ。偽名じゃない。噂の当人さ」

「…………!?」


カルロスはオレの顔をまじまじと見つめてから、キメラの魔核に視線を落とした。


「これが、オレの居場所だ」

「…………ん」


オレは混乱しているカルロスにメモを残し、サヴォイア家を後にした。






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