王都の有閑マダム:オルタンス視点
王都ロワイヤルに用意させた屋敷は、とても快適だった。
住み慣れたノバック伯爵領の離宮も快適ではあったけれど、本宅に嫁のヴィクトワールが暮らすようになってから、途端に不快な場所となった。
息子のフレデリックはヴィクトワールの味方をし、わたしを粗略に扱った。
あの夫婦は、わたしに可愛い孫娘を抱かせてもくれない。
夫のローランは、まったくの役立たず。
原因は分かっている。
わたしが、齢を取らずにいるからだ。
それは精霊憑きである以上、仕方のないことなのに……。
精霊憑きとして半端者のフレデリックが、【予見者】のわたしを差し置いてデカイ顔をする。
あいつは当主の地位に就きながら、母親を敬おうともしない馬鹿タレだ。
ノバック伯爵家は、初代から精霊憑きの家系なのに……。
何を隠そう、このわたしが言うのだから間違いない。
『あなたはぁー。髭を生やせば、偉くなれるとでも思っているのですか!?あなたを産んだのは誰なのか、言ってみなさい!!』
ノバック伯爵領を出るときに、わたしがフレデリックに投げつけた台詞である。
フレデリックは何も答えず、鼻で笑いやがった。
もう許せん。
あの屋敷には、二度と帰るものか。
一緒に暮らすなら、犬のほうがズンと増しです。
「王都は良いわね」
わたしを不快にさせる家族が居ないだけで、心が浮き立つ。
王都の繫華街を冷かして歩くと、まるで学生時代に戻ったかのように気分が華やぐ。
だけどノバック伯爵領を離れ、王都ロワイヤルでウダウダしているのは、亭主や息子夫婦に愛想を尽かしたからではない。
そんなものは、とうの昔から分かっていたことだ。
そう……。
わたしには為すべきことがあった。
「ああ……。あの頃みたいに、お茶会がしたいわ」
「おくさま……」
わたしがティーカップをテーブルに戻してぼやくと、執事のセバスチャンが声を掛けてきた。
「セバス、『奥さま』は止めてちょうだい。この晴れやかな気持ちに、暗い影を落とすわ」
「では、何とお呼びしましょう?」
「オルタンス……?うーん。名前で呼ばれると、どうしても夫の顔を思い浮かべてしまうのよ。何か良い考えはあるかしら?」
「もしかして、お嬢さまとか?」
「あら……。それ、良いわね。素敵よセバス」
「ありがとうございます」
「それで……?」
わたしはセバスチャンに、会話の先を促した。
「お茶会をなされたいと仰せですが、昔のご学友をお招きするのでしょうか?」
「あり得ないわ」
「さようでございますか」
「わたしを御覧なさいな。幾つに見えるかしら?」
「多めに見積もって、二十代ですな」
「わたしの友人たちは、六十代よ。『あら、お久しぶり。わたしを覚えていらっしゃるかしら?』と会話を切り出して、旧交を温められると思う?」
「………………」
わたしに友人は居ない。
いつまでも若くいられるのは素晴らしいけれど、普通の友人は居なくなる。
長年連れ添った家族にさえ疎まれる始末だ。
「よい写真ね」
居間の壁に飾ったノエルの写真は、わたしをホッとさせてくれた。
可愛らしい幼女を膝に載せ、ソファーで微睡む美しい姿は、まさに泉の精霊だった。
わたしがノエルに与えた絵本の主人公、色なし姫リリィそのものである。
「ねぇ、セバス。テレンスの才能に投資した甲斐があった、と言うものではなくて……?」
「あの写像技師ですな。撮影技術だけでなく、細作の腕も中々のものです。光の精霊とも、相性がよろしいようで」
写像技師とは光魔像機を操り、目前に広がる景色を光の強弱として魔法紙に焼き付ける技術者だ。
テレンスはわたしが引き合わせてやった光の精霊と、仲良くやっているようだ。
「早く、あの子に会いたいわ」
わたしのノエルは蛹の時代を終えて、ようやく美しい蝶に生まれ変わった。
精霊の予見から、こうなることは分かっていたが、やはり現実にならなければ安心できない。
わたしに宿った精霊は、とこどき間違った未来を見せるから……。
「さて、覚悟を決めましょうか」
「いよいよ事態に干渉なさるのですね」
「ここからの予見は、複数の可能性に分岐します。最悪、何も見えなくなる。わたしにとって好ましい道を選べるかは、情報の正確さと読みがものを言うでしょう」
細作に情報収集を頑張ってもらうしかない。
自分の推量が、当てずっぽうにならないことを切に願う。
運命を突き動かす大きなベクトルだけは、見誤らないようにしたい。
「フィリップ王太子の件に手を打ちますか……?」
「はぁー。王族なのよね。本当は関わりたくないけれど、放置しておくとノエルが手に入らなくなるわ。ユストゥス教団に好き勝手をされるのも、癪だしね」
わたしは精霊使いを自称し、精霊たちを奴隷のように貶める傲慢な術者が大嫌いだ。
ユストゥス教団こそ、人と精霊たちの信頼関係を食い荒らす寄生虫である。
「精霊使いを名乗るなら、せめて精霊の声に耳を傾けろ!と言いたいわ」
「真でございますな」
「フィリップ王太子に手紙を書きましょう」
「承知しました」
セバスチャンが侍女に、レターセットを用意させた。
わたしが贔屓の商人に作らせた便箋には、月と星の紋章を浮き出し加工してあった。
ノバック伯爵家の紋章ではなく、わたし個人の紋章だ。
ジェラール陛下から賜った占星術師のマークである。
予見者は名乗り出ない。
己が見た未来に干渉しない。
ちょっとだけ運勢の流れを利用し、稼がせてもらうだけ。
だから、わたしは占い師を詐称している。
カードや水晶を使って未来を騙るペテン師だ。
占星術師は、わたしがパルマンティエ王家と付き合うさいの仮面である。
「当たるも八卦、当たらぬも八卦と……。それって言うなれば、口から出まかせでしょ?」
そのくらいが丁度よい。
予見者では、わたしの言葉が重くなりすぎる。
フィリップ王太子の長女、セリーヌ姫は、数日中に倒れるだろう。
正確には六日後の夜に倒れ、昏睡状態となる。
王家の魔法医師団は、原因が分からずに匙を投げてしまう。
これは精霊を用いた暗殺だから……。
直接手を下したのはユストゥス教団であるが、首謀者はファビアン・ド・ヴァロワ公爵だ。
現王権に盾突く貴族たちが、ゲームのコマを進めたと考えて相違あるまい。
ジェラール国王は、長いこと病床に伏していらっしゃるから当てにならない。
フィリップ王太子には、相談できる相手が居なかった。
ノエルの件を含め、ここまでは怖いほど計画通りに進んでいる。
だが、油断は禁物だ。
可哀想なジェラール国王には、ギリギリまで辛抱してもらう。
とても心苦しいが、幼き頃の約束を信じて、今は苦しみに耐えてもらいたい。
「フゥーッ。慎始敬終……。最初から最後まで、気を緩めてはならないと言うことね!」
『蟻の一穴天下の破れ』と言う。
百里の道も九十九里をもって半ばとす。
予見者の詰まらぬ干渉が、想定していた未来を壊してしまう事例はよくあることだった。
大事の前の小事には触れないのがベストであり、今回の先見に従うならジェラール陛下の死は避けて通れない。
「尊大で善良なフィリップ王太子殿下なら、余計な疑いなど持たずに動いてくれるでしょう。目に入れても痛くないほど、セリーヌさまを可愛がっていますし……」
フィリップ王太子への手紙は、長々とした時候の挨拶から始まり、我が国とナバロ神聖皇国との国境線が守られていることの喜びに触れ、国王陛下の容態が快方へと向かわれるよう祈りつつ、『そういえば……』と本題である水晶占いの話に繋ぎ……。『もしセリーヌ姫に不慮の事態が起きるようであれば、ティエリー・ド・ドラローシュ侯爵に助けを求めるのが良いでしょう』と、思わせぶりな助言で結んだ。
勿論、王族への親書として、失礼がないように体裁を整えて……。
「花押をして、お終い」
わたしは愛しいノエルを手元に取り戻すため、運命の流れに我が身を投じた。
観測者の立場から登場人物へと、転身したのだ。
「これで良いはず」
何度も何度も……。
何度も何度も、何度も、あらゆる角度から可能性を吟味した。
時間は、たっぷりとあったから。
わたしはファビアン王弟殿下がボーランジェ貴族学院に通っていた頃から、その為人は見てきた。
リネール王国の先々代国王ファビアン二世の尊き御名を頂きながら、驚くほど小狡くて器の小さい男だった。
ファビアン王弟殿下は早逝された先代のステファヌ陛下に似ても似つかぬ、分不相応な権勢欲の持ち主と言えた。
そのうえ、とても僻みっぽいのだ。
血の繋がった弟なのに、ジェラール現国王陛下と対立する勢力の旗頭に納まっていた。
「それでも、ファビアン殿下がユストゥス教団などと手を結ばねば、わたしも介入などしなかったでしょうに……」
ゲームテーブルに置かれたわたしのチップは、ファビアン・ド・ヴァロワ公爵の破滅を意図するもの。
あのような男に、ファビアン三世を名乗らせておきたくない。
「おいたが許されるのは、子供の時分だけ。四十歳を過ぎても一向に反省なさらないようなので、舞台から消えて頂きます」
ここからはレイズあるのみ。
わたしが、自らゲームを降りることはない。
降ろしたいなら、わたしの命を奪いに来るがよい。
「セバス、ワイス商会に手紙の配達を頼んで……。直接、フィリップ王太子に手渡すよう、念を押して」
「はい、お嬢さま。お任せください」
占い師のわたしには、充分な貯えと伝手がある。
ドゥレビール王城に出入りを許された商人なども、王族への使者として利用できる。
友はなくとも、取引相手なら沢山いるのだ。
こうした諸々は、辻褄合わせの些事に過ぎない。
実を言えば、運命への大きな介入は十年以上も前に済ませていた。
我が子ノエルとラクロットの出会いは、わたしが念入りに仕組んだものである。
わたしとしては、どうあろうとノエルに十二回の試練を乗り越えて欲しかった。
だからノエルとエーリッヒに、パーティーを組ませたのだ。
あの悲劇が起きると、事前に知っていながら……。
ノエルに色なし姫リリィの物語をなぞらせようとして、世界秘宝大全なる書物まででっち上げたのだ。
ここで下手を打つような真似はしたくない。
「フゥーッ。それにしても、今日は冷えるわね」
窓の外を見ると、空から白いものがちらついていた。
初雪だ。
明日になれば雪化粧が、王都ロワイヤルを覆い尽くすだろう。
汚れも悪だくみも、全ては雪の下。
「あっ……。忘れていた。ドラローシュ侯爵にも、お手紙を差し上げなくては……」
わたしは再び、書き物机と向き合った。




