クレアとモーリスが来た:ノエル視点
なんと、母上が戸籍の写しを用意してくれた。
ビックリだ。
「あなたに勝手な真似をされると、わたしが困ります。ですから、何かをしたいときには必ず相談をすること……。お約束できますね?」
「うっ、うん」
なんだか子ども扱いされているようで、背中がむず痒い。
だが文句は言うまい。
これで冒険者ギルドのメンバーカードが作れる。
オレはノバック家の紋章が入った馬車に乗り、最寄りの冒険者ギルドを目指した。
最寄りと言っても貴族の居住エリアからは、かなり離れている。
二度ほど囲壁の門を潜った。
「ノエル伯爵令嬢さま。こちらが冒険者ギルドのメンバーカードになります」
「うむっ」
オレは受付カウンターで、担当者の女性からカードを手渡された。
冒険者ランクはCだ。
Fからのスタートではない。
これが貴族特典というヤツだ。
ノバック家からの寄付は、金貨十枚である。
お貴族さまは、害獣の駆除や薬草採取などしない。
なので、Cより下のランクは必要ない。
何より貴族の身分が強力な保証になるので、社会信用度は遊民や平民と比べるべくもなかった。
そもそも依頼なんて受けないので、契約不履行により生じる違約金の心配もない。
「ウヘヘヘヘーッ」
オレは真新しいメンバーカードを頭上に掲げ、ヘラヘラと笑った。
特権だ。
スゲェー得した気分である。
冒険者ギルドの談話スペースでオレを睨んでいる連中は、嘸かし悔しかろう。
その気持ち分かるぞ。
短剣さえ満足に振れそうもない小娘が、貴族だと言うだけでCランクですよ。
基礎講習なし、実技テストなし、下積みなし、筋力、魔力、共にゼロ。
それなのに、今から迷宮を探索できる。
オレの護衛である虎落笛たちも、Cランクのメンバーカードを受け取った。
主人を守る護衛が、迷宮に入れないと不味いもんな。
そう。
迷宮の探索が許されるのは、Cランクからだ。
貴族特典は、何らかの理由で迷宮を訪れる貴族のために用意された、優遇措置なのだ。
貴族男性の間には、迷宮探索をステータスと捉える風潮があった。
どの魔獣を倒したとか、何層まで攻略したなどの冒険譚を競い合う話題が、パーティー会場などで盛り上がりを見せる。
そのさいに、自慢できるネタがないと肩身の狭い思いをするわけだ。
だから腕に覚えがある貴族の若者は、パーティーで自慢できるネタを手に入れようと、迷宮を攻略したがる。
若くて、むこうみずで、経験が浅いから、ときどき死亡事故だって起きるさ。
そこがまた、人気の理由でもあった。
まあ、かなりスリルのある娯楽と考えてくれたらよい。
要は、腕試し、肝試し、運試しってところだな。
宵越しの金を持たず、素材採取で食い扶持を稼ぐ冒険者とは、迷宮探索の意味からして違った。
よって貴族が所持するメンバーカードには、特殊な機能が付与されていた。
迷宮で幾つのゲートを潜ったか、カウントされるのだ。
これにより、到達階層が明白になる。
「貴族の稼ぎは、領地から得られる租税の一部。領地の運営が、主な仕事だ。迷宮探索は、長期休暇を利用して挑む、趣味の域を出ない」
冒険者たちにすれば目障りにも思える貴族だけれど、これがあにはからんや非常に歓迎されている。
ヒヨロヒョロとした色白の貴公子たちは、中堅冒険者にとって美味しいカモだった。
案内役に雇われたなら、適当に迷宮の浅い層を連れ歩き、多額の報酬を貰う。
危ない場所に行きたがる相手は、お断りすればよい。
ローリスク、ハイリターンだ。
しかも、前もって渡される支度金は、装備を一新できるほどの額になる。
そんな客、大歓迎だろう。
「だから、オレがどれだけ悪目立ちしても、ここで絡まれることはないのさ」
決して護衛の虎落笛たちが、睨みを利かせているからではない。
伯爵令嬢に手を出せばどうなるか、そんなことは冒険者だって知っているのだ。
因みに王都ロワイヤルの近くにある迷宮は、首なし騎士の城塞と呼ばれていた。
屋内型の迷宮で、襲ってくる敵はアンデッドが主体となる。
闇森の迷宮が動物天国だったので、新味を感じる。
「うーん。死んでるアンデッドに、死を返せるのかなー?」
死者を相手にペイバックの異能力が使えるか疑問に思っていたら、『問題ない!』とのお答えを頂いた。
アンデッドだろうが何だろうが、襲ってきたものは容赦なく処するのみとか。
ペイバックさん、頼もしい。
それと冒険者ギルドで得た、耳寄り情報。
闇森の迷宮には宝箱なんてなかったけれど、首なし騎士の城塞にはあるらしい。
宝箱と言うか、屋内型の迷宮なので、チェストなんかをひっくり返すと、運が良ければ値打ち物が見つかるそうだ。
首なし騎士の城塞と言うだけあって、大物の魔物は首なし騎士だ。
もっとも、冒険者が目撃した大物と言うだけなので、さらに強いヤツが居るのかも知れん。
「移動に丸一日。行き返りで二日。探索に五日かな……?計七日。余裕を見て十日」
新しく使えるようになった闇狼の異能力と精霊たちの戦力を知るためにも、早く首なし騎士の城塞に行ってみたい。
下見をして稼げそうな迷宮なら、クレアを誘うのもよい。
あの娘は曲がりなりにも聖職者だから、アンデッド特効の攻撃手段を身に着けているはず。
「お祈り……。たぶん、聖なる祈り」
それに宝物だ
クレアのインチキな運の良さが、希少な宝を引き寄せてくれそうだ。
そしてオレは……。
「実戦で精霊部隊を鍛え上げ、ラクロットとの対決に備えなきゃならん」
全く関係のない話だけれど、来年のデビュタント・ボールにオレを参加させようとして、母上が関係各所に手紙を書きまくっている。
今なら『首なし騎士を見た!』と言い張れば、ダンスパーティーでの話題を攫えるだろう。
一気に、煩わしい求婚者を蹴散らせる。
オレは冒険者ギルドの販売ブースに移動し、冒険者ニュース王都ロワイヤル版を購入した。
世界で活躍する冒険者のページを開いてみたが、目ぼしい情報はない。
もしラクロットが頭角を現せば、ここにインタビュー記事なんかが載るはず。
上手くすれば顔写真なんかも掲載される。
「これ、定期購読したいんだけど、届けて頂けますか?できたら、クズ魔石もあるだけ下さい」
「ああっ、嬢ちゃんの家はどこかね?」
「貴族街です。ノバック伯爵家」
「えらいね、おつかいかい?」
「…………うん」
完全にガキ扱いだ。
不愉快なので、とっとと帰ろう。
ここは汗臭いし、酒臭いし、ガサツなオヤジが多すぎる。
オレはお嬢さまモードで周囲を見回し、フンッ!と鼻を鳴らした。
◇◇
クレアとモーリスが王都に到着した。
その日、カルロスは二人を連れて、ノバック伯爵家を訪れた。
「おぉ。突然どうしたの?」
「婆さまが、連れて行けってよ」
「カルロスは、アマンダの部下なのー?」
「なわけあるかぁー!侯爵さまの命令でもあるのさ」
「ふーん」
カルロスは王都ロワイヤルに小さな屋敷を購入し、マナドゥの町にある古い屋敷を若夫婦に託したそうだ。
サボイア家も何やら大変そうだ。
「カルロス、忙しそうなところ悪いんだけどさ。ひとつ伝言を頼まれてくれないかな」
「何だ?」
「うん、『先日の事件は、うちの精霊のやらかしでした』って、アマンダとドラローシュ侯爵に耳打ちしておいて」
「耳打ちって、秘密かぁー。オマエ……。何をやらかしたんだよ!?」
「そこが秘密なの!」
オレは憤るカルロスを無視して、クレアとモーリスに挨拶をした。
「お二人とも、遠いところをよくいらっしゃいました。大変だったでしょ」
「お招き、ありがとうございます」
「すっごい豪邸じゃないの、ノエルちゃん。あたしなんかが、お邪魔してもよろしいのかしら?」
「勿論です。外は寒いですから、どうぞお入りください。さあさあ……」
オレは二人の背を押すようにして、玄関の扉を潜った。
「ちっ!」
カルロスは聞こえよがしに舌を打ち鳴らし、乗ってきた馬車に向かって歩き去った。
「あらあらまあまあ、いらっしゃいませ。この屋敷の女主人で、オルタンスと申します」
応接間で待ち構えていた母上は、上機嫌である。
今日はお客さまを交えてのお茶会だ。
「こちら、ショートボブにした金髪の娘がクレア。わたくしと同じ冒険者で、パーティー・メンバーです。神々に愛された治癒師で、教会の聖女さまより尊いと思う。人呼んで、お人よしのクレアさんです」
「あうぅぅぅぅっ。クレアです。よろしくお願いします。オルタンス夫人」
クレアはチラリとオレを睨み、優雅にカーテシーを決めた。
褒めたつもりなんだけどな。
何か間違えたか。
「えーと。こちらの男性……、でいい?」
「致し方なしね。それでいいわ」
「こちらの見目麗しい男性はモーリスさん。オネェの鍛冶師です。と言っても精霊鍛冶師で、素敵な衣装を仕立ててくれます」
「モーリスよ。どうか、お見知りおきを……」
「あら。精霊鍛冶師で、衣装のお仕立てもなさるのですか?」
母上が笑顔で訊ねた。
「どちらかと言うと、あたしは仕立ての方が好きよ。でも精霊鍛冶師と名乗る方が、世間では通りがいいの……。そこのところ分かって頂けるかしら?」
「ご商売をなさるのでしたら、ときに妥協もやむなしですわ」
「そう、それなのよ。現実への妥協なの。あたしの人生は妥協の連続」
「うふふ……。妥協と仰いますけれど、美的な完成度は高くていらっしゃるわ」
「あらーん。嬉しい」
何だか母上とモーリスが意気投合している。
奇妙に見えないのがスゴイ。
自然だ。
オレも見習わないと。
男だった意識が抜けないから、日常的にボロが出る。
モーリスは男なのにオネェとやらを貫き通していて、立派じゃないか。
その後、モーリスはオレのために仕立てた、迷宮探索用の装備を取り出した。
「どうかしら?」
「うっ。どうかしらって、ちょっと攻めすぎじゃね」
「あらーん。このくらい尖らないと、あなたも開き直れないでしょ?」
「むーん!」
シルバーだ。
ギンギンギラギラである。
しかも裾が、太もも丈じゃないか。
ロングブーツがあるので露出は抑えられているけれど、なんだろコレ。
そのシルエットは、まるで夫を誘う妻が寝室で纏う夜着のようだ。
オレの想像力がおかしいのか?
「太ももが見える。それに身体のラインがもろ分かりで、破廉恥?」
「そんなこと、ないわよぉー。着てごらんなさい」
「そうね。着て見せて」
「マジか……」
冒険者ギルドで時折見かけるアマゾネス姉さんたち。
婚活に必死なビキニアーマーの烈女たちとは一線を画すデザインだが、なんとも目立つ。
「これだと迷宮の背景に溶け込めないよ」
颯香の手を借りて、銀色の衣装を身に纏ったオレは、恥ずかしさに頬を火照らせながらぼやいた。
「何を言っているのかしら。すっごく可愛いじゃない。目立っていいのよ。その服は、プレートアーマーより防御力に優れているの」
「エェーッ。これで……?胸のとことか、ふにょふにょじゃん。これじゃ矢が突き刺さるぞ」
「ノエル……。その手つきは、いやらしいから、おやめなさい」
「はぁーい」
オレは母上に叱られてしまった。
でも、悪いのはモーリスが作った衣装だと思う。
付属のショルダーアーマーとガントレットも軽くて、どうにも頼りなく感じるのだ。
「生地が柔らかくても、あなたの駄肉をしっかりと支えているから問題ないの。でもって、攻撃を受けると……」
そう言ってモーリスが、オレの胸を小振りのハンマーで殴った。
『ゴキーン!』
「えっ、えっ……、おええーっ!」
なんて素早い攻撃だ。
あばら骨を持って行かれたかと思ったぜ。
「ほぉーらね。瞬時に高質化して、攻撃を弾くのよ。その柔軟さは、動きやすさ。それに軽量でないと、あなたがへばっちゃうでしょ」
「確かに……」
オレの筋力は、お子さまレベルだ。
重たいアーマーを着けたら、動けなくなる。
「しかも炎のブレスにも耐性があるわ。顔が消し炭になっても、あたしが拵えた衣装の下は無傷よ!」
「おぅ……」
「いいんじゃないの、ノエル。清潔感があって、可愛らしいわ」
母上はモーリスの衣装を称賛した。
「似合ってるよ、ノエルさん。女騎士みたいでカッコイイなぁー」
「……っ」
さっきの仕返しか、クレアがわざとらしい口調で持ち上げる。
「ノエル。迷宮に行きたければ、それを着なさい」
「分かりました」
母上の決定には逆らえない。
と言うか、こんなところで逆らっても意味がなかった。
戦乙女の兜を目深に被り、フェイスマスクで顔が見えないように工夫すればいいや。
オレだとばれなければ、問題なし。
「モーリス。あなたの腕前を見せてもらいました。それは稀有な才能だと思います。わたしがパトロンになりましょう。あなたは気が向いたときに、好きなものを好きなだけ作ってちょうだい。この屋敷内に、工房も用意します。あなたには寂しがり屋の精霊たちと、お友だちになって欲しいわ」
「まあ、嬉しい。オルタンス夫人、お誘いありがとうございます。でも、あたしは訳ありなの……」
「フフッ。出自や過去は問題になりません。何なら、わたし自身が訳ありです。あなたが逃亡者であっても、気にする必要はありませんよ。すべての不都合は、わたしが捻じ伏せます!」
「…………!?」
有無を言わさぬ強引さ。
これこそ、アマンダが母上を嫌って会おうとしない理由だ。
口でも実力でも、我儘さでも、アマンダでは母上に敵わないのだろう。
賢者さまはプライドが高そうだからな。
その気持ち、分かるぜ。
「ところでクレアさん」
「ほぇ!?」
さっきから、ずーっとケーキを食べ続けていたクレアが、びくっとなった。
「あなたには、ムスメの助けになって頂きたいの。なにしろ養女に引き取ったけれど、ノエルはアレでしょ。心配で、心配で……。だから、クレアさんのようなお友だちがいてくれると、ありがたいわ。どうかしら、あなたさえ嫌でなければ、ここに住んで欲しいの。お手当も弾むわよ」
「は、はい。喜んでお受けします」
クレアよ、美味しいのは分かるけれど、それはダメだ。
口の端にホイップクリームが付いているぞ。
オレはクレアにハンカチを手渡し、口を拭けと身振りで示した。




