デビュタントを控えて:カルロス視点
闇烏とモーリスが囲い込まれ、クレアもノバック家の養女にされてしまった。
ノエルを繋ぎとめるために人員配置をしたのに、こちらのカードが一枚ずつ剝がされているようで非常に気分が悪い。
「畜生め!」
俺は王都ロワイヤルに構えた新居で、冷えた身体を温めるべく火酒を煽り、頭を掻きむしった。
ドラローシュ侯爵さまは俺に、ノエルが置かれた環境の調査を依頼された。
ノバック家に送り込んだ手駒も、ノバック家の内部事情を探るための人員だ。
「落ち着きな、カルロス」
「そうは言ってもな、婆さん」
この拠点に居座った賢者アルマンドが安楽椅子を揺らしながら、のんびりとした口調で話しかけてきた。
賢者アルマンドは不気味な婆さまだけれど、ときとして良き相談相手でもあった。
当人に正体を明かせぬ事情があるので、呼称は『婆さま』で固定だ。
「姑息な真似をしても、大いなる意思に逆らうことなどできぬ。安心おし。見かけがどうあろうと、こちらの利権は確保されている」
「本当かよ。クレアとモーリスを届けたときの、ノエルの態度ときたら……」
「あれはアンタが、ノエルのしくじりを穿ろうとしたせいだ。意図したものでないにせよ、ノエルにしたらユストゥス教団と事を構えたなんて、ノバック家の門前では言いたくなかろう」
「なんでだ?」
「自覚がないのかい?アンタは所かまわず、ギャアギャアと騒ぎ立てるところがあるからね。ちょっとばかし冷たくあしらわれたくらいで、あたふたするんじゃないよ!」
思いもよらぬ悪癖を指摘されて、俺の顔が赤くなった。
火酒のせいもあるが、親分らしくない感情的な部位を言い当てられ、顔が火照る。
「まあ、屋敷の中ではないからな。どこに誰の耳があるとも知れぬし、大声は不味いか」
「子分どもの前でもないのに、偉そうな態度で怒鳴ってどうする。小声で話しな。小声で」
「ああ、気を付けよう」
ノエルの言ではないが、他人の目に映る理想的な自分らしさを演じ切るのは、たいそう骨の折れる仕事だった。
一歩でもマナドゥの町を離れたら、威勢の良いボスは通じない。
賢いボスにならねば……。
「ノエルが迷宮探索で得たデュラハンの兜だが、ギルドのオークションで落札したのはファビアン・ド・ヴァロワ公爵の孫だ。ステファンと言ったか。眉目秀麗な、十八歳の貴公子さまだ」
現公爵と息子の評判は芳しくないが、孫のステファンは清廉潔白なイメージで民からも慕われている。
泥沼に咲いた蓮の花だと、市井で語られるほどだ。
勿論、お年頃の令嬢たちにもモテる。
「あの二億で落札されたゴミかい?」
「正しくは二億二千万クローザだ。一割ほど、冒険者ギルドの手数料が加算されるからな」
「なんでまた、あんなゴミを……。いくら金持ちでも、ゴミに二億はださんぞ」
賢者アルマンドが、目をまあるく見開いた。
「それがよぉー。ステファンさまは、あの現場に居たそうだ」
「デュラハン討伐の現場にかい?」
「そうそう……。その現場にだ。そんでもって幻想的な戦乙女に懸想してしまった。ノエルを是非とも己のものにしたい二人の貴族が競り合った結果、オークションの落札価格がアホみたいに跳ね上がったんだと」
「一人じゃない?」
「二人いなけりゃ、オークションの落札価格は上がらないだろ」
何を言っているんだ、この婆さんは。
お偉い賢者さまなのに、オークションの仕組みを知らんのか……?
「もう一人は誰だい?」
「ハーヴェイ子爵家の息子だとか」
「なるほど……。ハーヴェイ商会だね。バカげた落札価格に、納得したよ」
「その二人が意地になったせいで、ノエルの名が知れ渡っちまったのさ!」
俺は八つ当たり気味に、苛ついた口調で応じた。
ノエルも、どうして勝ち名乗りをしたのか。
その迂闊さに呆れかえる。
「…………あのバカ。ちょっと迷宮に出かけて、二人も貴族のボンボンを釣ったのかい」
「まだまだ増えるんじゃないのか?」
「先が思いやられるね」
ノエルのヤツは、どこに行っても騒動を起こす。
それが大いなる意思に選ばれた者の、定めなのだろう。
ノエルが何をしようと責める気はないけれど、心配して見守る側にすれば腹も立つ。
「どうしてあいつは、体力もないのに迷宮の最深到達記録を塗り替えるのかね?ユストゥス教団の件で不始末を起こしたばかりなのに、自粛しないのは何故なんだ!」
「もとが、もとだからねぇー。じっとしていられない性質なんだろ。ときどき心の奥底に封じた暴れん坊が、発作を起こすのさ。フヒヒヒヒッ……」
「笑い事じゃないんだよ。デュラハン討伐に反応を示したのは、冒険者ギルドと色気づいた貴族の若造どもだけじゃない。ユストゥス教団も、何だか怪しい動きを見せている」
「フムッ。あれらも馬鹿ではない。デュラハンを倒した力が、精霊魔法に因るものと見当を付けたのだろう。謎の水死事件では、十数名もの手練れを失っているからね。両者を繋げられる危険性は、充分にあるよ」
あの禁忌薬で目を血走らせた狂信者どもが、ノエルに何を仕掛けてくるか分からん。
延いては第二王子派に牙をむく可能性だってある。
俺にどうしろと言うのだ。
「畜生め!胃が痛い……」
「あたしが薬を処方してやるよ」
ノエルのヤツ。近くデビュタントが催されると言うのに、目立ってどうする。
求婚者の群れが押し寄せるのは、ヤツにしても避けたいところだろう。
どうするつもりだ?
てか、『あいつは物語の主人公だ』と賢者アルマンドは言っていたし、この流れが正常なのか?
主人公なら、舞台の中央に立つのが自然だからな。
だとすれば、厄介だ。
俺の手に余る。
「これは颯香とクレアから入手した情報なんだが……」
「まだ、何かあるのかい?」
賢者アルマンドが、ちょっと嫌そうな顔をした。
そうそう、その顔が見たかった。
心配事のお裾分けだ。
「ユストゥス教団の件は、ノエルの手紙で知っているだろ」
「ああ、あらましは聞かされた。殆どは、ノエルの推測だろうが」
「新しい情報だ」
「ほぉ。聞かせておくれ」
俺はもったいぶってグラスを空にしてから、おもむろに話し始めた。
「水死事件でノエルの助けた精霊だが、オージェ正教会の神使だった」
「あれまぁ……。そうなるとユストゥス教団が、オージェ正教会の神使を襲ったのかね」
「そこまでは知らん。ただ、ノエルはシャムエルとか名乗る神使を救った件で、オージェ正教会の聖女さまに認定されちまった」
「はぁ!?」
「右手の甲に、【聖女の証】を刻印されたらしい」
「オルタンスは何か言ってるのかい?」
「見て見ぬ振りを貫き通しているようだ」
「フム。だったら、概ね筋書き通りに進んでいるのだろう。大事ない」
賢者アルマンドは小間使いが用意した茶を啜り、うんうんと頷いた。
「したり顔で頷いているんじゃねぇよ。ノエルのアホは財布が温かくなったもんだから、王都の有名スイーツ店を渡り歩いてやがる。それも、刻印を隠さずに」
「それで……。オージェ正教会からの勧誘でも受けたのかい?」
「問題は、そこじゃない。あいつの白い髪と気弱そうな顔は、印象に残るんだ。そこに付け加えて、【聖女の証】だ。スイーツ店でノエルを目撃したマダムたちが、聞こえよがしに噂をしている」
「ほぉー。どんな噂だい?」
「そのくらい想像がつくだろ。『息子の嫁に迎えたい』ってのが、主たる話題だよ。マダムたちには、ノエルが清楚な美人で素直そうに見えるようだ。で、素性が調査され。どうやって調べたものやら、すでにノバック伯爵家の養女だと知れている。デビュタントは目と鼻の先だ。『エスコート役は、どうなっているのか?』などなど、マダムたちの話題は尽きない」
「そら参ったね」
実を言えば、スイーツ店に同行していたクレアも大層な人気である。
こちらは治癒師と言うこともあり、『ノバック家のガードが堅いだろう!』と噂されていた。
リネール王国ではマイナーな精霊使いより、治癒師の方が一般に知られていて、その能力も高く評価される。
『精霊魔法、何それ?』な状態が、昔から続いているのだ。
その原因は、精霊の極端な偏在にあった。
昔から精霊たちは、ナバロ神聖皇国に多く存在した。
なのでナバロ神聖皇国では、純正魔法より精霊魔法の研究が進んだ。
そもそもの話、精霊の居ないリネール王国には、精霊魔法を根付かせる素地がなかったと言える。
同じ霊で括るなら、精霊魔法より死霊術の方がメジャーなほどである。
降霊術師や死霊術師なら、繁華街で営業しているのだ。
◇◇
俺はドラローシュ侯爵家のタウンハウスを訪れた。
ノエルのデビュタントに臨んで、どのような対策を講じるか、指示を仰ぎたかった。
地方で手配師を営む俺のような田舎者にすれば、貴族の催しなんて門外漢もよいところなのだ。
「あーっ。ノエル嬢のエスコートね。それなら心配は要らないよ」
ドラローシュ侯爵さまに相談したら、俺の懸念は一言で退けられた。
「アルベール殿下がさ。ノエル嬢にホの字なんだ。で、オルタンス夫人に打診したところ、色よい返事を貰えた。先方も乗り気だ」
「そんな話が……」
「そりゃ私だって必死だよ。ノエル嬢をヴァロワ公爵の孫にでもかっさらわれたら、泣くに泣けない事態に陥る。ここはアルベール殿下に、しゃんとしてもらわないとね」
「同時にデビュタントを迎えるクレアは、どうなさるおつもりでしょうか?」
「ウチの息子にエスコートさせる」
どうやら、ご嫡子のジュリアンさまが、クレアのエスコートを引き受けてくださったようだ。
それにしても。
それにしてもである。
あの堅物殿下がノエルにホの字って、どういう事だ?
「アルベール殿下は、ノエルが男だとご承知ですよね?」
「いや。可憐な外見をした、不死の乙女だと信じ込んでいるよ」
「エェーッ。それで大丈夫なんでしょうか?」
「今更ねぇー。もう肉体的には、完全に女性だから。それも触れなば落ちんと言った風情の、儚げな乙女だから。『あれは男です!』と、カルロスが言い張っても、殿下は納得しないだろう」
「……っ」
それもそうだった。
「我々が急ぎ必要とするのは、ノエル嬢に集る貴族の若造どもを蹴散らしてくれる、強力な虫よけだ。デビュタントまでに策を弄する時間など、爪の先ほども残されていない。このさい殿下のご身分は、最大の効果を上げてくださるだろう。アルベール殿下は王位継承権を持つ、独身男性だ。そこを忘れるんじゃないぞ、カルロス!」
「はぁ。アルベール殿下に、余計なことは言うなと……?」
「分かっているなら良い」
ドラローシュ侯爵さまに、しっかりと釘を刺されてしまった。
これを知らされたノエルの反応を想像して、少しばかり怖くなった。
ノエルはラクロットへの復讐を生き甲斐にしていたはず。
しかるに、この混沌とした状況はなんだ?
「はぁー」
賢者アルマンドの影響か、俺も大いなる意思の圧倒的な力を感じ取り、深くため息を吐いた。
オルタンス伯爵夫人は、この事態をどこまで把握しているのだろう。
何にせよ、予見者の決定には逆らえんか……。




