夜会の準備:ノエル視点
嫌だ嫌だと何もせず自室に引き籠ってゴロゴロしていたら、いつの間にかパルマンティエ王家が主催するパーティーの日を迎えてしまった。
新年祝賀パーティーの日である。
デビュタントだ。
心底、行きたくない。
「おぅ。『我が祈り、天に届かず』ですね。やはり時の流れを止めることは、できなかったかぁー」
「バカなことを言っていないで、お支度をしましょう」
オレは颯香にどつかれて、羽根布団を剥ぎ取られた。
「寒いっす」
「グズグズしないで、ベッドから下りてください」
まだ薄暗い部屋の中で、颯香の目だけがギラギラと光って見えた。
猛禽類の目をしとる。
「颯香さん……。まだ、夜明け前ですよぉー」
「はいはい。泣き言は恰好悪いです。無駄な抵抗はせず、お風呂に入りましょうね」
「嫌だぁー!」
そこから昼までかけて、颯香はオレを弄り倒した。
お人形さん遊びが好きなだけあって、実に念の入った拘りようだ。
化粧やらヘアメイクで身動きを禁じられた結果、お茶とビスケットしか口にさせてもらえない。
「これって拷問?」
「その台詞、コルセットを締めるまで取っておきましょう」
「フーン。そうなんだ」
オレは鼻で笑い飛ばしたが、ぎゅうぎゅうと胴を締め付けるコルセット。
颯香の忠告通り、シャレになっていなかった。
もし仮に、ちゃんと朝食を取っていたら、確実に戻したと思う。
「はい。思い切り息を吐いてください」
「ハァハァ……。もうダメ。もう充分でしょ」
「まだまだ行けます」
「バカじゃないの……。仮縫いの時には、こんなの締めなかったじゃない」
「今日は締めるのデス」
「バカじゃないのー!!グギギギギギギギーッ。待って、待って……。骨折するって……」
コルセットは、間違いなく拷問道具である。
仮縫いはオレを逃がさないための、詐欺だった。
苦しくて、涎が垂れそうだ。
「少し時間をおいて馴染んだら、また締めましょう」
「………………」
「ハチのようなくびれとは申しませんが、キュッと細いウエストはドレスのシルエットを引き立てるのです」
「その前に、息の根が止まるよ!」
「大丈夫デス」
オレの抗議は、得意げな笑顔で無視された。
そして、コルセットの紐を締め続けて一刻ほど。
ついに颯香は、オレのウエストに及第点を付けた。
用意されたドレスを身に着けてみると、胴回りがピッタリだった。
やはり仮縫いの時と、ウエストのサイズが違う。
いや……。
これはもう、違うなんてレベルじゃないよ。
ムウッ。
母上と仕立て屋に、図られた。
「アルベール殿下から頂いたアクセサリーを飾って……。完成です」
「おぉー。まだ、わたくしは生きているのですね。奇跡か!?」
「また、そうやって減らず口を叩く」
「わたくしに強靭な肉体をお与えくださった月の女神イーリアさまへ、心から感謝の祈りを捧げます」
「まったく、もぉー。ノエルさまは、自分を磨こうと言う意欲が薄すぎデス」
かくして、純白のドレスを纏った美しい淑女が完成した。
「スゲェー。誰これ」
「フフフ……。渾身の力作ですわ」
「まだ、夜会まで時間があるから、一度脱いでいい?」
オレのジョークは空振りし、颯香に物凄い形相で睨まれた。
踵が高い靴のせいで廊下をちょこちょこと歩いていたオレは、サンルームで寛いでいるクレアの姿を発見した。
同じく白いドレスに身を包んだクレアは、お洒落な扇を広げて口元を隠した。
「計算外でした」
「クレアさん、どうしたのですか?」
「パーティーでは、美味しいものがたくさん並ぶと聞いて、とても楽しみにしていましたの」
「わたくしもですわ」
「でも、このお衣装では、何も食べられませんね」
クレアが閉じた扇で、腹部を叩いた。
『コン!』と硬質な音がした。
「ぷっ。それはもう、腹の音じゃないぞ」
「だって……。これはもう、甲冑よ!」
「ははっ。内側にくびれている分だけ、プレートアーマーより厳しいわ」
オレとクレアはコルセットにげんなりとして、天井を見上げた。
「「はぁーっ!!」」
二人揃って溜息だ。
なんちゃって淑女にとっての夜会とは、想像以上に難儀なイベントだった。
何しろ、社交界仕様のフル武装である。
化粧室を使うのも一苦労なので、会場に着く前から水分摂取を控えないといけない。
正直に言うと、このドレスで用を足す自信が、オレにはなかった。
頼みとするのは颯香のみ。
社交界デビュー、したくねぇ。
◇◇
高位貴族ともなれば、王宮に各家専用の部屋を賜る。
所謂、控えの間である。
『そんなものが用意されているなら、王宮で身支度をすればいいじゃん!』と、オレなんかは思うのだけれど、そうもいかない。
何故ならば、殿方にエスコートされて颯爽と馬車を降りる瞬間から、淑女の戦いが始まるからだ。
社交界とは互いを値踏みし、互いに値踏みされる、情け容赦のない戦場なのだ。
「何事も、最初が肝心なのよ」
そう母上は、オレとクレアに話して聞かせた。
是非とも仮縫い詐欺については苦情を申し述べたかったが、そのような隙は与えてもらえなかった。
「ピカピカに磨き上げられた箱馬車から着飾った乙女が現れる瞬間は、きれいに包装された箱からお人形が取り出される正にその時と同じなのです。通にとっては一番の見どころであり、お嫁さん候補の値打ちを左右する重要な場面でもあるのよ。美しくありたい淑女たちを引き立てるべく、エスコート役の殿方が張り切るのも、こうした事情があってのこと」
横を見れば、クレアがうっとりとした表情になっている。
「クレアさん。貴女の頑張りを……。今日までの努力を……。その成果を皆さまに見せつけておやりなさい」
「はい。義母上さま」
クレアは母上の言葉に乗せられて、やる気満々だ。
質の悪い男を引っ掛けなければ良いが、どうなることやら。
「えーっと。ノエルは……。余計なことをしちゃ駄目よ。殿下に失礼がないよう、充分に気を付けてね」
「…………っ!」
「あらやだ。大事なことを忘れていたわ……。貴女は気立ての良さそうな可愛らしい娘を選んで、お友だちになりなさい」
「お茶会ですね。承知しました」
詰まり。
結婚に相応しい殿方を見つけるとか、オレには関係なかった。
まったく関係ないのだけれど、オレのエスコート役はアルベール殿下だ。
「まあ、騒動は避けられんか……」
それが、とても嫌だった。
「ノエルさま。アルベール殿下がお見えです」
「……クッ」
小間使いのメラニーが、王子さまの到着を伝えに来た。
瞳をキラキラさせているのは、勝手なロマンス妄想に浸っているからだろう。
そこからしてもう気に入らない。
猛烈に不愉快なのだ。
◇◇
第二王子であるアルベール殿下を応接室にお招きし、お見合いと言うか、閑談だ。
ここで互いに打ち解けてから、馬車に乗り込む手はずらしい。
若い男女の、初々しい会話。
オレには難しいわ。
無理。
アルベール殿下の装いと言えば、いつも通りの黒ずくめである。
ただしオレをエスコートするために誂えたのか、ビシッとした礼服だ。
控えめに評価しても格好良い。
残念だが、ケチのつけようがなかった。
ウムッ。
見惚れていないで、取り敢えず挨拶をせねばなるまい。
「アルベール殿下。本日はデビュタントのエスコート役をお引き受けくださり、ありがたく存じます」
オレは殿下の前でカーテシーを決めた。
「なぁに……。こちらから無理を言って、エスコート役を獲得したのだ。見方によっては、王子特権の乱用だ。ノエル嬢が恐縮するには当たらん」
「そうでしょうか?」
「何だか今日は、堅苦しいな。私を王子と思うのは止めないか?只の男として見て欲しい」
「…………」
それが一番イヤなんです。
「そう言えば、ノエル嬢とは久しぶりの再会だが、息災であったか?」
「はい」
「なんでも、首なし騎士の城塞を十六層まで攻略したとか……」
「…………」
若い男女の初々しい会話?
なんか違う。
もしかして、これがロイヤルな気遣いってヤツでしょうか……?
モテる男は余裕綽々で、女の扱いまで違うんだな。
羨ましい。妬ましい。
「こうして夜会のために着飾ったキミを間近に見ると、とても信じられない話だが……。首なし騎士の城塞では、キミのパーティーがタイトルフォルダーになったのだな。おめでとう」
「パーティーメンバーのお陰ですわ。彼らが優秀だったのです。既にドラローシュ侯爵さまからお聞き及びかも知れませんが、パーティーの登録名は【レイブンビーク】です」
「カラスの嘴……?冒険者パーティーらしからぬ名だが、護衛たちのヤミガラスに着眼したのか?」
「はい。それに、わたくしの兜も鳥を模していますし、丁度よいかと」
なかなかに会話が途切れん。
こちらをよく調べているようで侮れない。
まあ、アルベール殿下とドラローシュ侯爵は繋がっているので、オレの行動を知っていても不思議はなかった。
問題なのは、アルベール殿下がオレなんかに好奇心を持っている点だ。
「そうそう……。フィリップ兄上の件でも、世話になった。心から感謝をしている。セリーヌ姫を助けてくれて、ありがとう」
おおっ。
家族をネタに使って、打ち解けよう作戦だな。
その手は食わん。
「そうやって王子さまが頭をお下げになるのは、どうかと思います。セリーヌ姫さまの件でしたら、わたくしが望んでしたことです。『大儀であった』と、ふんぞり返って労いの言葉を賜れば、充分でございます。軽々しい振る舞いは、どうぞお控えくださいませ」
アルベール殿下との距離を保ちたいオレは、王子なら王子らしくしていろと、婉曲な表現で伝えた。
「ふーん。そんな真似をすれば、ティエリー卿やキミの働きを過小評価したことになるだろ。それは結果的に悪手だよ。上に立つ者は、信賞必罰を守って見せるべきだ。上位者から馴れ合いを強要するのは良くない。キミの言葉は謙遜を装っているけれど、パルマンティエ王家に対する痛烈な皮肉にも聞こえるね」
喉を潤そうとして、ティーカップを手にするアルベール殿下の仕草が、実に優雅だった。
男女を問わず、洗練された振る舞いってものは、幾ら眺めていても飽きない。
「申し訳ございません。皮肉に聞こえてしまいましたか……?でも、そのようなつもりは毛頭ございませんわ。心から望んでパルマンティエ王家に仕える。それこそが、わたくしども貴族の正しい姿勢ですもの」
アルベール殿下に言い返してみるが、中身のない綺麗ごとのようで、どこか空々しい。
オレの感性が、貴族的な美辞麗句やお追従に馴染んでいない。
言葉が上滑りしてしまい、虚しいのだ。
「なるほど……。王家と言うより、体制批判か。なかなかに根深いね。キミとの会話では、言葉の裏を読み取るように心がけよう。いやいや、他意はないんだ。キミのことを何でも知りたいだけさ」
「…………」
ちくせう……。
まるで玉ねぎのように、一枚ずつ皮を剝がされていく気分だ。
本音を隠すために被った、猫の皮である。
「私だって、我がリネール王国の制度が完璧だとは考えていないよ。公的立場では、さすがに言葉を濁すけれどね」
「そうですか……」
食えねぇ王子だ。
そこまで揚げ足を取ってくるか。
オレこそ、発言に気を付けるよう心掛けるよ。
「どうしたんだい?そんな悲しそうな顔をして」
「何でもございません」
アルベール殿下に気付かせてもらった。
親父さまや兄上たちのせいで身に沁みついた貴族嫌いが、無意識に滲み出ている。
社交界デビューをするのだから、ここら辺は充分に気を付けないと。
「話は変わるけれど……。私が贈ったアクセサリーを身に着けてくれたんだね。とても嬉しいよ」
「わたくしには、過分なる装飾品でございます。大変ありがたく存じますが、本当によろしかったのでしょうか?」
オレは養女だし、ちょっとした失言から、ガチガチの貴族主義者に敵視される危険性さえあった。
もと遊民がユーディトさまの遺品を身に着けていたら、『不遜である!』と騒ぎ出すご婦人も居るだろう。
だからと言って身に着けなければ、アルベール殿下がへそを曲げる。
あちらを立てれば、こちらが立たずなのだ。
「それらはノエル嬢にこそ相応しい。私からの個人的な感謝の気持ちだ。キミが受け取ってくれるなら、亡き母も喜んでくださるさ」
「カンシャ……?」
予見者である母上の忠告は正しい。
夜会ではアルベール殿下の傍を離れず、なるべく口を閉じていよう。
どうやら、それしか我が身を守る術はなさそうだ。
「キミは、私に生きる希望を与えてくれた」
「はぁ……?」
アルベール殿下を慕う淑女たちにも要注意である。
下手をすると、命を狙われるかも知れん。
「言うなれば恩人だ」
「…………」
して、恩人とは何ぞや?
心当たりがない。
むしろ恩と言うのなら、モンスター討伐で助けられたオレの方こそ、アルベール殿下に感謝せねばなるまい。




