しくじり:ノエル視点
新年祝賀パーティーも中盤を迎え、デビュタント勢も緊張が解けた頃。
ダンスフロアでは若いカップルが身を寄せ合い、しっとりとした曲に身を揺らしていた。
そんな中、オレに好奇心を抱いた紳士方は、少しずつ包囲網を縮めつつあった。
黒衣の王子と呼ばれるアルベルト殿下にエスコートされた、もと遊民の怪しい娘である。
それが第一王子派、詰まりはクリスティーナ王妃の派閥に属するノバック伯爵家の養女となれば、関心を持たれても仕方がない。
「はぁー。要は、どうなっているの……?って、話ですよね」
「うんうん……。わたしも知りたいもん」
オレの口から零れた独り言に、クレアが相槌を打つ。
「母上は、どっちの味方でもないと思うのです。あの人は、大いなる意思の行く末を見て、自分が進むべき道を選択しているだけですもの」
「エェーッ。それって、どちらの派閥からも睨まれそうで怖いな。オルタンス夫人は、何だか綱渡りをしているみたい」
「母上は、度胸と脳ミソが違うのです。普通に考えるのは良くないです。それを理解できないバカどもは、捻り潰されるでしょう」
「ウェーイ」
クレアは顔を顰め、次なるデザートを皿に取った。
そうなのだ。
母上を敵に回すのは、自殺行為と言える。
特にオレやクレアは、くれぐれも気を付けないといけない。
すごく回りくどい方法を使って、教育的な指導を受けさせられるからな。
盤上ゲームで罠にかけられ、ボコボコにされながら、『誰それを陥れた手口はこう。あのとき、使った搦手はこう……』と、克明に説明される。
毎日毎日、何種類もの盤上ゲームをプレイさせられている内に、絶対に勝てないと分からせられてしまう。
指導書で幾らゲームの定石を学ぼうと、母上の前では何の意味もなさなかった。
そうなると母上に逆らいたい気持ちは、急速に萎んでいく。
何しろ実際に派閥闘争から消された話題の人物が教材なのだ。
ゲームとは言え、その敗北感を追体験させられると、吐きそうな気分になる。
オレは母上の掌で転がされ、男の子らしい尖った部分を徹底的に削り落とされた。
もう、ツヤツヤのまん丸だよ。
「恐ろしい話ね」
「そうなんだよ。だから、母上の本性を見誤るなよ」
「そうは見えないんだけど……」
「だからヤバいのです」
オレはハンカチで口元を抑え、囁くような声量で伝えた。
壁に耳あり扉に目ありで、母上の監視網は実に油断ならん。
下手な陰口を聞かれようものなら、又もや盤上ゲームに誘われてしまう。
「母上と盤上ゲームをするくらいなら、お茶会のほうが百倍ましです」
「ほぇー」
そういうこと。
「だったらノエルさんは、どうしてムキムキに鍛えて冒険者になんかなったんですか?」
「母上は途中からオレの教育を父上の手に委ねたんだ。そこで、父上や兄上たちに差別されてね。男らしくないと……」
「そうなんだ」
「当時は父上を見返してやるために、冒険者として名を上げようと行動に移したつもりでいた。しかし今にして思えば、出来損ない扱いされるのが辛くて逃げただけだと思うよ」
「分かるぅー」
「ガキだったな……」
父上を見返すなら、他にも方法はあったはずだ。
母上に盤上ゲームで鍛えられた知略が、何も役に立っていない。
「フフッ……」
相手の挑発にうまうまと乗せられるなんて、自嘲するしかあるまい。
しかも、やるに事欠いて家出だよ。
恥ずかしい。
「君たちは仲が良いね」
「あっ、アルベール殿下」
「ステファン殿とのご相談は、もうよろしいのですか?」
オレはステファン卿たちに視線を向けてから、アルベール殿下に訊ねた。
「そちらは急がない。それより兄上からの催促だ」
「やれやれ……。キャンセルはできませんの……?」
「王太子殿下からのお召を蹴るのか?すごい度胸だな」
「行きますよ。行けばいいんでしょ」
丁度良いタイミングだ。
これ以上、デザートのテーブルに居座れば、オレに関心を持った貴族たちの誰かが声を掛けてくるだろう。
そうなればもう、歯止めが利くまい。
質問攻めでゲッソリさせられるに決まっている。
「済まないがノエル嬢を借りていくよ」
「はい。お気遣いくださり、ありがとうございます」
「クレアはジュリアンさまと合流なさった方がよろしいですわ。ここに居座ると、わたくしのことをアレコレと訊かれます。あなた自身も治癒師なのですから、お嫁さんに迎えたいと考える殿方が大勢いらっしゃると思います。いきなりプロポーズをしてくるような礼儀知らずも、居ないとは限りません。厄介ごとを避けたいなら、注意深く立ち回らないと」
「うへぇー。そんな危ない人が居るんですかぁー!?」
「貴族にだって、一定数のアホは居ます」
「ご忠告、痛み入ります」
クレアにはジュリアンさまがお似合いだった。
押しが強くなく、さわやかで、ナチュラルに親切。
心に余裕がない時でも、ほっとさせてくれるような好男子。
それなのに、のほほんとした顔をしていて、かなりの切れ者でもある。
ドジっ子クレアのフォローには、まさにピッタリの人材と言えよう。
オレはアルベール殿下に手を引かれ、華やかなダンス会場をそそくさと後にした。
アルベール殿下を見送る淑女たちの目つきが、三角形になっていた。
「おっかねぇー」
げに恐ろしきは、恋する乙女たちの嫉妬かな。
くわばら、くわばら。
◇◇
オレとアルベール殿下は、侍従に案内されて宮殿の奥へと進んだ。
パーティー会場の喧騒は次第に遠のき、微かに楽団の演奏が聞こえるだけとなった。
普通なら客人の案内は執事の仕事だけれど、オレのエスコート役がアルベール殿下なので扱いが丁重になったのだろう。
会話は主にアルベール殿下の担当で、オレと侍従が言葉を交わすことはなかった。
侍従の台詞には、『はい』と頷けば事足りたからだ。
フィリップ王太子殿下が待つ部屋は、想像に反して寂れた一角にあった。
護衛の兵士が扉の横に立哨していなければ、それとは分からなかっただろう。
装飾もない粗末な扉は、まるで物置部屋のように見えた。
「王太子殿下……。お客様をご案内いたしました。よろしいでしょうか?」
「よい。入って頂け」
侍従に促されて入室すると、そこにはテーブルとソファーしかなかった。
空き部屋に間に合わせの家具を運び込んだような、ありさまだ。
だけど、先ずはカーテシーだ。
「お招きに預かり、参上いたしました。ノバック伯爵家が養女、ノエルにございます」
「堅苦しい挨拶は要らん。初対面でもないし、ましてや借りがあるのは私の方だ。娘の件では、本当に感謝している。ありがとう」
「勿体ない、お言葉……」
オレは面倒臭いと言う本音を態度に出さぬよう、丁寧にお辞儀をした。
「兄上、お久しぶりですね」
「ウムッ。公的な会議などでは顔を合わせるが、お前と私的な会話を交わすのは何年振りか……。それなのに、このような場所で済まない。母君に知られたくないのでな」
「構いません」
「お前、随分と変わったな」
「そうでしょうか?」
「以前のギスギスとした敵意が感じられない」
「いつまでも若造では、家臣たちに示しがつきませんよ」
アルベール殿下が顔を伏せ、恥ずかしそうに笑った。
「そうか……。母君は変わらぬが、お前は立派に成長したんだな」
「んっ?クリスティーナ王妃殿下は、変わらない……?」
「あの女は、異国に嫁いだ臆病な姫のまま、まったく成長なさっていない。主に精神の話だがな」
「ほう」
「陛下に依存し、陛下のご寵愛だけを頼りに暮らしている」
「そうなのですか……」
「これを言えば、お前を怒らせるかも知れんが……。母君には恋敵を陥れる胆力など、とてもとても……」
「なるほど……」
アルベール殿下は納得の顔で頷いた。
「お前は母君を仇と憎んでいたのではないか?」
「私も色々と考えました」
「そうか……。で?」
「兄上の派閥。と言うか、クリスティーナ王妃殿下の陰に隠れて私腹を肥やす、悪党がおります」
「承知している」
「その連中もまた、割れています」
「カントネン宰相とファビアン・ド・ヴァロワ公爵だな」
フィリップ王太子殿下は我が意を得たりと、テーブルに身を乗り出した。
「…………いいえ。それだけでは筋が通らないのです」
「むっ!?」
「事件と実行犯。指示を下したと思しき人物。それらの思惑が、きれいに繋がりません」
「ウムッ。それはまあ、私も疑問に思っている」
「…………!?」
オレは閃いた。
派閥闘争に便乗した、介入者が居るのだ。
「ノエル嬢。何か気づいたのなら、自由に発言するとよい」
「あぅ。なななっ、何のことでしょう?」
「キミの顔に、『わたくしは知っています』と書いてある」
アルベール殿下。
なんて勘の鋭い男だ。
「遠慮はいらぬ。申してみよ」
フィリップ王太子殿下も、オレに発言を求めた。
「は、はい。では……。我が国における派閥闘争ですが、それ自体が何者かに唆されたものではなかろうかと愚考いたします」
「何故に、そのような考えに至った?」
「アマンダが……」
「アマンダとは誰だ?」
フィリップ王太子殿下が詰問するような口調になった。
「あっ。わたくしと共にセリーヌ姫さまの寝所を訪れた、仮面の占い師です」
「あの老婆か……。して?」
「アルバン老医師がユストゥス教団の使う秘薬で、心を蝕まれていると申しておりました」
「何ということだ。ノエル嬢よ。そのアマンダとやらを連れて来てはもらえぬか?」
「それはぁー。ちょっと……」
これは困った。
うっかり口が滑った。
オレがアマンダの素性を勝手に語ることはできない。
ここに連れて来る約束など、以ての外だ。
「兄上。ノエル嬢が困っている。そこまでにして欲しい」
「しかしだな」
「ヒントはもらえたのだ。兄上はユストゥス教団を調べればよかろう?」
「まあ、確かに……。だが、そのユストゥス教団とやらは、何が目的なのだ?」
フィリップ王太子殿下は首を傾げてから、オレとアルベール殿下に視線を向けた。
「ユストゥス教団は、邪竜を崇める邪教集団だと聞いております。封印された邪竜の復活が目的だとか……。そのぉー。世界の破滅を祈る連中が何を欲しているかなんて、わたくしには想像もつきません。だけど、いろいろな事件がユストゥス教団によって引き起こされているなら、他国の動静も視野に入れるべきかと存じます。是非とも参考にすべきです」
「他国か……。我が国以外でも、あやつらは活動していると申すのだな」
「現に第二皇子のグレゴワールが皇帝となったナバロ神聖皇国は、国内が荒れて破滅に向かっています」
「はぁーっ。リネール王国も、他人ごとでは済まされぬと言うことか」
「…………」
オレは小さく頷いて見せた。
何も口から出まかせを並べ立てた訳ではない。
ドラローシュ侯爵が情報分析から導き出した推論をオレなりに説明したのだ。
証左となるデータなどは、リネール王国の諜報機関が揃えればよい。
それをしないのは、単なる怠慢だ。
ユストゥス教団は、リネール王国を弱体化すべく活動していた。
フィリップ王太子殿下は、こそこそと暗躍するユストゥス教団の尻尾を掴みたいのだろう。
でもオレの目的は、連中に使役されている精霊たちの解放だった。
何となれば、水禍たちがオレをせっつくのだ。
やつらを滅ぼせと……。
月の女神イーリアさまとペイバックの意見も、大差なかった。
傲慢な者たちに復讐せよと喧しい。
『オレが復讐したいのは、ラクロットだ!』っつーの。
ゴーン。ゴーン。
リンゴーン。リンゴン。リンゴーン。
カラーン。カラーン。
新年を迎え、各教会が鐘を鳴らす。
尾を引く発射音に続き、花火が夜空を明るく照らした。
ポン、ポン、ポンと、鈍いこもった響きが、遠くから聞こえてくる。
「新年、おめでとう」
「おめでとう」
「皆さまにとって、良い年でありますように」
「「「乾杯!!!」」」
用意されたグラスには、温めたワインが注がれていた。
シナモンが香り、ちょっとだけ甘いワインだった。
「オイシイ」
おぅっ。
すきっ腹に、温められたワインが染みる。
ホコホコと身体が温まり、それと同時に瞼が下りてきた。
「あふぅ……」
何しろ今日は早起きだ。
早朝から緊張が続き、寛ぐ暇さえ与えられなかった。
そこに来て、クッションの利いたソファーに、美味しいワインですよ。
例え王族の前だとしても、強烈な生理現象には抗えない。
寝てはならんと思いながら、薄暗い部屋の中で瞼が落ちた。
もう駄目だ。
両殿下の会話が、次第に遠ざかっていく。
残念ながらオレの分別は、一足先に店仕舞いをしてしまった。
「でだ、ノエル嬢に与える褒美ノ話ナンダガ……」
「オイ……。ノエルじょう……。寝テル?」
「………………」
アルベール殿下に肩を揺すられ、オレの手からグラスが滑り落ちた。
「アッ!わいん……ぐらすガ!!」
何!?
ナンナノ……?
オマエタチ、サワガシイヨ。
殿下、オヤスミナサイ。
それからの騒ぎをオレは知らん。
翌日になってから、母上や颯香に面白おかしく揶揄われただけで、すべては推測の域を出ない。
オレはワインに酔ってグラスを落とし、白いドレスに真っ赤なシミを作った。
エスコート役のアルベール殿下は眠りこけたオレを抱きかかえ、ノバック家の馬車まで運ばなければならなかった。
途中、オレたちを目撃した貴族たちに、奇異の目で見られながら……。
やらかしだな。
借りを作ってしまった。
だけどさー。
酒精の抜けたホットワインを一口飲んだだけで昏倒するなんて、そんなこと誰が予測できると言うのですか。
この姿になる前は、『ワインは水である!』と嘯いていたオレだもんな。
まあ、アルベール殿下には多大の迷惑をかけたらしく、申し訳なく思っている。
純白のドレスに赤ワインのシミ。
明らかに赤ワインのシミだと判るものだが、見る者にとっては意味深だった。
オレを抱えて移動するアルベール殿下は、顔見知りの貴族たちに何が起きたのか訊ねられるたび、事実を詳細に説明したらしいけれど。
余り効果は得られなかったようだ。
衆人は、煽情的な物語を好む。
噂は噂を呼び、尾ひれはひれを付けて社交界へと泳ぎ出し、もう止めようがなかった。
『黒衣の王子とノエル嬢はパーティー会場を離れている間に、ナニをしていたのか?』
アルベール殿下の一方的な恋情が爆発。
派閥や身分を超えた激しい愛。
そう言う噂だ。
いや、参ったねー。
オレは寝ていたから、何にも知らないよ。
寝こけている間に、アルベール殿下がレ〇プ犯にされていた。
てか……。
風花が見張っているのだから、オレに手を出せる男なんて居ないと言うのに。
しかし、それは秘密なので、アルベール殿下の冤罪は晴らせない。
「仕方ないよね」
暇を持て余した色ボケ老淑女たちは、迂闊な若い男女のしくじりが大好物だった。
恋に恋する年頃の令嬢たちも、噂を流布するために一役買ったようだ。
「もう、みんなに知れ渡っていますよ。黒衣の王子は隅に置けない。やるときはやる、立派な男だって……。この事件で同性愛者の疑いは、一気に払拭されたようですね。王族として、めでたいことです」
「そう……」
どこが立派なものか……?
貴族どもの評価は、まったく理解できん。
オレは寝ぼけてワインを零しただけなのに、どこをどうするとアルベール殿下が『やるときはやる男』になるのか。
同性愛者の件についても、オレの心境は複雑だった。
外見はともあれ、内面に関しては男だからな。
「この分だと、婚約決定ですね。責任逃れは、できそうもないですし」
「フーン」
颯香は出かけるたびに新鮮な噂を拾い集め、オレに聞かせて寄こす。
頼んでもいないのに……。
もう恥ずかしくて、スイーツの食べ歩きも難しい状態だ。
フッ……。
普通のご令嬢ならね。
オレ……?
決まってるじゃないか。
オレなら、気にせずに出かけるよ。
だって、処女だとか貞操だとか、オレにとっては他人ごとじゃん。
男女の色恋沙汰なんて、右の耳から左の耳へツゥーっと通り過ぎておしまいさ。
オレは冒険者ニュース王都ロワイヤル版を斜め読みしながら、スンと鼻を鳴らした。
その一面には、【レイブンビーク】が偉業を成し遂げたと、大きく取り上げられていた。
写像技師のテレンスが撮影した写真も、でかでかと載っている。
細い石橋の上で、オレとデュラハンの一騎打ちだ。
何度見ても、見飽きないぜ。
「とうとうオレもスターか」
冒険者ギルドに取り上げられた喜びと、『今更か……』との皮肉な気持ちが、オレの中でせめぎ合う。
名を売りたいときには誰からも相手にされず、寂しかった。
直にアルベール殿下との噂も、ゴシップとして取り上げられるかも知れん。
だが、未来のことをクヨクヨと思い悩んでも、どうにもならない。
それはそれ、これはこれだ。
だから今は、一面を飾った自分の写真だよ。
冒険者家業を始めてから、これほど脚光を浴びたことはないので、暫し喜びに浸るとしよう。
冒険者ニュース王都ロワイヤル版は専門業界紙な上に地方紙だけれど、自分が新聞の一面を飾るなんて誇らしいじゃん。
「うむ。よく撮れている」
「ですね」
颯香よ。
鼻の穴が広がっているけれど、何を妄想しているんだ?
主人の写真で興奮するのはやめなさい。
オレの偉業が汚れるだろ。
ラクロットの記事は、どこにも見当たらなかった。
覇道の剣を手に入れ、いつかは名を売るであろうラクロットの情報が欲しくて、購読を決めた新聞なのだ。
その情報を得られないのは、やはり残念だった。




