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キメラを倒した少年?:アルベール視点



私はドラローシュ侯爵からの知らせを受け、王立魔法研究所に向かった。

実父であるジェラール国王陛下が私に与えた領地は、王都ロワイヤルの東に位置するウォルムス平原だ。

ウォルムス平原はレストナック山脈の(ふもと)に広がる豊かな耕作地で、王都ロワイヤルまで馬車を急がせても三日ほど掛かる。


それなのに急使を寄こしたのだから、手紙の内容は真実なんだろう。


「魔核ねぇ。生きている魔石か……」

「眉唾物ですな」

「ヴィクトルは夢がないな」

「詐欺師と嘘つきが嫌いなだけです」


ヴィクトルが素っ気ない態度で応じた。

真面目なのだが、実に面白みのない男である。

私の守り役として、ずっと傍に仕えているのだから、もう少し緩い性格になっても良いではないか。


「ヴィクトル。鏡に向かって、笑顔の練習をしているか?」

「しておりません」

「やれと命じただろ!」

「アルベール殿下のご命令でも、従えないことには従いません」

「おい、今……。従えませんではなく、従いませんと言ったな!それは可能か不可能かじゃなくて、オマエの意思だろう!」

「…………」


面白味がないだけでなく、馬鹿がつくほどの正直者でもある。

私の側近でなければ、とっくに首が飛んでいる。


ヴィクトルは上背があり、全身を筋肉で覆われたトラのような男だ。

そのうえ身体強化の魔法を得意とするので、私の親兵隊にあって肉壁を自認していた。

一見したところ甘いマスクで、出自やスタイルにも問題がなく、淑女(レディー)たちからの評判は上々だった。


だがヴィクトルのせいで、私は淑女たちの一部から同性愛者だと(まこと)しやかに噂されるようになった。

それもこれもヴィクトルが、ファンの女性たちを鼻にもかけず、睨みつけるからだと思う。

ヴィクトルに冷たくされた不満が、同性愛嗜好などという妄想を育てさせる。


「命令ではなく、自己の判断を大切にしろと……。常に臨機応変であれと、殿下は(おっしゃ)いました」


ヤーヴェが横合いから、ヴィクトルの弁護をした。


「ここで、その発言をするのは、判断ミスじゃないのか?」

「自分はそう考えません」


ヤーヴェは、類稀(たぐいまれ)なる精霊使いだ。

ヤーヴェさえ居れば、水や糧食が尽きても我々は生存できる。

何しろ、精霊の愛し子と呼ばれるほど、豊富な精霊魔法を使いこなす。

それほどの才覚を持ちながら、私に拾われるまで文官どもの下働きをしていた。

誰一人として、ヤーヴェが精霊使いであることを知らなかった。

当人が就職のさいに申告しなかったからだ。


童顔で小柄なヤーヴェは同僚たちから(あなど)られ、いつも雑用を押し付けられていた。


「おいヴィクトル。受けってなんだと思う?」

寡聞(かぶん)にして存じ上げません」


ヴィクトルが生真面目に答えた。


「ボクは知ってますよ。殿下とヴィクトルのカップリングで、殿下がウケですよね。ご令嬢たちの妄想では、男同士の役割に受けと攻めがありまして……」

「もうよい。聞きたくない!」


この手の情報は、精霊たちがヤーヴェに教えてくれるらしい。

何とも、ありがた迷惑な話である。


「因みに、ボクは総受けらしいです」

「ヤーヴェ……。自分で口にして、悲しくならないか?」

「もう慣れました」


ヴィクトルよ。

他人を野獣のように威嚇(いかく)するのは、(ただ)ちに止めてもらいたい。

キミのせいで、心を痛めている者が居る。


笑顔だ。

毎朝、鏡に向かって笑顔の練習をしたまえ。


「愚劣な女どもの噂など、頭から無視なさればよろしいでしょう?」

「はぁー。自分の行動に原因があるとは、考えないんだな」

「俺は不動の盾を目指していますから。女たちのお喋りなど、気にしませんね」

「気にしろ。少しは気にしてくれ……」

「ヴィクトル、何事も無関心はいけません。彼女たちが書いた物語は、そこそこ楽しめるのです。読んでみますか?」


ヤーヴェが(ふところ)から、薄い本を取り出して見せた。


「そんなもの、さっさと捨てないか!」


私はヤーヴェを怒鳴りつけた。


「エェーッ。アルベール殿下、従えないことには従いません」

「……っ」


どいつもこいつも、(クセ)の強い側近ばかりで頭が痛い。

私が死んだら、どうするつもりなのやら。


「これだから、迂闊(うかつ)に死ぬこともできん」

「死んでもらっては、困るのですよ」

「ようやく出会えた主です。長生きしてもらわねば」

「………………」


頼りにはなるが、まったく話の通じない奴らだった。

だから馬車での旅は不愉快で、イヤなんだ。


だけど、このように風変わりな連中が周囲に集まったのは、私の特異性に因るものだ。

ヴィクトルとヤーヴェに責任はない。


私には他人の顔色を読む異能(スキル)が、備わっていた。

君主であれば、喉から手が出るほど欲しい能力だろう。

それだけに、この異能(スキル)を知るのは実母であるユーディト側妃と乳母のローザに限られた。


そして二人とも、すでに鬼籍に入っている。


生れつき側妃の生んだ第二王子と言う微妙な立場に置かれていた私は、他人との接触にとことん神経質な子供だった。

ご機嫌(うかが)いに訪れる客の下心が透けて見えるため、人嫌いを自認するまでに()したる時間は掛からなかった。

この能力で暗殺を免れたことは、一度や二度で済まない。


誰かに紹介された使用人は、どいつもこいつも間諜(スパイ)だった。

親族や知人から伴侶として勧められた淑女(レディー)も、見た目通りではなかった。

私の失脚を目論む程度ならまだしも、食事や酒杯に毒を盛ろうと計画していたりする。


結果として私は、不器用すぎて組織から弾かれた連中を拾い集めることになった。

詰まるところ、私が彼らの才能を惜しみ、(じか)に声を掛けてスカウトしたのだ。


近づいてくる者が信じられないなら、自分から望む人材を求めて動くしかない。

それが私のたどり着いた結論だ。


出世街道から外れながらもリネール王国への忠誠心を持つ、偏屈な変わり者たち。

彼らは私が心から求めた、優秀な部下である。


「カルロスとか言う、ドラローシュ卿の手下が信用できるなら、生きている魔石の話もグンと信憑性を増す」

「カルロス……。初めて聞く名ですな」

「ああっ。中規模な町で、裏社会を統括する顔役だ。彼のもとに、違法な身分証明書の発行を依頼した探索者がいるらしい。その対価が魔核だ」

「どうやって、手に入れたのでしょうか?」

「ヴィクトルも知りたいか……?私も、そこが知りたい。だからこそ……。もし生きた魔核が本物なら、その探索者と会わねばなるまい」

「身分証明書の偽造を要求するような相手ですよ。ペテン師かも知れません」

「それでもだ」


私は無表情なヴィクトルに、自分の考えを述べた。


「それが旅の理由ですか?」

「ああっ。それが旅の理由だ」

「目的地は、マナドゥの町でしたね」


ヤーヴェが膝の上で地図を広げ、確認した。


「あった、ここだ。ドラローシュ侯爵領の端っこですよ」


そう。

ドラローシュ侯爵領は、だだっ広いのだ。

そして代わり映えしない部下たちとの旅は、死にたくなるほど退屈だった。




◇◇




私たちは三日の旅程を予定通りに消化して、王都ロワイヤルに到着した。

王立魔法研究所の施設は、ドゥレビール王城の東端に集められていた。

利便性より、隔離の意味合いが強い。

ときどき爆発事故などを起こし、危険視されたからだ。


ドラローシュ卿に紹介されたカルロスは一廉(ひとかど)の人物らしく、こざっぱりとした身なりで物腰にも如才なさが(うかが)えた。

打てば響くの言葉通り、こちらの質問に過不足のない答えを返してくれる。

私が第二王子と知っても、取り入ろうとする態度は見せなかった。


ただ……。

何やら隠し事があるらしく、私との会話を煙たがっていた。


私がマナドゥの町を訪問したいと伝えたところ、『王子殿下が逗留なされるなら、リュシェール子爵の屋敷がよろしいでしょう』と勧めてくる。

代官のリュシェール子爵を口実にして、爵位を持たぬ自分が出しゃばるのは(よろ)しくないと、(かたく)なに繰り返すのだ。

要約するなら、『ウチには来るな!』と言う話である。


そんなもの、行くに決まっている。

他人の隠し事は、知りたくなるものじゃないか。


生きた魔石を手に入れた王立魔法研究所の魔法博士たちは、自分たちの研究に夢中だった。

ドラローシュ卿も例外ではなく、最新の報告書に目を通すなり、魔法博士たちと推論を戦わせていた。


私が聞いていても、基礎魔法理論など殆ど理解できない。

だけどキメラから剥ぎ取ったと言う、見たことがないほど大きな魔石には関心を惹かれた。

魔法博士たちの会話は理解できなくても、この魔石が希少であることくらい分かる。

これを市場に出せば、いったい幾らの値が付くだろうか……?


一方、生きた魔石、魔核は闇狼(シャドーウルフ)のもので、先ほど見た魔石と比べたら随分(ずいぶん)と小振りだった。

それでも脈打つように明滅する光は、私を不思議な心地にさせた。

何やらそれは、異界から差し込む神秘的な光のようで、私の胸を高鳴らせた。


「ドラローシュ卿。私はキメラの魔核とやらが、無性に見たくなった」

「やはりアルベール殿下も、関心を持たれましたか……?カルロス。オマエの屋敷に、殿下がご逗留(とうりゅう)なさるぞ。くれぐれも失礼のないようにな」

「えっ!?私の屋敷ですか……。サボイア家は、無法者の住処(すみか)でございます。使用人たちには礼儀や教養もなく、充分な対応もしかねます」


ドラローシュ卿の言葉にカルロスが顔を(しか)めた。


「カルロスよ。細かなことを気にするな。私は身分を隠し、流浪の民として滞在しよう」

「しかし王子殿下……」

「身分など気にするなと、言っているのだ。それとも私に滞在されるのが嫌なのか……?」


ここまで言えば、カルロスも断りようがなかった。


「とんでもございません。恐悦至極にございます」


平身低頭である。



こうして翌日には、我々の到着を待たされていたカルロスと共に、マナドゥの町を目指すことになった。


カルロス一行を交えての旅は、予想以上に快適で楽しかった。

退屈する暇などなく、宿場町から宿場町へと移動し、マナドゥの町まで残すところ二日となった。


そこで準備のため、カルロスだけが屋敷へと帰って行った。

我々は手前の町に留まり、三日ほど宿で過ごした。


「なあ、ヴィクトル。ノエルと言う男、どれほどと見る?」

「カルロスの話が半分でも真実なら、かなり凄腕の探索者でしょう」

「フムッ」


旅の間、私の関心は主にノエルへと向けられていた。

それはカルロスが、ノエルの具体的な話になると露骨に逃げ出すからだ。

もし隠しておきたいのなら、逆効果と言えた。


だから宿屋の一室で(くつろ)ぐ我々が、ノエルを話題にして盛り上がるのは当然のことだった。


「大男かな?」

「筋肉信奉者ですか……?でもキメラを単独で狩るなんて、普通の探索者にはできません。何しろ空を飛ぶんですよ。ヴィクトルが三人いても、ちょっと難しいと思うな」


ヤーヴェがヴィクトルを見ながら言った。


「フンッ……。実際に試したことがないから、何とも言えん。だがキメラは、バランスの取れた冒険者パーティーが充分な用意をしてから挑む、危険な魔獣だと聞いている。命懸けの戦いで、敵を(あなど)るつもりはない」


ヴィクトルは真面目くさった顔で答えた。


「ノエルは牙鬼王モンスターの討伐も、引き受けたようだ。幸運にも我々は、ノエルの戦いを間近で見物できる」


私は信じられないほど快適な馬車の座席に背を預け、ドラローシュ卿の騎士隊が苦戦を強いられている巨大猪を想像した。

馬車よりデカイと言うカルロスの証言は、本当なのだろうか……?


「ヤーヴェ。精霊使いなら、どうだ。単独でキメラを倒せそうか?」


ヴィクトルが珍しく、自分から会話に関心を示した。


「分からないです。迷宮探索は、一度もしたことがないから……。でも、精霊魔法の火力が充分でなければ、キメラの接近を阻んでくれる前衛が必要になります。一人では挑みたくないですね。牙鬼王モンスターとも、戦いたくありません」

「単独討伐か……。もしかすると、ノエルは強力な魔法使いかも知れんぞ」


私は思いついた可能性を口にしてみた。


「それなら、ボクみたいな小兵もあり得ます」

「いいや。迷宮を探索するのだから、並大抵の体力では持つまい」

「ヴィクトルには、(ロマン)が足りないと思います」


ヤーヴェは詰まらなそうに言った。


「何にせよ、もうすぐわかるさ」


マナドゥの町は、もう目と鼻の先だ。




◇◇




カルロスの屋敷に到着して、私は己の目でノエルを見た。

冒険者とは思えぬ優雅な挨拶をされて、驚きに思考が止まったことをハッキリと記憶している。


我々が予想していた屈強な大男は、どこにも見当たらなかった。

伝説の神器(アーティファクト)を求めて危険な迷宮を彷徨う、野心に満ち溢れた戦士は何処(いずこ)に……?


「お主、なかなかの美童だな。娘子(じょうし)かと思ったぞ」


一拍おいて、私の口を突いて出た間抜けな台詞がこれだ。


エントランスホールで私に(ひざまず)くノエルは、美少女と見紛(みまが)うような顔立ちをしていた。

(こうべ)を垂れると、シルクのように真っ白な髪が、さらさらと流れ落ちた。

その目は切なそうであり、一切の希望を映さない。

とても悲しげな、夕暮れ(ラベンダー)色の瞳だった。


その華奢で儚げで、守ってやりたくなるような雰囲気に心がざわめく。


これは魔法使いで間違いあるまい。

こんな剣士は存在しない。


それより、先ほどの失言を取り繕わねば……。

これからモンスターの討伐に向かう勇者を相手に、美童だの娘子(じょうし)はなかろう。

『弱そうだ!』と、内心の不満を漏らしているようなものだ。


私は気まずさを押し隠し、当たり障りない言葉を並べてノエルへの励ましとした。



モンスター討伐の日を迎え、カンダモ平原に到着した私は、討伐予定地に立てられた十字架をみて、『まるで処刑場のようだ』と思った。

そこだけ草を刈り取られた討伐予定地は、何やら殺伐とした気配を放っているように見えた。

やがて勢子が放つ火薬玉の炸裂音が近づき、森の中から巨大な怪物が姿を現した。

牙鬼王モンスターだ。


モンスターは脇目も振らずに、十字架へと突進した。

遠眼鏡で確認すると、ノエルが身の丈に合わぬ大剣を構えていた。


「どうして……。魔法使いじゃないのか!?」


それは基礎から積み上げた、正しい剣士の構えだった。

一朝一夕で身に着くような構えではなかった。


ノエルもまた雄たけびを上げると、モンスターに突進した。


「バカな……」


ノエルとモンスターが激突したとき、治癒師の娘が悲鳴を上げた。


「イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァー!!だっ、だれか助けて……!ノエルさんが死んじゃった!?」


私は逡巡(しゅんじゅん)することなく、愛馬の背に飛び乗った。

死んでしまったノエルを助けることなんて、不可能なのに……。

だが、たとえ無残な亡骸になっていようとも、ノエルがモンスターの餌にされるのは我慢ならなかった。


「突撃ー!」


部下たちが付いてくるのを確認して、視線をモンスターに戻すと。

どうしたことだろう。

モンスターが足を(もつ)れさせ、前のめりに倒れた。


グレートウルフの吠える声が、後方から迫ってくる。

丈のある草に隠れて視認できないけれど、我々と同じくモンスターを追っていた。


「グレートウルフに注意。馬上剣(ロングソード)にて追い払え!」

「魔獣を迎撃せよ」

「各自、全力で迎え撃て!!」


私に同行した側近と十名の護衛が、グレートウルフを仕留めるべく散開した。


牙鬼王モンスターが倒れたぞ。ノエルを守れ!!」

「急げ。ここで働きを見せねば、騎士の名折れぞ」


前方からは、第三騎士隊の騎馬が駆けつけようとしていた。

倒れたモンスターを中心にして、グレートウルフと騎馬の乱戦が始まった。


そのとき、視界の隅で何かが動いた。

モンスターの頭部である。

ノエルだ。


ズタボロの衣装を風にそよがせて、ノエルが立った。


翼飾りのある兜が、陽光を反射して(きら)めいた。

その凄惨な姿は、物語で描写される戦乙女(ヴァルキュリア)そのものだった。


()ったぞぉーっ!!!」


全身を赤い血で染めたノエルは、青空に両手を突き上げて、力の限り()えた。

勝利宣言だった。


「ノエル……。生きていたのか!?」


私は周囲の喧騒に負けじと、大声で叫んだ。


「神よ。感謝する!」


第三騎士隊でも、誰かが声を張り上げた。


モンスターの頭部を踏んで立つ美しい戦士に、私の心は異様なほど(たかぶ)った。

その凛々(りり)しい姿は、網膜にくっきりと焼き付けられた。

年甲斐もなく、顔が熱く火照った。


「なるほど、これは神話の光景だ」


(まさ)しくジャイアントキルだった。

神の加護を得て、邪竜を(ほふ)る英雄譚と何も変わらない。


「おぅふ!!」


先ほど声を上げた騎士が、無様な呻き声を漏らした。

こんなものを見せつけられたら、己の勇猛さを一番の誇りとする騎士たちは、ノエルを武神として(あが)めるしかあるまい。


否定的(ネガティブ)な感情に囚われたヤツは、我が身を滅ぼす」


ここで嫉妬を昇華できぬような惰弱者であれば、騎士たり得ない。

これは剣に命を託す者として、資質を問われる正念場だった。


戦乙女(ヴァルキュリア)か……。こんなのは卑怯だ。これは、不意打ちだろ。ノエルは男だって、言ったじゃないか!?」


私は顔を伏せ、血が(にじ)むほど強く下唇を噛んだ。


「はぁー。同性愛の嗜好は無いのだが……」


ふと視線を向けると、モンスターの(ひたい)に剣が突き立っていた。

ノエルが構えていた剣は、まるで巨大な猪を(とむら)う墓標のように見えた。






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