石橋の番人:ノエル視点
母上はモーリスやクレアと相談すべきことができたので、オレに外泊の許可を与えてくれた。
二人がお茶の相手をしてくれるから、オレは要らんと言うことか?
「十日間……。そのくらいなら構わないわ。首なし騎士の城塞でしょ。行ってらっしゃい」
「やったぁー」
「そうそう……。せっかく迷宮に入るのだから、十六層まで行きなさい」
「じゅうろく……!?」
えらい深い。
十六回、ゲートを潜るのか。
冒険者ギルドで確認したマップは、九層までだ。
そこに出没する首なし騎士を倒せないので、深層到達記録が止まっているらしい。
「十六層で出会った魔物を倒して来るのよ。分かったわね」
「はぁーい」
『淑女らしい振る舞いを身につけなさい』とか言いながら、その一方でツェー魔物の討伐を命じる。
もう、何ならよくて、何がダメなのか、オレには母上の基準がちっとも分かりません。
だけど、そんなことを考えても無駄なので、さっさと出かけよう。
母上の気が変わったりしたら大変だからな。
オレと闇烏の護衛五名は、丸一日を費やして首なし騎士の城塞に到着した。
「初めてでぇーす。よろしく!」
オレは迷宮管理事務所の受付窓口で、元気よく声を張り上げた。
戦乙女の兜で顔を隠していても恥ずかしい。
「おや、珍しい。お嬢さんと護衛の方々ですね」
「はい」
オレと虎落笛たち護衛の面々は、受付で冒険者ギルドのメンバーカードを提示した。
「では、こちらの用紙に必要事項を記入してください」
「承知しましたぁー!」
くっ、下を向くと頭が重い。
戦乙女の兜が、微妙にずれてきて視界を塞ぐ。
さっそく兜が邪魔だ。
書類を書くときは脱ぐしかあるまい。
メッチャ係官に見られているような気がする。
何しろモーリスが拵えた衣装を着ているので、どうしても自意識過剰になってしまう。
どうやら人は、恥ずかしさの限界点を突破すると、挙動不審になるようだ。
「そうですか。エェーッ。あなた方は、八日間も滞在する予定なんですか?」
「そうだよ。八日間だよ」
「お嬢さんはギンギラギンの装備で、やる気満々ですね。そんな衣装、どこの防具屋で売っているんですか?」
「オーダーメイドだよ」
「ププッ……。無理をなさらないように、くれぐれも気を付けてください」
ほら、係官に笑われているじゃないか。
オレは道化じゃないんだからさ。
お洒落な装備に臆していないで、早く役どころを安定させたい。
モニョるか、ハイテンションになるかではなく、自然体でクールに決めたいんだよ。
「一応お訊ねしますけれど、探索の目的は……?」
「宝探し」
「アハハ!首なし騎士を見に来たとか言われたら、どうしようかと心配してしまいました。宝探しでしたら、浅い層で挑戦してください。迷宮探索の記念品と思えば、何でも嬉しいものですよ」
「いいえ、わたしは深層を目指します。探索到達階層の記録を塗り替えたい」
「おやおや、お嬢さん。これはまた大きくでましたね。アンデッドは、おっかないですよぉー。スケルトンやゴーストも出ますよぉー。怖くなったら我慢などせずに、走って帰ってきてください」
「だいじょうぶ」
オレの軽薄な態度に、係官はヤレヤレと頭を振った。
頭の弱い娘と思われたかな。
「よろしいですか。護衛の皆さんも、迷宮内では引き際を弁えるように……。お嬢さまの安全が第一ですよ。主人の命令に従わず、無理矢理に連れ帰るのも、優れた護衛の役目ですからね」
「ご忠告、痛み入る!」
虎落笛が深々と頭を下げた。
オレたちは親切な係官に挨拶をしてから、迷宮に足を踏み入れた。
「ふむふむ、外からの印象は小振りな城でござるな」
「朽ちた古城でござるよ」
外観は古城だ。
石積みの壁と円塔に囲まれた、小さな城塞である。
だが内部は、見た目の大きさを無視して、空間が折り重なっている。
「今にも幽霊が出そうでござる」
「あんでっどは、刀で斬り殺せるものでござろうか?」
「我らの刀は、神聖な武器でござるから、そこは心配なかろう」
「「「「で、ござるな。わっはっは……」」」」
オレのお供は、虎落笛を筆頭に、野風、風巻、山背、青嵐の五名だ。
どいつもこいつも、ゴザルゴザルと煩い。
虎落笛が五人に増えてしまった。
「ムムムッ。面妖な臭い!」
「クサヤの干物より酷い。鼻が曲がりそうでござるよ」
跳ね橋を渡り、城塞内へ足を踏み入れると、さっそく干物が腐ったような鼻を衝く臭い。
ほんの少し進んだだけなのに、領域内と領域外では空気が違う。
迷宮内に入った証拠だ。
「さっそく、妖怪変化の類が姿を見せ申した」
「おおっ!腐ったオヤジでござるな」
「各々方、ご油断召さるな。あやつ、剣と盾を構えておる!」
壁に設置された松明が、音を立て燃えている。
それでも薄暗い廊下の先に、よろよろと動く人影があった。
「むむっ、面妖な」
「日が暮れかけているでござるな」
「この砦の内部は夜でござろう。妖怪変化は、夜を好むものでござるからな」
「なんにせよ、出迎えに応じてやらねば礼を欠くと申すもの」
「あはは。その通りでござるな」
虎落笛たちの言うとおりだった。
窓から差し込む陽光は、夕暮れ間近の角度を示していた。
オレたちが迷宮内に突入したのは、正午前だ。
「野風。おぬしが行くか?」
「おう、ありがたい。新調した刀の切れ味を試してみたいと思っておったところ」
つい先ほどまで、晴れ渡った青空と陽光を反射する雪景色が、目に眩しかった。
それなのに、一町(百メートル)も歩いたら逢魔が時だ。
時間がずれている。
「拙者が参ろう」
「待て待て待て、先ずはオレが一当てしてみたい」
オレは抜刀して斬り掛かろうとする野風を止めた。
「どっせぇーっ!」
気魄一閃。
武器屋で買ったオレでも振り回せる三日月刀で、ゾンビに斬りつけてみた。
『べちょ!』
腐汁が撥ねたけれど、ダメージは通らず。
曲剣は滑って石畳を叩く。
「あるぇー?」
「うーぼぼっ……。うほうほうほ……」
ゾンビに笑われた。
「ぬぬっ。腐っている割に、存外と硬いじゃ……」
「ちぇすとぉー!」
オレとゾンビの間に割って入った野風が、刀を振り下ろした。
「ボヘッ!!」
「「「「お見事!!!!」」」」
奇妙な音を立て、腐敗した頭部が跳んだ。
宙高く、派手に跳んだ。
「…………くっ!?」
野風のヤツめ、オレに終いまで喋らせず、一瞬で首を刎ねやがった。
ゾンビくらい、オレだって倒せたのに……。
メッチャ面白くない。
「フッ……。だいたい分かった」
絶望的だった。
大剣の重さに頼り、魔獣を圧し切るオレの剣術スタイルでは、三日月刀を満足に使いこなせない。
刃を滑らせて斬らなければいけないのに、それが出来ていない。
オレは虎落笛たちに背を向けて、新品の曲剣を投げ捨てた。
要らんわ、こんなもん。
「キミたちは、ここで待機ね」
「「「「「エェーッ!」」」」」
「足手まといだから付いてこないでね!」
そう言って、オレは隠密スキルを起動させた。
「あーっ。ノエル殿、一人で行ってはダメでござるよ。それでは護衛の意味がござらん!」
「うるさいわー!」
おまえらが一緒だと、迷宮を楽しめないんだよ。
隠密頼りで第一層を踏破し、ゲートに飛び込む。
インヴィジブルアラクネーの隠密はゾンビどもにも効果があり、狭い通路でさえ問題なくすり抜けることができた。
熟練度が上がったのか、全力で走っても隠密は解除されなかった。
ただ、オレの基礎能力値が低いせいで、長くは走れない。
移動速度も推して知るべし。
「首なし騎士の城塞は屋内だしな。廃墟を繋ぎ合わせているのか、部屋と廊下ばかりだ」
闇森の迷宮に比べると、一層ごとのスペースは広くない。
地図と隠密があれば、サクサクと進める。
ゾンビが徘徊する通路には、家具などが散乱していて、オレを欝な気分にさせる。
足場が悪いので、これもまたアンデッドどもを利する要素だ。
そう考えるなら、首なし騎士は……?
「あいつだって、城塞内だと馬に乗れないだろ!」
騎馬で馬上槍を携える頭部のない騎士が、オレの知るデュラハンだ。
馬がなければ、リビングアーマーと何が違うのか?
まあ、考えても仕方がない。
先に進んで出くわせば、自ずと分かるだろう。
「よし、そろそろいいか」
オレは闇狼の異能力で、精霊たちを影に潜ませていた。
闇狼は異空間を利用することで、影から影へ転移することを可能にしていた。
この異空間を自分の影に固定すると、とても便利な倉庫になる。
「手に持ったり、背負う必要がないから、重量を無視できるんだよ」
非力なオレにとって、滅茶クチャありがたい異能力だった。
今回の迷宮チャレンジは、シャドーストレージの実験を兼ねている。
「さて、諸君。出番だぞ」
オレは四層へ跳ぶゲートを前にして、精霊たちを解き放った。
〈ぴぴっ?〉
〈みゃぁー!〉
〈……〉
〈ぱふぱふー〉
織姫は嫌がったので留守番だ。
荒事は苦手らしい。
四層からは、地下共同墓地だった。
スケルトンと木乃伊の棲み処だ。
ドッカーン!!
精霊たちは、押し寄せてくる敵に容赦がなかった。
切り刻み、焼き払い、押し流す。
オレは精霊軍を作ろうと画策していたが、その強さは未知数だった。
で、『オマエら何ができるの……?』と首を捻り、意を決して迷宮に連れてきた訳だが。
憑代を与えられた精霊は、マジで洒落にならん。
世間の精霊使いが用いる精霊魔法なんて、目じゃないね。
「スゲェー」
オレの出る幕などない。
いや、床に散らばった魔石を拾うのが、オレの仕事。
「おっ、懐かしい」
魔石を拾っていたら、岩の陰にイービルセンチピートを発見。
隠密を使っているので、イービルセンチピートはオレに気づいていない。
首なし騎士の城塞に棲みついているのは、九割方が人を模した魔物だ。
魔獣が主体だった闇森の迷宮とは、大きく異なる部分である。
残る一割は、闇に潜んでいそうな毒虫や小動物だった。
勿論、倒せば魔石を落とす、迷宮内の存在だ。
「えいっ!」
オレはイービルセンチピートのケツ側を掴み、ぶんぶんと振り回して、頭部がもげるほど強く岩に叩きつけた。
素早く、容赦なく振り回せれば、猛毒のある顎で嚙まれずに処分できる。
びびって慎重になりすぎると、勢いが足りずに噛まれてしまう。
あと、焦りすぎて頭の方を掴むと、酷いことになるぜ。
センチピートの頭とケツは似ているから、どちらが頭か一見して分かりづらい。
見極めは大事。
「どれも王都で見たような造形だよな」
地下共同墓地の壁に掘られた、古風な文様の話である。
「よく処刑場に彫られている、魔よけの文言じゃないか?そっくりだぜ」
人々の恐怖が迷宮に影響を与えていると研究者たちは言うけれど、あながち間違っていないと思う。
特に首なし騎士の城塞は、人の悪夢に因るものでしかなかった。
こんなもの自然には生じない。
ここは何ものかの意思で、人の悪夢からデザインされた空間だろう。
呪われた森とは違うからな。
闇森の迷宮と首なし騎士の城塞で、大きく異なる部分がもう一点。
人気だ。
闇森の迷宮では、浅い層でしか同業者を見かけなかった。
だけど、首なし騎士の城塞では六層を超えた辺りから、ちらほらとパーティーを見かけるようになる。
それも十名を超える大所帯。
案内人の冒険者を雇った、お貴族さまだ。
護衛に守られ、安全な場所で優雅に露営している。
屋内で露営とは言わないだろうが、大広間の中央でテントを張っていた。
そこらの家具やら調度品を積み上げ、焚火をしている。
周囲の水たまりは聖水か……?
等間隔で床に配置された香炉が、ゆるゆると煙を漂わせる。
嘸かし値の張る、魔除けの香だろう。
魔物は狩りつくされて、オレたちの獲物も居ない。
迷宮が生み出す魔物は、強いほど再生しづらくなるらしい。
冒険者ギルドの資料室で仕入れた情報だけれど、どうも真実のようだ。
寄らば大樹の陰と言う。
オレたちも、ご一緒させてもらおう。
挨拶はしない。
姿を消したままだからな。
予定が狂った。
二日目にして九層。
オレの知る迷宮探索とは、勝手が違った。
案内付き、護衛付きで、オレは隠密で隠れたまま。
暇を持て余した精霊たちが、勝手に近くを飛び回っている。
お貴族さまのご一行は、目的地に到着して立ち止まった。
「ご主人さま、あちらに見えるのがデュラハンでございます」
案内役の冒険者が、巨大な円筒状の奈落を指さした。
丸い穴の中央に石橋が掛かっている。
その先に異形の鎧武者が一騎。
頭部がない、黒騎士だ。
首なし騎士だった。
「なんだ。遠すぎて、よく分からん。もう少し傍で見たい」
「あっ。橋に近づいてはなりません」
「何故だ!?」
貴族の若者が、案内役の冒険者を怒鳴りつけた。
我儘で、気が短そうな顔つきの若者だった。
「一歩でも橋を進むと、デュラハンが襲ってきます。そうなればもう、貴方さまの命がありません」
「これは滑稽だ。冒険者が、われに冒険を禁止するのか?」
「はい。ご実家まで、テオバルドさまを無事に連れ帰るのが、案内役の務めなれば」
「フンッ!」
夜会での自慢話を仕込みに来たテオバルドは、不満そうに鼻を鳴らした。
「はぁー。やられたわ」
オレは小声で呟いた。
城塞内に、この巨大な空間は想定していなかった。
首なし騎士は骨と化した愛馬に跨り、馬上槍を構えていた。
しかも石橋は幅が狭く、首なし騎士の突進を食らえば避けようがない。
突き落とされたら、五間(およそ十メートル)はある高さを奈落に向かって転落する。
石橋の橋脚付近には、白骨死体が折り重なっていた。
誰だって、ああはなりたくないだろう。
おそらくは、パルマンティエ王家の指示に違いない。
石橋の手前に頑丈そうな柵を設け、その周囲に数名の騎士が配置されていた。
血気盛んな貴族の若者が、バカをして死なないようにとの配慮だ。
事実上の、立ち入り禁止である。
特別にパルマンティエ王家の許可を得た挑戦者のみ、あの柵を越えることができるのだ。
「九層で探索が止まっているのは、こういうことかい」
うーむ、これはダメだ。
納得である。
奥の手を使わなければ、十六層を目指せない。
石橋の手前にある広場は、首なし騎士を見物に来た連中で賑わっていた。
隠密を使ったままでは、道を開けてもらえそうになかった。
「やむなし」
オレは広場の手前で小部屋に入り、隠密を解除した。
それから何食わぬ顔で、広場へと向かう。
「おや、ノエルさんじゃありませんか!?」
ガヤガヤと賑わう集団の中から、見知った顔が声を掛けてきた。
「エェーッ!どうしてテレンスさんが、こんな場所に」
「写像技師の仕事です」
「はぁ?」
「なにも不思議などございませんよ。写像技師と言う仕事は金食い虫ですから、ガッツリ稼がないと続けられんのです。ここで記念撮影を請け負うと、驚くほど高額で写真を買ってもらえます。なので一度潜ると、二十日間ほどは居座ります」
「スゴイデスネ……。ところで、迷宮への入場資格は?」
オレが訊ねると、テレンスは冒険者ギルドのメンバーカードを見せてくれた。
オレと同じCランクだった。
「私はケプラー男爵家の三男坊でしてね。実家は商売でボロ儲けしていますから、今でも親のスネ齧りですわ。ワハハハ!」
「ケプラー商会。あの魔導具で有名な」
「はいはい。そのケプラー商会です。必要な魔導具がございましたら、お声がけくださいませ」
「うん……」
テレンスの横に、黒づくめの男が立っていた。
何やら見覚えのあるような男だけれど、はっきりと思い出せなかった。
「おう、失礼しました。ご紹介しましょう。こちらはノエルさん。ノバック伯爵家の娘さんです」
「養女です。ノバック伯爵家に拾われました」
オレは男に、ぺこりと頭を下げた。
「こちら、謎の剣士ルドヴィークさん。ここで知り合いました」
「ルドヴィークだ。よろしく」
「はい、ルドヴィークさんですね。よろしくお願いいたします」
テレンス、謎の剣士ってなんだよ。
そんな紹介あるかぁー!
テレンスの勧めで茶を飲み、手持ちの携帯食料を食べ、石橋の反対側に佇むデュラハンを観察する。
こうしてテントの傍に腰を下ろしていたら、いつまで経っても事態は進行しない。
お貴族さまと護衛でごった返す広場は、居心地もよろしくなかった。
奇妙な銀色の衣装を着た娘は、場違いなのだ。
「お嬢さん、護衛は……?」
「うるさいので、一層に置いてきました」
「それはよくない。危険です」
「わたくしの護衛は強いので、心配いりません」
「貴女が危険じゃないですか」
「わたくしは護衛たちより強いので、問題ありません」
「…………」
オレはルドヴィークの追及を受け流し、立ち上がった。
「テレンスさん。デュラハンのアップを撮りたくないですか?」
「ええ……。何とかして、撮影したいですね」
「でしたら、橋の袂に写像器を設置してください」
「どうするんですか?」
「わたくしは十六層まで下りる予定なので、石橋を渡ります」
「おいおいおい……。ムチャ言うなよ」
ルドヴィークが血相を変えて、オレの腕をつかんだ。
「痛いです」
「すっ、済まん!」
あっ、分かった。
こいつ、アルベール殿下に雰囲気が似ているんだ。
オレは白い髪を束ねなおし、戦乙女の兜を頭に載せた。
石橋の近くに屯する大勢の男どもを搔き分けて、先頭に立つ。
オレについてきたテレンスが、石橋の袂に写像器を設置した。
「おい。そこから先はダメだ」
「さがれ嬢ちゃん」
焦った冒険者たちが声を掛けてくるが、聞き入れるつもりなどない。
オレは柵を乗り越える直前に、隠密を使った。
もう騎士たちに、オレを捕まえることはできない。
「なっ、消えたぞ」
「どこへ行った。どこだ!?」
騎士たちはオレを探したけれど、もう遅い。
オレの足は石橋を踏んでいた。
オレは石橋の上で仁王立ちになり、隠密を解除した。
「そこで偉そうにしている黒騎士よ。これまで数多のツワモノどもを石橋から退けてきたようですが、わたくしには勝てませぬ。今日ここで、わたくしの方が強いと言うことを教えて差し上げましょう」
古くからのしきたりに従い、決闘の口上を大音声で述べ、首なし騎士に人差し指を向ける。
「思い上がった悪霊ごとき、指一本で十分。この人差し指で、捻じ伏せてくれん!!」
決まった。
多分、今オレは、滅茶クチャ格好いい。
首なし騎士の愛馬が、動き始めた。
激しく嘶き、石畳を蹄で叩く。
「馬鹿が……」
「もう手遅れだ。死んじまうぞ」
「避難だ。巻き添えを食らうぞ」
「皆、下がれ。デュラハンが来る!」
オレの背後で悲鳴が上がった。
先ほどまで、己の強さを自慢していた男どもが、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
貴族も護衛も冒険者も、写像技師ほどの度胸さえ持ち合わせていないようだ。
「すごい。すごい迫力だ。これはいい写真が撮れますよ!」
狭い石橋の上を猛烈な勢いで突進してくる首なし騎士。
だが、その圧は牙鬼王に及ばず。
こっ、怖くなんかないぞ。
「こなくそっ!」
オレは馬上槍の強烈な一撃に備えたのだけれど、首なし騎士が来ない。
首なし騎士は、オレの目と鼻の先で動きを止めていた。
否、懸命に走っているのだが、近づけない。
玄仙坊の不思議空間だった。
永遠に間延びする空間に捕らわれ、首なし騎士は接近できない。
風花が宙に踊る。
突風に舞い上げられた無数の小石が弾丸となり、首なし騎士を襲った。
〈……ちね!〉
黒いプレートアーマーに小石が当たり、薄闇に激しく火花が散る。
金属の防御を穿ち、粉々に砕けた小石の破片が宙を舞い、キナ臭い白い煙を漂わせた。
黒騎士は、なす術もなくハチの巣だ。
〈シャァァァァァァァァァァァァァァァーッ!〉
そこに赤猫が火を放った。
神聖なる浄化の炎だ。
精霊の火だ。
悪霊どもは堪らない。
乾燥した馬は、よく燃えた。
『ブヒヒヒヒィィィィィィィィィーン!?』
首なし騎士とアンデッドホースが、巨大な松明と化す。
『オオオォォォォォォォォォォォォォォォォォーン!!』
水禍の濁流が、仕上げとばかりに黒騎士と馬を石橋から押し流した。
ズドーン。
ガラガラガラ……。
橋脚付近に折り重なった白骨の上に、首なし騎士の残骸が散らばった。
可哀想に、敗者の仲間入りである。
短い戦闘が終わると、オレの足元に首なし騎士の兜が落ちていた。
「戦利品だ」
オレは首なし騎士の兜をコッソリとシャドーストレージに落とした。
これは好事家どものオークションに掛けよう。
「キミたち強いね」
〈キャー♪〉
〈マウマウ。ナァーゴ〉
〈……フッ〉
〈ヨユウ〉
褒めたら、精霊たちが嬉しそうに踊った。
オレは何もしていない。
精霊たちが倒してしまったのだ。
又もや予定が狂ったぞ。
オレはペイバックの異能力で首なし騎士を倒そうと考えていたのだが、精霊たちにかっさらわれた。
この一件で、精霊軍はオレの想像より遥かに強いと分かった。
良きかな、良きかな。
「石橋の番人に文句はないようなので、渡らせてもらう!」
オレは声を張り上げ、十層に繋がるゲートを探すべく、石橋を渡った。
見張り役の騎士は、呆然としてオレを見送った。
首なし騎士の突撃を恐れてパニックになった男どもは、何が起きたのか理解できずに固まっていた。
ルドヴィークはテレンスの横で、付いて来たそうな目つきをしていたが無視だ。
この先は未踏破のエリアだから、冒険者ギルドにも資料がなかった。
そんな場所に、実力も分からぬ他人を連れては行けない。
邪魔をされるのが怖いからな。




