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薄暮の乙女は復讐を求めるが、聖女と勘違いされています  作者: 夜塊織夢


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商売上手な母娘:ノエル視点

 


 首なし騎士(デュラハン)の城塞からノバック家のタウンハウスに戻り、自室の扉を開けたら、織姫(おりひめ)と見知らぬ精霊がベッドの上で遊んでいた。


 見知らぬ精霊と即断できたのは、俺が量産した基本の憑代(よりしろ)が踊っていたからだ。

 白い生地で頭でっかちなヌイグルミを拵え、目鼻口を付け加えただけの、無個性かつ素朴な憑代(よりしろ)である。


「ダレ……?」


 部屋の隅を見ると、緊急救命用の繭が破れていた。


 と言うことは。

 新参者の正体は、通りがかりの水禍(すいか)に助けられた、いじめられっ子に違いあるまい。


 〈ヨリシロ、あげたの〉

 〈これ、ありがとう〉


 織姫(おりひめ)はオレが備蓄しておいた憑代を与えたようだ。

 いじめられっ子が、オレにペコリと頭を下げた。


 〈わたしは武神オージェさまの神使。シャムエルと申します〉


 言葉の達者な精霊だと思ったら、なんと神さまの使いだった。

 そう言えば、この部屋に運ばれて来たときにも、どことなく神々しい雰囲気を漂わせていた。


 〈感謝を込めて、貴女にオージェさまの加護を授けます〉


 シャムエルがオレの手に触れると、武神オージェの文様が刻印された。

 右手の甲だ。


 交差する剣とハンマーが(えが)かれた丸盾(バックラー)は、まさに武の象徴。

 筋肉を讃える、雄々しい紋章と言えよう。


 だが、乙女の肌に刻印するものか……?

 オッサンに刻印してやれよ。


 〈聖女の証デス〉


 得意げに胸を張るシャムエル。


「あのー、要らないから。すぐに消してもらえませんか?」


 武神オージェさまに仕える聖女とか、意味が分からない。

 厄介ごとの予感しかしないので、やめて欲しい。


 〈…………!〉


 オレの言葉に、シャムエルがフリーズした。

 どうやら神使さまは、キャンセルを受け付けていないらしい。


 それはそうとして、神使さまにその憑代は気まずい。

 安っちい、製作途中のヌイグルミにしか見えん。


「あのですね、シャムエルさま。その憑代は急拵えで、仮のものに過ぎません。ご要望などございましたら、オーダーメイドのお品をご用意しますよ」


 オレは揉み手しながら低姿勢で申し出た。

 是非とも量産品である粗末な憑代は、脱ぎ捨てて頂きたい。


 〈うーん。それなら強そうにして〉


 完結明瞭だ。

 武神オージェさまの神使だもんな。

 甲冑か、筋肉か、それとも角とか生やすのか?


「承知いたしました。もし使用して欲しい素材などございましたら、お持ち寄り頂けませんか?」


 個性は大事だ。

 精霊たちは、何よりそこに気を遣う。

 神使だって霊なんだから、同じような拘りを持つだろう。


 〈わかった。今度、持ってくる。シャムエルだけの憑代を作ってクダサイ〉


 よし。

 こちらの意図が通じた。

 神使に手抜きの憑代を与えて、武神オージェさまの怒りを買ったら堪らんもんね。




 颯香(ふうか)に衣装を着替えさせてもらい、自室でクラヴィコードを弄っていたら母上が扉をノックした。


「ノエル、入ってもいいかしら?」

「どうぞー」


 この屋敷で母上の訪問を断れる者など居ない。

 余程、人に見られたくない状態でもなければ、招き入れるのが正解だ。

 会いたくなくてもな。


「久しぶりに迷宮探索を楽しんで来たのでしょ?それなのに、その陰鬱な演奏は何なの……」


 母上はオレが弾いてた曲に、不満があるようだ。

 まあ、葬儀などで弾かれることが多いレクイエムだから、暗くて物悲しいメロディーを不快に思うのは分かる。


 失われたオレの筋肉を弔う、葬送曲だよ。


「全然です、母上。ちっとも楽しくありませんでした」

「どうして……」


 ラクロットに復讐するため、精霊部隊を強化する計画は必須だと分かった。

 それを確認するための迷宮探索だったが、同時に自分の弱さも痛感させられてしまった。


「獲物は護衛と精霊たちが倒してしまい、わたくしの活躍はなし。只々、自分が弱くなったことを再認識しただけです」


 好ましからぬ変化を実感させられたら、欝にもなろうと言うものだ。

 ラクロットには、正々堂々と男らしく復讐したいのだが、どうやら無理っぽい。


「あらあら……。でも、淑女(レディー)に迷宮探索の能力なんて、求められませんわ」

「まあねぇー。迷宮を見つけ出し、定期的な調査により徹底管理して、魔物や魔獣が人々の生息域に溢れないよう間引くのは、もともと騎士団や冒険者の役目ですから」

「そうそう……。淑女(レディー)の役目は、一にも二にも社交よ」

「うへぇー」


 デビュタントの話は、母上の頭から消えていないようだ。

 これまた、オレには断りようがない案件である。

 だが男との結婚生活なんて、かなり嫌だ。


 否。

 全力で、お断りしたい。


 幸運なことに、母上の狙いはお茶会にある。

 オレを嫁がせること自体には、まったく興味を示さなかった。

 少なくとも、オレにはそう見える。


 大勢のお友だちを作り、我が家のお茶会に招待するのが、養女(むすめ)の役割なのだ。

 母上は大好きなお茶会のために、着々と駒を進めていらっしゃる。

 オレの言い分なんて、通るはずがなかった。

 デビュタントは決定事項だ。


 望まぬ結婚を避けたければ、自力で何とかするしかない。

 その件もあって、冒険者ギルドのメンバーカードに十六層の到達記録を刻んだのだ。

 オレに求婚(プロポーズ)したいなら、十六層の壁を越えてから出直して来やがれ。


 十六層を抜けるようなヤツが現れるなら、記録を更新しよう。


「ところで、ノエルさん。首なし騎士(デュラハン)の城塞は、何層まで攻略したのかしら?」

「母上の勧めがあったので、十六層まで行きました」

「そう。そこで死者の王に会った?」

「はぁ?」

「リッチよ、リッチ。宙に浮いている、白骨化した王さま」

「あーっ。あれは王さまだったんですね。わたくし、お坊さまかと思っていました」


 朽ちた衣装が僧衣に見えたので、どこぞの坊主だろうと勝手に決めつけていた。

 あれが王さまだったとは……。


 んっ?

 死霊を統べる王なら宗教的な存在だろうし、詰まり邪悪な僧侶で良いのでは……。


「倒したの?」

「当然です。わたくしを殺そうとしたものは、誰であろうと倒します」

「そうしたら、何か手に入ったでしょ?」

「擦り切れた臭そうな僧衣と、ボロクズみたいな死骸です。あんな汚らしい骨、犬も喜ばないのではありませんか」

「そうじゃなくてぇー。指輪とか、指輪とか、指輪とか……」

「あぁ、錆びたリング」

「そう。それそれ!」


 母上が手のひらを上に向けて、オレに突き出した。


「欲しいのですか?」

「お土産に、頂戴」


 母上との良好な関係は、何としても維持すべきだった。

 ときどき偉ぶって母上を敵に回すバカが居るけれど、オレは違う。

 オレは畏れを知る君子なのだ。


「ちょっと待ってください」


 なので母上の希望を入れ、厳重に封印された呪物保管庫から、錆びた指輪を取り出した。


「あらあら、ちゃんと倉庫を使ってくれているのね」

「当り前じゃないですか……。こうした呪物は危険ですから」


 この保管庫は冒険者を続けると駄々をこねたとき、母上がオレの部屋に増設させたものである。

 ここまで厳重な封印を施したのはモーリスで、当人の弁によれば一国を亡ぼすような呪物でも問題なく保管できるらしい。


 以前であれば少しでも怪しげな拾得物は、速攻で冒険者ギルドに売り払っていた。

 今だって、こんな姿でなければ冒険者ギルドで処分している。


 オレを値踏みする同業者たちの気配が、ヤバいのだ。

 繁殖期を迎えたオスみたいな、目つきをしている。


 あの粗暴で剣呑な空間に、オレの姿は不釣り合いだった。

 分かっていながら揉め事を呼び寄せるのは、オレの趣旨に反した。


「はい、コレ」

「ありがとぉー。母さん嬉しいわ」

「どうでもいいですけど、それは呪いの塊ですよ。普通の武具でしたら、呪いを解けば使えますが……。その指輪は、呪いを結晶化させたものです。解呪したら実体が消えてなくなってしまうほど、濃厚な呪詛で作られています。いったい何に使うのでしょう?」

「ディウリオ海洋国家の王さまが、瘴気に蝕まれた都市を浄化するらしいわ。そのために墓守の指輪を探し求めていらっしゃるの」

「エェーッ。その指輪で瘴気を集めるつもりですか……!?あり得ないんですけど」


死返し(ペイバック)』の精霊が成長のためにリッチの魔核を食べてから、オレは呪いを見分けられるようになった。

『死霊術』とか『形代(かたしろ)』なんて、新たな異能力を授かったのだが、あまり嬉しくない。

 呪術系の異能力は、どれも陰気なのだ。


 オレの性分に合わん。


「でも王さまが欲しがっているのよ。何がしかの効果はあるのでしょ?それともコレ、墓守の指輪じゃないのかしら?」

「いえいえ。それは確かに、墓守の指輪です。死霊術に詳しいペイバックも、そう申しております」

「だったら問題ないわ。これを渡せば、依頼主に満足してもらえます」


 その指輪はリッチを死霊術師たらしめていた、根幹(コア)である。


「デモですね。多分おそらく、それを指に嵌めて使ったら、使用者はリッチになってしまうと思うのです」

「そんなの関係ないわ。だって、この指輪を見つけて欲しいと依頼してきたのは、コスタ商会の会頭ですもの……。全て承知の上で行動しているに、違いありません」


 予見者は、何でもかんでも円満解決する訳じゃない。

 不幸が起きると分かっていても、敢えて黙っている場合が殆どだ。

 母上は大いなる意思に逆らうことなく、つまめる場所をつまみ食いしているだけなのだ。


「なるほどー。直接依頼ではなくて、仲介者を挟んでの依頼ですね」


 コスタ商会の会頭と言えば、大きな商船を何隻も所有する海運王だ。


 海難に見舞われたなら一発で会社が傾く、運を天に任せた大博打のような海運業。

 そこに嵐が起きる日時と場所を寸分の狂いもなく読む、異能力者。


 おぅ。

 負け知らずの博徒が、爆誕ですよ。


 予見者と海運王。

 まさに黄金のタッグじゃないか。


「お母さま。わたくし、お小遣いが欲しい」

「そうそう……。コスタ商会のお店に、音色の良いスピネットが飾られていたわ」

「おぉー!」


 スピネットは、言うなれば大型のクラヴィコードだ。


 この手の楽器は例外なく、大きくなるほど共鳴箱の効果が強化される。

 要するに、心地よく音が鳴り響き、演奏に深みを与えてくれる。


 卓上型のクラヴィコードとデスク型のスピネットでは、価格も音色も桁違いである。


 オレは音楽のない生活を長く続けてきたけれど、こうしてクラヴィコードに触れたら、もう我慢できない。

 憂さ晴らしに魔獣を叩きのめすことさえできなくなった今、生活の潤いに音楽は必要だった。

 もっと言えば、演奏はオレの感情を代弁してくれる大切な手段となり得る。


 筋肉が消えて剣を振れなくなった代わりに、指は細くなり、運指の不確かさも消えた。

 ちょうど良い楽器が欲しかったところだ。


「スピネット、欲しいです」

「商談成立ね」


 こうして処理に困っていた厄物は、新品のスピネットと交換されることになった。


 どうやらコスタ商会の会頭ジョルジョ氏は、母上の絶大なる信奉者であり、汲んでも尽きぬ資金源でもあるようだ。

 景気の良い話は、人をおおらかな気持ちにさせる。

 オレの未来はバラ色だ。



 十日もタウンハウスを留守にしてしまったので、モーリスのご機嫌伺いに向かった。

 ノバック家のタウンハウスは、間口が控えめに見えて奥に広い。

 俗に言う、『ウナギの寝床』である。


 モーリスの工房は、中庭に建てられていた。


 工房の外観は、例によって例のごとく。

 雪の中だというのに、プランターが可愛らしく飾られて、緑の葉を茂らせている。

 どう頑張ってみても鍛冶屋には見えない。


 これまた可愛らしい音色のドアベルを鳴らし、オレはモーリスの工房に入った。


「こんにちは」

「あらーん。ノエルちゃん、お帰りなさい」

「ちょっと塞ぎこんでいて挨拶が遅くなりました」

「そうよ。戻ってきて、もう三日になるわ。あたし、忘れられたのかと思ったわ」

「久しぶりに身体を動かしたら全然ダメで、落ち込んでいました」


 オレは挨拶が遅れてしまったことを素直に謝った。


「ふーん。思ったように動けなかったのね。筋力がないから……。で、あたしが作った装備は、どうだったの……?」

「耐久性や軽さ。防御力に動きやすさと、不満点はありません。とても信頼の置ける装備です」

「そう。それは良かったわ」

「ところで、デザインと色なんですけれど……」

「何か問題でも……?」


 モーリスが威嚇するように微笑みを浮かべ、小首をかしげた。


「銀色は目立つし、迷宮探索には向かないと思うのです」

「あら……。騎士たちは、平気で板金鎧(プレートアーマー)を身に着けるわ」

「わたくしは、どちらかと言えばハンターでして、コッソリと獲物に近寄りたいんです」

「ノエルちゃんには、自慢の隠密があるじゃない。装備の色なんて関係ないでしょ。その銀色は、意図して板金鎧(プレートアーマー)に似せているのよ。遠目で見て板金鎧(プレートアーマー)だと思っていたら、違った。そこにギャップがあって、他人の関心を引き付けるの」

「いや、他人に関心を持たれたくないし……」

「何ですって……!?」

「いえいえ。そこは目を(つむ)るとして、この太ももの部分。どうして剝き出しなんですかぁー?ここも守りましょうよ」


 オレは半ば投げやりになりながら、疑問をぶつけた。


「魔物や魔獣は、そんな場所を攻撃してこないでしょ。もし仮に極々小型の魔蟲が群れていたとして、太ももを毒針で刺されたりするかしら?あり得ないわね。アナタの精霊たちが、毒蟲を見逃すはずないもの」

「でもでも、視線が……」

「当然よ。男たちの視線をコントロールするのが、狙いですから。戦乙女の兜に、ハーフフェイスマスクの組み合わせ。それはノエルちゃんの滑らかな顎のラインと、色っぽい唇に視線を集める仕掛けなの……。太ももだって、そこに視線を集めるために露出させてあるのよ。全ては子供っぽい貧相な胸や寸足らずな背丈から、他人の意識を反らせるため。イメージは神聖で犯すべからざる乙女。そう理解すれば、デザインのありがたさが分かるでしょ!」

「なななななっ、なんてことを……」

「戦いには不要でありながら邪魔にならない優美な装飾が、武具のデザインに個性を与えているのよ。アナタに拵えた装備にも、そうした工夫を贅沢に凝らしてあるわけ。それが職人の心意気ってヤツよ」

「でもでもでも、恥ずかしいじゃないですか!」

「ストップ!そこは(ゆず)れないわ。お黙りなさい」


 処置なしだ。

『異論は受け付けておりません!』である。


「それより、あなた。ドラローシュ侯爵に闇狼(シャドーウルフ)の魔核を上げたって、本当なの?」

「本当ですよ」


 モーリスが怖い顔をして、作業台の向こうからオレを睨んだ。

 どうやらキメラの魔核ではなく、闇狼(シャドーウルフ)の魔核を譲ったことに文句があるようだ。


「ああっ、なんてバカな真似を……。あれほど貴重な素材をアホが(つど)う魔法研究所に提供するなんて……。あたしのところに預けてくれさえすれば」

「すれば……?」

「超高性能なマジックバッグを作ってあげたのにぃー!!

「マジか……!?」


 オレはシャドーストレージから闇狼(シャドーウルフ)の魔核を取り出して、作業台に置いた。


「こっ、こここここ、これは……?」

闇狼(シャドーウルフ)の魔核です」

「三個もあるわ」

「あいつらには、四回も食われましたから」


 悔しい。

 闇狼(シャドーウルフ)は中堅ザコな癖して、弱者に容赦がない。

 しかも攻撃力が中途半端なので、死ぬまでにバチクソ苦しむ。


 だが今の脆弱なオレなら、闇狼(シャドーウルフ)に襲われたら一発で死ねるかも。

 うん、機会があれば試してみよう。


「あたしに、二十日頂戴……!」

「急がなくてもいいです」


 闇狼(シャドーウルフ)の魔核を前にして、モーリスの意気込みがうざい。

 熱血オネェだ。


「デザインはどうするのー?」

「お任せで……。姐さんのセンスに期待します」


 オレが何を言おうと、どうせモーリスの趣味で作られる。

 注文するだけ無駄と言うもの。


「あっ。ひとつはクレアにプレゼントしたいので、好みを聞いて上げてください」

「プレゼントって、良い響きね。分かったわ。クレアちゃんに聞いてみるわ」

「よろしくお願いします」


 匠と(あが)められる立場にありながら、偉ぶらずにお願いを聞いてくれるオネェ。

 オレの恥じらいにも、少しは気を使って欲しいものだ。


「それでさー。あのゴザルたち。ノエルちゃんの護衛としてどうだった?」

「えっ。闇烏(ヤミガラス)の五人ですか?メッチャ強かったです。あのカタナとか言う片刃の武器で、なんでもかんでも真っ二つ」

「フーン。ゴーストも?」

「聖別されているとかで、リビングメイルだろうが悪霊だろうが、バッサバッサと斬り捨てていました」

「すごいわね。今度、そのカタナとやらを見せてもらいたいわ」


 職人の目つきでモーリスが呟いた。


「それでー。戦利品は……?」


 モーリスが両手を皿のように合わせて、オレに突き出した。

 ここにも母上の同類が居た。

 オネダリさまだ。


「これでよろしいでしょうか?」


 オレは作業台に、首なし騎士(デュラハン)の兜を置いた。


「何これ?」

「デュラハンの頭……?」

「グヌヌヌヌッ。確かに……。鑑定したら、デュラハンの兜で間違いないわ。でもこれは、メモリアル的なブツよ。こんなもの、只のひしゃげた兜じゃない!」


 どうやら、お気に召さなかったようだ。

 モーリスはデュラハンの頭から、不愉快そうに視線を反らした。


「はぁー。次は、ちゃんとお土産を持ってきてね。あたしのためのお土産よ。ついでみたいのは、嫌なの」

「分かりました」


 ちっ!

 オネェの機嫌取りは、面倒臭い。


 次か。

 次はクレアを連れて行こう。

 精霊と闇烏が倒した魔物たちは、何も価値のありそうな素材を残さなかった。

 ここはクレアの、並外れた運に期待するしかあるまい。



 因みにデュラハンの兜は、冒険者ギルドのオークションで二億クローザの高値を付け、落札された。

 パーティーメンバーで均等に分け、二千万クローザを各自の稼ぎとした。

 勿論、精霊たちも二千万クローザを得た。


 デュラハンは殊の外、貴族たちに人気だ。

 石橋の袂で眺めている内に、特別な存在へと格上げされたのだろう。


 虎落笛(もがりぶえ)たちは、思いもかけぬ臨時収入に大喜びだ。


 精霊たちは二千万クローザを憑代(よりしろ)のグレードアップに使用する予定だ。

 豪勢に飾ってあげよう。


「呪われたゴミくらいに思っていたんだけど、メッチャ儲けてしまいました。何でも試してみるものですね」


 オレは一億クローザの金貨をテーブルに積み上げて、ぐふふと笑った。

 精霊たちの分もオレが預かっているので、一億クローザだ。


「わたくしには納得できません」

「何が不満なの、颯香(ふうか)?」

「兄たちはノバック家に雇われた護衛です。迷宮探索でパーティーを組んだとしても、報酬を与える必要などないのです」


 颯香(ふうか)は腰に手を当て、胸を張り、フンスと鼻を鳴らした。

 ノバック家のメイド服が、とても似合っていた。

 スカートの裾が、フワリと揺れる。


「いいですか、颯香(ふうか)。冒険者パーティーでは、迷宮での儲けを分けるものなのです。それに冒険者ギルドでオークションの手続きをしたのは、虎落笛(もがりぶえ)ですよ」

「どうしても儲けを分ける必要があるなら、あいつらには一クローザコインを投げ与えてやれば充分です。二千万クローザは多すぎます」

「何々、お兄ちゃんたちに嫉妬しているの?」

「なっ、バカを言わないでください。『甘ったれた悪い癖をつけるのは、よろしくありません!』と、申し上げているのです」


 颯香(ふうか)が顔を赤く染めて否定した。

 迷宮探索に連れて行かなかったので、ヘソを曲げているのだ。


 虎落笛(もがりぶえ)たちは護衛、颯香(ふうか)は侍女として、共に仕事でありノバック家から給与を得ているのだから、それ以外の報酬を与えるべきではないと、分かりづらい難癖をつける。

 要は兄たちだけが重用されているようで、気に入らないのだろう。


「大丈夫、颯香(ふうか)にも美味しいものを食べさせて上げる。一緒に高級スイーツを食べましょう。ちょっとしたアクセサリーを買うのも良いわね。ショッピングには、付き合ってくれるのでしょ?」

「…………っ」


 二千万クローザあれば、王都のスイーツが食べ放題だ。


 冒険者をしていた頃には五千万クローザもあれば老後は安泰と思っていたが、貴族になったら遊興費だけで即百万単位の所持金が消える。

 貴族の体面が、オレからクローザを剥ぎ取っていく。

 サービス、サービス、特別サービス。

 そして請求書の束。


 これは、どうしたことだろう?


「はぁー。市井にお金をばらまくのも、貴族の仕事ですわ。お金が朝露のように消えてしまうのは、仕方ありません」


 俺は即座に謎の追及をやめた。

 伯爵令嬢がお金のことでグチグチと悩むなんて、はしたないですわ。


 そう言うこと……。


 スイーツの名店ドルチェママンで売り出された、冬季の贅沢フルーツタルト。

 食べたかったんだ。


「デビュタントの準備で忙しいクレアも冬季の贅沢フルーツタルトを食べたら、心の余裕を取り戻すに違いありません。きっと元気になるでしょう」


 そう。

 母上はクレアまで、ノバック家の養女にしてしまった。

 そのせいでクレアは、デビュタントに向けて行儀作法やダンスを特訓中だ。


 もともと基本は身に着けているので、おさらいになる。

 それでも、ちゃんとしたい性格のクレアは、自ら特訓を願い出たそうだ。


 ずぼらなオレには、まったく理解できないよ。

 点数稼ぎの、良い子ちゃんめ。



 その夜は颯香(ふうか)の手で、いつもの二倍マッサージされた。

 もう全身を揉み(ほぐ)されて、ヘロヘロである。






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