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食えば食えるがクソ不味い:ノエル視点

 


 偉大なる予言者であり、博物学者であり、著述家でもあるエウラリア・シフエンテス。

 俺はマナドゥの町で開かれていた蚤の市で、敬愛するエウラリア・シフエンテス女史の著書を発見した。


 世界秘宝大全  〈シリーズ七巻〉


 俺の青春は、この本に記されていた数行に捧げられた。




 闇森編:


 ―― 覇道の剣 ――


 忘れ去られた神殿にて屈強なる守護者(ガーディアン)を倒し、愚者の祭壇に祀られし宝剣を手にするがよい。

 この宝剣を所有せし者は、数々の試練を乗り越え、覇王への道を歩み、やがて真の王となるだろう。

 古の人々は、この宝剣をドラゴンスレイヤーと呼んだ。



 エウラリア・シフエンテス(著)




 ◇◇




 闇森の迷宮は、常夜の森である。

 魔獣が棲む真っ暗な森は、悪意に満ちていた。

 時折り枯れ木だらけのエリアを通るが、空には月も星もない。

 東西南北の方位を知る術はなく、こまめに(しるべ)を残し、マッピングして進むのが鉄則だった。


 完璧な迷宮のマップは、ラクロットが管理していた。

 オレも緊急事態に備えてマップを所持していたが、簡易版に過ぎない。

 それは大雑把で、移動の安全を約束してくれる最も重要な書き込みがなされていなかった。


「目印の月光石だけが、オレに残された命綱だ」


 オレの死を確信したラクロットが、面倒臭がって手抜きしたのだろう。

 せっせと埋め込んだ道標(みちしるべ)の月光石を失えば、どう足掻こうと生還は不可能なのに……。


 それでもオレの足は重い。

 今回、忘れ去られた神殿に三日で到着したのだが、もう六日も歩いているのに闇森の迷宮から抜け出せない。

 とうに携帯食料は底をつき、水も飲み切ってしまった。


 オレは『死返し(ペイバック)』の精霊が巨大な蟲(スカベンジャー)から奪った異能力を試すところまで、追い詰められていた。

 異能力の名は【悪食】だった。


死返し(ペイバック)』の精霊は、魔獣に殺されたオレを復活させ、即座に死を返すだけじゃなかった。

 倒した魔獣から異能力を奪えるのだ。


 もっとも魔獣の異能力なので、オレには使えないものもあった。

 その代表が、キメラの火炎攻撃(ブレス)だった。


「オレにも捕まえられそうなヤツは、あれだけか」


 イービルセンチピート。

 枯れ木の根元を這いまわる、毒虫だ。

死返し(ペイバック)』の精霊は、それをオレに食えと(しき)りに勧めた。


 度重なる復活によって、オレの弱体化は深刻な状況に突入していた。

 背負った大剣と荷物が重くて、泣きたくなる。

 なのに未練があって捨てられない。


「バスタードソードには愛着があって、捨てられん。背嚢の中身は破格の値段で取引されるだろう、文字通りの宝だ。ここで捨てたりしたら、絶対に後悔する。何より……。これまで運んできた苦労が、水の泡になってしまうじゃないか……!」


 まさに苦労の連続だった。

 悔しいことに、死んで、死んで、死にまくりだ。

 これほど魔獣を怖ろしいと思ったことは、これまでにない。


 筋力が落ちて、思うように大剣を振れない。

 攻撃を(かわ)そうとしても、動き出しの遅れや歩幅のズレがあって、体勢を立て直せない。

 なので魔獣の動きを見切ってから反撃へ移れず、そのままズルズルと追い詰められて死ぬ。


 意識が朦朧としても動けるように鍛錬していたので、いつだってオレの身体は正確に反応する。

 ただ弱体化してしまった身体が、望んでいた動きを再現してくれない。

 そのズレは、実戦で修正できるようなものではなかった。


 闇森の迷宮には数え切れないほど来ているので、殆どの魔獣は既知の存在だ。

 脅威ではあったけれど、それぞれに対処方法は確立していた。


 だが、その対処方法に必須となる装備品が、オレの手元にない。

 ラクロットが持っていたのだ。


 オレとラクロットには、明確な役割分担があった。

 ラクロットの役割は魔獣の足止めで、近づいて止めを刺すのがオレなのだ。


 当初、この役割分担を嫌がっていたラクロットだが、昨年の春ごろに文句を言わなくなった。

 それどころか率先して、オレの荷物まで整理するようになったのだ。


 オレは危険な役割をラクロットに振りたくなかった。

 なんと言うか、ラクロットには子供っぽい無鉄砲なところがあって、見ているとハラハラさせられたからだ。

 冒険者ギルドの訓練所と違い、迷宮でのミスは命を落とすことに直結する。


 なので、『ようやっとラクロットにも理解してもらえたか……』と胸を撫で下ろしたのだが、どうやら間違っていたようだ。


「あの野郎、道理を(わきま)えて素直になったのかと思ったら……。去年から、裏切りを計画していやがったな!」


 ラクロットはオレと仲の良い振りをしながら、ずっとチャンスを窺っていたんだ。

 オレの知識と腕に依存しながら、(ひそ)かに牙を磨いていたのだろう。


 闇森の迷宮を攻略するにあたって、何よりもアドバンテージを与えてくれたのは【世界秘宝大全】に記載された事細かな情報である。

 これがなければ、マナドゥの冒険者ギルドで【栄光の剣】がトップパーティーと見做されることはなかった。

 オレは子供の頃から、エウラリア・シフエンテス女史のお世話になりっぱなしなのだ。


 魔獣が所有する異能によっては、戦わずに済ませるケースも多々あった。

 目に見えず、気配も分からない毒蜘蛛、インヴィジブルアラクネーなどが棲息するエリアは、かの魔獣が苦手とする火を用いることで難なく通過できた。


 それなのに、湿気た闇森の迷宮では火が熾せない。

 松明(たいまつ)も、火縄も、強力な燃焼材も、果ては毒消しの薬まで、ラクロットが管理していた。


 ラクロットを信じたツケである。


 オレはインヴィジブルアラクネーに襲われ、毒を喰らって死んだ。

 この時だけは、オレが弱体化してしまい、インヴィジブルアラクネーの強烈な麻痺毒に耐えられなかったことをありがたく思った。


 インヴィジブルアラクネーには、獲物を毒で動けなくした後、巣穴に運び込んで卵を植え付ける習性がある。

 生きたまま蜘蛛の子に喰われるとか、ゾッとしない話だ。


死返し(ペイバック)』の精霊はインヴィジブルアラクネーを倒したことで、数種の異能を手に入れた。

【隠密】に【毒耐性】、【糸操作】に【隠形喝破】と、嬉しい限りである。

 でありながら、攻撃手段として有望な【毒牙】は使用できなかった。


 キメラの【ブレス】や【毒液噴霧】も使用不可だ。

『魔獣の異能なので仕方がない!』と言えばそれまでなのだけれど、攻撃手段が欲しくて堪らないオレにすれば、非常に腹立たしい。

 異能を所持しているのに使えないとは、何たることか。


 まあ、やむを得ない。

 オレには大きな牙が生えていないし、火を吹くのも毒霧を撒くのも無理だろう。

 そういう特殊な器官が、身体に備わっていないもんな。


 三度目に死んで復活すると、無精ひげが消え失せていた。

 五度目に死んで復活すると、明らかに筋力が落ち、背丈も縮んだ。

 今ではバスタードソードを背負うに足る身長がなく、先っぽを引きずっている。


 五度目の復活に於いて極端な弱体化が生じたのは、両足を闇狼(シャドーウルフ)に持って行かれたせいだと思う。

 どうやら魔獣に喰われてしまった質量(マッス)筋肉(マッスル)は、復活しても戻らないようだ。

 即死せずに身体を喰われるような事態は、避けねばなるまい。


 不幸中の幸い。

 オレは訳あって裁縫が得意だった。

 革製品を手作りして、工芸品店に買い取ってもらうほどの腕前である。


 だからキメラから剥ぎ取った皮で、取り敢えずの靴を拵えてみた。

 とうてい靴とは呼べないが、裸足で歩くよりマシだ。


 ダボダボになった衣類は裾上げして縫い、余った布地で即席のベルトを作り、ズボンのベルトループに通して縛った。

 応急処置に過ぎないけれど、これでガサガサと枝を鳴らしたりせずに動くことができる。


 こうして考えてみると、『オレにとって怖いのは、キメラより闇狼(シャドーウルフ)だ!』と言うことになる。

 キメラの攻撃に(さら)された場合は、まず間違いなく即死だからな。

 即死なら、質量(マッス)筋肉(マッスル)は減らない。


「オレは、どんな姿になっちまったんだ?不安でならんのだが」


 弱っちくなったオレには、以前なら瞬殺できた魔獣でさえ強敵に映った。


 だからオレは可能な限り危険(リスク)を避け、注意深く行動しなければいけなかった。

 そのせいで移動速度が極端に落ち、亀の如く鈍い。

 なので気持ちばかり焦る。


 時間の経過は、オレの敵だった。

 装備が削れ、弱体化は進み、日に日にラクロットとの差が開いていく。

 ヤツがマナドゥの町に留まっているなら問題ないけれど、もし移動していたら、日が開くほど追跡は難しくなる。


「腹が減った」


 可能な限り早く闇森の迷宮から抜け出さなければ、力尽きて死んでしまうかも知れない。

 餓死したら、『死返し(ペイバック)』の精霊は復活させてくれない。

 もう悩んでいる余裕などなかった。


「よし決めた。あいつを捕まえて食う。嫌だけど……」


 オレは【隠密】を使用して、イービルセンチピートを捕獲することにした。


 忘れてはならないが、相手は毒虫である。

 しかも魔獣ならぬ、魔蟲だ。

 小さくても魔核を持つ。


 なので【隠密】を使い、息を殺して近寄ったのだが、驚くほど簡単に捕獲できた。


「いててっ……。痛いっ、ちゅーんだよ!」


【毒耐性】があっても、大顎で噛まれると泣くほど痛かった。

 ペンチで皮膚を捩じ切られるような、酷い痛みだ。

 次に捕まえるときは、最初に頭を潰そう。

 剣の柄頭(ポンメル)で、ブチッと……。


「生臭くて、苦くて、舌にビリビリする。甲殻の中身は、まるで鼻汁みたいじゃないか……。ときおりクチャクチャする食感も、実に気色悪い」


 不味い。

 それも気が狂うほど不味かった。

 ムカデのような見た目も相まって、最悪の食事だった。


 だけど驚いたことに、腹一杯イービルセンチピートを食べて休むと活力が蘇った。

 足元のおぼつかなさや眩暈(めまい)が消え、再び前に進めそうだ。


 それでも毒虫を生で食ったのだ。

 惨めで不愉快なことに変わりはない。


「ちくせう……。何もかも、ラクロットのせいだ。あいつの口にも、イービルセンチピートを捩じ込んでやりたい」


 オレはラクロットを憎むことで、ともすれば挫けそうになる心を立て直した。


「今のオレが雑魚モンスターにも勝てないことは、充分に理解した。ここからは形振(なりふ)り構わず、異能を使って進もう」


 危険回避に【隠密】を用い、栄養摂取に【悪食】だ。


 寝ている間でも有効な【隠密】は、オレにとって数少ない救いとなった。

 ただし悪夢に襲われて暴れると、【隠密】の効果は消えてしまう。


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!!」


 オレは食べかけのイービルセンチピートを右手に握ったまま、飛び起きた。


「はっ、夢かぁー。やばいやばい、隠密を重ね掛けしないと……」


【隠密】の使用中に、激しい動きや叫び声は禁物なのだ。






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