二心なき人助け:ラクロット視点
エーリッヒとなった俺は、世を恨み捻くれてしまった過去の自分と決別した。
剣を振るのが楽しい。
面白くて止められない。
ガンドルフォの迷宮。
別名、人食い鬼の根城。
その浅い層には弱い敵しか出没しない。
ゴブリンやコボルトは、覇道の剣に相応しい敵と言えなかった。
だが俺は、浅い層に留まった。
「今は、自分の腕を磨きたい」
武器に振り回されているようでは、探索者と言えない。
そう忠告してくれたのは、ノエルだった。
「良い武器を手に入れても、己を磨かねば話にならん」
敵は弱くて構わなかった。
無駄のない立ち回り。
余計な力が抜けた理想の姿勢。
敵の動きを察知する、優れた観察眼。
剣の握り。
構えて振るだけの単調な動作ながら、一撃必殺の挙動を生み出すのは握りの妙にある。
これを会得しなければ、無様な棒振りでしかなかった。
どれもこれも技量が足りていない。
何匹の敵を倒そうと、満足の域には遠かった。
試せば十層、十五層と、先に進むことは容易かろう。
「でも、それじゃダメなんだよ」
ここで強い敵と戦っても意味などない。
冒険者ギルドの連中には嘲笑われている。
弱っちーゴブリンばかり倒して、格好をつけていると。
「笑わば笑え。俺は気にしない」
以前とは違う。
他人の視線など気にならない。
俺が気にするのは、ノエルだけだ。
あいつを超えて見せなければ、胸を張って覇道の剣の所有者を名乗れない。
ただの人殺しで、ケチな盗人になっちまう。
何としても、俺こそが覇道の剣に相応しい男だと、証明しなければならなかった。
「いずれ……。強さが、行為を肯定してくれる」
不可逆な過去の行いに頭を悩ませても仕方がない。
俺はラクロットの名を捨て、エーリッヒになったのだ。
エーリッヒに過去なんて存在しない。
ただ強くなれば、それでよい。
「…………」
背後に微かな気配を感じた。
ゴブリンではない。
俺の後をつける、ガキどものパーティーだった。
昔の俺みたいに貧しく、経験も才能もない食い詰めたガキどもだ。
俺が魔物を倒しても、討伐証明部位を切り取らないので、それを目当てにつけてきている。
ゴブリンの耳を切り取って冒険者ギルドに提出すれば、一体につき五百セスタの収入になる。
それなりの報酬だが、俺は稼ぐことに意識を捕らわれたくなかった。
当座の生活費ならある。
「危険を避けて、他の冒険者のおこぼれに預かるか……」
よい方法だとは思うが、それも五日前までの話だ。
今はガキどもを狙う、狡賢い大人たちが迷宮に入り込んでいる。
クズ拾いから稼ぎを奪い取ろうと企む、救いようがない怠け者どもだ。
ゴブリンと戦うのも避けるチキン野郎だが、それでもガキどもには恐ろしい敵だろう。
せっかく拾い集めた討伐証明部位だけでなく、命を奪われる危険があった。
「やむを得ん。忠告してやろう」
俺は気配を殺してガキどもの背後に近づいた。
「おい。オマエたち」
「ヒィッ!」
「ごめんなさい。ごめんなさい」
「ゴブリンの耳なら、お返しします」
声を掛けただけで、このありさまだ。
話にならん。
「落ち着け!!」
取り敢えず、怒鳴りつけて黙らせた。
「オマエたちの稼ぎを取り上げるつもりはない。責める気もない。俺は忠告をしに来ただけだ」
「えっ?」
「ちゅうこくですか?」
「…………」
どうやら全く気づいていないようだ。
「オマエたちは、悪党どもに狙われている」
「うへぇー」
「そんなバカな」
「僕らが、何をしたって言うんだよ!」
想像していた通りの反応なので、悪いが笑ってしまった。
「ゴブリンの耳で、いくら稼いだ。冒険者ギルドで報酬を受け取るとき、誰かに見られていなかったか?オマエたちの稼ぎを奪おうとする、姑息な悪党が居るんだよ」
「どこに……?」
リーダー格の少年が、周囲をきょろきょろと見回した。
「はぁー。ここに居るはずがないだろ。奴らなら、入り口付近で待ち伏せしているさ」
「エェーッ。そんな……」
「向こうはオマエたちの顔を知っている。なんでわざわざ、後をつける必要がある?安全な場所で、酒でも飲みながら待てばよい話だ」
「汚い。なんて悪党だ」
なかなか良い感想だ。
純朴な素直さに好感が持てる。
悔しくて目に涙をためている姿が、俺の心を動かした。
決めた。
こいつらを助けよう。
「でだ……。ここからが相談なんだが」
「……はい」
「取り敢えず、用心棒が欲しいだろ?」
「……そうですね。でも雇う金がありません」
「生きていくのに精一杯だ」
「僕たち、装備を買いたくて節約しているんです」
三人組が、口々に苦境を訴えた。
「うるせえ。オマエらが貧乏なのは、言われなくても見れば分かる」
「「「スミマセン」」」
「コソコソと隠れてゴブリンの耳を集めるのはやめろ。俺の荷物持ちを装え。用心棒代は取らん。その代わり、俺がゴブリンと戦うところを見て、勉強しろ」
否やはなかった。
◇◇
ガキどもを待ち伏せていた悪党は、クズの癖にプライドが高かった。
「けっ。ゴブリン殺しが粋がるんじゃねぇぞ」
「死にたくなけりゃ、すっこんどけ!」
「俺っちは、手加減ってやつを知らねぇんだ。後悔するぜ」
俺を見て引き下がってくれたなら良かったのだが、こうなれば仕方がない。
「そこの方、先に剣を抜いたのはこいつらだと、証言していただけるだろうか?」
「勿論だ。我が剣に懸けて誓おう」
「テメェは関係ないだろ!」
「前々から、キサマらを目障りだと思っていたのでね。冒険者の風上にも置けん恥さらしどもだ。良い機会なので、立場をはっきりさせておくよ」
「介入する気か?」
「いや、必要ないだろう。見届けるだけさ」
「フヒヒヒ……。己の言葉を違えるなよ」
「キサマらと一緒にするな」
白衣の剣士が、意地悪そうに笑った。
会話をしている間にも、悪党はチャンスを狙っていた。
そして俺の死角に入った途端、身を低くして突っ込んできた。
「キィエェェェェェェェェェェェェェーッ!」
「おっと」
俺は悪党の外側に半歩踏み出し、短剣を持った腕に、手のひらを添えた。
その状態から悪党の突進力を利用して、崩しからの投げを打ち、掴んでいた右腕に自重を掛けて拉ぐ。
「ウギャーッ!」
「肩が壊れたな」
よくノエルから喰らった、無手の攻防である。
ノエルは剣を構えていなくても、バケモノみたいに強かった。
この歩法と身体操作の組み合わせは、剣を構えた状態でも使用する。
「さあ、遠慮せずに掛かってきたらどうだ」
「ちっ、畜生!」
「ぶっ殺してやる!」
雑念がない分、悪党どもよりゴブリンの方が増しだった。
その攻撃方法は、かつての自分を見ているようで、何やら感慨深い。
芯がなく、醜く歪んでいて弱い。
こんな奴らに剣を抜く必要などなかった。
「この屑どもが……。その剣を打ってくれた鍛冶師に詫びろ!」
「ぐぇぇぇぇぇーっ」
ノエルが俺をどう見ていたかよく分かる。
恥ずかしくて顔が熱くなった。
「天晴れ。見事な体術です。私の名はクラウディオ。ここではトップパーティーに名を連ねる、神槍フェルゼスに籍を置いています」
「俺の名はエーリッヒ。冒険者ギルドでの証言をよろしく頼む」
「ご安心を……。既にパーティーメンバーが、冒険者ギルドに向かっています。こやつらの犯行を知らせるために……」
「それはありがたい」
俺は深々と腰を折り、感謝の意を示した。
「ところで、エーリッヒさん。我々のパーティーに入るつもりはありませんか?」
「俺には過分な申し出なれど、お断りさせてもらう。どうか気を悪くしないで頂きたい」
「その子たちですか?」
「気になってな。放り出すと、野垂れ死にしそうだ」
「確かに……」
クラウディオが気持ちよさげに笑った。
「若者を導くのも、古参者の役目ですからね。信じる道を進んでください」
「感謝する」
俺はクラウディオと別れ、ガキどもを引き連れて冒険者ギルドに向かった。
悪くない。
悪くない気分だ。
「オマエたち。飯はどうする?」
「売れ残りのパンを買います」
「それと一番安いスープ」
「腹減った」
極貧だな。
まあ、迷宮都市ガンドルフォでは物価が高い。
装備を揃えるとなれば、限界まで切り詰めても時間が掛かるだろう。
「冒険者は身体が資本だと教わらなかったか?」
「でも、装備がないとゴブリンにも勝てません」
「たくさん食べて、安全な宿に泊まっていたら、貯蓄できないんだ」
「ゴブリンの耳だと、売れ残ったパンや安いスープを買えたら御の字なんだ」
俺は首を横に振った。
ヤレヤレである。
「もういい。俺について来い。飯を食わせてやる」
「本当ですかー?」
「すげぇ。師匠と呼んでもいいっすか?」
「いい人だぁー」
さっき殺されそうになったと言うのに、もう他人を信じるのかよ。
マジで大丈夫なのか、こいつら。
「俺をオマエらのパーティーに入れろ。装備も飯も宿も、ぜんぶ面倒を見てやる!」
後悔はしない。
この朴訥なアホどもを最強の冒険者に育ててやる。
それがエーリッヒの進む道だ。
そう俺が決めた。




