想像以上に強かった:アルベール視点
私が得意とするのは、魔力による身体強化だ。
この技能が首なし騎士の城塞で役立つことなど、まずないだろう。
屈強なヴィクトルにしても、私と大差なかった。
ヴィクトルが持ち歩いている盾は、様々な攻撃を弾くけれど、聖別されていない。
ゴーストに効果があるのは、神聖武器や神聖防具に限られる。
頼りになりそうなのはヤーヴェの精霊たちだが、こちらも何層まで付き合ってくれるか分からない。
ヤーヴェは精霊たちを縛っていないので、嫌になれば勝手に離れて行ってしまうらしい。
迷宮内で精霊を見つけるのは、至難の業だ。
精霊に見捨てられた精霊使いは、単なるお荷物と化す。
我々三名で首なし騎士の城塞に挑むのは、無謀もいいところだった。
だがしかし、この世界には聖具職人が居て、聖別された武器防具やアイテムなどを扱う店もあった。
どちらも各教会が運営している。
お布施を払う熱心な信徒でなくば、聖具店で買い物をできない。
こういう話になれば、私のような王族は圧倒的に強い。
どの教会にも信徒として名を置いているし、喜捨の額だって半端ない。
名乗りさえすればよい。
欲しい武具は、交渉の必要もなく手に入る。
神聖武具で信頼が置けるオージェ正教会を訪れたところ、買い求めた品の明細書を見て驚いた。
王子価格を遥かに下回る安値。
値引き?
「安すぎる」
「品質には、問題ございません。どれも匠の手による一級品ですので、どうかご安心ください」
「だったら、この価格はなんだ?」
「実はアルベール殿下に、お願いしたき儀がございまして」
「なんだ、気持ちの悪い。何がしかの利権が目的なら、私に言っても無駄だぞ。フィリップ王太子かクリスティーナ王妃に頼むんだな」
「利権など、滅相もございません」
そう言って、ブシャール祭司長は語りだした。
「暫く前から、オージェ正教会の信徒たちが、次々と行方不明になっております」
「フムフム」
オージェ正教会の信徒と言えば、腕自慢の者が多い。
冒険者だけでなく、騎士団の猛者にも多くの信者が居た。
彼らが次々と行方不明になるとか、ちょっと考えられない話だった。
「真相を探るべく武神オージェさまにお願い申し上げましたところ、配下の聖霊さまをお使わしくださりました」
「それで事件は解決したのだろう?」
「ところが……。その聖霊さままで失踪してしまい、わたくしどもは途方に暮れております」
「それで、私にどうしろと……?」
私には手に負えない話だ。
迷子の聖霊を探すなんて仕事は、冒険者ギルドにでも依頼してくれ。
あそこになら、何がしかの特殊な捜索技術を持つ異能者が居るかも知れない。
さもなくば、他の教会に頭を下げて頼むとよい。
神託を授かれ。
評判の良い占い師にでも、占ってもらえ。
「犯人はユストゥス教団の邪教徒どもに決まっているのです。先日、あやつらが十数名ほど始末された事件は、王家の……」
「やめておけ。滅多なことは口にするな」
私は右手を突き出し、ブシャール祭司長の愚行を止めた。
「ではでは、アルベール殿下の口から王都守備隊のドレフュス閣下に、オージェ正教会の苦境をお伝えいただきたい。注意喚起と言う体で……。あれらは、真に危険であると」
「うむ。ドレフュス卿であれば、言葉を交わす機会もある。よかろう。ブシャール祭司長の忠告、伝えておこう」
「感謝いたします。アルベール殿下に、武神オージェさまのご加護があらんことを」
ブシャール祭司長の助言をドレフュス卿に伝えるだけで、欲しい品が半額になった。
これもまた王子特権だろう。
王子であるが故に、常日頃から命を狙われているのだ。
この程度の役得であれば、受け取ったところで罰は当たるまい。
「得しちゃいましたね」
「防具に武器、魔除けに聖水まで……。これだけ買って、五千万クローザだ。あり得ないぞ」
「忘れてやしないか?写像技師を案内する仕事、依頼料は二百万クローザだ」
はしゃぐヴィクトルとヤーヴェに、私は冷水を掛けた。
「たったの二百万かよ」
「大赤字ですね」
「フンッ!」
構わん。
これはノエル嬢に会うための出費だ。
五千万クローザくらい、どうと言うこともない。
そもそも王子の婚活に金が掛かるのは、当然のことじゃないか。
◇◇
写像技師は、テレンスと名乗った。
牙鬼王討伐の折にも、見かけた顔だ。
『あのときは助けて頂き、本当にありがとうございました』と、丁寧に頭を下げられた。
「冒険者ルドヴィークだ。アンタを助けた覚えなどない。人違いだろう」
「畏まりました。では、そのようにさせて頂きます」
「依頼人が、冒険者に畏まるな」
「はっ。これは失礼しました」
「…………」
変装したつもりでいたのに、こちらの正体を知られているので、やりづらい。
迷宮探索は問題なく進んだ。
オージェ正教会で買い求めた装備のお陰だった。
スケルトンやゾンビは、聖別された剣で蹴散らした。
悪霊どもは護符を怖れ、襲ってこなかった。
九層までの効力方法は完璧に確立されていたので、危なげなく首なし騎士が待ち構える橋までたどり着いた。
「迷宮の中なのに、結構な賑わいですね」
「どいつもこいつも、暇なことだ」
「人気スポットなんですよ。わたしにしても、稼げる場所です」
テレンスはヴィクトルとヤーヴェのぼやきを笑顔で受け流すと、記念撮影の注文を取りに行った。
「一枚二十万クローザだって」
「場所が場所だからな。それにしても、がめつい商売をしてるぜ。記念写真に二十万クローザも払うヤツが、居るのかよ?居ないよな!」
「そうでもなさそうだ。ほら、客が集まってるぞ」
「マジっすか!?」
「うへぇ!」
ヴィクトルとヤーヴェが呆れ顔になった。
目的地に到着して二日目、ノエル嬢が姿を現した。
「おや、ノエルさんじゃありませんか!?」
最初にノエル嬢を見つけたのは、写像技師のテレンスだった。
「エェーッ!どうしてテレンスさんが、こんな場所に」
「写像技師の仕事です」
「はぁ?」
「なにも不思議などございませんよ。写像技師と言う仕事は金食い虫ですから、ガッツリ稼がないと続けられんのです。ここで記念撮影を請け負うと、驚くほど高額で写真を買ってもらえます」
二人が会話をしている間、オレはノエル嬢の装いに驚き、呆然と立ち尽くしていた。
遠目には細身の金属鎧に見えたが、近づいて見ると銀色の衣装だった。
胴着は足の付け根でV字に切り取られ、短いシュミーズの裾みたいなレースが覗いている。
ロングブーツと裾の間に太ももがちらつき、どうしても視線が吸い寄せられてしまう。
「なので一度潜ると、二十日間ほどは居座ります」
「スゴイデスネ……。ところで、迷宮への入場資格は?」
テレンスがノエル嬢に、冒険者ギルドのメンバーカードを見せた。
「私はケプラー男爵家の三男坊でしてね。実家は商売でボロ儲けをしていますから、今でも親のスネ齧りですわ。ワハハハ!」
「ケプラー商会。あの魔導具で有名な」
「はいはい。そのケプラー商会です。必要な魔導具がございましたら、お声がけくださいませ」
「うん……」
気の利かないヤツだ。
私はテレンスの背中を突き、ノエル嬢に紹介しろと要求した。
「おう、失礼しました。ご紹介しましょう。こちらはノエルさん。ノバック伯爵家の娘さんです」
「養女です。ノバック伯爵家に拾われました」
ノエル嬢が愛らしいしぐさで頭を下げた。
又もや瑞々しい花の香りがして、ドキリとさせられた。
だが私は、もう怯えたりしない。
これはノエル嬢が醸す、甘い香りだ。
断じて死の予兆ではない。
「こちら、謎の剣士ルドヴィークさん。ここで知り合いました」
「ルドヴィークだ。よろしく」
「はい、ルドヴィークさんですね。よろしくお願いいたします」
テレンスよ。
オマエも大概だな。
謎の剣士ってなんだよ。
もっと真面な紹介をしてくれ!
それにしてもだ。
ノエル嬢が、まったく私に気づいていない。
何度も間近で会話した私のことをそう簡単に忘れるか!?
これでも私は、王子だぞ。
ノエル嬢はテレンスに勧められて、休憩に入った。
お茶を片手に、ぼりぼりと携帯食料を齧る。
その姿は小動物のようで可愛らしい。
周囲の連中がノエル嬢に注目していたが、ヴィクトルに威嚇されて行動に移せない。
ノエル嬢は静かに、石橋の反対側に佇むデュラハンを観察していた。
「お嬢さん、護衛は……?」
私はおずおずとノエル嬢に話しかけた。
「うるさいので、一層に置いてきました」
「それはよくない。危険です」
「わたくしの護衛は強いので、心配いりません」
相変わらずノエル嬢は、他人の発言を理解しないようだ。
ティエリー卿がぼやいていたけれど、どこかズレているのだろう。
「貴女が危険じゃないですか」
「わたくしは護衛たちより強いので、問題ありません」
「…………」
それを聞いて安心した。
やはりノエル嬢は強いのだ。
私の妻として相応しい乙女は、ノエル嬢だけだろう。
「テレンスさん。デュラハンのアップを撮りたくないですか?」
おもむろに立ち上がったノエル嬢が、テレンスに問いかけた。
「ええ……。何とかして、撮影したいですね」
「でしたら、橋の袂に写像器を設置してください」
「どうするんですか?」
「わたくしは十六層まで下りる予定なので、石橋を渡ります」
「おいおいおい……。ムチャ言うなよ」
私は思わず、ノエル嬢の腕を掴んでしまった。
「痛いです」
「すっ、済まん!」
腕を離すと、ノエル嬢の表情が変わった。
私の顔をまじまじと見つめてから、ツイっと視線を反らす。
ノエル嬢の唇が微かに動いた。
アルベールと呟いているように見えた。
だがノエル嬢は、すぐに戦乙女の兜を被り、大勢の男どもを搔き分けて石橋の袂に移動した。
ノエル嬢の後を追ったテレンスも、石橋の袂で写像器を組み立てた。
「おい。そこから先はダメだ」
「さがれ嬢ちゃん」
焦った冒険者たちが声を掛けてくるが、聞き入れる気配など微塵も感じさせない。
立ち入り禁止ラインに立哨していた騎士が、ノエル嬢を止めようとして、長槍を構えた。
その時、ノエル嬢の姿が消えた。
「なっ、消えたぞ」
「どこへ行った。どこだ!?」
騎士たちは慌ててノエル嬢を探し、周囲を見回した。
だが、もう遅かった。
ノエル嬢は石橋の上で、仁王立ちになっていた。
「そこで偉そうにしている黒騎士よ。これまで数多のツワモノどもを石橋から退けてきたようですが、わたくしには勝てませぬ。今日ここで、わたくしの方が強いと言うことを教えて差し上げましょう」
首なし騎士に、こまっしゃくれた挑発の台詞を吐き、決めポーズを取る。
「思い上がった悪霊ごとき、指一本で十分。この人差し指で、捻じ伏せてくれん!!」
どこから、その自信がわきだすのやら。
見物人たちも呆気にとられ、固まっているじゃないか。
やばいぞ。
首なし騎士の愛馬が、反応している。
どうするつもりだよ!?
「馬鹿が……」
「もう手遅れだ。死んじまうぞ」
「避難だ。巻き添えを食らうぞ」
「皆、下がれ。デュラハンが来る!」
見物人たちが我に返り、悲鳴を上げた。
パニック状態だ。
だが、テレンスに視線をやると落ち着いた様子で、『心配いりませんよ』と答えて寄こした。
それどころか、突進してくる首なし騎士に写像器を向けたまま、興奮した様子で叫び声を上げる。
「すごい。すごい迫力だ。これはいい写真が撮れますよ!」
ノエル嬢も大概だが、テレンスも頭のネジが二、三本ほど外れているようだ。
「精霊の気配です。デカイ。殿下、精霊魔法が来ますよ!!」
「なんだと……。ノエル嬢が精霊使いだという話は、本当だったのか!?」
私はヤーヴェの囁きを耳にして、ノエル嬢と首なし騎士を衝突に注目した。
「んっ?」
首なし騎士が来ない。
首なし騎士はノエル嬢とぶつかる直前で、何かに捕らわれていた。
「見えない壁でもあるのか?」
そこからは大惨事である。
首なし騎士が全身から火を噴き、突風に巻き上げられた小石で穴だらけにされ、頭上から落ちてきた濁流に呑まれ、石橋から落っことされた。
『オオオォォォォォォォォォォォォォォォォォーン!!』
巨大な地下闘技場を模した空間に、首なし騎士の悲しげな叫びが木霊した。
「何じゃそれは……」
「スゲェー。あれこそ真の精霊使いですよ」
「とんでもない強さだな」
さすがは私の嫁と言いたいが、まだ告白さえできていない。
「うーむ。あれにプロポーズをして、受け入れさせるのか……」
ドンドンと難易度が上がって行くように思える。
可憐な外見と気弱そうな顔つきで、何をしやがると言う話だ。
強い嫁は欲しいけれど、何事にも限度と言うものがある。
笑いの発作が込み上げてきた。
冷汗が止まらん。
「我はノバック家の養女、ノエルなり。石橋の番人に文句はないようなので、渡らせてもらう!」
ノエル嬢が声を張り上げて、勝利宣言をした。
こちらを一瞥したが、その後は振り返りもせずに石橋を渡り切った。
なんて凛々しい後ろ姿だ。
「あの娘は……。ノエル嬢は私のものだ。誰にも渡しはせん!」
私は自分の決意を口にした。
「ルドヴィークさん。ノエルさんの写像データでしたら、たくさん保存しております。お買い求めになりますか?」
「はぁ?」
「このくらいの卓上サイズでしたら五万クローザです。一般的な壁掛け用サイズで、十万クローザになります」
テレンスが左右の手で、写真の大きさを示した。
「一番大きいのは?」
「大判ですと、魔法紙が特注になってしまいます。カルロスさんがエントランスホールに飾っているサイズは、額縁込みで五十万クローザです」
「…………っ!」
大きいサイズも小さいサイズも欲しい。
愛する嫁になら、幾ら貢いでも惜しくはない。
◇◇
「残念だが時間もない。今回はここまでか……」
私がルドヴィークでいられる時間は短い。
王都ロワイヤルに留まれば、領地での仕事が滞る一方だ。
冬は社交のシーズンだ。
王都ロワイヤルでは、味方をしてくれる貴族たちの挨拶も受けねばならん。
久しぶりにノエル嬢の顔も見れたし、思いもかけず写真を手に入れることが出来そうだ。
ここは満足して、通常の業務に戻るしかない。
「殿下、立派です!」
「実は我々……。殿下が色ボケしたのではないかと、心配しておりました」
「…………」
こいつら……。
私を何だと思っているのか……。
一度しっかりと向き合って、問い質す必要がありそうだ。




