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モンスター討伐:ノエル視点

 


 オロフ村で夜を明かした討伐隊は、まだ薄暗い内から移動を開始した。

 視界が悪いので御者は速度を上げず、ゆっくりと馬車を走らせた。

 激しい揺れがなく、身支度をするには丁度よい。


「さて、着替えるとするか」

「エェーッ。ここで着替えるでござるか!?」


 高級な魔法使いの衣装が引っ掛かり、隣の座席に積んであった装備品の山から、騎士の兜が転げ落ちた。


「何か問題でも……?」

「いや、その……。ドキドキするでござるよ」


 虎落笛(もがりぶえ)は気まずそうに(うつむ)き、ぼそぼそと呟いた。


「ゴザルは、目を(つむ)っていろ」


 オレは宮廷魔導師みたいな衣装を脱ぎ、迷宮探索者の姿に戻った。

 モスグリーンの外套(コート)を丸めて箱馬車の座席に置き、枕にして寝転がる。


「白い肌が覗いて、目の毒でござる」

「だったら、こっちを見るな」

「承知」


 馬車の室内は狭いので、窮屈な両足を装備品の山に投げ出した。


「着いたら起こしてくれ」

「分かったでござるよ」


 眠くて眠くて、幾らだって寝ることはできるのだけど。

 怖い夢にうなされて、ビクビクと身体が痙攣する。


 悪夢はオレに容赦なかった。


 オレは闇森の迷宮をさすらい、ラクロットのクソ野郎にショートソードで刺され、キメラのブレスで焼き殺され、死肉あさり(スカベンジャー)に喰われる。

 インヴィジブルアラクネーの猛毒に悶え苦しみ、闇狼(シャドーウルフ)に千切られた足を見て絶望する。

 血と反吐と糞尿に塗れ、再生しては魔獣の気配に(おび)え、洞窟を這う。


 命を繋ぐために、イービルセンチピートを生で食い。

 息を殺して、岩陰に身を隠す。


 何もかもが怖ろしい。

 中でも死は、格別に怖ろしかった。

 夢だと気づいても、身体の震えが止まらない。


 それは(まさ)煉獄(パーガトリー)だった。

 生きながら彷徨う、最悪の地獄(ゲヘナ)だ。


「はぅっ!?」

「着いたでござるよ」

「そうか……」


 どうしてオレは、モンスター討伐なんか引き受けたんだろう。

 せっかく闇森の迷宮から抜け出せたって言うのに……。


「また、死ぬのか……」

「はいっ。何か言ったでござるか?」

「ゴザルは気にするな。益体(やくたい)もない独り言だ」


 あーっ。身分証明書が欲しかったんだ。

 ラクロットを追跡するために。


 なんだ。結局あいつのせいじゃないか!

 これは(ゆる)せんな。

 (ゆる)せんよ。


 オレはジラルドの剣を両手で抱え、カンダモ平原に降り立った。


 地平線まで続く平原に、村落の屋根が小さく見える。

 耕作地に点在する農村は、どこもモンスターに怯えているそうだ。


 さもありなん。

 害獣がサボイア家のエントランスに飾られた剥製のサイズなら、それはもう怪物だ。

 呑気(のんき)に野良仕事なんてしている場合ではなかった。

 命が危ないのだ。


「今日で終わらせる」


 かつては片手で扱えた馬上剣(ロングソード)が、ズシリと重い。

 だがここは、意地でも恰好をつける場面だ。

 しっかりと自信ありげに振舞わねば。


 ガヤガヤと賑やかな方に視線を向けると、何台もの馬車が停まっていた。

 モンスターを立体計測する技師に、大型獣の解体技術者、豚肉を加工する職人たちなどが、自分たちの仕事道具を馬車から降ろして作業小屋へと向かう。


 その集団の中には、冒険者ギルドで馴染みの顔もあった。

 数日前に渡されたリストからオレが抜き出した、有能な魔法使いである。

『狩った獲物が痛まないように、氷冷魔法を使いたい』と、カルロスに頼まれたのだ。


 第三騎士隊もラトゥール副隊長の指示に従い、仮設された馬房へ愛馬を引いていく。


「おや!?」


 ラトゥール副隊長が背負っている大剣に見覚えがあった。


「あれは、オレが鍛冶屋に払い下げたバスタードソードじゃないか!?」


 一仕事終えたら、ラトゥール副隊長に訊ねてみよう。

 幾らで買ったのか。


「ノエル。何か手伝うことはあるか?」

「あっ、ペルティエ隊長……。お願いしてもよろしいでしょうか」

「勿論だよ」

「馬車に()せてきた荷を運んで欲しいのです」

「屋根に積載されている金物(かなもの)か?」

「座席にも置いてあります」


 オレは馬車の扉を開けて、ペルティエ隊長に積み荷を見せた。


「何だこりゃ!?」


 それはサヴォイア家の若頭ロレンツォに頼んで集めてもらった、ジャンク品である。

 壊れた鎧兜(よろいかぶと)に、ひしゃげてしまった金属盾、どれもこれも磨けば光る屑鉄だ。

 実際、これでもかと磨き上げ、ピカピカに光らせてあった。


「こんな使えない装具を丁寧に磨いたのか?」

「鉄の臭いと音、金属のきらめきが、モンスターを激昂させるらしいです。わたしのもとへおびき寄せるため、エサに使います」

「森から追い出し、キミが望む位置に誘導するんだな」

「はい。川風は微弱なので、キラキラと金属音は必須です」


 日中、この地帯に吹く風は、ボルチン川の支流からウィルムの森へ向かう。

 そうは言っても風量が弱いので、鉄の臭いをモンスターに届けてくれるか疑問である。

 だから、カンカン鳴らす。


「豚は嗅覚が優れているけれど、耳も良いですから」

「何で鉄なんだ?」

「えっ?それを騎士の貴方が言う」

「どこかおかしいか?」

「モンスターは第三騎士隊に襲われて、鉄の臭いが危険だと記憶したんです。憎むべき敵だと」


 これはトロッタ族のパウルから得た情報だ。

『豚の記憶力を舐めるな!』と……。


 同様の情報は闇烏(ヤミガラス)からも入っているので、ほぼ確定だろう。


「…………なるほど。私の気に入っていた剣だが、ヤツの前足に突き立てたとき、あっさりと持って行かれた。全くダメージを与えていないように見えたが、無駄ではなかったんだな」

「ジラルドさんが撃ち込んだ矢も、忘れないでください」

「ヤツから右目を奪った、渾身の一発だな。あれは見事だった」

「恐怖と苦痛に依って、鉄器の特徴が脳に焼き付けられたのでしょう。モンスターが憎んでいるのは、騎士さまの磨かれたプレートアーマーや剣です」

「分かった。騎士隊からも不要の装備を出させる」

「ありがとうございます」


 オレはペルティエ隊長から借りた、戦乙女のヘルメットを頭に載せた。

 ズリ落ちないように、(あご)の下で革ベルトを締める。


 フェイスガードが無く、側頭部から金の翼が生えた旧式の鉄兜(ヘルメット)は、残念ながら防御力に欠ける。

 これは騎士たちが隊のマスコットに被せる、玩具のようなものだろう。

 だがオレは、鉄兜でキラキラしているなら不満などない。

 小さめなサイズも、今のオレにはぴったりだ。


「不思議だな」

「どうかしましたか?」

「宮廷魔導師の装束より、そのボロ着の方が美しく思える」

「はぁ?」

「ジラルドの剣を手にし、戦乙女の兜を装備したら、神話の世界から降臨した女神のようだ」

「わたしは男ですよ」

「復讐の女神に見える(・・・)と言ったのだ。心配するな。男を口説く気はない」


 ペルティエ隊長は笑いながら、部下を呼びに行った。


「さてと……。時間が許すなら、済ませておくべきことがある」


 オレは用を足すために、人気のない草むらへ分け入った。

 出すものさえ出しておけば、死んでも排泄物でズボンを汚す心配はない。

 これまでは待ち構えられる側で、死ぬための用意をする余裕などなかったのだ。


 心に憂いが無いのは、良いことである。



 モンスターの討伐予定地点に、十字架が立てられた。

 大きな十字架には、馬車で運んできた金属製の装具が鎖で吊るされた。

 垂れ下がったロープを引くと、装具同士がぶつかり合い、ガランガランと騒々しい音を立てる。

 充分な高さがあるので、金属の輝きが草に遮られる(おそれ)もない。


「ふむ。上出来だ」


 騎士と大工は、よい仕事をしてくれた。

 これならモンスターにも、気に入ってもらえるはずだ。


「スミマセン、ノエルさま。写真を一枚……」

「またアンタか」


 十字架の周囲は草を刈り取ってあるので、写真を撮ろうと思いついたのだろう。


「ほんの少しだけ、(よろ)しいでしょうか?」

「構わんけど、音が近づいているぞ」

「はい。それでは失礼いたします」


 この写像技師は、どれだけモンスター討伐を記録したいのだ。


「モンスターを追い立てる火薬玉の炸裂音が聞こえると言うのに、アナタは命知らずなことだ」

「その凛々しいお姿を記録できないなら、わたしに生きている価値などございません」

「はっ……!?町の浮浪児と間違われるようなボロ着が、凛々しいか?」

「ノエルさまは、ご自身の魅力を理解されておられない」


 写像技師は三脚を組み立て、重そうな光魔像機をセットすると、オレの姿を何枚か記録した。

 付き合わされる助手たちの顔は、恐怖で引き攣っていた。

 如何なる信念に憑りつかれているのか知らんが、難儀なことである。


「モンスターは平原の手前だ。森を出るぞ。もう行け!」

「はいー!!」


 写像技師と二人の助手は、高価な光魔像機を抱えて走り去った。


「ゴザル。手出しは無用。颯香(ふうか)もだ」

「はっ」

「……承知」


 死を意識して研ぎ澄まされたオレの五感は、草むらに隠密で潜む虎落笛もがりぶえ颯香(ふうか)の存在を把握していた。

 カルロスの傍に残れと命じたのだが、隠れて付いてきたのだ。


 森から抜け出したモンスターは、陽光に煌めく装具と金属音に気づき、こちらに向きを変えた。


 その突進速度は、すさまじいの一言に尽きる。

 騎馬では追えないと言う騎士たちの証言に、嘘偽りはなかった。


「いいぞ。グレートウルフが遅れた。モンスターの足に負けている」


 オレを悩ませていた不安材料が、一つ消えた。


「討伐後に近づいてくるグレートウルフを任せたい。やれるか?」

「お任せあれ」

御意(ぎょい)


 虎落笛もがりぶえ颯香(ふうか)が、落ち着いた口調で答えた。

 その声には、一片の力みも感じられない。

 二人に任せよう。


 実のところ、モンスターを倒した後の展開にも不安があった。

 復活を遂げた後、オレは一目散で第三騎士隊のもとへ転がり込むつもりでいた。

 グレートウルフが怖いからだ。


 まあ、逃げ切れるかどうかは、運任せだ。

 だから少しでも可能性を高めようと、保険を掛けた。

 クレアの治癒魔法だ。


 オレとクレアはパーティーを組み、霊的なパスで互いの命を繋いだ。

 それはクレアが祀る神の力だった。

 遠く離れていても、クレアはヒールを飛ばすことができた。

 ヒールは霊的なパスを通じて、オレのダメージを回復してくれる。

 オレがダメージを負わされたことも、リアルタイムで察知できるらしい。


 だけど闇烏(ヤミガラス)の兄妹が、グレートウルフを撃退してくれるなら、それに越したことはない。

 オレとモンスターの戦いに、割って入りさえしなければ。


「では、参る!」


 オレは迫りくるモンスターと対峙した。

 その速度からして、彼我の距離は二十を数えるほどか。


 馬車に負けぬ巨体が、草原を猛スピードで突進してくる。

 距離が充分に離れていても、すさまじい迫力だ。

 その体重は、軍馬などと比較になるまい。

 追突の衝撃は如何(いか)ほどか?


「……っ」


 作戦は成功だ。

 モンスターはキラキラと輝く十字架目指して、一直線だ。


「あと十五……」


 怖いと口にしてはならない。

 退けば心が折れる。


「残すところ八!」


 それだけは、駄目だ。

 心で負けては、男が立たぬ。


「オォォォォォォォオーッ!この、ブター!!」


 オレは大声で吼えた。


 前に一歩。

 そして、もう一歩。

 ジラルドの剣を両手で頭上に構え、走る。


死返し(ペイバック)』の精霊が、死の気配に興奮していた。

 オレの闘争心を限界まで煽り、手足に活力を注ぎ込む。


 モンスターは、もう目と鼻の先だ。

 モンスターの潰れた右目が、視認できる距離にあった。


「月の女神イーリアよ。この(にえ)をアナタの祭壇に捧げましょう!」


 オレは驚くほど大きなモンスターの顔面に、渾身の突きをぶちかました。

 何なら、それは無謀な体当たりだった。


「ウリャーッ!!」


 硬い。

 硬いモンスターの頭骨が、オレを猛烈なパワーで(つぶ)す。


「…………!!?」


 痛いもクソもなかった。

 ドスンと当たって意識が飛んだ。

 胸骨が潰れて吐血し、手足はあらぬ角度で捻じ曲がった。


 全身を強く打ち、即死だ。



 又、死んだ。

 虚無の穴に落ちていく。

 耐えようのない悪寒に(さいな)まれ、自我がばらけそうになる。


 消えてしまう。

 怖い。


 そして反転。

 死の淵から弾かれ、ゆっくりと浮上する。

 オレの存在は再構成されて、完全復活を遂げるのだ。

 生死の境を突き抜け、蘇生に……。


 〈あっ!?〉


 何かが、これまでと違った。

 十二回だ。

 十二と言う数字が、オレの意識に突き刺さった。


 死んで、蘇った回数。

 記憶にあった九回は間違いで、十回だった。

 闇森の迷宮で、生きた魔核を拾い損ねたのだろう。


 〈おあっ……〉


 オレの存在を構成する要素が、一気に置き換えられていく。

 欠けては満ちる月の光が、生死の境界面に映る。

 月は変転か……。


 水面に映る月。

 滾々(こんこん)と湧き出づる泉に降臨した、美しき女神。

 キャーキャーと歓声を上げる、イーリアの巫女たち。


 ギャウン、キャイーン!!


 いや違う。

 あれは犬コロの悲鳴だ。


 〈現世(うつしよ)に……。帰還しなければ!〉


 オレは泉の水面に映る月の輝きへと、近づいて行った。

 一糸纏わぬオレの霊体は、均整の取れた女性的な形状(フォルム)をしていた。

 おそらくは、月の女神イーリアによる干渉だろう。

 光の真円に触れた覚醒の瞬間、背中に焼けるような痛みが走る。


「ヴォッ!」


 オレはモンスターの顔に張り付いたまま、息を吹き返した。

 モンスターは十字架をへし折り、一町(凡そ百メートル)ほど進んで(くずお)れたようだ。


 周囲ではグレートウルフと騎士たちが入り乱れ、偉い騒ぎになっていた。

 ギャンギャン!と悲鳴を上げ、馬上からロングソードで突かれたグレートウルフが、次々と討ち取られていく。


 オレの身体は血塗れだった。

 モンスターの血ではなく、衝突したときに吐血した血だ。

 古着屋で揃えた探索者の衣装は、所どころ裂けてズタボロである。

 それなのに戦乙女の兜は、頭の上に載っていた。


「くっ……。手足に力が入らない」


 体調は最悪だが、勝鬨(かちどき)を上げねばなるまい。

 オレは何とか立ち上がり、勝利と生存を示すために、両のこぶしを突き上げた。


()ったぞぉーっ!!!」


 まるで敗残兵のような姿だけれど、モンスターは倒れ、オレが立っている。

 たとえ、どれほど(みじ)めな恰好であろうと、最後に立っていたものが勝者なのだ。


「ノエル……。生きていたのか!?」


 それは、アルベール殿下の声だった。

 王子と側近たちまで、グレートウルフの処理に駆けつけていた。


「神よ。感謝する!」


 ペルティエ隊長が大声で叫んだ。


 モンスター討伐の大役は果たした。

 もう限界だった。

 膝が震える。


「ノエル殿。如何なされた。大丈夫でござるか?」

「ダメだ。足に力が入らない」

「それは大変でござる。安全な場所まで、抱えて走っても宜しいか?」

「もう、何も考えたくない。任せた」

「承知いたした」


 オレは虎落笛もがりぶえに抱えられ、陣幕へと運ばれた。



 ズタボロになった装備は、颯香(ふうか)の手で剥ぎ取られた。

 生乾きの血が、ポタポタと衣類から滴る。

 言うまでもなく身体も血塗れだ。


「これはもう、捨てましょう。よろしいですね?」

「…………」


 オレは颯香(ふうか)が用意した湯船につかり、無言で頷いた。


 透明だった湯が、あっと言う間に血で濁る。

 朱に染まった湯は不愉快だけれど、その温もりが我慢ならない悪寒を緩和してくれた。


「猪の血ですか?」

「オレの血だ」

「どのようなスキルか知りませんが、失血し過ぎです。今後は使用を避けてください」

「…………無理だな。オレには、余りにも選択肢が少ない」


 颯香(ふうか)は腕まくりをすると、オレの身体にスポンジを滑らせ、ダメージの有無を探った。


「ノエルさま、痛むところは……」

「ない……」

「本当ですか?」

「いや……。敢えて答えるなら、心か?」


 スポンジを持つ颯香(ふうか)の手が、下腹部から股間を撫で下ろす。


「やっぱり、無くなっています」

「そんな気はしていた」

「お胸が膨らみましたものね」

「ああ」

「無礼は承知でお訊ねしますが、どうしてこうなっ……」

「うぉーっ。そんなこと知らんわ!?」


 オレは颯香(ふうか)の質問を遮り、バシャバシャと湯を叩きながら怒鳴ってしまった。


「はぁー。血の汚れが酷いので、お湯を交換しましょう」

「頼む」


 こうした場面で颯香(ふうか)は有能だ。

 一瞬で赤錆色に濁った湯は消え失せ、新しい湯が満たされた。


「ノエルさま……」

「なんだ?」

「背中に大きく、神聖文字の刻印が……」

「刻印……?ああっ、イーリアさまの加護かぁー」


 何となく腑に落ちた。


死返し(ペイバック)』の精霊と月の女神イーリアは、どちらも憑代(よりしろ)として清らかな乙女を好むようだ。

 だけど最初から少女を器に選ぶのではなく、選んだ相手を霊的な力によって好みの姿につくり変える。

 それこそが、古文書にも記載されていなかった事実らしい。


死返し(ペイバック)』の精霊は、自力だとオレを完全変異させられなかったので、歴代神名辞典から月の女神イーリアを選んだのだろう。


 神と精霊の相性とは……。


 〈詰まるところ、そのようなものであったか……?〉


 オレは鼻先まで湯船に沈み、(まぶた)を閉じた。

 どう足掻いてみても、神さまの意向には逆らえませんって……。


「ふっ……」


 人の身は矮小ゆえに、上位存在の都合で諦めざるを得ない事柄の、何と多いことであろうか。

 ここは『性別など些事である!』と(うそぶ)いておきたい。


「失ったものに囚われていたら、前に進めない。大切なのは、今と明日だ」


 腹が減った。

 そして、滅茶クチャ眠い。

 難しいことは、何も考えたくなかった。




 ◇◇




 取り敢えずモンスターの討伐が終わったので、討伐班は引き上げることになった。

 オレが帰りたいと、駄々をこねたせいもあるだろう。


 蘇生したら男ではなくなっていたことが、想像以上に気まずく、気恥ずかしかった。


 今まで、男だ男だと主張していたのは、何だったのか……?

 アルベール殿下や騎士たちから、そう問い(ただ)されたくなかったのだ。


 オレは一刻も早く、他人の目がない場所に引き籠りたかった。


「申し訳ないが、先に帰らせてもらう」

「構わんよ。ノエルは立派に務めを果たした。屋敷に戻って、ゆっくりと静養してくれ」


 カルロスは笑顔で、オレの離脱を承諾してくれた。


「オロフ村に討伐成功を伝えたい。我々も同行しよう」


 ペルティエ隊長が、第三騎士隊に返却した戦乙女のヘルメットをオレの頭に載せた。

 あの衝撃に耐え、どこも壊れていないのだから、最初に考えていたより高価な品なのかも知れない。

 少なくとも、玩具ではなさそうだ。


「宮廷魔導師の装束では、似合わないな」

「これは魔法使いが、無知な盗賊を(おび)えさせる目的で使う衣装です。もともと宮廷魔導師の装束は、文官や神官が着るものに近いのです。武張った兜では、似合わないでしょうね」

「なるほどなぁー。隊商の護衛任務に就く魔法使いが胡散臭く見えるには、そのせいか。コケ脅しの装束なのか……」


 コケ脅しも生き残る手段だ。

 (さげす)むには当たらないと思うのだが、ペルティエ隊長の評価は厳しい。

 それも騎士隊の隊長と言う立場によるものだろう。

 戦力を測るには、欠かせない習慣だ。


「このピカピカ兜は、ラトゥール副隊長殿に返却したのですが……。どうして……?」

「キミは栄誉も褒章(ほうしょう)も、カルロスに求めなかったそうだな。それは第三騎士隊に伝わる、大切な宝だ。ノエルにやる。モンスター討伐の戦利品(トロフィー)だと思ってくれ」


 戦乙女のヘルメットは、第三騎士隊の旗印だ。

 騎士たちの徽章(きしょう)にも使用されていた。

 こうして戦場にまで持ち込むのだから、縁起を担ぐ意味があるのだろう。


「よろしいのでしょうか?」

「戦乙女の(ヘルム)だ。キミが所持すべきだろう」

「はぁ……。ありがとうございます」


『乙女』と言う点に引っ掛かりを覚えたが、ここで逆らえば色々とボロを出しそうなのはオレの方だった。


「これからは、その兜が置いてあった執務室の棚に、亡きジラルドの剣とモンスターの右目から穿(ほじ)りだした矢じりを飾るつもりだ」


 オレが握っていたジラルドの剣は、何とモンスターの眉間に突き立っていた。

 第三騎士隊の面々にすれば、(さぞ)かし留飲の下がる光景であったはず。

 騎士ジラルドの復讐、ここに為せりだ。


「そうですか……。それは良いアイデアですね」


 オレは真摯(しんし)な態度で頷いた。


 カルロスの屋敷まで、第三騎士隊が同行することになった。

 ペルティエ隊長は笑顔で護衛だと言い切ったが、おそらく監視だ。

 怪しいワザでモンスターを倒した冒険者は、放置できないと言ったところか。

 確信はないけれど、アルベール殿下の関与が疑われた。


 アルベール殿下は部下と共に残り、モンスターの死因を調査をするらしい。

 食用肉にされてしまったら、詳細を調べられないからな。


 オレも攻撃手段を(たず)ねられたけれど、答えられるはずがなかった。

『死を跳ね返すだけ』と正直に話したら、アルベール殿下の首が大きく(かし)いだ。

 嘘つきを見る目つきになっていた。


 そりゃそうだ……。

 オレが知る限り、そんな魔法はない。

 そして『死返し(ペイバック)』の精霊はノバック伯爵家の図書室に、その異能力について数ページの記録を残すのみ。

 月の女神イーリアに至っては、クレアが所持する分解寸前の古文書に記載された、ポポリツィオ王朝の神である。

 ポポリツィオ王朝と言えば、今はゴッティ砂漠に消えた幻の魔法国家だ。

 その知名度は低い。


 それだけでなく、オレは生家について誰にも話したことがない。

 ノバック伯爵家とノエルの繋がりは、二十年以上前の貴族名鑑でも調べなければ見つかるまい。


 精霊を身に宿す精霊使いの情報は、リネール王国で(ほとん)ど語られていなかった。

 王都の守護を任されたロワイヤル騎士団に、長兄のフレデリックと次兄のレイモンが所属しているけれど、魔法に秀でた騎士としか噂されていない。

 パルマンティエ王家もノバック伯爵家に受け継がれる血の特質を知っているはずだから、それは敢えて隠されているのだろう。

 であるなら、オレも黙秘しておくのが吉だ。


 もっとも身分証明書を依頼した手前、ドラローシュ侯爵が気づく可能性はある。




「死にましたよね?」

「えっ?」


 クレアの質問が、物思いに(ふけ)っていたオレを現実に引き戻した。


 ここは高級馬車の室内。

 我々は馬に乗って帰るから不要と、アルベール殿下に(ゆず)られた快適な空間だ。

 そこに不機嫌そうな顔をした異物が、ちゃっかりと同乗していた。

 クレアだ。


「ごまかしても駄目です」

「いきなり、何を言い出すのやら?オレなら、こうして生きているじゃないか……」

「わたしとノエルさんは、パスで繋がっていることを忘れたのですか?」

「……あっ!?」

「あぁーっ?『あっ』ですか……。『あっ』じゃ、ありませんよ!!」


 失敗した。

 モンスター討伐のさいに死んだことが、クレアにバレていた。

 オレが掛けた命の保険に、本来の目的とは違ったリスクが潜んでいたわけだ。


「はぁー。しくじった」


 この点に気づかなかったのは、オレが相当に切羽詰まっていたからだろう。

 クレアを(ないがし)ろにしたと責められても、仕方がなかった。

 ざっくりと、精霊の話はしたんだがな……。


「精霊の力が起動する条件って、ノエルさんが死ぬことですね?」

「うん。まあ、そうなるか……」


 オレは気まずくなって、クレアから視線を逸らした。


「そう言う大事なことは、最初に教えて下さい。わたし、突然パスが消えて……。回復魔法(ヒール)を飛ばせないし……。わたしがタイミングを見誤って、ノエルさんを助けられなかった。ノエルさんが死んじゃったって、泣き叫んでしまったんですよ!!」

「スマナイ」


 案の定、クレアは激しく動揺したようだ。


 アルベール殿下と側近たちが討伐現場に居たのは、それが原因か……。

 チャラチャラした人かと思えば、随分と直情的な行動にでる。

 側近たちも、気の休まる暇がないだろう。


「それなのに生きてるし……。生きていたのは、すごく嬉しいけど……。わたしの立場は……?」

「ごめんなさい」

「ごめんで済むかぁー!このばかぁー!!」


 クレアは泣きながら、ゲンコツでオレの頭を殴った。


「痛いな。本気で殴るなよ」

「こんなの愛の鞭です。それより、また変わりましたよね」

「えっ?」

「以前より、顔の輪郭が丸みをおびました。全体の雰囲気も女性らしくなっています」

「そうかぁー?気のせいだよ」


 なんて鋭い娘だ。

 宮廷魔導師の装束は、ほぼ完全にボディーラインを隠すのに……。


「わたしたちは、二人きりのパーティーです。隠し事は止めましょう。相談に乗りますから、正直に打ち明けてください」

「イヤだ……」

「モンスター討伐で、何が起きたんですか?さあ、パートナーのわたしが、ノエルさんの悩みを全て受けとめましょう。話してください」

「絶対にイヤだ!!」


 オレは膝に載せてあった戦乙女のヘルメットを被り、クレアのゲンコツから頭を守った。


「もう、駄々っ子ですか!?」

「…………」


 自業自得とは言え、移動中くらい静かに休息させて欲しい。

 オレは死んだばかりだぞ。


 男として……。






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