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薄暮の乙女は復讐を求めるが、聖女と勘違いされています  作者: 夜塊織夢


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エスコート役は誰なのよ?:ノエル視点

 


 ナバロ神聖皇国を追われた精霊たちが、ベイロン大陸を東へ東へと向かい、とうとう王都ロワイヤルにまで到達した。

 何故気づいたかと言えば、最近、スイーツの食べ歩きに出かけたとき、食器やガラスの割れる音と悲鳴を聞くようになったからだ。

 また、人で賑わう繁華街には、降霊術師や祓魔師(ふつまし)などの広告看板が驚くほど増えた。


 目に見えない精霊たちが、自分の憑代(よりしろ)を求めてあれやこれやに突進をかまし、騒動を起こしているのだ。

 事件を目撃した人々は、これを精霊の仕業と考えないので、『ポルターガイストがぁー!』となる。

 危険な悪霊に家を占拠されたとでも、思い込んでいるのだろう。


 まあ騒霊と言えば騒霊だから、ポルターガイストで間違ってはいない。

 但し、降霊術師や祓魔師(ふつまし)の出番はないね。


「王都にまで現れたなら、マナドゥの町では(さぞ)かし大変でしょう」


 マナドゥの町は王都ロワイヤルより、地理的にナバロ神聖皇国に近い。

 あそこでは、貧民窟の人たちによくしてもらった。

 恩返しをしたいと思う。



 夜半より降り始めた雪が積もり、ノバック家の裏口は見事に雪化粧を施されていた。

 馬車道だけが除雪され、そこにカルロスの荷馬車があった。

 オレが手紙を書いて呼んだのだ。


「そういう訳でカルロスさん。これを届けてあげて欲しいのです」


 オレは馬車留めに積み上げた木箱の山をカルロスに示した。


「何だこれは?」

「うーん。精霊ホイホイ?」

「はぁ?」

「冗談はさておき。わたくしは基本の憑代(よりしろ)と呼んでいます。騒霊でお悩みの方が居たら、これを差し上げてください。お人形です。このお人形を呪われた場所に祀るのです」

「そうすると、どうなるんだ?」

「精霊は、このヌイグルミに宿って、どっかへ行ってしまうはずです。そうすると、騒霊現象(ポルターガイスト)が納まります」

「………………」


 オレは箱詰めされた基本の憑代をカルロスに贈呈した。

 大きめの木箱で、五個だ。


「五百個ほど入っているので、貧民窟なら数は間に合うと思います」

「おぉっ。たくさん作ったんだな。あいつらの代わりに、俺が礼を言うよ。ありがとうな」

「どういたしまして」


 善行を施すと気分が良い。

 貧民窟の人々は、騒霊の被害がなくなり一安心。

 精霊たちは憑代を得て、大喜び。

 オレも嬉しい。


 なんて素晴らしい。


「ノエルー。仕立て屋さんが待ってるわよぉー」

「…………!」


 母上の声だ。


 侍女を使いに出さず、大声で呼ぶ。

 そんなだから、根性の悪い貴族婦人たちから田舎者と蔑まれるんだ。


「早くいらっしゃい!」

「はぁーい」


 デビュタントのドレスだな。

 確か今朝、寸法の最終チェックをするとか言っていた。


「ちっ!」


 すがすがしい気分が台無しだ。


「ノエル、舌打ち……」

「うっせーよ。カルロス!」


 オレはプンプンと腹を立てながら、屋敷の裏口に向かって歩いた。

 ギュッギュッギュッと、新雪を踏みつける音が周囲に響く。

 雪面に触れたスカートの裾が、雪を引きずる。


 ちっとも前に進まない。


 気が重いぜ、デビュタント。

 行きたくねぇー。


『なんでオレが……!?』と思うけれど、ノバック家の養女なのだから仕方がない。


 もう身体一つでとか、粋がる余裕はなかった。

 貴族の地位は、非力なオレの大切なアドバンテージなのだ。


「乙女はオッサンと違って、移動するのが大変なのです」


 か弱い女子の旅には、バックボーンとなる権力が必要不可欠だった。

 であるならデビュタントくらい、優雅に乗り切って見せるさ。

 ノバック家養女の地位は、絶対に手放さん。


「あっ!」


 雪に埋まったスノーブーツが、すっぽ抜けた。

 どどどっ、どうしよう!?


 カルロスの助けは借りたくない。


 オレは片足立ちで、今にも倒れそうだった。

 虎落笛(もがりぶえ)たちを呼んでも、間に合うまい。


 精霊軍団よ。

 オレを助けろ!


「…………っ」


 誰も助けに来なかった。


「あいつら、どこで遊んでいるのでしょう?」


 ドフッ!


 オレは力尽きて倒れ、ずっぽりと雪に埋まった。


 グヌヌヌヌッ……。


 ラクロットめ。

 ぜーんぶ、テメェのせいだ。




 ◇◇




 デビュタントのドレスは基本的に白である。

 純白の生地は、処女ですよみたいなメッセージを暗黙裡に含んでいる。

 だから、『貴方色に染めてください』などと言う、こっぱずかしい台詞が生まれちゃう訳だ。


「なんでベール?」


 クレアのドレスと違い、オレのドレスはベール付きだった。


 縁起でもない。

 結婚式でもあるまいに……。


「ノエルさまの目元を隠すためでございます」

「ほーん?」

「そのお顔は、殿方を惑わせます。ましてやデビュタントの会場は若い貴公子が集まる場。(わずら)わしい思いをされたくはないでしょう?」

「フムフム……。なるほど納得です」

「これはと思った殿方にだけ、ベールを外してお見せになればよろしいかと存じます」


 合点承知だ。

 誰にも見せる気はない。

 気弱そうな娘が(すが)りつける男を探しているなんて、勝手に勘違いされたら堪らん。


 そんなのお断りだ!


 とは言っても、パルマンティエ王家主催の新年を祝うパーティーだ。

 クリスティーナ王妃さまやフィリップ王太子さまの前で挨拶をするさいには、ベールなんて(もっ)ての外。

 デビュタントの儀式が終わるまでは、ベールを着けられない。


 だけどタイミングさえ間違えなければ、ティアラとベールの組み合わせは悪くなかった。


「私どもが愚考した結果のベールですが、ノエルさまご自身でティアラに取り付けるのが難しいようでしたら、すっぱりと諦めましょう」

「いえ。大丈夫です」


 オレにはインヴィジブルアラクネーの操糸がある。

 あれのネバネバ糸を使えば、ティアラとベールの接着なんて朝飯前だ。


「よいデザインじゃない?」

「そうですね、母上。スカートに垂らした腰帯が、とくに気に入りました」

「大胆に刺繍された黒百合が、鮮やかで綺麗だわ」

「本当に……」


 復讐の黒百合は、オレのトレードマークだ。

 デビュタントのドレスを着ていようとも、ラクロットへの恨みを忘れた訳じゃない。

 その意思表示でもある。


 オレとクレアの衣装合わせは、(つつが)なく終了した。

 あれほど甘いものを食べ歩いたのに、ボディーラインに変化なし。

 神に愛されし姿は、暴飲暴食をものともしなかった。


 クレアのドレスは可愛らしくて、ギュッとしたくなるデザインだった。

 まあ、ギュッとしたら嫌そうな顔をされそうなので、不承不承自粛する。


 どれほど愛らしい姿になろうとも、オレはオッサンだからな。

 その辺りは、ちゃんと(わきま)えているさ。


「ノエルさん。小さなお姫さまみたいで、素敵です。はぁー、癒される」

「くっ……。わたくしは小さくありません」


 オレの胸を見ながら、感想がそれかい!

 オレが小さいのではなく、オマエのがでかいんだよ。


「ああーっ、我慢できない。ハグさせてくださいね」

「ムギュッ……」


 ぐぇっ!

 胸に埋まって窒息しそうだから、抱きしめるのはやめろ。


 こうした場面で、相手の馴れ馴れしさに同調し、勘違いしてはいけない。

 クレアはオレをギュッとするけれど、オレにはされたくないのだ。

 まあ、その程度であるなら、無神経なオレにも理解できる。


 性的な欲望が、アル?ナシ?の問題だ。

 例え全くの無実だったとしても、アルと思われたら突き放される。

 そこは恋人同士でもなけりゃ、遠ざけるのが当然。


「放せぇー」

「もうちょっと、もうちょっとだけ、ハグさせてください」

「あらあら、ウフフ……。あなたたち、仲良しねぇー」


 何を言う、母上。

 これは仲良しと違うだろ。

 一方的にオレが、お人形さん扱いをされているだけだ。


 オレだってお人形さんのようにクレアを愛でてみたいけれど、頑張って我慢しているんだぞ。

 不名誉なレーベリングをされるのは、避けたいからな。

 僅かでも迷いがある内は、ベタベタできません!


 オレからのアクションは、それだけでクレアに性的な欲望を想起させてしまう。

 それこそ、触らぬ神に祟りなしだ。



 お人形マニアと言えば、颯香(ふうか)である。

 お人形遊びの達人は、オレのボディーを隅から隅までピカピカに整える。

 仕事中の颯香(ふうか)は恍惚とした表情を浮かべているので、ちょっと怖い。


「デビュタントのお衣装も揃いましたし、後はノエルさんを磨き上げるだけです」

「いやいや、颯香(ふうか)さん……。もう充分に磨けていると思います。それよりデビュタントって、エスコート役に殿方がつくのではなかったかしら」


 お風呂上りにマッサージ用のベッドで寝かされたオレは、颯香(ふうか)に足を擦られながら(たず)ねた。


「そうですよ。王子さまにエスコートされて、新たな社交界のメンバーとして皆さまに紹介されるのです」

「聞かされていないんですけど」

「何をですか?」

「エスコート役の殿方です。だれ?二番目の兄貴とか、絶対に嫌なんですけど!」

「だから王子さまです」

「…………」


 ユリの香りがするマッサージ用のオイルをオレの腹に垂らしながら、颯香(ふうか)はうっとりとした目つきで答えた。


 こいつは何を言っているのか?

 その王子さま役が誰なのかを訊いているんだよ。


「だからぁー。わたくしの王子さまは誰なの?」

「王子さまは王子さまですよ。第二王子さまの、アルベール殿下です」

「…………!?」


 おう。

 聞いてねぇよ。

 母上とドラローシュ侯爵がタッグを組んだか。


「何やら、厄介ごとの予感」

「ですねぇー。アルベール殿下は眉目秀麗。淑女たちのうらやむ顔を想像すると、ムヒヒヒ……!ですわ。多分きっと、レディーたちの間で嫉妬の嵐が吹き荒れるでしょう。何しろ第二王子派の旗頭ですし、言い寄ってくる派閥の貴族たちも大勢いそうです」

「くわぁー。面倒くさい」

「でも、王子さまにエスコートして頂けるなら、ザコい貴族のぼんくら小僧どもを遠ざけられますよ」

「グヌヌヌヌッ……。確かに……。虫除けとしては、これ以上ないほどの逸材ですね」


 しかも、絶対に断れない。

 王家と伯爵家、どっちが偉いかと言う話だ。


 それにウチのレイモン兄貴のエスコートと比べたら、百万倍マシだ。

 オレはフレデリック兄貴もレイモン兄貴も、大嫌いだ。

 あいつらに虐められた過去は忘れん。


「クレアは、どうなっているのかしら?」

「エスコート役の件でしたら、ドラローシュ侯爵さまのご嫡子が名乗りを上げていらっしゃいます。爽やかな風貌をお持ちの、貴公子ですわ。御年、十六歳におなりです」

「エェーッ。わたくしも、そっちが良いです」


 まだ顔を合わせたことはないけれど、あのドラローシュ侯爵と侯爵夫人の息子だ。

 その性格は温厚に違いあるまい。


「年若い侯爵家の嫡男と難攻不落とまで言われた黒衣の王子さまを不機嫌そうな顔で天秤にかける。ああーっ、なぁーんて我儘。わたくしのお姫さまは、もう最高です。もっとピカピカに磨きましょう」

「いや、もういいから。あっ、そこ。ダメ。腰が抜けるからダメ。あうぅー!!」

「ウフフ……。ご婦人向けのマッサージです」

「ウヒャー」


 オトナのマッサージだった。


 オレは颯香(ふうか)の手で丹念に揉み解され、軟体動物になる。

 もう身体中グッタリで、グネグネだ。






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