神への祈り:ノエル視点
ガーデンパーティーに招かれた日から、オレとクレアはサヴォイア家の食客となった。
これでモンスター討伐が実施されるまでの、宿と食事が約束されたわけだ。
「ところでノエル。保管所の符牒を持っているんだろ。俺に寄こせ。お宝を回収して来てやる」
「保管……?魔核なら装備と一緒に、木賃宿のチェストだ。アンタが持って来てくれるなら、ありがたい」
「何だとぉー。木賃宿に置きっぱなしか……?商業ギルドの保管サービスも、使っていないのか!?」
カルロスは目を見開き、ポマードでかっちりと固めた髪に両手を突っ込んだ。
絵に描いたような驚きのポーズである。
「おい、指がベトベトになるぞ」
「オマエのせいだ!」
オレはハンカチで手を拭くカルロスから、視線を逸らした。
あーっ、怒らせてしまったか。
だけどカルロスとオレでは、立場も考え方も違うからな。
そうなれば、お宝に対する姿勢も変わってくる。
「行商人が集まる宿泊施設ならまだしも、盗人は『すきま風』みたいな安宿を狙わない。それに商業ギルドの貴重品保管サービスは、洒落にならんほど金をぼったくる。オレが浮浪者並みに貧乏なのは、アンタも知ってるだろ」
「うるさい。喧しい……!今すぐ取りに行かせるが……。良いな!?」
「カルロスに任せるわ」
オレは死んだ。
マナドゥ支部冒険者ギルドは、ノエルを会員リストから削除したはず。
よって、ギルドカードは使えず、魔獣の素材を売りたくても冒険者ギルドに持ち込めない。
お宝の換金手段がないと気づいた時から、キメラの魔核は厄介な荷物でしかなかった。
貴重品だと分かっていても、扱いがぞんざいになるのは仕方なかろう。
ここは取引相手に預けてしまうのが、一番だった。
「ほほぅ。俺を信用してくれるのか……?」
「………………」
オレは肩を竦め、ガラス容器に盛られた色とりどりの砂糖菓子に手を伸ばした。
どうせいつかは手放すのだ。
カルロスを疑ってみても、オレには打つ手がない。
と言うか、自分の置かれた環境がすっかり変わってしまったので、身の振り方に頭を悩ませている最中だ。
「値のつけようもないお宝が、オマエに掛かると道端の石ころだな。フンッ、欲のないことで……。オマエは徳を積んだ大僧侶かよ!?」
「なあ、カルロス。最初に話したと思うが、オレは迷宮探索人のノエルだ。裏切者のノエル。坊主ではない」
「オマエのような姿の冒険者が、居て堪るか」
「これは颯香に着せられたんだ」
「俺は衣装の話などしていない。オマエの浮世離れした雰囲気について、語っているのだ」
「いいから、オレの話を聞けよ!」
フリル付きのブラウスを着せられ、金色のキュロットを穿かされたオレは、お貴族さまのようである。
確かに、現状のオレが貧乏人だと主張しても、信じる者は居ないだろう。
「ああっ、何度も聞かされたさ。姿が変わっちまったから冒険者ギルドに預けた貯金も引き下ろせない、身元不明の無宿人だと……。だがなぁー。そんな話、誰が信じる?」
「クレアは信じてくれたぞ」
「俺の貴賓室で寛ぐオマエは、どう見ても怠惰な王子さまだ」
「このオレが……!?」
オレの愁いは、長年連れ添った筋肉を失ってしまったことだけど。
他人は、そう見ないようだ。
「そこに鏡があるぞ」
「知っている」
「見ろ!」
鏡に映るオレの姿は、なよっとしていて覇気がなかった。
豪華な革張りの長椅子に凭れるアンニュイな様子は、退廃的な美少年のようだ。
「うえぇーっ」
驚くほど整った中性的な顔つきに、すらりとして形のよい手足。
これが自分だと思うと、非常に気持ち悪い。
「はぁー。自分の身体なのに、いつまで経っても見慣れない」
ごついオッサンから華奢な美少年への変身は、ギャップがでかすぎた。
何より、オレの心が受け付けない。
「ノエル。三文芝居は大概にしておけ。人間ってのはだなぁー。イモムシと違うんだ。サナギを経て蝶々に変わるなんてことはない。三十路のむさくるしい男は、逆立ちしたってむさくるしいままだ。どうやっても、美少年にはならないんだよ!」
「カルロス、魔法を信じなさい」
「無理だ」
「呪いは……?」
「もう黙れ」
オレは脱力して、天井から下がるシャンデリアを眺めた。
この無力感が、オレを憂鬱な気分にさせる。
ある種の断絶だ。
人が全知の存在でない以上、ある事象に対して各人が異なる見解を持つのは当然だ。
オレの存在を含めて……。
だが他人に自己認識を受け入れて貰えないのは、結構きつい。
こうなった経緯を説明したくても、信じて貰えない。
まあ、隠し事があるオレも悪いのだが。
「これは自我の疎外なのか?」
精神と肉体の不一致。
「お人好しのクレアが、これほど大切に思えるとは」
オレ側の人間が、極端に少なすぎる。
そんな状況に於いて、クレアは希少な理解者だった。
◇◇
朝食後に、トロッタ族との会議があった。
と言っても、パウルとイゴールから説明を聞くだけだ。
カルロスは忙しいので参加しない。
さっさと身支度を済ませ、馬車に乗って出かけた。
「ワシらの役目は、牙鬼王を所定の場所へ移動さすこと」
ジロジロとオレを見ながら、イゴールが言った。
物静かで表情が乏しく、心の内を覗かせない男だった。
「牙鬼王は火が嫌いなんだ。火薬玉の臭いと音で追い立てる。平原に……」
パウルがテーブルに広げた地図を指でなぞった。
森から平原へと。
「もう四回目なんで、牙鬼王の誘導には自信がある。今も部族の若い連中が、やっこさんに張り付いてるぜ」
次が四回目なら、第三騎士隊の連中は三回もしくじった計算になる。
モンスター討伐の勢子は賦役のようなものだから、トロッタ族としても頭の痛いことだろう。
「所定の場所って……?」
オレは質問した。
「カルロスが決めた」
「イゴール。それじゃ説明になってねぇ」
「自分の役目以外には興味がない」
「けっ……。だからオマエには、リーダーを任せられないんだよ」
「構わん。やりたいとも思わない」
イゴールは腕を組み、どっかりと椅子に座っていた。
どうやら会話に参加する意思は、なさそうだ。
「いつもは、もう少し如才ないんだが……。美人を前にすると、これだ」
「ビジン……?」
「オマエのことだよ。ノエル」
「おい、イゴール。オレは男だぞ」
「フッ!」
オレに凄まれて、イゴールが軽く鼻を鳴らした。
「イゴールは、性別を気にしない。好みの幅が、グンと広いんだ」
「感心しないね」
「まったくだ……。それで所定の場所だったな……。ここにボルチン川の支流がある。水量が多く、冷たい水が使い放題だ」
「あーっ。現地で解体するのか」
「どうすると思ってたんだよ。あんな怪物を……。ばらさなきゃ、荷馬車で運べねぇ」
「確かに……。倒すことしか考えていなかった」
オレは自分の至らなさに気づき、イゴールを見た。
自分の役目しか考えていなかったのは、オレもイゴールと一緒だ。
「それが役割分担だ。ワシらは、自分の務めを果たせばよい」
イゴールが厳つい顔で頷いた。
「要するに、ここは解体作業場だ。討伐まで間が開いたのは、現地で肉の加工をやるからだ。今ごろ大工が、作業小屋の破損個所を補修しているはず」
「モンスターから肉を取るのか?食えるのかよ」
「カルロスは肉屋だからな。食えるようにするんだろ」
モンスターを剥製にしたければ、全身の皮を綺麗に剥がす必要がある。
更に肉を取るなら、平原での討伐が必須となるだろう。
扱う獲物が大きいほど、苦労も増える。
「どうして新しい作業場を建てる?以前のものを使えよ」
「こちらサイド……。つまりカルロス主導で計画を進めるのは、今回が初めてなのさ」
「これまでは、騎士隊が主導していた」
「騎士隊は牙鬼王を討伐すればお終い。欲しいのは栄誉であって、猪の肉や剥製じゃねぇ!」
「なるほどね」
これまでカルロスは、牙鬼王の討伐計画に参加させてもらえず、ただ指を咥えて見ていたわけだ。
最近、やけに張り切っているのは、そのせいだろう。
「血抜きして、内臓を取り出し、丁寧に皮を剥がす。その後は、肉屋の解体作業になる」
「何だか、とんでもなく時間が掛かりそうだな」
「剥製工房の連中も、気合が入っている」
「そっちは、工房へお持ち帰りだろ」
「ところがどっこい。そうは簡単に行かない」
「剥皮した素材は、町に戻ってから加工すればよかろ?」
剥製に詳しくないオレの発言をパウルが『チチチッ!』と舌を鳴らし、否定した。
「カルロスの旦那は、猪のサイズに拘りがあるからな。適当な真似はできん。錬金術師と魔法使いで、牙鬼王の正確な形状を記録しなきゃならん。剥製の中身を用意するために……」
「あーっ、立体計測か。それは解体する前でないとできない」
「剥製工房では現地から持ち帰ったデーターを基にして、立体像を作成する」
「ありがとう。意味が分かった。それで、ここからはオレの注文だ」
オレは姿勢を正し、パウルと向き合った。
「モンスターからグレートウルフを剥がして欲しい」
「難しい注文だな。ほぼ不可能と言える」
「討伐の瞬間だけで良い。グレートウルフを散らして欲しい」
「平原に飛び出したタイミングだな」
「ああ。モンスターとオレの間にグレートウルフが挟まるのは、非常に都合が悪い」
「魔法の条件か?」
「まあ、そんなところだ」
「うーん」
パウルが考え込んだ。
「おい、ノエル。魔法を使う場合は、牙鬼王の走行速度を落とさないで良いのか?」
イゴールが口を開いた。
「はぁ。なんで速度を落とす?」
「そいつは、騎士さんたちの注文だ。牙鬼王が全速力で平原を駆け抜けると、攻撃の機会がないんだとさ」
「走行速度を落とさなければ、ほっておいてもグレートウルフは牙鬼王に取り残される」
イゴールは単なる事実であるかのように、付け加えた。
「モンスターの方が、走る速度は早いのか……」
「森では樹々に邪魔されて、グレートウルフより遅いけどな」
「ふーん。予定より、少し離れた位置で待機だな」
「あの巨体で、騎乗した俺っちより早く走る。狙われたら逃げられん。オマエが失敗すれば、大勢の死傷者が出るぞ。本番になって、怖気づいたりしないだろうな?」
「大丈夫だ」
モンスターは数回の戦闘から、敵を記憶した。
あの磨き上げられた鉄臭い甲冑が、モンスターの的だ。
オレは当日、ペルティエ隊長から借りたピカピカのヘルメットをつけて、巨大猪に挑む。
案山子の騎士だ。
何があろうと持ち場は離れん。
「本当の騎士は、敵と対峙したら一歩も下がらない」
「それなら、ワシらが見ていたのは偽者だな」
「だはははっ……。そんなことを連中の前で口にしたら、高いところから吊るされるぞ」
「臆病者に用はない。そうだろ。トロッタ族の狩人よ」
騎士とは、民草を守る盾。
鎧武者とは、戦場を緋に染める彼岸花。
とうに家名を棄てた我が身なれど、怖気ることなく、見事に散って見せましょう。
◇◇
「ささ、ノエルさま。こちらへ」
高価な光魔像機を抱えた写像技師が、オレの背中を押す。
「なに?何なの……?」
「サヴォイア家では、数代前から勇者さまの記録を残すようになりました」
「ユウシャさま?」
「はい。あの恐ろしい巨大猪に挑む、勇気あるハンターを勇者さまとお呼びしております」
写像技師はオレを椅子に座らせて、黒いユリの花を持たせた。
「こんなもの、討伐が終わってから撮れば良いだろ?」
「それがですね。もし仮にですよ。もしも万が一、討伐に失敗なさった場合、そのご遺体は見るも無残なものとなりましょう。巨大猪に喰われてしまい、亡骸を回収できなかった悲惨なケースもございました。そのような辛い経験を幾度も重ね、わたくし共は学びました。写像は元気なうちに撮っておくべきだと。不遇の死を遂げられた方々だって、写像さえあれば今なお英雄として、サヴォイア家の壁に飾られていたのです」
「そうなんだぁー?」
なるほど。
そうやって廊下の壁は、巨大猪と狩人の写真で埋められて来たのか。
「討伐に成功なさった場合でも、五体満足とは限りません。不幸なことに、ノエルさまのお美しい容姿が損なわれてしまったら……。そんなことを考えると、わたくしは不安でなりません」
「不安ねぇ……」
「そうです。夜も眠れないほどの不安に襲われるのです」
写像技師がオレの肩を抱くようにして、壁際の椅子に導いた。
「ですから、お手数ですが何枚か写像を残させてください。あっ、ユリの香りを嗅ぐようなポーズで、一枚。伏し目がちな表情で、お願いします。おーっ。想像を超える美しさだ」
「そう?」
写像技師に煽てられ、オレは言われるがまま、幾つものポーズを取った。
こうしてモデルを務めるのは、何やら悪戯をしているようで楽しい。
苛つくのは、肉体的なスペックダウンである。
ビンの蓋が開かない。
棚の上に手が届かない。
ちょっとした距離でも歩きたくない。
筋トレをすると寝込む。
走っただけで眩暈に襲われる。
鍛えたくても、鍛えようがなかった。
この身体は、とんでもないポンコツである。
まあ、『死返し』の精霊を封印から解き放ってしまったのだから、この不意打ちみたいな肉体の変化も粛々と受け入れるしかないのだろう。
それにしたって白皙の貴公子ってのは、ちと変わりすぎだぜ。
ドレスを着たら、そのまんま姫じゃないか。
「おおっ、その表情も素晴らしい。諦観に満ちた儚げな目つき。ゾッとします。この世のものとは思えません」
「そう?」
「あっ、花弁に口づけを」
「こう?」
ラクロットへの凍てついた憎悪が、薄い笑みとなってオレの口元に張り付いた。
黒百合の花言葉は、復讐だ。
これほど、オレと『死返し』の精霊に似合いの花はない。
◇◇
モンスター討伐に赴く前日のこと、王都ロワイヤルから旅芸人に身を窶した一団が到着した。
だが、よくよく観察してみたところ、どことなく剣呑な佇まいの男たちで、とても只者とは思えなかった。
「ようこそ、おいで下さいました。アルベール殿下」
「よせ。身分を隠しての視察だ。モンスター討伐の成功を祝うために、サボイア家が雇った旅芸人一座。そのていで頼む」
アルベール・ド・パルマンティエ王子。
黒髪、黒瞳で、氷雪を想わせる冷淡な顔つきの美青年だ。
縁取りに金モールの刺繍が施された黒いマントの下は、これまた黒いシルクの衣装。
常に黒を身に纏うアルベール殿下は、黒衣の王子と呼ばれていた。
「それでしたら、どのようにお呼びすべきでしょうか?」
「アルだ」
「アルさま?」
年嵩で貫禄のあるカルロスが、若いアルベール殿下に気圧されて媚びへつらっている。
また、その仕草が不自然で、これっぱかしも様になっていないのだ。
他人として眺めている分には、なかなかに滑稽な姿だった。
カルロスは部下や召使たちを顎でこき使う伝法なオッサンなので、逆の立場に立つと卑屈さが際立つのだろう。
まあ暗黒街の顔役なら、行儀作法や口調に多少の問題があったとしても、仕方なしとすべきだろう。
でもなー。
日頃から偉ぶらず、ちゃんと丁寧な対応を心がけていれば、オレも笑ったりはしないのに……。
「はぁ。貴様は、旅芸人の若僧を敬称付きで呼ぶのか!?『さま』は不要だ」
「くっ……。アル」
「うむ不敬だな。気分が悪い。人目のないところでは、殿下と呼ぶように」
アルベール殿下は気安げにカルロスの肩を叩き、微かに口角を上げた。
「…………!!」
モノに動じないカルロスが、呆然として言葉を無くした。
なかなかの曲者である。
「冗談はさておき。リュシェール子爵の招きを断る口実に、『非公式の訪問である』と伝えた。屋敷の外に漏れなければ、それでよい」
「はっ。畏まりました」
「分かったら、エントランスホールから使用人たちを下がらせろ。ここには王子など居ない。出迎えは不要だ」
「ははっ。オマエたち、自分の仕事に戻りなさい」
オレはサヴォイア家の使用人たちと一緒に頭を下げ、自室に引き上げようとした。
「待て。ノエルと言うのは、どいつだ?」
「ノエル。こちらへ。アルベール殿下がお呼びだ」
クレアと並んで目立たぬように隠れていたのだが、名指しをされては仕方あるまい。
「はい、アルベール殿下。御拝謁の機会に浴し、恐悦至極にございます。わたくし、ノエルと申します」
オレは慣例として定められた距離を置き、アルベール殿下に膝を折った。
王族に対する正式な礼だ。
「お主、なかなかの美童だな。娘子かと思ったぞ」
そう口にした殿下は、御年二十二歳の眉目秀麗な王子さまだ。
未だ妃を迎えず、悠々自適な生活を楽しんでいるらしい。
魔法バカと言うのは、世間一般の心ない評価である。
この怜悧な目つきをした王子は、自分の置かれた状況を十全に理解している。
アルベール殿下に懸想する令嬢は数え切れぬほど居たが、浮いた話一つ聞こえてこない。
だからと言って、若衆道に走る様子もなかった。
周囲に性的不能を疑わせるようなアルベール殿下の潔癖さは、王位継承権争いを避けるための手段とも取れる。
無闇に貴族たちの対立を煽らぬよう、各派閥と適切な距離を保つのに苦慮しているのだろう。
おそらく第一王子フィリップが後継者を授かるまでは、徹底して趣味人を装うはずだ。
四年前の春、アニエス王子妃は初子を出産なされた。
産声を上げた赤ん坊は元気な女の子で、セリーヌと名付けられた。
現状パルマンティエ王家では、フィリップ殿下の嫡子となる男児の誕生が心待ちにされている。
世間が愛らしい姫の誕生に浮かれる陰で、ファビアン・ド・ヴァロワ公爵の良からぬ噂を聞くようになった。
何でもユストゥス教団と密約を交わし、コソコソ暗躍しているとか。
ユストゥス教団とは、悪竜の再生を願う邪教徒の集団だ。
精霊を隷属させ、末世を待ち望むような連中である。
どう考えても碌なものではない。
そんな中、ジェラール国王陛下が原因不明の病に倒れ、床に就かれてしまった。
魔法医師団の努力も虚しく、ジェラール国王陛下の病状は思わしくない。
つまりリネール王国の舞台裏は、キナ臭いのだ。
こうした情報はカルロスが詳しく、オレやクレアに語って聞かせる。
『国の情勢やら王族の事情など知ったことか!』と、煩わしく思っていた矢先に、アルベール殿下だ。
すまない、カルロス。
こんな展開は、オレも予想していなかった。
オレに基礎知識を仕込んでくれて、ありがとう。
アルベール殿下は、魔法バカ。
魔法だ。魔法。
「ドラローシュ侯爵から話は聞いた。ノエルはキメラの生きた魔核を所有しているらしいな。魔法研究者としては、非常に興味深い」
「キメラの魔核は、カルロスに託しました。わたくしに構わず、お調べください」
なるほど……。
カルロスの情報に間違いはない。
「ふむっ、そうか……。モンスターを倒す話も耳にしている」
「はい。そちらも、カルロスと契約を交わしております」
「どのような魔法を使うのか、期待している。だが、その華奢な身体だ。無理はするな」
「お心遣い、ありがたく存じます」
アルベール殿下がオレを魔法使いだと勘違いしているなら、訂正はすまい。
下手に精霊使いだとか打ち明けたら、説明が長くなる。
王族との会話なんて、短いに限る。
「よい。民のために身体を張る勇士は、須らく我がパルマンティエ王家からの称賛を受けるべきである。例外があってはならぬ。ノエルは自室に下がり、来たる明日に備えて英気を養え」
「ははぁー!御前を失礼いたします」
オレは一礼して、エントランスホールを後にした。
途中、物々しい一団から粘つくような視線を受けて、背筋が寒くなった。
アルベール殿下の側近たちは、侍従も含めて凄腕のようである。
値踏みされたオレの評価は、はてさてどの程度のものか。
「すごいね、ノエル。本物の王子さまだよ」
「王子さまね。カッコイイ」
クレアの横でエリカがはしゃいでいる。
クレア、いつの間に手懐けた。
「エリカちゃん。カルロスお爺さんの傍に居ないで良いのか?」
「あのねー。王子さまがお泊りするから、お爺さんは忙しいの……。エリカがそばにいたら、じゃまになるデショ?」
「お父さんと、お母さんは……」
「ヨウトン場で、ブタさんのお世話をしてる。あのねー。ヨウトン場は、町の外にあるんだよ。すっごく大きいの」
「養豚場……。そうなんだ」
「エリカは、ボッチじゃないよ。さみしくないモン」
オレを見上げる幼女の瞳がヤバイ。
寂しくないって言ったのに、潤んでいるじゃないか。
だがエリカは、ヨイ子でいようと頑張っているのだから、敢えて突っ込むまい。
それぞれの家庭には、それぞれの事情がある。
そこは聖域だから、部外者が余計な口を挟むべきではないのだ。
「ねえねえ、ノエルさん」
「…………」
クレアがオレの肩をつかみ、激しく揺さぶった。
やめろ。
オレを巻き込むんじゃない。
他所さまの子供は、そっとしておきなさい。
オレは目配せでクレアに、そう訴えた。
「エリカちゃん。今日はぁー。ノエルお兄さんも一緒だよ。お人形さんで仲良く遊ぼうね」
「やったー。うれしいな!」
「…………!?」
くっそー。
やりやがったな、クレア。
後で覚えておけよ。
◇◇
モンスター討伐の予定地へと向かう箱馬車に揺られながら、オレは昨日の人形遊びを反芻していた。
エリカにギュッと手を握られて、子供部屋に引きずり込まれた後の話だ。
正直に白状するなら、それなりに楽しめた。
と言っても、オレが子供になりきれる訳ではない。
大人の視点でエリカの玩具に触れ、良いものだと認め、自分でも欲しくなっただけである。
「ドールハウスと言ったか……。確か母上の離宮にも、ドーンと飾ってあったような……。あれがあると精霊人形の違和感も、幾分かは薄れるよな」
小動物の人形とドールハウスは精緻に造られていて、門外漢のオレでさえ充分に楽しむことができた。
またミニチュアの家具や調理器具まで揃っている点には、とても驚かされた。
「家族ごっこか……」
そこでエリカとクレアが、手にしたアニマル人形(?)を用い、即興のお芝居を演じる。
エリカが母親の役でクレアは娘だ。
オレはパパ。
パパはいつも仕事に出かけていて、出番が少ない。
だからオレは、エリカとクレアが遊んでいる様子をのんびりと観察できた。
暫く三人で床に寝そべり家族ゴッコをして、ホッコリした心地になった。
久しぶりに心が和んだ。
牙鬼王討伐の前夜なのに、ぐっすりと眠れたのは、人形遊びのせいかも知れない。
「人形と言えば風花のやつ、どこへ行った?」
あれから精霊人形が増えた。
四体になった。
そして分かったことがある。
精霊たちは、リネール王国で使われるバルラガン・ヤーヘル語族を理解しない。
何かを頼んでも何処かへ消えてしまうのは、言葉が通じていないからだと判明した。
「やはり手抜きをせず、一から言葉を教えなければダメかぁー」
オレは精霊たちの教育を考えて、憂鬱になった。
まるで子育てじゃないか……。
「卒爾ながらお訊ね申す。ノエル殿は、先ほどよりお悩みのご様子。こたびの討伐に関して、何かしらの懸念がござるか?」
「いや……」
「それでは、拙者がノエル殿に不快感をお与え申したか?」
「ぜんぜん……。強いて言えば、ケツが痛い」
オレは首を横に振った。
そして内省から現実へと意識を切り替えた。
サヴォイア家の高級馬車は、アルベール殿下たちが使用している。
この馬車も室内が広くて立派だけれど、サスペンション機能は格段に落ちる。
オレの同乗者はゴザルだけ。
空いた席は、装備品で埋まっている。
ゴザルは颯香の兄で、虎落笛と名乗った。
オレの護衛として、闇烏から派遣された武芸者だ。
「オマエ、臭いぞ」
オレは虎落笛の身体に顔を寄せ、フンフンと鼻を鳴らした。
「そんなに拙者が臭うでござるか?」
「下に着込んでいるだろ。それは脱いでおけ。モンスターを引き寄せる」
「………………」
虎落笛は上着の襟を寛げ、鎖帷子を確認した。
途中、オロフ村で休憩となった。
オロフ村はモンスター討伐の第一キャンプだ。
カルロスとアルベール殿下は、村長宅に向かった。
村の住民や農作物の被害を確認したいらしい。
「やんごとなき方々は、大変でござるよ」
「年貢を取り立てるんだ。身の安全くらいは、領民に保証してやらないとな」
「全くでござるなー」
討伐隊は、村人たちから大いに歓迎されていた。
モンスター討伐の失敗が続いたので、『ドラローシュ侯爵さまは、村を見捨てるつもりかも知れない?』と心配していたのだろう。
農民の立場からすれば、モンスターの存在は文字通りの死活問題だ。
村人たちが用意してくれた食事は、如何にも農村風な素朴さに満ちた料理だったけれど美味かった。
耕作地を荒らされて苦しいだろうに、心の籠ったもてなしをしてくれた。
この期待には、誠意を尽くして応じなければなるまい。
クレアが食べ過ぎて、村人を困らせやしないかと心配だ。
モンスターは排除して欲しいけれど、討伐隊に村の貯えを食い潰されてしまえば、この冬を越せない。
オロフ村としては、頭の痛いところだろう。
「おい、そこの魔法使い。オマエがノエルか?」
悪い意味で貴族っぽい男が、オレを呼びつけた。
頭から爪先まで時間を掛けて飾り立て、野外作業を手伝う気がないのは見ただけで分かる。
「はい……。わたしがノエルです」
こうした手合いは面倒臭い。
用もないのに身分をひけらかす輩は、オレの最も嫌う屑どもであるが、返事をしないと厄介なことになる。
こいつらは封建制度に生えた、忌々しいカビだ。
義務を果たさずに権利だけ主張する。
はき違えてはいけない。
己の優秀さを見せつけて民衆を納得させることが、高貴なる者に課せられた義務であろう。
高邁な理想を掲げ、自ら戦場に赴き、最初の犠牲者となっても、敗戦の将を褒め称える民衆はいない。
勝利と栄誉を祖国に齎してこそ、民衆は納得するのだ。
「吾輩はマナドゥの町を管理する代官、イブライムである。リュシェール子爵と申せば、冒険者のオマエにも分かるであろう!」
「あっ。リュシェール子爵さま、ですね。初めまして……」
オレは冒険者らしい素朴な挨拶で、リュシェール子爵に応じた。
「フンッ。礼儀も弁えぬゴロツキが……。生意気にも、モンスター討伐などに名乗りを上げおって。魔法だか何だか知らぬが、身の程を弁えるがよい」
「…………」
想像していた通り、リュシェール子爵はハズレだった。
カルロスに話を持って行って正解だ。
鼻持ちならない。
その、オレを見下す態度が、リュシェール子爵の人間性を現していた。
町の運営を預かる代官としては有能なのかも知れないが、典型的なクズ貴族さまだ。
「おい、顔を見せろ」
「はっ……」
「ほう。これは驚いた。美しい顔立ちではないか。冒険者をさせておくのは、もったいないな」
「おそれいります」
面倒くさいヤツに絡まれてしまった。
殴ることも、逃げることもできないので、どうしようもなかった。
相手が飽きるのを畏まって待つしかないのだ。
リュシェール子爵は、神経質そうな顔つきをした痩身の中年男だった。
贅沢な衣装を纏っているが、王都ロワイヤルへ出向けば鼻つまみ者にされそうな趣味の悪さだ。
たいして偉くもない権威主義者どもは、どうして弱い者いじめが好きなんだろう。
自分が軽く見られるだけだろうに、意味もなく威張り散らす。
「オマエはドラローシュ侯爵さまに、魔核とやらを献上したらしいな」
「……ッ」
どこから話が漏れたんだよ。
でも、魔核の件を知っているくらいだから、まるっきりの無能でもなかろう。
人間性が最悪なだけだ。
「それもカルロスなどに話を持ちこみよって、実に怪しからん!まず吾輩に意見を求めるのが、筋ではないか!?」
どこの代官も意地が悪そうに見えるのは、与えられた役職のせいであろうか?
それとも性格の拗けた貴族が、代官に選ばれるのだろうか?
どうも好きになれん。
「わたしはゴロツキ故……。子爵様のお屋敷は、些か敷居が高かったのでございます」
すべきではないと分かっているのに、つい揚げ足を取ってしまう。
人間ができていない証拠だな。
「くっ。後ほど改めて、挨拶に参るがよい。オマエの態度によっては、可愛がってやらんでもない。そうだな。手土産は、闇狼の魔核が良いか……」
最高にイヤだ。
絶対に行かないぞ。
「おおっ、ノエル殿。とうとう本番ですな」
「わははっ……。体調は、どうですかな。昨晩は緊張で眠れなかったとか……?」
リュシェール子爵のウザ絡みに辟易としていたら、第三騎士隊のペルティエ隊長とラトゥール副隊長が、話しかけてきた。
「いいえ。ふかふかのベッドで、ぐっすりですよ。それより、どうされたのですか?」
「何がでしょうか?」
「その言葉使いです。殿はないでしょ。呼び捨てで結構」
ペルティエ隊長がアイコンタクトを用い、オレの意識をリュシェール子爵に向けさせた。
「ああっ。なるほど(小声)」
第三騎士隊は、ドラローシュ侯爵家の所属である。
個人は兎も角として、騎士隊を名乗れば雇われ代官のリュシェール子爵より立場が上になる。
オレがリュシェール子爵に絡まれているのを見かねて、助けに入ってくれたのだろう。
同じ筋肉を信奉する同志として、心から感謝したい。
「ちっ……!」
詰まらなそうに舌打ちをして、リュシェール子爵は立ち去った。
「我々がノエルを持ち上げておけば、子爵も無体な真似はすまいと思ったのだが……。余計な真似だったか?」
「いいえ、とんでもない。正直、助かりました。お気遣いありがとうございます」
オレは二人に頭を下げた。
「なぁーに、オマエは部下の仇を討ってくれるのだろう?」
ラトゥール副隊長が大声で言い放つ。
「亡くなられた騎士さまの剣をわたしに……。それを手に、モンスターを迎え撃ちましょう」
「ノエルは魔法使いじゃないか。剣を携えてどうする?」
「わたしは探索者です。迷宮に潜る魔法使いは、その殆どが魔法剣士なのですよ」
「しかし、キミの装いは宮廷魔導師を模したものだ。魔法剣士は、そのような衣装を身に着けまい」
「これはですね。カルロスが用意してくれた、礼服のようなものです。本来の服では、皆さまと会うのに拙いと思われたのでしょう」
「そりゃ、どんな服だよ?」
ラトゥール副隊長が興味深げに、オレを眺めた。
「現地に到着したら、お見せしますよ」
「それは楽しみだ」
「我々、第三騎士隊は、ノエルが牙鬼王を打ち漏らしたときに備え、後方に陣を敷く」
「牙鬼王を森に追い返すのが、俺たちの役目だ。もっとも、いい具合にダメージを与えてくれたなら、この剣で突き殺してくれるがな」
「では、後詰めをよろしくお願いします」
オレはニコリと笑い、騎士たちと握手を交わした。
モンスターに踏まれて亡くなった騎士の名は、ジラルドである。
形見の剣は、オレが乗る馬車に届けられた。
泣きそうな顔でオレに敬礼したのは、ジラルドに仕える従者だった。
「これより、騎士ジラルドの復讐に参ります。月の女神イーリアよ、ご照覧あれ。そして願わくば、われに加護を与えたまえ」
オレはジラルドの剣を手に、祈りを捧げた。
月の女神イーリアは、クレアの歴代神名辞典から選んだ神さまだ。
オレが選んだと言うより、『死返し』の精霊に懇願されたと言う方が正しかろう。
何も分からずに悩んでいたオレは、あらかじめ決められていたかのようにその頁を開き、月の女神イーリアについて記された箇所から目を逸らせなくなった。
『死返し』の精霊が、ここまで露骨に意思表示をしてくることは珍しい。
『この神さまで、本当に大丈夫なのかぁー?』と首を傾げるところは、あった。
何しろ……。
この女神さまは清らかな乙女の守り神なので、オレに御利益があるのか非常に怪しいところだ。
けれど狩りと復讐の手助けをし、惜しみなく生命力を授けてくれるらしい。
どうやら『死返し』の精霊との相性は最高である。
なのでオレは、お試し期間と割り切って、月の女神イーリアに祈りを捧げ始めた。
『ひたすらに信じて祈るのです!』
クレアは真面目な顔で、そう助言してくれた。




