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迷宮の外で見たモンスター:ノエル視点



迷宮には積層構造がある。

逆に言えば、不可思議な積層構造を持つ特殊なエリアが迷宮と呼ばれている。

積層されたフィールドは、深層とか浅層と仮に呼ばれているが、座標的な上下を意味するものではなかった。


各層の間には、ゲートと名付けられた謎のギミックがある。

上層から下層へと向かう階段はない。

逆もまた然り。


魔法研究者たちは、このギミックが魔力的な特異現象であると推測していた。

人為的に造られた転送装置であるかどうかは、研究者によって意見が分かれるところである。


なので迷宮は、洞窟のような地下空間とは限らない。

その最たる例が闇森の迷宮だった。


各フィールドがバカほど広い。

ゲートを見つけだすだけで一苦労だ。

棲息する魔獣の数と種類も、非常識なほど多かった。


【世界秘宝大全】を信じるなら、闇森の迷宮は十二階層に分かれている。

最下層に忘れ去られた神殿があった。


忘れ去られた神殿は、かつて月を崇める人々により建てられた月の神殿だ。

暦と被る、十二と言う数字が意味深だった。


天文博士によれば、月の周期(リズム)は十五である。

新月から満月へ、そしてまた新月へ。

これで三十日。


この周期(リズム)を十二回繰り返して、一年。


こうした特別な数字を研究するのが、天文博士なのだ。

オレには、意味があることに思えない。

多分、凡人だからだろう。


何が言いたいのかと言えば……。

十二だ。

そしてオレが潜ったゲートは、七つ。

いまオレは、五階層に居る。


ここまで来れば、極稀に他の冒険者パーティーと遭遇する。

助けて欲しいのだが、何故かオレが声を掛ける隙も与えずに、冒険者たちは走り去ってしまう。


「この……、薄情者がぁー!」


大声で助けを求めたいのだけれど、喉がひりつき、しわがれた弱々しい声しか出ない。

水が足りないので、慢性的な脱水症状を患っているのだ。

声の質も、以前の野太いものから変わってしまった。

身体が縮んだせいなのか、子供のように甲高い。


それにしても、魔法石の灯りを暗闇で発見し、彼我の姿が確認できる距離まで近づいてくるのに、そこで踵を返して走り去るのはどうしてなのか?


「オレの姿に問題でもあるのかぁー!?」


そもそも鏡なんて所持していなかった。

自分の姿を映したくても、闇森の迷宮には小さな泉さえ存在しない。

ジメジメと湿気たエリアなのに、苔やらシダやら樹木に全ての水分を奪われ、地下水は地表に現れる前に消滅する。


食糧は兎も角として、清潔な水を浴びるほど飲みたい。

時折り手に入るちびた果実だけでは、脱水症状が治まらない。

塩分も必要だった。


「ボリスの野郎が居たな。だったら、あのパーティーは【一攫千金】か。要救助者を見捨てやがって、ギルドに戻ったら訴えてやる」


そんなことを思ったりしたのだけれど、その後に出会ったパーティーもオレを見ると例外なく逃げ去るので、どうでも良くなってしまった。


「絶対におかしい。すげぇー不安になって来たぞ!!」


オレは迷宮の出口を目指して、ノロノロと進んだ。


荷物が重く、体調は万全と言えず、足回りに至ってはお手製のボロ靴である。

どれだけ頑張っても、サクサクとは進めないのだ。




◇◇




オレはローラン・ド・ノバック伯爵の三男として、この世に生を受けた。

ノバック家は、古くから優れた精霊使いを輩出する家系だった。

屋敷の図書室は、精霊に関する記録で埋め尽くされてた。


でもオレは、いわく付きの忌み子だった。


それ故にノバック家の本館ではなく、母上が暮らす離宮で、女の子として育てられた。

忌み子は邪霊に目を付けられないよう、十歳の誕生日を迎えるまで、女の子として育てられるのだと言う。


そこには、母上の思惑もあったのだと思う。

母上は息子より娘が欲しかったようで、オレにノエルと言う名をつけた。

ノエルは古代語の【誕生】を意味する名であり、性別とは関係なく、男にも女にも使われる中性的な名だった。


オレは十歳の誕生日を迎えるまで、自分が男だと知らずに過ごした。

親父や二人の兄が居ることさえ、聞かされていなかった。


オレとエウラリア・シフエンテス女史の出会いは、一冊の絵本から始まった。


絵本のタイトルは【お月さまと姫君】だ。

著者は勿論、エウラリア・シフエンテス女史である。



―――――――――――――――――――――――――――――――――



昔々、お日さまのような金色の髪が貴族の象徴として尊ばれる国に、白い髪の姫が生れました。

リリィと名付けられた末の姫は、やがて『色なし姫』と呼ばれるようになり、両親や姉たちから生まれ損ない(・・・・・・)(うと)まれるようになりました。

ひとりぼっちのリリィは、だれかとお話がしたくて、夜ごと、お月さまに話しかけるようになりました。


するとある夜のこと、お月さまがリリィに言葉を返しました。


『もし泉の精霊を助けてくれるなら、お友だちになって上げましょう』


お月さまの大切な泉は、すっかり涸れていたのです。

お月さまは、その水面に自分の姿を映すのが大好きでした。

それだけでなく、時の経過で満ち欠けするお月さまにとって、いつでも自分の姿を知っておくのは欠かせないことでした。


『大切な水鏡なのです』


十二個に砕けて散った精霊を再生させれば、泉も(よみがえ)ると教えてくれました。


リリィはとても喜んで、お月さまの願いを叶えることにしました。



―――――――――――――――――――――――――――――――――



そこからリリィの冒険が始まるのだった。

ひんやりとした月の光に導かれて、リリィは枯れ井戸の底から冥土(めいど)へと(くだ)っていく。

何しろ泉の精霊(リフレクター)は、完璧に死んでいるのだから……。


だがしかし、オレはこの物語の結末を知らない。

母上と暮らしていた離宮の図書室には、上巻しか置いていなかったからだ。


当時のオレは、絵本のリリィを真似て遊んでいた。

リリィが着ているような衣装を作ってもらい、スカートの裾(・・・・・・)をヒラヒラと(ひるがえ)して、離宮の廊下を走った。


今考えて見ると、『色なし姫(ヒロイン)』の冒険は死と再生の連続であり、まさに『死返し(ペイバック)』の精霊を身に宿した精霊使いの活躍だった。

色なし姫(ヒロイン)』が己の死と向き合う凛々(りり)しさに心を奪われたオレは、擦り切れるまで絵本を読んだ。


普段であれば思い出すこともない昔の話だ。


弱体化したオレは、闇森の迷宮から抜け出すのに二十日も掛かった。

その間、おそらく九回ほど魔獣に襲われて死んだ。


死返し(ペイバック)』の精霊が殺した魔獣からは、価値ある素材を剥ぎ取り、背嚢(はいのう)に詰め込んでおいた。

二十日も迷宮にいながらオレが飢えていないのは、魔獣(キメラ)の肉を食っていたからだ。


最初に『死返し(ペイバック)』が倒したスカベンジャーの親玉は、【悪食】の異能力を所持していた。

これさえあれば、何を食っても取り敢えずは生きていられる。


死亡回数を九回とカウントしているのは、背嚢(はいのう)に収納された魔核の数が九個だからである。

その魔核は、『死返し(ペイバック)』の精霊が殺した魔獣を解体して手に入れたものだ。

普通に倒した魔獣からは、魔石が取れる。


途中で【隠密】の異能力が取得できたのは、本当にラッキーだった。

あれが手に入らなければ、オレの心は確実に折れていた。

冒険者なんて、心が折れた時点でお終いなのだ。


正確な死亡回数は、ハッキリとしない。

経過時間は、知り合いから貰った魔道具が教えてくれた。


オレの身体は縮む一方だ。

鍛え上げた肉体は、既に見る影もない。

バスタードソードを振るだけで、重心が持って行かれる。


「はぁー」


オレはハーキムの森で、泉に映る自分の顔を眺め、ため息を吐いた。


強敵を倒す度に、『死返し(ペイバック)』の精霊はスクスクと成長して行った。

一方、オレの能力は、情けないほど低下した。


まあ、生きて闇森の迷宮を脱出できたのだ。

これはもう奇跡と言えよう。

その一助となるスキルを魔獣から奪ったのは、『死返し(ペイバック)』の精霊だった。

泉に移る己の姿がどうあろうと、共に死線を(くぐ)った頼れる相棒に、筋違いな八つ当たりをすべきではなかった。


事態は、いたってシンプルだ。

憎むべき相手は、オレの信頼を裏切ったラクロットである。


死返し(ペイバック)』の精霊には、感謝せねばなるまい。


しかし……。


「ガキの顔だ」


水面からオレを見つめ返す小僧は、髪色や瞳の色まで違う童顔だった。

ガキの頃に戻ったのではなく、作り返られてしまったのだ。


「白い髪に、白い肌。洞窟トカゲみたいに、皮膚から色が抜けちまった。そして淡いスミレ色の瞳か……。逢魔時(おうまがとき)の色だな」


その造作は、どことなく絵本に描かれていた色なし姫リリィを彷彿(ほうふつ)とさせた。

幾度となく死を経験したオレの眼は、暗くどんよりとしていた。

微かに終末の気配を匂わせる、危ない目つきだった。


「真っ暗闇の中で、魔光石の灯りに照らされたこの姿を見たら、幽鬼の類と間違われても仕方ないか……」


あどけなさを残した少女(?)が、不釣り合いなほど大きな荷物を背負い、迷宮に(たたず)んでいる。

危険な場所であり得ないものを目にした人は、大抵において恐怖に駆られる。

それが正常な想像力と言うものだろう。


「元のオレとは、似ても似つかぬ別人じゃないか」


完全復活とは、何ぞや……?


「持ち帰ったバスタードソード。もう不要だな。どう頑張っても扱える気がしない」


オレは澄み切った清水で口を(すす)ぎ、顔を洗い、キレイさっぱり意識を切り替えた。

(まと)まりの悪い白い髪は、濡れた手で撫でつけてから、革ひもを使って首の後ろに束ねる。


衣装は……。

もう、どうにもならなかった。

ズタボロで、古着屋も引き取ってはくれないだろう。


何はともあれ生きることを考えなければ、裏切者への復讐など果たせやしない。


ラクロットには惨めな最期を。

覇道の剣は奪い返す。


「よし。動こう」


パンと音を立て、頬を張る。


取り敢えず、拠点にしていたマナドゥの町を目指す。

ラクロットの足跡を追うのだ。




◇◇




ハーキムの森を抜けると、視界一面に緑に輝く麦畑が広がった。


「眩しい……」


暗闇に慣れた目が、午後の日差しを受けてシバシバした。

空は青く、乾いた風が心地よい。


昼寝をしたくなるが、ぐっと我慢だ。


普段なら駅馬車で移動する道をトボトボと歩く。

馬車が走れる舗装路なので、森のように疲れたりはしない。


「だけど荷物が重いぜ」


この姿で、駅馬車は使いたくなかった。

何なら駅舎に立ち寄るのもイヤだ。


人には、その人に相応しい場と、装いと言うものがある。

これさえ守っていれば、大半のトラブルは未然に避けられる。


で、現状のオレだが……。

非常にヤバイ。


浮浪児も腰を抜かすようなボロを着たヨレヨレの小僧が、分不相応な大剣とパンパンに膨れ上がった背嚢を担いでいる。

これでは自分でトラブルを招き寄せているようなものだった。


迷宮を出たからと言って、安心してはならない。

市井にだって、ごちゃまんと危険は潜んでいるのだ。


弱そうなヤツが大きな荷を担いでいれば、農家の悪ガキどもだって追剥(おいはぎ)をしたくなるだろう。

後ろ盾の無さそうな見すぼらしい身なりが、襲っても後腐れはないと思わせてしまう。

鼻先にエサをぶら下げておいて、飛び掛かってきた犬に腹を立てるのはアホだ。


「ペイバック、隠密を頼む」


オレはコッソリと人目を避け、マナドゥの町までたどり着きたかった。

もう疲れ果て、俄か盗賊を撃退する気力など残されていない。


「ウギャァァァァーッ!」


遠くから男の悲鳴が聞こえた。


そちらに視線を向けると、小山のように大きな獣が居た。

姿は野豚だが、明らかに寸法(サイズ)がおかしかった。


「うげっ!とんでもなくデカイ野豚だ。あれはもう怪物だろ。絶対にネームドモンスターだ」


荒れ狂う巨大野豚と、麦畑の中で逃げ惑う農夫たち。

迷宮の深層でなくとも、危険なモンスターは存在するのだ。


「あんなもんを相手にしたら、確実に死ぬわ」


冒険者ギルドから討伐依頼も受けていないことだし、ここは申し訳ないけれど素通りさせてもらおう。


箱馬車よりデカイ敵とは、戦わない。

それがオレのモットーである。






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