高みを目指す男:ラクロット視点
「こいつは凄い。キメラが逃げていくぞ!」
俺は抜き放った覇道の剣を見つめ、喜びに震えた。
ノエルが余りにも無防備な背中を見せたので、ついうっかり剣で突き刺しちまったが、帰路のことを考えに入れてなかった。
先ほどまで、キメラと遭遇すれば俺も生きては戻れまい!とビビっていたのだが、どうだ。
「ああーっ。神懸かっているぜ」
なあ、ノエル……。
覇道の剣に恐れをなして、あのバケモノどもが近寄ってこないぞ。
魔物除けの効果が、神殿を守るキメラに限られるのか、他の魔獣も含まれるのか、それは先に進まねば分からん。
だが、俺一人では攻略が難しいキメラを遠ざけてくれたのだ。
「それだけで充分よ」
後は幾度となく通ったルートで、ノエルが設置した月光石の輝きを目印に進めば迷わない。
「備えあらば憂いなしか……。確か、そうだったよな、ノエル!?」
ことある毎に兄貴面で説教を垂れやがるいけすかん野郎だったが、感謝してるぜ。
俺さまの、踏み台になってくれてよぉー。
闇森の迷宮から脱出する方法は、俺の頭に入っている。
そのために必要な装備は、すべてバックパックの中に詰め込まれていた。
不遇だったガキの頃を何とか生き延びた俺は、これまで冒険者のサポートとして食い繋いできた。
何を言われてもヘイヘイと頭を下げ、従順な奴隷のように振舞ってきた。
いつの日か訪れるチャンスを掴むために……。
俺に人の道を説いた傲慢な野郎どもは、皆、死にくさった。
ざまあみさらせ。
「でも、俺は生きている」
俺は試練に打ち勝つべく選ばれた、稀有な存在だ。
だからこそ、覇道の剣は筋肉愛好家の大男であるノエルより、この俺を選んだのだ。
その証拠にノエルは死んで、俺の手に覇道の剣が握られている。
詰まりは、そう言うことさ。
覇道の剣を恐れて近寄らなかったのは、神殿付近を警護するキメラだけだった。
俺は闇森の迷宮を抜けるのに、三日ほど費やした。
休憩時間を削り、歩きながら携帯食料を食べ、水分を補給し、最短ルートを選び、遭遇した魔獣は覇道の剣で切り捨てた。
重さと大きさで取り扱いに難儀すると思っていた覇道の剣は、驚くほど使いやすかった。
まるで身体の一部ではないかと疑うほどだ。
「幾ら走っても、息が上がらねぇ」
優れた冒険者は、意志の力で己が理想とする身体を構築する。
魔力操作とイメージの力、そして繰り返される厳しい鍛錬が、根本から肉体の性能を変える。
かつて筋肉バカ(ノエル)が、そんな話をしていた。
「口から出まかせだと聞き流していたが、本当かも知れないな」
覇道の剣が、所有者の肉体を理想のスペックへ押し上げようとしている。
これはもう、魔法の力に違いない。
そう考えるなら、異常な能力向上にも納得がいく。
神殿に祀られていた魔法剣が、俺の目指すべき道を示してくれているのだ。
剣を振り、走り、極限まで身体を鍛えろと……。
闇森の迷宮を抜けた俺は、覇道の剣にぼろ布を巻いて背負った。
俺がお宝を持っていると知れたなら、薄汚い欲深な連中に何をされるか分からん。
そうなれば命のやり取りになるだろうし、結果として要らぬリスクを抱え込むことになる。
速やかに、この地から離れるのがベストだろう。
マナドゥの町には、俺のことを嘗めくさった屑どもが多すぎる。
「あいつらには倒れるほど酒を飲ませ、その隙におさらばするか」
ノエルは探索で得た稼ぎを俺に渡さなかった。
いや、正確に言うと一部しか渡さなかった。
残りは【栄光の剣】の貯えとして、冒険者ギルドに預けている。
『俺が死んだら、預金を引き出して自由に使え』
そうノエルは言っていた。
預金を下ろすための符牒は、俺も知っている。
「どうしようもないボンボンだ」
貴族なのに家を捨てて冒険者になるとか、俺にすれば信じられない暴挙である。
冒険者になるより、兄たちの暗殺を考えるべきじゃないのか?
俺とノエルでは、最初から考えが合わなかった。
恵まれたノエルと何もない俺。
俺はノエルに与えられた能力が羨ましかったし、その能天気さに憎悪を覚えた。
「マナーがどうとか、喧しかった」
もう貴族じゃない。
オマエは冒険者になったのだろう。
冒険者の癖に、マナーがどいうとかほざくんじゃねぇ!
持たざる者には、持たざる者の価値観があるのだ。
それを野卑だと蔑むのは、恵まれた者の驕りだと知れ。
「まあ、野郎の説教は、もう二度と聞くこともあるまい」
死人は喋らないからな。
俺は冒険者ギルドでノエルの死亡を伝え、預金を下ろした。
冒険者ギルドのスタッフには、色々としつこく事情聴取をされたが、ノエルは強すぎた。
俺がノエルを殺すことなどできやしないと誰もが考えたので、キメラを対処をしくじった!で、簡単に押し通せた。
「五千万クローザ……」
これまでに見たこともないような大金である。
俺が口座を解約すると、想像していた通り、ロクデナシどもが集まってきた。
俺から金を奪うつもりだろうが、そうはさせない。
「みんな、ノエルの弔いだ。酒場に繰り出して、ガンガン飲んでくれ。もちろん、代金は俺が持つ」
「「「「「おぉーっ!」」」」」
まともな冒険者たちを集めてしまえば、ロクデナシどもも勝手な真似はできない。
一緒になって、へべれけになるまで酒を食らうに決まっていた。
暗い路地で待ち伏せするような知恵と忍耐力はなかった。
「まあ、人気のない場所で待ち伏せしているような奴らは、斬り捨てるけどな」
俺は高みを目指す男だ。
底辺を這いずる屑どもに用はない。




