甘い贅沢:ノエル視点
木賃宿【すきま風】の自室にて……。
昨日、冒険者たちの悪意に曝されたオレは、思い出したくもない嫌な過去を思い出し、悶々としていた。
「はぁー」
硬いベッドに腰を下ろして裁縫をしながら、ため息を吐く。
作業台にしているサイドテーブルには、精霊が拾い集めてきた素材を並べてある。
木の葉、ドングリ、虫の翅……。
それに加えて、オレが用意した素材と道具だ。
布切れにハサミ、針と糸、特殊な膠、接着に使用する竹べら。
ヌイグルミの中に詰め込む、木くずと安価なビーズ魔石。
チクチク縫い針を進めながら、又もやため息。
「お貴族さまかぁー」
ノバック伯爵家の当主。
オレの親父さまは、初対面の挨拶をしたときに、苦々しい顔でこう告げた。
『ノエル、男はカーテシーなどせん。ボウ・アンド・スクレープを身に着けたら、改めて挨拶に来るがよい!』
昨日までドレスの裾をヒラヒラさせていたオレに、この言い草である。
ボウ・アンド・スクレープが貴族男性の挨拶であることさえ、教わっていなかった。
おかげでオレは、ノバック家で散々な目に遭わされた。
兄たちはオレを汚物のように避け、召し使いや下男にまで陰で嘲笑された。
またノエルと言う名が女性にも使用されることから、周囲の人々はオレを軟弱者だと見下した。
オレの名は、『三人目には娘を……』と願った母上が考えた名だ。
馬鹿にするのは止めて欲しい。
母上のところに戻りたかったけれど、メソメソ泣いたりすれば兄たちに面白がって虐められる。
憤慨して言い返せば、楽しそうに囃し立てられ、笑い者にされた。
相手は二人いて、しかも年上だ。
何をしても勝てやしない。
だから皆から『男女!』とか陰口を叩かれたり、兄たちに『クネクネ野郎!』と罵られないよう、男らしくなろうと決意した。
それだけでなく無言で努力を重ねた。
でもオレの頑張りは、親父さまの胸に響かなかった。
何にせよ精霊である。
ノバック家は精霊至上主義だからな。
使役する精霊さえ有能であれば、オレの扱いも幾分かはマシになったはず。
四大元素に属する精霊たちを意のままに操れば、その力は目に見えて分かり易く、嘸かし親父さまを喜ばせたことだろう。
だがオレは、印付きの忌み子だった。
胸に刻まれた精霊紋は、何をしたって消せやしない。
オレに宿った『死返し』の精霊は、護符によって封じられていた。
精霊を従え、使役する呪文は、勉強していなかった。
そもそも精霊使いなら読めるはずの精霊文字が、オレには理解できない。
兄たちは精霊の気配を感じ取れないのに、精霊文字が読めた。
オレは精霊と遊んでいるのに、精霊文字が読めない。
一文字たりとも、正しく発音できないのだ。
そんな訳で、親父さまがオレに目をかけることはなかった。
「あの人は家名を重んじる、根っからのノバック伯爵だ。オレの父親ではなかった。ただ、それだけの話さ」
家を出て冒険者になると告げた時、親父はオレを止めなかった。
狩りに連れて行く猟犬を眺めるときより冷たく、愛情の欠片さえ感じられない態度で。
『お前の好きにすればよい』と言った。
忌み子が、どこで野垂れ死のうと、知ったことではない。
要は、そう言うことだろう。
「出来たぁー!」
〈ぴっ、ぴっ……♪〉
精霊の憑代が完成した。
それと同時に思い浮かんだ名は、【風花】だった。
「うーん。可愛い?キショイ?びみょーだな」
精霊が望むものを作ったのだが、どうにも造作が怪しい。
純白のボディーには問題がない。
だが妙に大きな黒目と、縫い合わされたような口が不気味に見える。
でも母上の離宮にあった憑代も、こんな感じだった。
おそらくは精霊たちの趣味なのであろう。
〈♪♪♪……〉
精霊は嬉しそうに憑代を纏った。
「おおっ。気に入ったんか?」
手のひらサイズの憑代は精霊が憑依することで、より適切な形に修正されていく。
膠で貼り付けた部位は、元から生えていたかの如くボディーに融合し、剥がれ落ちる心配がなくなった。
背中にあしらった蜻蛉の翅は大きくなり、ビビビッと振動した。
「オマエの名前は【風花】だ」
〈ぴぴ!〉
風花はオレに、シュタッと敬礼して見せた。
「これから、よろしくな」
〈ぴっ!〉
頼りになりそうな仲間である。
〈♪♪♪……♪♪〉
風花が消えたり現れたりしながら、ステップを踏んだ。
そう。
精霊は憑代を得て、より完全な精霊になる。
ヌイグルミになったのではなく、自分の身体を手に入れたのだ。
見えなくなったり空に浮かんだり、元から所有する異能力を失うことはない。
◇◇
オレは風花に留守番を任せ、木賃宿を後にした。
ドラローシュ侯爵と繋ぎを取るため、裏社会の顔役に話を持ち掛けるつもりだ。
「ドラローシュ侯爵に至るルートは二通りだが、代官のリュシェール子爵は評判が悪い。ここはサボイア家に話を持ちこむのが、正解だろう」
なので木賃宿がある通りをトボトボと歩き、町の西側を目指す。
貧民窟がある方角だ。
マナドゥの町を東西に横断するコリンナ通りは、商業区画を擁する流通の大動脈だ。
いつも賑やかで活気に溢れている。
中央噴水広場にはサレルノ教会の立派な礼拝堂が聳え建ち、その威容を誇っていた。
その向かい側に商業ギルドの美麗な施設があり、ときおり意匠を凝らした豪華な箱馬車が停まっている。
冒険者ギルドは裏通りだ。
中央噴水広場の手前を南に折れて進むと、南門の手前に冒険者ギルドの武骨な建物が見えてくる。
この通りの正式名称はライニール通りだが、荒くれ横丁の通称で呼ばれることが多かった。
南門に近づくほど冒険者を客とする店が増え、どことなく猥雑な雰囲気を漂わせる。
まあ、汚らしい宿屋や酒場、娼館などが軒を連ねている訳だ。
それだけでなく道具屋や武器屋、魔法薬屋なんかもあるのだけれど、どうしても目立つのは悪所である。
通りに面した店構えからして違う。
コリンナ通りに並ぶ店舗は、窓にガラスを使っている。
店先をショーウインドーにしているような、高級店もあった。
一方でライニール通りに並ぶ店では、ガラスなんて一枚も使っていない。
何なら、床も踏み固めた土だったりする。
行儀もクソもない冒険者を商売相手にする店だ。
ガラスなんて使ったら、何かの拍子で割られてしまうに決まっていた。
高価なガラスの弁償代を求めても、冒険者が払えるとは限らない。
店は客なりで、その姿を変えるものなのだ。
かく言うオレも、ひと月前までは、ライニール通りの利用者だった。
荒くれ横丁の顔みたいなもので、肩で風を切るようにして通りを歩いたものさ。
でも今は、ちっと怖い。
身体が貧弱になってしまったから、あそこの連中にぶつかられると跳ね飛ばされる。
誰もオレに道を譲ってくれないだろうし、場違いな存在として手酷く揶揄われそうだ。
近づかないに限る。
「んっ?」
大通りを暫く進むと、この付近で有名な慈愛の聖女さまが通り向かいに佇んでいた。
腕のよい回復職で、誰にでも優しいから慈愛の聖女さまだ。
オレは、『お人好しのクレア』と心の中で呼んでいる。
付け加えるなら、オレに経過時間が分かる魔道具をくれた娘でもある。
一緒に食事をした回数は、数え切れない。
だけどオレとの関係は、飽くまでも友だち。
男女の仲ではない。
クレアは優しげで可愛らしい容姿と、品のある態度から、若手冒険者たちに絶大な人気があった。
見事な金髪をショートボブにしている点も、女を売りにしないと皆から評価されていた。
実際、クレアが依頼に取り組む様子は、寡黙な真面目ちゃんである。
だけど実は話し好きで、そこそこ親しくなると憎めない間抜けなエピソードを聞かされる。
婚約者を妹に取られ、失意の余り修道女になろうとサレルノ教会の門を叩いたが、修道院の質素な食事に我慢できず、冒険者になったと言う変わり者だ。
半年しか暮らさなかった修道院で、ガッチリと回復魔法を学んできたのだから、ある種の天才と言えよう。
ただし、神さまより食欲を優先させるような、食いしん坊である。
クレアの横には、古物商の婆さまが突っ立っていた。
【正直堂】の婆さまだ。
「あの小童じゃ」
「そうですか……」
婆さまがオレを指差し、小童と呼びやがった。
「ちょっといいですか?」
「…………っ」
どうやらお人好しのクレアが、おせっかいを始めようとしている。
ここは、真正面から受けて立つとしよう。
他人の目が多いコリンナ通りで、要らぬ注目は集めたくない。
誰が相手だろうと揉めないに限る。
「あなたが鍛冶屋に売った、大剣の話です。あの大剣ですが、ノエルさんのものだと知っていますか?」
クレアの質問にオレは頷いて見せた。
「だったら……」
オレはクレアが何か言おうとするのを身振りで止めた。
「オレがノエルだ」
「えっ!?」
「オレの剣をオレが売り払って、なにか問題でもあるか?」
「だって、ノエルさんは三十路よ。それだけでなく、すごく大きくて逞しい冒険者なんだから……。無精ひげを生やしていて、髪の色だって茶色だった。でもって、闇森の迷宮で魔獣に襲われて、死んじゃったはずなの……。それなのに、あなたは……」
ノエルとは似ても似つかぬ、ちびガキだと言いたいのだろう。
オレも同意見だ。
「故あって、かなり風貌は変わってしまったが、オレの言葉に嘘はない。何なら、証明して見せようか?」
「……」
クレアはコクリと頷いた。
オレの話を全く信じていないことは、目を見るまでもなく伝わってくる。
「デニスとルカとジョルジョの三馬鹿トリオが、結婚してくれとアンタに言い寄ってたよな」
「はぁ!?」
「それで困り果てたアンタは、オレを食事に誘い、助けてくれと泣きついた」
あの時は自分の年齢も考えず、クレアから愛の告白をされるのかと、少しだけ舞い上がったね。
そして即座に、己の思い上がりを打ち砕かれた。
「どっ、どうして、キミが、その話を知っているの?」
「オレがノエルだからだ。で、オレは三馬鹿に、アンタへの接近禁止を言い渡した。ちょっとばかし、腕力に物を言わせてな」
オレは懐からギルドカードを取り出し、クレアに手渡した。
クレアは食い入るようにして、ギルドカードを見た。
「あの一件が尾を引いたせいか、三馬鹿は酒場で大はしゃぎだ。『ノエルが死んで嬉しいな♪』と、シタールを弾きながら歌ってやがる。連中の様子からすると、近いうちにまた求婚しだすぜ」
「ハゥ……。そんなことになったら、わたしの楽しい冒険者活動に支障をきたします。何とかしてください!」
クレアが目を見開いて、身体を硬直させた。
余程、嫌なのだろう。
「そう言われてもだなぁー。ご覧の通り、オレは弱っちくなっちまったし。冒険者ギルドでは、だぁーれもオレをノエルだとは認めないだろう。だから、アンタの助けにはなれない」
「わっ、わたしが口添えします」
ワタワタと慌てるクレアを眺め、オレは目を細めた。
男であれば、大多数が守ってやりたいと思う可愛らしさだ。
だけど、クレアの口添えは要らない。
冒険者ギルドで、騒ぎを起こす予定もない。
「どっ、どうしたんですか、ノエルさん?黙り込んじゃって……」
「うん……。ちょっと呆れているだけさ」
この程度の説得で、オレを信じるのかよ。
やはり、お人好しだな。
「説明したから分かると思うが、オレは今を生きるのに忙しい。こんな姿になってしまったし、貯金もゼロだ。何とかして稼がなければならない。邪魔はしないでくれ」
「その話が本当なら、ラクロットさんの報告は……?」
「嘘っぱちだ。アイツは迷宮でオレの背中を刺した。神殿に祀られていたお宝を独り占めするためにな。オレはキメラから逃げたりしていない。キッチリと倒した。オレの背後に隠れていた臆病者は、ラクロットだ」
オレはクレアの質問に答え、薄く笑う。
今となっては、不意打ちを喰らった自分が滑稽でならない。
「パートナー殺しかい!?」
古物商の婆さまが目を丸くした。
「迷宮内に於けるパートナーへの攻撃は、最悪の違反行為です」
クレアも困惑の表情で口を挟んだ。
「その最悪な違反行為が行われたんだよ」
「ウワァーッ。本当だ。嘘を吐いてない。本当にノエルさんだ」
クレアは左右の指を組み合わせてフレームを作り、その隙間からオレを覗き見て騒ぎだした。
「何をしてる?」
「これは【神理の眼】と言いまして……。こうするとぉー。わたしは他人の嘘を見抜けるんです」
「はぁ!?」
「ああっ、そんなことはどうでもいいです。呑気に構えていないで、今すぐにでも、ギルドにラクロットさんの違反行為を報告しなければ……」
「なあクレア。もし仮に、アンタが虚実を見極められるとしてだ。アンタの発言を誰が真実だと保証する?」
「…………」
「で、アンタを保証する者がいたとして、そいつが嘘を吐いていないと誰が保証してくれる?」
以下略……。
「エェーッ。そんなぁー」
「オレは迷宮で背中を刺されたのに、生きている。証拠の傷跡はなく、外見も全くの別人に変わってしまった。とてもじゃないが、信じがたい話だ。そんな与太話を聞かされたら、オレだって信じないさ。さて……。どこの誰が、オレの主張を支持してくれるのかな?」
「もしかして、わたしだけ……?」
「そう言うことだ」
クレアは不満そうな顔でオレを見つめた。
「なるほど、なるほど……。あのノエルがのぉー。あのデカイ筋肉男が、こりゃまた随分と縮んだもんだ。ところで背中から剣で刺されて、どうして生きておる?」
それまで黙っていた古物商の婆さまが、オレの方に身を乗り出した。
当然の疑問だと思うが、他人に答える義理などなかった。
ましてや相手は、オレを小童呼ばわりした婆さまだ。
「色々とあるんだよ」
「大きさだけでなく、すっかり別人になっておるが、何故じゃ?」
「余計なお世話だ」
「そうかね?」
古物商の婆さまは、ため息を吐いて引き下がった。
だが、まだ何やら言いたそうである。
「アタシと話をしておいた方が、よいと思うのじゃが」
「いいや断る」
自分でも整理できていないことをしつこく質問されるのは、はなはだ不愉快だ。
何より天下の往来で、込み入った話なんかしたくない。
こっちは最初から嫌がっているのだ。
空気を読んで欲しい。
「そうかい、そうかい……。それなら気が変わったら、アタシの店を訪ねなさい」
「…………ああ。それまで覚えていたらな」
婆さまの茶飲み友だちは、欲しくなかった。
「じゃあな!」
オレは投げ遣りに手を振って、クレアたちと別れた。
そてにしても【正直堂】の婆さまは、どうやってオレの居場所を突き止めたのか?
木賃宿を襲撃されたならまだしも、出先で捕まるとは思わなかった。
「いや、木賃宿だとしても、納得はできない」
本業だか副業だかで、占いもしている婆さまだ。
口から出まかせだとばかり思っていたが、マジものかも知れん。
「クレアもな……。あれで謎が多い娘だし」
婆さまだけでなく、クレアも充分に怪しかった。
今日は久しぶりに上手いものでも食おうと決めたとき、何故か出かけた店の前でクレアに会う。
そして奢らされる羽目になるのだ。
食事に誘ってないし、オレの予定も話していない。
普通に考えるなら偶然だ。
だが、その偶然が余りにも多すぎた。
「クレアとは賭け事をしたくないな。【正直堂】の婆さまも博打が強そうだ」
どうやらクレアも婆さまも、その見た目に反して賭博場では侮れない相手のようだ。
「単なる追跡なら探究者の能力だけど、どうにも神懸っている。だけど確立操作なんて、出来るものなのか……?」
西へと向かって歩くオレは、高級料理店が並ぶ界隈で甘い匂い意識を奪われ、偏りの酷い確率について考えるのを止めた。
「くんくん……。コレはぁー。フルーツとバターの匂い」
ふと匂いのする方を見れば、店先に並ぶ婦女子の群が目に入った。
生菓子の店コルボンヌ。
マナドゥの町で有名なスイーツの老舗だ。
「フルーツタルトとか……。もう十年以上、食べていないな」
実を言うと、オレはスィーツが大好物だ。
だけどごつい外見で、婦女子が集まるお洒落な店には近寄れない。
そもそもオレには世間体を気にするところがあって、自分に似合わない真似は一切したくなかった。
と言うか、似合っているか似合っていないかは、オレの頭を悩ませる重大な問題なのだ。
だから外見が激変してしまうと非常に困る。
これは男らしさにこだわり続けた弊害だろうか……?
「もう二度と食わないって、決めていたんだけどな……」
近くにあった衣料品店のショーウインドーに、自分の姿を映してみる。
そこには美少女と見紛うような、オレが映っていた。
白い髪の切なそうな目つきをした少年。
「いけるんじゃね?」
ただし、今の服では駄目だ。
これでは、物乞いと間違われそうだ。
「もうちょっと、ましな服を買うか……。資産家に仕える従者が着るような服なら、そこそこの値段で買えるだろう」
オレはスイーツの魅力に負け、衣装を新調することにした。
サボイア家を訪れるのは、また今度にしよう。
ラクロットへの復讐は大事だが、スイーツを諦めるなんて無理なのだ。




