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薄暮の乙女は復讐を求めるが、聖女と勘違いされています  作者: 夜塊織夢


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初見殺しの罠:ノエル視点

 


 精霊たちが強すぎて、隠密を使うのが億劫になった。

 オレはゲート探しに専念し、魔物の討伐を精霊たちに任せた。


 屋内の簡易地図を描きながら、ゲートがありそうな部屋を虱潰しに調査する。

 それなりに時間と手間が掛かる厄介な作業だ。


「あーっ。やっと見つけたでござる」


 十三層で、虎落笛(もがりぶえ)たちに追いつかれた。


 丁度よい。

 色々と飽きて、うんざりしていたところだ。


風巻(しまき)、探査が得意だったよね」

「うむっ、探し物なら拙者に任せて欲しいでござる」

「十四層に跳ぶゲートを見つけて」

「承知したでござる」


 風巻(しまき)がパーティーの先頭に立った。

 その左右に虎落笛(もがりぶえ)野風(のかぜ)がつき、警戒に当たる。


青嵐(せいらん)、図面の作成が好きだったよね」

「ノエル殿は、よく覚えていなさる。そう、拙者は図面を描くのが得意でござるよ」

「この地図、続きは任せた」

「おう、任され申した」


 青嵐(せいらん)はオレから、筆記具と画板を受け取った。


 山背(やませ)が黙ってオレのフォローに入る。


 その間も精霊たちは、廊下に現れたゴーストを刈っていた。

 凶悪なはずのゴーストどもが、まるで麦のように刈り取られていく。


『もげぇぇぇぇぇぇぇぇぇーっ!』

『うひゃぁぁぁぁーっ!』


 何をする暇も与えられず、滅されてしまうのだ。

 眺めていると、哀れですらあった。


「拙者は思うのでござるが……。ノエル殿の精霊たち、ちと強すぎやしませぬか?」

「そうそう。わしの知る精霊使いは、もっとこう……。地味でござった」

「それはそう。水禍(すいか)がユストゥス教団の精霊使いどもを一網打尽にしたみたいなんだ。精霊たちに憑代(よりしろ)を与えたら、鬼神みたいに強くなってさ。言葉が通じないから、意思の疎通も不完全だし……。もうオレの手には負えません」

「それは……。やばいでござるな」

「なんと、まあ……。あっぱれと申すか……。あの邪教集団を敵に回したでござるかぁー」

「まっこと、ノエル殿は勇者でござるな」

「むっ!?」


 虎落笛(もがりぶえ)よ。

 オレを勇者と呼ぶのはやめろ。

 それは冒険者の間で、アホにつける徒名だぞ。


「ノエル殿は、ユストゥス教団を憎んでおられるのか?」

「違うって……。好きではないけど。大嫌いだけど」

「ここだけの話でござるよ。本当のことを教えてくださらぬか……」

「ユストゥス教団で使役されている精霊たちは、主人の命令に逆らえぬと、どこかで聞き申した」

「ノエル殿も、バシッと命令すれば精霊たちに言うことを聞かせられるのではござらぬか?」

「そんなことより。水の精霊が主人に気を聞かせて、ユストゥス教団の坊主どもを水死させた可能性もあろう」


 そんな話は知らん。

 オレにはオレの都合があるんだよ。

 そもそも、精霊たちに何かを命令しても、分かっているのか分かっていないのか、そこからして不安なのだ。


 基本。うちは放し飼いだしな。


「だから……。水禍すいかが勝手にやったの。オレは指示していません」

「精霊と精霊使いは、常に一心同体でござる」

「ユストゥス教団にその言い訳が通じるとは、とても思えんでござるよ」

「邪教徒どもが何人死のうと構いませぬが、ノエル殿の精霊に拙者を襲わせるのだけは、やめて欲しいでござる」

「それは心配ないんじゃん。多分」


 ペイバックに言わせれば、何も問題ないとのこと。

 それを信じるほかない。


 虎落笛(もがりぶえ)たちが加わったことで、魔石や宝の回収も(はかど)った。

 その分、面白くなって時間を費やしてしまい、十四層の途中で休憩することになった。


「それ、何ですか?」

「オニギリでござるよ」

「おにぎりって、何だぁー?」

「うーむ。食べてみるでござるか?」

「うん。頂戴」


 黒くて丸い。

 見たこともない食べ物だ。

 試すに決まっている。


 オレは青嵐(せいらん)が持っていたオニギリを奪い取った。


「おっ。美味しい」

「それは良かったでござる」

「小魚の干物もあるでござるよ」

「食べる」


 うん。

 硬いけれど、旨味がスゴイ。

 ガジガジと噛めば噛むほど、味わい深い。


「キミたち。こんな美味しいものを食べていたのか?」

「気に入ってもらえたなら、こちらの煮つけも差し上げるでござる」

「おおーっ」


 これまた真っ黒な、紐みたいだ。

 甘じょっぱくて美味しい。

 オニギリと合う。


「コンブと呼ばれる、海藻でござる。ショウユで煮て、保存できるようにしてござる」

「甘露煮と申す」

「ふーん、カンロニね。これからは」

「これからは?」

「オレも食事に呼んでね」

「これからは、拙者らを置き去りにしないでござるか?」

「当然じゃん!」

「…………」


 虎落笛(もがりぶえ)たちの食事と比べたら、オレの携帯食料はクソだ。

 獣脂で固めた穀物なんて、エサですよ。


「ノエル殿。ほっぺに米粒が付いているでござる」

「えっ!?取って、取って」


 オレたちは和気あいあいと食事を済ませ、交代で眠りについた。



 十五層に入ると、流石に厳しくなった。

 精霊たちの猛攻を抜けて、魔物が襲ってくる。

 太刀を手にした虎落笛(もがりぶえ)たちが、八面六臂(はちめんろっぴ)の大活躍だ。


「オレが役に立っていない」

「何を申す、ノエル殿。そうして守られているのが、姫の仕事でござろう」

「本当のオレは、強いのに……」

「ノエル殿の強さは、分かっているでござる。だから活躍して見せようとか、余計なことは考えないでくだされ!」

「……っ」


 悪霊が()りついた人形を柄頭で突き上げ、振り向きざまにグールを斬り捨てる。

 刀と呼ばれる独特の武器を構えて、巧みに足を運びながら斬撃を放つ。

 闇烏の動きは理に適い、実に見事だった。


 見ているとオレも戦いたくなるのだが、虎落笛(もがりぶえ)たちのようには動けない。

 操糸の訓練も中途半端で、このような乱戦では使えなかった。

 十五層の魔物は、暗器で倒せるほど(やわ)じゃない。


 詰まるところオレは戦力外で、自らの安全を確保するためにウロチョロと移動するのみ。

 床に散らばった魔石を拾い集める余裕もない。


 攻防の激しさには、明らかに緩急があった。

 息を吐ける瞬間はあるのだ。

 ただ、そのリズムをオレが掴めないでいるだけ。


「ウヒャー!」

「大丈夫でござるか?」

「なんとか……」


 ゴーストとのニアミスだ。

 床下から透過して来やがった。


 初めての迷宮なので、これは仕方がないことだった。

 せめて各エリアの構造さえ分かれば、もう少し楽に戦えるはず。

 アンデッドに特効がある魔導具を見つけて、大量に持ち込むのも有りだろう。


 未だシャドーストレージはガラガラの状態だし。

 次からは虎落笛(もがりぶえ)たちの糧食も、シャドーストレージに入れて運んでやろう。


 それにも増して、脳裡に浮かぶのはクレアの顔だった。


「クレアか……」


 ここは聖職者に頼るべき、呪われた迷宮。

 聖なる祈りで、しつこい邪霊どもを追い払ってもらいたい。



 オレがヘトヘトになって、泣き言も口にしなくなった頃、(ようや)く十六層へのゲートが発見された。


「ここを右に曲がれば、ずんと早くゲートにたどり着けたでござろう」

「ふむふむ、そこは右が正解でござったな。さすれば魑魅魍魎(ちみもうりょう)の群れも、半分は避けられたはず」


 虎落笛(もがりぶえ)たちが青嵐(せいらん)の描いた図面を見て、反省会を始めた。


「この通路で右から魔物の大群に押し込まれた故、左に折れたでござるよ」

「そうでござった。そうでござった」

「ふぁ?」


 道を間違えたのか?

 もっと楽なアプローチがあったと……。


「正しい順路を通ると、一刻(二時間)は短縮できそうでござるな」

「何ですとぉー」

「ぐるりと遠回りしたようでござる」

「ふざけんなよ!」


 オレは、その場にしゃがみ込んだ。



 ◇◇



 思い起こしてみると、十五層は狭苦しい通路ばかりだった。

 貧乏貴族の屋敷を継ぎはぎしたと言うか、小間使いが寝起きする入り組んだ区画と言うか、とにかく見通しが悪く、青嵐(せいらん)も地図の作成に四苦八苦していた。


 それに比べると十六層は天国だった。

 通路はまるで王城のように広く、天井も見上げるほど高い。


 磨き上げられた大理石の柱には、金で装飾が施されている。

 壁には大きな銀の燭台、天井からはクリスタルが輝くシャンデリア。


 壁際に配置された休憩用の椅子も、その座面には見事な刺繍が施されていて、ついつい座りたくなる。


「罠だな」

「おそらく罠でござろう」

「壁際に近づくと危のおござる」


 所々に配置された等身大の石像や肖像画は、迂闊に近づくと動きだす危険があるので警戒対象だった。

 薄暗いけれど滅茶クチャ見晴らしが良いので、廊下の中央さえ歩いていれば、まかり間違っても魔物にスキを突かれる心配はなかった。


「豪華だな」

「まったくでござるよ」


 延々と続く、見上げるほど大きなガラス張りの扉。

 その外は月も星もない夜だった。


 クレアから貰った時を計る魔法具を手にして眺める。

 この迷宮では、朝も昼も夜のようだ。


 〈ニャン、ニャン、ニャー♪〉


 等間隔で廊下に設置された燭台やシャンデリアに、赤猫(あかねこ)が楽しそうに鬼火を放っていた。

 ゆっくりと蜜蝋が()け、燈火(ともしび)となって放つ白煙の匂いに鼻腔をくすぐられる。

 広い廊下を照らす灯りは、それだけで充分に思えた。


 そんな十六層を危なげなく進んでいた虎落笛(もがりぶえ)たちが、大きな扉を指さし、立ち止まった。


「おおっ。間違いござらん」

「これが白薔薇の飾られた扉でござるな」


 虎落笛(もがりぶえ)青嵐(せいらん)が頷き合った。


 その扉は両開きで、オレの上背を遥かに超える丈を持ち、横幅も広い。

 白薔薇を縁取る金の象嵌は実に美しいのだが、ふとアーチ状の部分に目を向けたら、魔術的な図案の中央に隠された髑髏を見つけてしまった。


 ドアノブやハンドルは付いていない。

 鍵穴もない。


 多分、押せば開くと言うことだろう。

 公的に開かれた広間だ。


「目的地に到着したでござるよ」

「転移ゲートか?」


 オレは十七層への転移ゲートがあるのか?と、風巻(しまき)に訊ねた。

 探査は、風巻(しまき)の担当だ。


「いやいや、違うでござるよ」

「迷宮探索の折り返し地点でござる」

「だったら、サクッと終わらそう」


 オレはそう言って虎落笛(もがりぶえ)たちを見たが、誰一人として扉を開けようとしない。


「護衛が先に立つんじゃないのか?」

「拙者たちは、オルタンス夫人より厳しく言い含められてござるよ」

「ここより先は手出し無用とのこと」

「左様、左様……」

「……ムッ」


 要するに、母上が倒して来いと言っていた魔物が、この扉の先に居るのだろう。

 であるなら、オレが片を付けねばなるまい。


「たのもぉー!」


 オレは軋む大扉を押し開け、【白薔薇の間】と(しる)された部屋に足を踏み入れた。


「フォォォォォォォォォォォォォォォォォォーッ!!」


 驚きの声が木霊するほど、だだっ広い空間だ。

 豪華なシャンデリアが幾つも下がる天井は、バカみたいに高い。


 明り取りの窓があっても、ここは()のさす場所じゃない。

 照明がなければ、白薔薇の間を奥まで見通すことはできなかった。


「灯りを……」


 オレは赤猫(あかねこ)に視線を向け、短く命じた。


 〈ニャ!〉


 赤猫(あかねこ)の放った無数の鬼火が、シャンデリアや燭台のロウソクに火を(とも)した。

 のみならず、カーテンやタペストリーにまで放火し、大宴会場をオレンジ色に染め上げた。


 ドーン。

 ドンドンドン……、ドーン。


「うぉ!」


 大広間を埋め尽くす、重厚な長テーブルが床を打ち鳴らし、食器やカトラリーが宙に舞った。

 ガタガタと騒々しい音を立て、椅子が走り回る。

 単なる威嚇だ。


「騒霊!?」


 こう騒ぎ立てると言うことは、まず間違いなく陽動である。

 それなら真の敵は、オレの死角に(ひそ)んでいる。


 オレは頭上に視線を向けた。


 天井付近に、豪華な僧衣を身に纏った人影が、糸で吊られたように浮いていた。

 まあ地に足が着いていない時点で、真っ当な人ではなかろう。

 案の定、フードから覗く顔は、黄色味を帯びた骨だった。


「リッチ……!?」

『ウシャシャシャシャシャシャシャシャ……!』


 リッチと目が合った。

 青白く陰気に光る双眸(そうぼう)を視認したと同時に、猛烈な呪詛(じゅそ)がオレを襲った。


 なるほど……。

 母上が虎落笛(もがりぶえ)たちに、手出し無用を誓わせた理由はこれか。


「ガフッ!!」


 命を奪う一撃だ。

 でもそれは、オレに通用しない。


 オレはリッチに呪殺され、床に膝をついた。

 だが倒れ切るより早く蘇生して、起き上がった。


「月の女神イーリアに、感謝の祈りを……」


 蘇生、再生の速度アップは、女神イーリアの加護に因るものだ。

 ペイバックとの相性は抜群である。


 顔を上げると、死を返(ペイバック)されたリッチが天井から落下してくるところだった。

 フワフワと空中で揺れる人形のように見えたが、中身の骨は重たい。


 ドンガラ、ガッシャーン!!


 長テーブルに激突したリッチの身体が、周囲の食器類を巻き込んで四散した。


『ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーっ!!』


 主を失った騒霊は、恐れをなして逃げ去った。


「はんっ。ざまあないぜ!」


 リッチが残したのは、錆の浮いた古い指輪とドス黒い魔核。

 それと『報仇眼』の異能力だった。


『報仇眼』は、襲撃者の背景にある因縁を見抜く。

 ペイバックの説明に依れば、襲撃を指示した首謀者に、リッチの呪いが届けられるようだ。

 冒険者ギルドの討伐部隊が白薔薇の間に送り込まれたなら、依頼者かギルドマスターを呪殺するって話だ。

 王国の騎士団が襲撃すれば、王さまを呪殺する。


 遠く離れていようと、堅固に守られていようと、まったく関係なかった。

 恐ろしい異能力だけれど、リッチが滅せられたら発動しない。

 飽くまでも、自分が勝つことを前提とした異能力なのだ。


 迷宮に於ける魔物や魔獣の復活は、同一種族であっても、同一個体の再生を意味しなかった。

 なので、次に出現するリッチや首なし騎士(デュラハン)は、オレに倒されたことを覚えていない。


「残念ながら、オレの方が強かったな」


 これにて討伐完了である。



 ◇◇



「只今、戻りました」


 オレは迷宮管理事務所の受付窓口で係官に挨拶をし、冒険者ギルドのメンバーカードを手渡した。

 もう、モーリスが作ってくれた装備は、ちっとも恥ずかしくない。

 慣れとは恐ろしいものである。


「おや、お早いお帰りで……。ノバック伯爵家のノエルさんでしたね。それと護衛の皆さん。確か予定では、八日間だったと記憶しているのですが」

「だって、ずっと夜なんだもん。五日も籠れば充分です」

「飽きたんだぁー」


 係官は笑いながら、オレたちが入場の時に記載した用紙を探し出した。


「おうちが恋しい。お風呂に入りたい。ベッドで眠りたい。美味しいものをお腹いっぱい食べたい」

「そうだよね。分かる、分かる……。ここに退場の日時とサインをしてくださいね」

「今日は宿屋で宴会をします」

「若い娘さんなんだから迷宮探索なんて、もう止めましょうや。流石に()りたでしょ。ここの迷宮は九層のデュラハンを見物に行くんでなきゃ、臭くて(おぞ)ましいアンデッドばかりだからねぇー。ノエル嬢には、(さぞ)かし詰まらな……」


 オレに話しかけながらメンバーカードを調べていた係官が、黙り込んだ。

 そのカードには、到達階層が表示されてるからな。


「じゅ、じゅ、じゅ……。じゅうろくぅー!?」

「早く帰りたいので、わたくしのカードを返してください」


 オレは用紙に必要事項を書き込み、係官の手からメンバーカードを取り戻した。


「ちょ……。待って。これっ、最深到達記録の更新!」


 待たない。

 クタクタに疲れているからね。


 虎落笛(もがりぶえ)たちも順々に退場の手続きを済ませて、受付カウンターから離れた。


「せめて、ギルドに報告を……」

「必要なら、そちらでしておいてください」

「エェーッ!」


 オレたちの背後で、係官が戸惑いの声を上げた。


 悪いけれど、誰もが人々の称賛や名声を求めている訳じゃないんです。

 特に今は、リッチに殺された直後なので腹が減って倒れそう。

 手持ちの食料は、とっくに食べつくしました。


「あぁ、お日さまが眩しい。眩暈がしゅる」

「大丈夫でござるか?」

「駄目かも」


 この苦しみ、察してくれよ。






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