快適な旅:ノエル視点
サボイア家の屋敷に、モンスターの剥製が運ばれてきた。
あの大きな猪をどうやって屋敷内に入れるのかと不思議に思っていたら、パーツ分けされていた。
サボイア家のエントランスホールに職人と徒弟が集まり、運ばれてきた木材やら金属フレームを手際よく組んでいく。
まず剥製を飾る台座が完成した。
その上に金属パーツで、牙鬼王の骨組みが造られる。
骨組みと言っても、実際の骨格とは似ても似つかぬ代物だ。
要は張りぼてなのだが、大きすぎて自重を支えられないとかポーズをつけられないなどの理由から、頑丈な支えが必要となるのだろう。
「おおーっ。ブタだ」
「ブタの石像みたいに見えますね」
大まかに外装が設置されると、毛を毟られたブタのような姿が出現した。
この上に牙鬼王から剥ぎ取った毛皮を貼り付ければ、剥製の完成だ。
「あの石材みたいなヤツは、剥製工房で働く錬金術師が開発した新素材だ。石より丈夫で軽く、腹部や足に使用されている色違いのパーツには弾力がある」
カルロスが得意げに小鼻を膨らませ、オレとクレアに説明した。
「ほぉー、素材の開発までさせているのか……。剥製工房に、どんだけ投資しているんだ?」
「ホントそれ!エントランスホールに死んだブタを飾って、何が楽しいんですか?」
「オマエらなぁー。初代から受け継がれた由緒正しいサボイア家の伝統に、やいのやいの言うなや。それと……。豚じゃねぇ!猪だ!!」
オレとクレアは意見の違いから、カルロスを怒らせてしまった。
ブタは食いもので、飾るものではないと思うのだが……。
まあ、仕方なかろう。
人の価値観は、色々だ。
翌日になってエントランスホールへ行くと、モンスターの剥製が完成していた。
狂暴そうな顔にはガラスの眼球が入り、実に生き生きとした立ち姿だった。
「スゲェーなおい」
「こうして完成すると、大きくて迫力がありますね」
「こいつが勢いよく突進してきたときは、おっかなかったもんな」
「わかるー!」
クレアはオレの感想を聞いて、しみじみと頷いた。
「ねぇねぇ、ノエルさん。剥製より、後ろの壁に飾られている写像!」
「んっ?」
クレアに指摘されて壁を見ると、そこには成人男性の身長ほど丈のある額が二枚、並べて設置されていた。
問題は縦長の立派な額に囲まれた、写像の部分である。
「これって、ノエルさんですよね!?」
「…………っ!」
「キレイ……。でも左手の写真は、何だか陰惨です。血ですかアレ!?」
一枚目は手にした黒百合に、そっと顔を寄せる儚げな乙女。
以前に撮ったオレの写真を大きく引き伸ばして、着彩加工したものだ。
王子さまスタイルで撮影されたものだけれど、オレの容姿とトリミングのせいで少女に見える。
二枚目はモンスターの頭に立ち、天に両手を突き上げた戦乙女。
血塗れだが、その立ち姿には猛々しさがあった。
「こうして並べて見ると、両方ともノエルさんなのに別人みたいですね」
「あぁ……。てか、誰だよコレ?」
「えーっ。ノエルさんですよ。鏡を見ますか……?」
オレはエントランスホールの壁に飾られた、教会の宗教画みたいな写像を眺めて、呆然と立ち尽くした。
どちらの写像も自分が被写体だとは認めがたいので、無視することにした。
神々しすぎる。
自分だと思ったら、罰が当たりそうだ。
今後、オレの写真は全てスルーさせてもらおう。
「昨日、運び込んだのか……」
「ほらほら……。皆さんの写真もありますよ」
「んっ?」
クレアが指さした場所には、額に収められた沢山の写真が飾ってあった。
モンスターを追い立てに向かった、パウルとイゴール。
得意げに並ぶ、トロッタ族の狩人たち。
カルロスと寄り添う治癒師クレア。
討伐部隊の集合写真。
モンスターの解体作業に参加した、精肉職人たちが作業小屋を背景にして働いている様子。
ペルティエ隊長とラトゥール副隊長を囲む、勇壮なる第三騎士隊の面々。
アルベール殿下と側近たち。
草を刈り、十字架を設置した平地に佇むオレ。
「うーん。それにしても、ノエルさんがモンスターを討伐した写真。こんなシーン。よく撮りましたよね」
「そこには同意する」
確か周囲には、グレートウルフが走り回っていた。
写像技師たちにも、避難するように指示した覚えがある。
「おっ、ノエルか。写真を飾ったぞ!」
「あーっ、ノエルさん。その節は、大変お世話になりました。お陰さまで、わが生涯でも最高と思える傑作をモノにできました」
カルロスが写像技師を連れて、歩いて来た。
どうやら写真の展示は、つい先ほど終わったばかりのようだ。
「ちょっとカルロスさん。この写像は問題じゃないですか?こんな生々しい場面をエントランスホールに飾るとか……。ないわー!」
「クレア……。それは写像技師のテレンスが、命懸けで撮った一枚だ。まあ、問題が無いとは言わんけど、いい写真だろ。どうだノエル?ダメか……?」
カルロスが、おもねるような態度でオレにすり寄った。
カルロスにしては珍しい。
余程、飾っておきたいのだろう。
写像技師のテレンスも平身低頭である。
だが何より気がかりなのは、オレの中で騒いでいる神霊的な存在だった。
エントランスホールに入るなり、月の女神イーリアが滅茶クチャ喜んでいたのだ。
「オレもクレアと同意見だ。来客を迎える公的な空間に、この絵面は凄惨すぎる。だけど常識的な飾りつけをしろと言うなら、もうブタの剥製からしてよろしくない。そう思うだろ、クレア?」
「ああ、そうですね。廊下の壁も、大概だし……。肉切り包丁とか、言いだしたら切りがありません。ノエルさんさえ気にしないのなら、余計なお世話ですね」
「そー言うこと。ここはカルロスの屋敷だ。オレたちは、ただ飯ぐらいの食客だし……。どーしても飾りたいなら、好きにするといいさ」
オレは写真の扱いをカルロスに一任した。
月の女神イーリアは、清らかな乙女の味方で、狩人を助ける女神だからな。
ジャイアントキルに成功した信徒一号を寿ぐ展示物ともなれば、もう女神が祀られているも同然なんだろう。
それこそ、この場所を自らの神殿に定めそうな勢いである。
「カルロス……。どうせなら写像の近くに、コインを入れる水盤を用意してもらいたい。夜のような漆黒の大理石で、丸い水盤をね」
「あーっ。月の女神さま?」
クレアが即座に反応した。
「そう言うこと……。あの二枚を外させたりしたら、女神さまの機嫌を損ねるかも知らん。とくに血まみれのヤツ」
「それは厄介ね」
「そう言うことであれば、さっそく職人に頼んで用意させよう。エントランスホールに礼拝所があるのも、良いじゃないか」
カルロスは、ホクホク顔で請け負った。
月の女神イーリアは、オレに加護を授けてくれた女神さまだ。
何なら、この身体はイーリアの被造物とも言える。
もしかすると写真を嫌うことでさえ、憤怒を招く要因にもなりかねん。
いや、どちらかと言えば、機嫌を損ねるのは『死返し』の精霊かも知れなかった。
アマンダは『死返し』の精霊を水鏡の精霊と呼んでいた。
水鏡の精霊という名は、【お月さまと姫君】の物語に登場する、死んだ泉を思い起こさせた。
そして、光魔像機が切り取った画像とリフレクター。
まったくの無関係とは言い切れまい。
アマンダに大いなる意思の話を聞いてから、オレは以前より慎重になっていた。
単に古い神の加護を得るのと関心を持たれるのでは、意味が違うだろ。
オレが感じる微かな知らせを蔑ろにすべきではなかった。
ここは畏れ敬っておいた方がよい。
「写真は、アナタたちの好きに使って下さい」
「ありがとうございます。この奇跡ともいえる瞬間は、騎士さまやアルベール殿下の助けが無ければ撮れませんでした。あの方々にも、お見せしたいと思っていたのです」
「あっ、そう……」
オレは予期していなかったテレンスの台詞に、ちょっとだけたじろいだ。
この写真をアルベール殿下や第三騎士隊に、献上するのですかぁー?
第三騎士隊の執務室とかに飾られたら、とっても気まずいぞ。
「モンスターに脅かされていた村々でも、写真を飾りたいと言っている。村の礼拝所にでも祀るんじゃないか?」
「あっ、そう……」
カルロスの言葉に、オレの中の女神さまが大喜びである。
もう、どうしようもなかった。
「この時は、本当に大変だったんですよ」
「…………」
そこから、テレンスの冒険譚が始まった。
グレートウルフに追い回されたこと。
アルベール殿下や騎士たちに助けられたこと。
掃討戦が終わってから、みっちりと叱られたこと。
テレンスの長い話は、『もう写像技師として、充分に満足できる成果を上げられました!』と締め括られた。
でもな、テレンス。
アンタは月の女神イーリアに気に入られたようだぞ。
写像を撮るのも、弓矢で獲物を狩るのに似ているところがあるもんな。
清らかな乙女ではないから、どれほどの加護を得られるか知らんが、何しろ信徒の居ない女神さまだ。
縁が結ばれた相手をそうそう無碍にはしないだろう。
これからも良い写真を撮れるんじゃないか。
せいぜい頑張れ。
完成した祭壇に祈りを捧げたら、月の女神イーリアからご褒美を授かった。
「この指輪は、カルロスが水盤に入れたの……?」
「知らんぞ」
黒い水盤に沈んだ銀の指輪。
それは月の女神イーリアからの贈り物だった。
ペイバックの新しい異能力を使えるようにしてくれたのだ。
インヴィジブルアラクネーの【糸操作】、操糸である。
指輪を嵌めると、オレの指先から不思議な糸が生み出された。
微かに光りながらスルスルと伸びて行く、細くて軽い糸。
シルクなんて比較にならないね。
「おぉー。綺麗だ」
月の霊気を帯びたインヴィジブルアラクネーの糸。
強靭で使い勝手がよい。
「粘つく糸を貼り付けたり、強靭な糸を対象に巻き付けて切断したり、とても危険だ。おーっ。またもや人間離れしてしまった。ウハハハハハ……!」
ラクロットと戦うとき、操糸の異能力は切り札になるだろう。
「あいつの身体を見えない糸でズタボロに切り裂いてやる」
笑いが止まらん。
「あっ!」
粘つく指先に引っ付いていた水差しが、床に落ちて割れた。
まだまだコントロールが未熟だ。
インヴィジブルアラクネーを見習って、せっせと励むしかあるまい。
なんにしても、蜘蛛のようにケツから糸が出なくて良かった。
ある日のこと、目視が困難なほど細い糸を木箱に貯めていたら、どこからともなく精霊がやってきて撚り合わせ始めた。
「オマエ、何してるのさ?」
オレは木箱を覗き込み、糸を集めて束ねる精霊に声をかけた。
〈ぴっ!?〉
どうやら驚かせてしまったようだ。
「いや。邪魔はしないから、好きに続けてくれ」
〈ぴぴ……♪〉
働き者の精霊を追い払ったりしないから、安心してくれたまえ。
〈♪♪♪……♪♪〉
オレは細い糸を撚っている精霊に、さっそく憑代を与えた。
デザインが気に入らなければ、そのうち自分で素材を持ってくるだろう。
「君の名は、【織姫】だな」
インヴィジブルアラクネーの糸は、縫製に適した撚糸へと紡がれていく。
これで精霊たちの憑代に、月の女神イーリアの加護を与えることができそうだ。
◇◇
ドラローシュ侯との謁見に、アマンダが付き添いたいと言い出した。
そんな訳で、オレはカルロスの説得に苦労させられた。
何しろカルロスにしてみれば、失礼があってはならない高位貴族の屋敷に、得体のしれない古物商の婆さまを伴うことになる。
確たる理由もなく、軽々しく許可できる話ではなかった。
貴族ってヤツは、あれこれと口喧しいのだ。
初っ端から交渉が頓挫してしまったので、オレは伏せていた切り札を仕方なく開いて見せた。
「実を言うと、アマンダはナバロ神聖皇国から逃げてきた亡命者だ。精霊を研究していたらしい。もとは、それなりに身分のある学者だったようだぞ」
「あっ……。行方不明になっていた連中の一人か……!?」
打てば響くとは、このことか。
カルロスの顰めっ面が、一発で変わった。
「カルロスにも知らせが……?」
「パルマンティエ王家が指定した、広域捜査の対象者だ。まさか俺の管轄内に潜伏していたとは……」
「アマンダは、カルロスになら話しても構わないと言ってたけど……。存外に大事だな」
オレはカルロスの反応を見て、不安になった。
アマンダたちはナバロ神聖皇国が放った追手を気にしているのかと思っていたのだけれど、何とリネール王国からも指名手配されていた。
これは想定外の事態だ。
「いいか、他には絶対に漏らすな。俺に話しても良いと言ったなら、第二王子殿下とドラローシュ侯爵さまを選んだってことだ。他に知られると、非常に拙い」
「権力争いとか……?」
「オマエは知らんでよい」
どうやら面倒くさい話のようだ。
当然だが、オレも関わりたいとは思わない。
「……そう」
こういう場面で淑女は半分ほど扇を拡げて、さり気なく口元を隠す。
更に視線を落とし、話題への無関心さをアピール。
子供時分に習った覚えがある。
そろそろドラローシュ侯爵との謁見を視座に置いて、言葉遣いも改めておくべきだろう。
淑女が冒険者みたいな話し方をしたら、相手を困惑させるからな。
乙女に相応しい所作も、常に意識して行動しよう。
「淑女の行儀作法かぁー。荒っぽい冒険者の暮らしが、長かったからな。ホント、身体に思い出させないと……。ダンスのステップとか……」
マナーは大切だ。
そしてマナーとは、日々の訓練によって身につけるものだ。
知識だけでは意味がなかった。
「ノエルー、スキあり。エリカ、ぷぁーんち!」
「ぐほっ……。いてぇーぞ、ゴルァ!!」
「やるかぁー!?ゴルァ!!」
「…………」
いつまでもオッサン冒険者の気分でいると、エリカがオレの真似をするし……。
大変よろしくない。
一般的な令嬢のレベルを目指すなら、間違っても『ゴルァ!!』とか口にすべきではなかった。
ドラローシュ侯爵の屋敷を訪うのは、オレとアマンダに決まった。
クレアは留守番だ。
ドラローシュ侯爵から、仮発行の旅券が送られてきた。
有効期限つきなので、年内に限り有効だ。
これで領内の移動が自由になる。
オレとアマンダの分で、二枚。
カルロスが、大事に保管している。
サボイア家の高級馬車には、オレ、颯香、アマンダ、カルロスの四名が乗った。
カルロスの配下である私兵が十名、武装して馬車の護衛に就いた。
その他に、闇烏から数名の腕利きが選抜されたようだ。
御者は虎落笛が務めた。
「随分と手練れを揃えたね。暗部の輩が七人かい?」
「ああ……。キメラの魔核を運んでいるのでな。念には念を入れた」
カルロスの説明を聞いて、アマンダが鼻で笑った。
「カルロス、余計な心配はおやめ。禿げるよ。アタシは自分で持ちかけた話を翻したりしないから、安心おし。この期に及んで、姿を晦ませたりはしないさ」
「…………ッ!」
カルロスよりアマンダの方が、何枚も上手だった。
カルロスが言葉を失ったことからも、真相は明白である。
闇烏はアマンダが逃げたとき、追跡するために配置されたのだ。
オレは権謀術策が大の苦手なので、最初の宿場に到着するまで【お月さまと姫君】を眺めて過ごした。
移動する間、【お月さまと姫君】はオレに貸し与えられる。
カルロスを説得した、正当な報酬だった。
既に読み終えているのだが、そんなことは関係ない。
絵本は何度でも繰り返して読むものだ。
ふむふむ。
仲が良い精霊たちに囲まれてのハッピーエンドは、素晴らしい。
リリィは冒険の旅で知り合った王子さまと一緒になり、幸せに暮らしましたとさ。
「旅先なのに、とても豪勢ですね」
「分かるか、ノエル。食道楽の客が選んだ、一級の料理屋だ。こうした旅の快適さには、こだわりがある。不愉快な移動に耐える旅行者には、息抜きが必要なのさ。だから贅沢をする。宿のサービスも良かっただろ?」
普段から移動することが多いカルロスは、旅の不快感を軽減するために、絶え間なく工夫を凝らしてきたのだろう。
その成果とも言えるのが、揺れの少ない馬車だった。
あれは良い。
「さあ、好きなものを好きなだけ注文したまえ」
「太っ腹だね。アンタの、そう言うところは好ましく思うよ」
アマンダも機嫌良さそうである。
「わたくしは、取り敢えず、これとこれと、これを」
「はぁ!?」
カルロスが呆れたような顔で、オレを見た。
いや。
オレは間違っていないだろ。
マナーも言葉遣いも、完璧なはず。
「ノエルや。そんなに頼んじまって、大丈夫かい?」
「だって、カルロスが勧める料理店ですよ。こんな店、もう二度と来れないかも知れません。そうなれば、色々と食べてみたいじゃありませんか。遠慮すべきなら、最初にそう言ってください」
「アタシはね。残さずに食べきれるのか……?と、訊いてるんだよ」
「……えっ!?自分の前に並べられた料理を残したりしません」
「アマンダ、ノエルの好きにさせてやれ」
横合いからカルロスが口を挟み、アマンダの追及を阻んだ。
「でもさぁー。アタシは食べものが粗末に扱われるのを見たくないんだ」
「うふふっ……。ちゃんと食べますから、心配しないでください」
オレたちは、評判の良い高級料理店で寛ぎ。
晩餐のテーブルを囲んで、他愛もない会話を楽しんだ。
給仕に運ばれてきた料理は、どれもこれも最高に美味しかった。
「柔らかなお肉ですね。ソースとの相性も、よく考えられています」
「まあな。高級な肉だからな」
「…………」
アマンダはナイフとフォークを手にしたまま、オレを眺めていた。
食事は進まず、会話も途切れてしまった。
「どうしましたか、アマンダ?体の具合でも……」
「いいや、何でもないよ。アタシは元気さ」
そう言ってアマンダが、小さく切り分けた肉を口に運んだ。
「アマンダは知らなかったようだが……。ノエルとクレアは、ドラゴンみたいに食うんだ」
食事を再開したアマンダに、カルロスが小声で囁いた。
アマンダはジト目でカルロスを睨み、頷きもしなかった。
「お待たせ致しました。ご注文の品をお持ちしました。食べ終えたお皿は、お下げしても宜しいでしょうか?」
重そうなワゴンを押した給仕が、笑顔で声をかけてきた。
「うむっ……。頼む」
「お願いします」
「……っ。こりゃまた、とんでもない量だね!」
テーブルが、湯気を立てた料理の皿で埋まっていく。
実に素晴らしい光景だ。
幸せである。
「ん?」
店内の客が興味深そうに、オレたちの方をチラチラと窺っていた。
まあ、仕方がない。
裏社会のボスと古物商の婆さま、そしてお淑やかな姫君。
おそらくは、この不調和な組み合わせが、他人の関心を引いてしまうのだ。
「わたくしたち、目立っています?」
「オマエがな……」
「アンタがね!」
「わたくしのせいでは、ないと思うのですが……」
アマンダが呆れ果てたように、ため息を吐いた。
「憑代の大喰らいは、フェルナンド皇子の件があるから知っていたさ。ただね。ノエルに比べたら、皇子はまだ人の範疇に留まっていたよ。神や精霊への供物だとしても、こんなに食って腹が膨れないのは不自然だ。古文書に記載されていた、魔法の革袋を思い出しちまったよ」
「魔法の革袋かぁー。遠い南国では、実物が国宝扱いされているとか……。ノエルが魔法の革袋とはね。言い得て妙だぜ。ガハハハッ……!」
カルロスがアマンダに同意して、笑った。
「カルロス、アタシはね。世間の耳目を集めてしまうから、このバカに控えさせろと言ってるんだよ」
「これしか嬉しそうな顔をしないから、やめろとは言えないな。オレはノエルを喜ばせるのが、好きなんだ」
「だったら、人目がないところで甘やかしな」
「考えておこう」
どうやらオレの幸せは、カルロスによって守られているようだ。
「ノエルも、少しは自分の価値を考えないといけないよ」
「アマンダは、何を心配されているのですか……?わたくしはサボイア家に居候させて頂いている、只のノエルです。考えなければいけないような価値など、ございません」
オレは記憶に残るテーブルマナーを確認しつつ、ゆっくりと八人前の料理を食べきった。
「そこの小間使い」
「あたしは侍女です。小間使いではありません」
「その香油は駄目だよ。こっちを使いな」
宿泊先でテキパキとオレの世話を焼き始めた颯香に、アマンダが小瓶を投げて渡した。
「何ですか、これ?」
「蓋を外せば分る。匂いを嗅いでみな」
「あっ……。百合の香り」
「ノエルは黒百合の姫なんだろ。カルロスは、そのイメージで推したいみたいだ。だとしたら、香料にスパイスを使うのは頂けないね」
「……っ。わかった」
闇烏の里で学んだ調香技術を否定されて悔しいだろうに、良いものは良いと素直に認められるのが颯香の才能だろう。
アマンダの技量を知った颯香は、直ぐにあれこれと質問を始めた。
その夜からオレは、ユリの香りに包まれるようになった。
瑞々しくて良い匂いである。
割り当てられた部屋のベッドも、フカフカしていて快適だった。
そこで遅まきながら、たっぷりと食べてスヤスヤ寝れるなら、自分は問題なく幸せなんだと気づいた。
以前より、世間への対応がシンプルになったようだ。
意地を張る機会が、目に見えて減った。
「この形で、意地を張ってもなぁー」
自然体と言うのだろうか?
男らしさへの拘りが、唐突に煩わしく思えてくる。
「そもそも、男を主張する根拠がないし……」
これなら、お姫さまも悪くなかった。
恥ずかしいのは、文字通り気のせいである。




