ノエルさんを襲った悲劇:クレア視点
『クレア……。【栄光の剣】の噂を聞いた?』
十日以上も前の話である。
同じパーティーで活動している女弓士のセリーヌが、冒険者ギルドで耳に入れた噂を教えてくれた。
『知らないよぉー。わたし、冒険者ギルドに顔を出してないモン』
わたしは若い冒険者たちからデートに誘われるのが嫌で、冒険者ギルドを避けていた。
なので依頼の受注や達成報告などの事務的な手続きをすべてセリーヌたちに任せ、ライニール通りや南門の側には近づかない。
『そっかー。アンタさ、ノエルさんと親しかったよね』
『まあね』
『落ち着いて聞いてね。ノエルさん、闇森の迷宮で亡くなったらしいよ』
『えぇっ!?』
わたしは驚いて放心した。
その後のことを思い出せないほどの、ショックを受けた。
ノエルさんは逞しい剣士だ。
マナドゥの冒険者ギルドでは、一、二位を争う腕前の持ち主でもある。
一緒に組んでいるラクロットは、箸にも棒にも掛からないクズでしかなかったけれど、ノエルさんは紳士だった。
家族より実の兄より、頼りにしていた。
困ったことがあれば嫌な顔をせずに助けてくれたし、ゴハンも奢ってくれた。
そんなノエルさんが、魔獣に襲われて死んでしまったと言う。
信じられないし、信じたくもなかった。
と言うか、その情報を齎したのはラクロットだった。
平気で噓を吐くチンピラの報告だ。
信じるに値しない。
なのにマナドゥ支部冒険者ギルドは、ラクロットの報告を追跡調査もせずに真実として認めた。
ノエルさんがギルド銀行に預けていた預金の引き落としまで、ラクロットに許した。
凡そ五千万クローザの大金が、ラクロットの懐に転がり込んだ。
絶対におかしい。
こうした時、わたしの勘は外れない。
わたしは沢山の神さまから加護を授かっているのだから。
でもでも、おいそれと神さまの話を打ち明けてはならない。
それは、わたしのとっておきだし、要するに切り札的な知識なのだ。
「神さまの都合なんて吹聴して歩いたら、確実に異端視されてしまうもの」
異端者の末路は悲惨である。
複数の神々を祀るために、それぞれの教会があっても、信仰についての異端となる解釈は存在するのだ。
とくにわたしの考えは、すべての教会から瀆神的な思想と判断される危険があった。
わたしは悶々と悩み続け、何日も何日も無駄に費やし、とうとう追い詰められて古物商のアマンダさんを訪ねることにした。
本人の言葉を真に受けるなら、アマンダさんの本業は占師だった。
失せ物を占って貰ったこともある。
「あたしのイヤリング、見つかったし……。お婆ちゃん、すごいよ。本物だよ」
◇◇
さっそく【正直堂】に出向いたら、アマンダさんが店の前で待っていた。
店の入口には戸板がはめ込まれ、幾重にも縄で縛ってあった。
どうやら今日は、お休みのようだ。
「いやいや、驚いたよ。本当にアンタが来るとは……。流石だね」
「えっ?」
わたしは話の流れが分からずに、首を傾げた。
「ノエルのことだろ?」
「はい。そんなことまで分かっちゃうんですか?」
「大いなる意思さ。アタシは切っ掛けを待っていただけだよ。ノエルに訊きたいことがあるんだけど、こっちから声を掛けるほど親しくないからね」
「訊きたいことがあるって、ノエルさんは生きているんですか!?」
アマンダさんの言葉が、わたしに希望を与えた。
ノエルさんが生きている。
「ああ。相変わらず愛想のない態度で、アタシに愛用の剣を売りつけようとしたから、鍛冶屋にでも頼めって言ってやったのさ。あいつには思いやりとか、そう言うものが無いのかね?」
「ありますよ。わたしには優しくしてくれます」
「はん。ヨボヨボの年寄りに、バカでかい剣を買い取らせようとするアホだよ。無神経にも程があるだろ!」
「はぁー。そう言うところもありますね。ノエルさんは、ときどき信じられないほどガサツです」
「だろー」
言うなり、納得したように頷いて、アマンダさんは歩き始めた。
「どこへ行くんですか?」
「アタシについて来な。ノエルと会うんだよ」
「はい!」
わたしは飛び跳ねるようにして、アマンダさんを追いかけた。
「あの小童じゃ」
「そうですか……」
実のところ、わたしはアマンダさんが指し示した人物を見て落胆した。
一目見ただけで、ノエルさんではないと分る。
小柄で愛らしい少女だった。
大通りをトボトボと歩く少女は、珍しい真っ白な髪を揺らしながら、寂しそうな雰囲気を辺りに振りまいていた。
目にすれば、誰もが心を奪われてしまい、ついつい救いの手を差し伸べたくなる儚げな少女。
明らかにノエルさんではない少女だけれど、声を掛けるのはわたしの役目だ。
一瞬だけ、どうしようかと悩んでから、剣の話をすることにした。
この少女が話題の人物なら、【正直堂】にバスタードソードを持ち込んだはず。
通り掛かりに声を掛ける理由としては、充分だと思う。
「ちょっといいですか?」
「…………っ」
露骨に嫌そうな顔で舌打ちをされた。
それでも少女の足を止めることはできたので、わたしにしては上出来だ。
「あなたが鍛冶屋に売った、大剣の話です。あの大剣ですが、ノエルさんのものだと知っていますか?」
わたしは真正面から斬り込んでみた。
だけど、そこで返ってきたのは、想像だにしていなかった言葉だった。
「オレがノエルだ」
「えっ!?」
「オレの剣をオレが売り払って、なにか問題でもあるか?」
「だって、ノエルさんは三十路よ。それだけでなく、すごく大きくて逞しい冒険者なんだから……。それなのに、あなたは……」
わたしが訝しげな視線を向けて承服せずにいたら、少女はわたしとノエルさんしか知らない出来事を語って聞かせた。
「どっ、どうして、キミが、その話を知っているの?」
少女は狼狽えるわたしに、ノエルさんのギルドカードを渡して寄こした。
それが止めだった。
アマンダさんの話は本当で、ただ説明していないことがあっただけ。
つまりノエルさんは、とんでもなく可愛らしい少女になってしまったのだ。
【神理の眼】を使用すれば、わたしには相手の嘘を見抜くことができる。
試してみると、ノエルさんの発言には、ひとつも嘘がなかった。
わたしたちが言葉を交わす間、ノエルさんは一貫して物凄く不機嫌そうに見えた。
ラクロットの件についても、一緒に抗議しようと申し出たのだけれど冷たくあしらわれてしまい、言葉の接ぎ穂が見当たらない。
わたしが【神理の眼】で得た真実を冒険者ギルドに知らせると口にしたら、ノエルさんは苦々しげな表情になった。
「なあクレア。もし仮に、アンタが虚実を見極められるとしてだ。アンタの発言を誰が真実だと保証する?」
「…………」
「で、アンタを保証する者がいたとして、そいつが嘘を吐いていないと誰が保証してくれる?」
それは物分かりが悪い子供に、説いて聞かせるような口調だった。
せっかく隠していたスキルまで使って、ノエルさんの説明に嘘がないと証明して見せたのに、無意味だと鼻で笑われ。
逆に、このようなケースでは、【神理の眼】が全くの無力であると説得されてしまった。
何だろう。
すごく切ない。
「なるほど、なるほど……。あのノエルがのぉー。あのデカイ筋肉男が、こりゃまた随分と縮んだもんだ。ところで背中から剣で刺されて、どうして生きておる?」
それまで黙っていたアマンダさんが、何も知らないような素振りで訊ねた。
この質問にもノエルさんは、真面目に答えようとしなかった。
「色々とあるんだよ」
その一言でお終いだ。
「大きさだけでなく、すっかり別人になっておるが、何故じゃ?」
「余計なお世話だ」
「そうかね?」
こうも頑なに拒絶されては、アマンダさんだって引き下がるしかない。
わたしは、オロオロしながら見ているだけだ。
本当に情けない。
そうだ。
わたしはノエルさんの助けになりたかった。
それなのに何も役に立てなくて、すごく切ないのだ。
わたしたちに背を向けたノエルさんは、とても孤独に見えた。
「驚くほどの美少女なのに、どうして冒険者の初期装備なのかしら……。それも男物。もしかして、男の意地とか……?あの草臥れた外套が馴染んでいるように思えるのは、とても勿体ないわ」
「そいつはスマナイね。あの古着を売ったのは、アタシだよ。それと、アヤツは少女じゃないぞ。男だよ」
「エェーッ!?」
ノエルさんが男だなんて……。
あんな可愛らしい外見で、男だなんて……。
「グヌヌヌヌッ……」
それは、わたしにとって……。
今日、一番認めがたい事実だった。




