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ペテンに嵌める:ノエル視点



颯香(ふうか)は白い箱馬車までオレを案内すると、そのまま立ち去った。

飽くまでもオレの身支度を手伝うのが、颯香(ふうか)に与えられた任務だと言う。


「宴席にて、お待ち申し上げます」

「えっ。もしかして、会場の警備とかも任されてるのか?」

「いいえ。わたくしは、焼き物の係です」

「そう……?」


侍女は調理をしなくね?

調理を任されているのは、厨房係だろ。

あーっ、超一流の侍女って、厨房係とか小間使いの上位互換なのか。


「そうか……。颯香(ふうか)が調理するのか……。フーン、超一流の侍女ね。頑張り屋で、偉いよな」


サヴォイア家のエージェントなのに、闇烏(ヤミガラス)とか名乗っているのに、ガーデンパーティーで肉や野菜を焼く。

それもまた、身につけた技能(スキル)あってのお役目か。

初心忘るべからずだ。


最初は怖ろしかった颯香(ふうか)が、少しだけ可愛らしく感じられた。



サヴォイア家が用意した箱馬車は、驚くほど快適だった。

サスペンションに魔法を付与してあるのか、元々の設計が優れているのか、座席の揺れに悩まされない。

クッションの塩梅(あんばい)も最高だ。


「辻馬車とは、偉い違いじゃないか……」


平民が使う乗り物では、辻馬車がトップクラスになる。

乗車賃も、それなりにお高い。


「その辻馬車が、足元にも及ばないほどの快適さ」


さすがは町の名士だ。

裏社会の顔役ってのは、贅沢なもんだね。

オレも金持ちになったら、こんな馬車が欲しい。


「あのー、スミマセン」


オレは中央噴水広場の近くで、御者に声を掛けた。


「どうしましたか、ノエルさま」

「あと一人、同行者がいます。その先に見えるワイス書店の前で、待っているはずです」

「承知しました」


御者は緩やかに走行速度を落とし、ワイス書店の近くで馬車を停めた。


「お待たせ、クレア」


オレは箱馬車の扉を開けて、クレアに挨拶をした。


「おおっ。おはようございます、ノエルさん。何というか、すっごくピカピカの馬車ですね!」


まずクレアは豪華な箱馬車に目を見張り、ついで化粧されたオレの顔に視線を向け、声を漏らした。


「ウエーッ!?」


何だか、踏まれたカエルみたいな声だった。


「ノエルさん……、ですよね?」

「見てわかるだろ」

「あのー。そういう趣味が……」

「避けようのない事情があってのことだ。オレの趣味は、まったく関係ない」

「とても、お綺麗です」

「喧しいわ。はよ乗れ!」


クレアは典礼用の僧衣を纏っていた。

当然、フローレンス聖女教会とは関係のない、紛い物だ。

こうしたエセ僧衣は、冒険者が出入りする衣料品店で頼むと、注文通りに(あつら)えて貰える。


どこの宗派であろうと、如何なる神を祀っていようと、教会関係者は例外なく、この罰当たりな衣装を憎んだ。


当初、信仰を棄て俗世に下った回復術師たちが、聖職者の風体で治療活動を始めた時、どの教会でも止めさせようと躍起になった。

『神職から離れたなら、僧衣を脱げ!』と言うのが、教会関係者たちの主張だった。


だがしかし、回復術師たちにしてみれば、僧衣こそが自分たちの生業(なりわい)を伝える看板なのだ。

それを脱いでしまったら、救いを必要とする民草にアピールができなくなってしまう。


これに気づいたリネール王国の先々代国王ファビアン二世は、さっそく新しい法律を制定することにした。


『治癒師の技能(スキル)を習得せし者は、コレコレの衣装を纏うようにせよ!』と。


条文に明記された衣装デザインは、各教会の僧衣を丸パクリした代物だった。

聖職者たちはリネール王国の暴挙に怒って抗議文を出したが、『余は其方(そなた)らの都合など知らぬ!』と一言のもとに却下された。


これは医療手段を神の御業として独占したい各教会の思惑と、そうはさせじと踏ん張るリネール王国の、利権を巡る衝突ではなかろうか。

そうでなくば、ファビアン二世のお茶目な嫌がらせだ。


回復術師や回復師と言う呼称は、昔から各教会が好んで使用してきた役職名である。

一方、治癒師と言う呼称は、ファビアン二世が法律を制定したときに作られた、新しい職業名だ。


リネール王国と各教会が罵り合っている間に、医神パナケーアを崇める医療ギルドなどと言う組織まで、生れてしまった。

今となっては教会も、医療手段の独占は困難であると認めていた。


だからこそフローレンス聖女教会などでは、才能ある医療スキルの持ち主を取り込むために、クレアのような娘を優遇した。

聖職者たちは教会の権力が弱まっていくのを座して待つのが、我慢ならないのだろう。

そこはオレにも理解できる。


「わたしも、お洒落をして来たんですよ」

「知ってる」


クレアが着ている典礼用僧衣は、オージェ正教会のパチものだった。

清楚でありながら、見る者に優雅さを感じさせるので、貴族の宴席などでも見劣りせずに済む。

治癒師なら一着は持っていたい品だと、以前にクレアから聞かされた覚えがある。


頑張って稼いで、ようやっと手に入れたのだろう。

だけど大僧正の典礼衣装をパクるのは、ちょっとやり過ぎじゃないかとも思う。

その点では、オレもクレアのことをとやかく言えた義理ではない。

オレの衣装ときたら、宮廷魔導師さまのパチモンだからな。


「モォー。お洒落しているのが分かっているなら、褒めてくれても良いじゃないですか」


普段のクレアより気品があって、偉そうに見えた。

うん、馬子にも衣裳だ。


「キレイだよ」

「その言い方。なんか、心が籠ってない!」


クレアは文句を言いながら、馬車のステップを上がった。


なるほど、似合うかどうかの観点に限るなら、この衣装は大僧正に着せるよりクレアに着せた方が、ずっと有意義だろう。

本来であれば、神に召されそうな爺さまに着せる衣装だが、クレアの魅力を効果的に引き出している。

抑制の利いた華やかさって、いいもんだな。


「とてもキレイだ」

「あーっ。そう言うところですよ、ノエルさん。その雑な性格は、ちゃんと直さないと女性から嫌われます」

「…………」


あのなー。

正直オレは、自分のことで精一杯なんだ。

少しは察してくれ。


「とても上品な、甘い香りがします」


馬車のシートに座ろうと中腰で移動するクレアの顔が、肩に触れそうな位置で止まった。

オーッ。

危険な距離だ。

ドキドキするから、止めい!


「おい、顔が近いぞ」

「だって、馬車の中は狭いじゃないですか?仕方がないでしょ」

「分かった、分かった。分ったから、クンクン鼻を鳴らしていないで、ちゃんと座れよ」


オレを嗅いでいたクレアが、やっと対面の席に収まった。


「ノエルさま。そろそろ、よろしいでしょうか?」

「お待たせして、申し訳ありません。出してください」

「では、馬車を走らせます」


御者が手綱を操り馬を促すと、ゆっくりと馬車は走りだした。



サボイア家の門を潜り、白い箱馬車は玄関前の馬車回(ばしゃまわし)に停車した。

箱馬車の扉が開かれ、王子さまならぬ護衛(フットマン)のエスコートによりステップを降りる。


「ノエルさまと……」

「はい。わたしがノエルです。こちらは、相棒のクレア」

「初めまして、治癒師のクレアです」


馬車を降りたオレとクレアは、屋敷のエントランスで待ち構えていた男に頭を下げた。


「ノエルさまとクレアさまですね。私はサヴォイア家の若頭で、ロレンツォ・ダウストリアと申します。以後、お見知りおきを」


執事ではなく若頭だった。

生々しい剣呑な気配を漂わせた、痩身の青年だ。

甘いマスクと丁寧な言葉遣いで取り繕っても、滲み出る暴力の臭いまでは消せない。

明らかに、対人専門の揉め事解決屋である。


代替わりしたのだろう、【栄光の剣】をスカウトに来た男ではなかった。

この稼業、予期せぬ事故による引退も多かろう。


「こちらこそ、よろしくお願いします」

「ご当主さまを筆頭に、皆さま、既に中庭でお待ちです」


オレたちはロレンツォに案内されてエントランスホールを抜け、屋敷の中庭に出た。

パーティー会場となった中庭には、幾つものテーブルが設置されていて、癖のありそうな男たちが談笑していた。

一瞥(いちべつ)しただけで、堅苦しい礼儀など喜ばないタイプの男たちだと、見当がついた。


現場主義のオヤジどもである。


「よお。ノエル……?」


挨拶の途中でカルロスが固まった。

オレの顔をジッと見つめ、ようやく納得がいったのか軽く頷いた。


「うんうん……。俺の見立ては確かだな。グンと男前(・・)になったぞ!」


カルロスは口元に、気まずそうな薄笑いを浮かべた。

男前は、明らかに嘘八百だ。


颯香(ふうか)のポイントメイクで、オレがノエルだと認識できなかったのだろう。

自分でも驚くほど、印象が変わったからな。


「カルロスさま。本日はお招きに与り、恐悦至極に存じます」

「おお……。そんな挨拶も出来たのかよ」

「フッ。冒険者ギルドの猿どもとは、違いますから……。こちらは、クレア。わたしのパートナーを務めてくれる、治癒師です」

「お招き下さり、ありがとうございます」


オレは宮廷風の立礼をし、クレアもカーテシーを決めた。


「うっ。そっちは淑女(レディー)かよ。よぉーく分かった。堅苦しい挨拶は、これまでとしよう」


招待客の熱い視線が、オレたちに突き刺さる。

さしずめ噂のルーキーに、興味津々と言ったところか。


オレはカルロスの袖を引き、耳元に小声で囁いた。


「伝えておくことがある。せっかく素晴らしい魔装具を贈ってもらったが、オレには使えないぞ」

「えっ!?」

「だから、オレは魔法使いじゃない。魔法の杖(ワンド)を装備しても、魔法は使えない」


余計な期待を持たれないよう、誤解は早めに解いておきたい。


「だったら、オマエは何なんだ?」

「精霊使い……。ちょっと変わった精霊使いかな」


オレはカルロスの耳元から顔を遠ざけ、思わせぶりに微笑んで見せた。


カルロスは見て分かるほど動揺していた。

おそらく情報開示が遅すぎたのだ。


うむ。

それは、オレのせいじゃないと思う。

断りもなく、勝手にオレを魔法使いだと言いふらした、カルロスが悪い。


「いざとなったら……。この間みたいに、消えて見せてくれないか……?」

「イヤだね。暗殺者ギルドから勧誘されそうなんで、断る」


正直なところ、剣士だと名乗れない我が身が悲しい。

今も身体は動くのだけど、オレに合った剣が手に入らない。

軽くて頑丈で威力のある剣なら、それこそ喉から手が出るほど欲しい。

そんなものは無いけどな。


剣の威力は、重さと速度に宿る。

重くて大きな剣を素早く扱える剣士が、強い剣士だ。

だから、まじめに修行を積むほど、剣士は筋肉バカになって行く。


このパーティー会場にも、かつてのオレと同種の男が二名ほどいる。


「あの二人、騎士か?」


オレはカルロスに確認した。


「さっそく目を付けたな。流石だ。あのお二方は、モンスター討伐のためにティエリーさまが派遣してくださった、ドラローシュ家騎士隊の隊長と副隊長だ。第三騎士隊とか言っていた」

「ドラローシュ侯爵家の騎士さま」

「ことがモンスターの討伐だ。騎士隊を抜きにして、話は進められない。第三騎士隊は、俺たちの思惑に立ち塞がる最大の障害であり、非常にデリケートな問題だ」

「よい。状況は理解した。要するに、これは面子の問題だな」


厄介な問題ではあるが、脳筋の相手なら慣れたものだ。

相手の土俵に立ち、話し合えば良い。

つまり賭けだ。


オレには勝算があった。

賭けなら、勝負を持ち掛けて嵌めればよい。


「キメラの魔核があるので、ティエリーさまから話を通してもらうのは簡単だ」

「でも、それをしたら、あの二人に恨まれる?」

「俺も平民なりで、難しい立場なのさ」


なるほど。


「騎士隊の逗留している場所は……?」

「代官の屋敷だ。リュシェール子爵さまが、従者を含めて六十名の騎士隊に宿を手配なさった」


それもまた大変な話である。

モンスターが討伐されるまで、マナドゥの町で屈強な男たちを六十人も養うのだ。

大喰(おおぐ)らいの軍馬も忘れてはなるまい。


リュシェール子爵さまも、色々と物入りで大変だろう。

いや、本当に大変なのは町で暮らす人々か。

予定外の支出は、税に上乗せされる。


そうなれば巡り巡って、屋台で売られている串焼きさえ、値上げされかねない。

オレが利用している木賃宿の部屋代もだ。


「とっとと、お帰り願いたい」

「全くだ」


オレとカルロスは、小さく頷き合った。


「よお、嬢ちゃん」


見るからに頑固そうな男が、オレに声を掛けてきた。


「男です」

「ノエルは男だ」


カルロスは客人たちの不作法に慣れているのか、紹介するより早く話しかけてきた小柄な男を軽く睨みつけた。


「そいつは済まない。それじゃ、坊や。俺っちは森の専門家だ」

「この男はパウル。森に住む、トロッタ族のリーダーだ。パウル、こちらはノエル。牙鬼王(モンスター)の討伐に協力してくれる」


カルロスが森の専門家にオレを紹介してくれた。


「狩人ですか?」

「そうよ。自分で言うのもなんだが、腕自慢のハンターさ。にしても、オマエさん。随分と細っこい腕だな。こんなんで役に立つのかぁー?」


パウルがオレの右手をつかみ、コッソリとテーブルに手を伸ばした。

ナイフかフォークをオレに突き付けるつもりだろう。

粗暴な連中が好む、腕試しってやつだ。


「さて、お手並み拝見と行こう」


そして勝てばマウントを取る。

不意打ちだと抗議をしても、意味などない。


「……フン!」


オレは暗器を握り、素早くパウルの首に圧し当てた。


このまま左手を引けば、頸動脈が切断される。

派手な血飛沫が、パーティー会場に彩りを添えるだろう。

驚きに目を見開いたパウルは、(ようや)くテーブルに置かれたナイフを手にしたところだった。


遅い。

遅すぎる。

いや、オレが以前より早くなったのか……?


「勝負あり。そこまでだ!」


カルロスがオレの肩をつかんだ。


「おう。冷や汗が出たぜ。完璧に死んだと思ったわ」

「冗談は口だけにしてもらおう。対人は専門外なんでな。次も寸止めできるとは限らない。仲間にも、よぉーく注意しておけ」

「分かった。ところで、アンタの専門はなんだ?」

大物食い(ジャイアントキル)だ。以前の専門は迷宮探索さ。魔獣から素材を()いで、生活していた」


オレは左手を引き戻し、(ふところ)に暗器を隠した。


「暗器が使える魔法使いかよ。フンッ。だけどなぁー。そんなちっこい刃物じゃ、モンスターに通用しねぇぞ」


大いなる好奇心に少しばかりの悪意を加えたような口調で、パウルが呟いた。

返り討ちにあったことが、多少なりともショックだったのだろう。

素直に負けを認められるような男は、大成しないのだ。


しかも相手が小僧(オレ)だしな。

手下たちに言い訳するのも難しかろう。


「心配無用だ。魔獣狩りに暗器は使わない」

「魔獣狩りねぇー。その経歴で今回の討伐にスカウトされたのか」

「そんなところだ」

「そう睨むなよ。アンタの眼は怖い」


パウルは苦笑いを浮かべて、オレから距離を取った。


「俺っちの役割は勢子(せこ)だ。何があろうと決められた場所まで、牙鬼王(モンスター)を誘導する」

「平原に連れ出せば、騎士隊で倒せるんじゃないか?」

「何度か試したが、ダメだった」


カルロスが首を横に振る。


「なぜ?」

「単純な話だ。草原に出た牙鬼王(モンスター)は、騎士さんたちの馬より早く走りやがる」

「そのうえ牙鬼王(モンスター)と一緒に、グレートウルフの群が突進してくる」


パウルとカルロスが、これまでの経緯(いきさつ)を説明してくれた。


「グレートウルフ?」


オレは奇妙な話を聞かされて、首を傾げた。


「本来なら、グレートウルフは猪の天敵だが……。彼我の立場を覚ってからは、牙鬼王(モンスター)と共存共栄してやがるのさ」

牙鬼王(モンスター)大鹿(エルク)を一撃で(ほふ)るからな。そのおこぼれに与っているのが、グレートウルフの群なんだ」

「で、牙鬼王(モンスター)を倒すために仕掛けた罠は、(ことごと)くグレートウルフに壊されちまう。忍び寄って毒矢を打ち込もうにも、グレートウルフが邪魔しやがるときた。しかも狼と猪は嗅覚が鋭いからな。毒餌には見向きもしない」

「平原に逆茂木(さかもぎ)を用意して、迎え撃つとか……」


オレなりの案を口にしてみた。


「それはもう、既に試したよ。お陰さまでよぉー。えらく面倒なことになっちまった」

牙鬼王(モンスター)は逆茂木を蹴散らした。それで騎士隊から死者が出てしまったんだ」

「ほーん」


オレは遠い目になった。

急ごしらえの逆茂木では、強度が足りなかったのだろう。

パウルの台詞から想像するなら、騎士隊に被害が出たことで事態は(こじ)れたようだ。


「ブタに跳ねられて死ぬなんざ、最低だ。戦死として扱われないから、遺族手当ても出やしねぇ。そのうえ他の騎士隊に知られたら、笑い者だぜ」

「それ以来、騎士隊は馬を走らせながら矢を放つようになった。抜剣しても、斬りかかるところを見たことがない」

「はっ。アイツらの矢なんざ当たったところで、ポンポン弾かれてら」

「騎士たちには自分の命を張ってまで、牙鬼王(モンスター)を倒す気がない。それでも面子があるから、町に居座り続けている」

「なるほどー。騎士さんたちも、どうすればいいか途方に暮れていると……」


なんて面倒くさい。

これはもう、オレが憎まれ役を引き受けよう。

獲物を横取りされたって、オレみたいな部外者が相手では、騎士隊の連中も恨みを継続できまい。


「どうするノエル?騎士隊は厄介だぞ。俺には説得する術がない」

「分かっている。手の内を見せるのは気乗りしないが、そうも言ってられない。あのブタを確実に倒せる手段があると示し、納得してもらうしかない」

「まあな。第三騎士隊には、牙鬼王(モンスター)討伐の責任と面子問題がある。これ以上、失敗を繰り返すわけにはいかんだろ。絶対に倒せると知れば、あちらから折れる」

「ただ、手の内を見せるのが難しい」


オレは二人の騎士を睨んで唸った。


「賭けでも持ち掛けるか」

「賭け?」


カルロスが訝しそうに、オレを見た。


「クレア。肉を食っていないで、手伝え」

「ふえっ!?」


オレはクレアの手を引き、騎士さまたちが陣取るテーブルへと向かった。

クレアさえ居れば、運命の秤はこちらへ傾く。

クレアはオレの、大切なイカサマ(さい)だ。


「おい。勝手に動くな。どう説得するか、まだ決まっていないんだぞ」

「オレが決めた」

「決めたって……。どんな方法なんだ。まず俺に説明しろよ」


カルロスが、心配そうに追いかけて来る。

この場を取り仕切る責任者だからな。

賭けの立会人は務めてもらう。


「ペルティエ隊長殿。ラトゥール副隊長殿。こちらが牙鬼王(モンスター)の討伐に協力を申し出た、迷宮探索者のノエルです」


カルロスは内心の不安を無理やり取り繕い、騎士さまにオレを紹介した。

ちらりとオレに向けられた視線が、『分かっているだろうな?』と釘を刺す。


「初めまして、ペルティエ隊長さま。ラトゥール副隊長さま。わたくしはノエルと申します。お二方にお会いできて光栄です」


オレは殊勝な態度で、二人に頭を下げた。


「カルロス。これはどう言うことだ?私たちは、牙鬼王(モンスター)の件で、どうしても話しておきたい案件がある、と言われたから、招待に応じたのだ」


ペルティエ隊長が不愉快そうな顔で、カルロスを(なじ)った。

その背丈はカルロスより頭半分ほど高く、体幅は鍛えられた筋肉によりボリュームを増している。

なので静かに話していても、恫喝(どうかつ)されているような圧を感じさせた。


「どう言うことだ?とは、それこそ、どう言うことでしょう。私としては相談を始めるために、ノエルを紹介したのですが」


カルロスもペルティエ隊長の意図は、充分に理解しているだろう。

それなのに、裏社会の顔役だけあって肝が据わっているのか、質問に質問で切り返しやがった。


「無礼であろう!さっさと隊長に申し開きをせよ」


ラトゥール副隊長が吠えた。


これまたでかい。

体高はほぼカルロスと同じだが、低重心で筋肉の塊だ。

タワーシールドを構えたら、敵兵の突進を受けても微動だにすまい。


よく見ると、短く刈った頭部には無毛の白いラインが走っていた。

どのような攻撃を受けたのか、生きているのが不思議な程の傷跡だった。


「最初にお話しした通り、こちらがモンスター討伐に協力してくれるノエルです」

「ハッ!女、子供に、何ができる!?」

「ノエルと言ったか……。魔法使いの衣装を纏っているが、どの程度の腕前なのかね?」

「そうだ。魔法使いなら魔法を見せろ」

「それは致しかねます」

「どうしてだ!?」


来た。

魔法を見せろだ。

だが無い袖は振れない。

ここからは、口八丁手八丁で(しの)ぐ。


「魔法にも色々とございまして……。四大元素に属する目に見える魔法であれば、試しにお見せしますが。わたくしの場合、自らの死を敵に返す魔法となります。力試しに、どなたかを死なせる訳には行きますまい」

「家畜とかではどうだ?」

「わたしを確実に殺せる家畜でありますなら、それも良いでしょう。ですが気まぐれな畜生相手では、それも叶いますまい。力を示せと仰るのであれば、わたしは凶悪な殺人犯を所望いたします。わたしの魔法に、敵の大小は関係ありませんから」

「「………………!?」」


ペルティエ隊長とラトゥール副隊長が考え込んだ。


「凶悪犯にオマエを襲わせろと……」

「それが死刑囚であれば、わたしの良心も咎めずに済みます」

「殺されるぞ」

「それが狙いですから……」

「いやいやいや、承服しかねる。弱き民を諸悪から守るのが騎士道。可憐な乙女を殺人犯に襲わせるなど、騎士の沽券に関わる」


いきなり何を言い出すやら。

『だったら家畜ならいいのかよ?』って話だけど、おそらく騎士さんたちは、でかい牛を連れてきたらオレが芋を引くとでも思ったのだろう。

残念でした。


「困りましたね。わたしは自分の力を証明したいのですが、それはならんと仰る」

「ペルティエ隊長。どうにかなりませんでしょうか?」


オレはカルロスのこめかみに垂れる汗を見て、ため息を吐いた。

どうやら、かなりのストレスを感じているようだ。

まあ、説得は無理筋だしな。


だけど、ここからがオレとクレアの真骨頂だ。

道理がどうあろうと、運命を捻じ曲げる。

強引にでも、無理を通す。


「うーむ。迷宮探索者と聞いて、屈強な男性を想像していたんだが、キミは明らかに女性だろ」

「こう見えて、ちゃんとした男です。お二人が、逞しすぎるのではないでしょうか?」

「いやいやいや。その可愛らしい顔で男だと言われてもだな」

「顔はこんなでも、モンスターは倒して御覧に入れます」

「そんなふざけた話は、信じられんよ」


ペルティエ隊長は腕を腰に当て、オレを見下すように言い放った。

半分がところ、ペテン師と思われているようだ。


まあよい。

博徒もペテン師も、オレにとって大差はない。

そして勝負と言う一点に関して、騎士さえも同じ(わく)に含まれる。


何をしようと、勝ったものこそが正義を主張できるのだ。

この大前提を(くつがえ)すと言うのなら、その時こそ命で(あがな)ってもらう。


「では、こんな話は如何でしょう」

「どんな話かね」

「この娘はクレアと申しまして、わたくしのパートナーです」

「はっ、初めまして……」


突然のことに、クレアはオドオドしながらカーテシーをした。


「で?」

「お二人のどちらかと、クレアが食べ比べをします」

「はあ!?」

「たくさん食べた方の勝ちです」

「それは、真面目に言っているのか?」

「わたくしたちを女、子供と(あなど)っていらっしゃるようなので……。先ずはそこから。お考えを改めて頂きたい。ですが尋常一様(じんじょういちよう)の手段では、納得してもらえそうにないので」

「とても正気とは思えんぞー!」

「ラトゥール副隊長さまの(おっしゃ)りようは、(まさ)にわたくしの狙いが間違っていなかったことの証左。クレアが勝てば、わたくしどもは特殊な存在と見做して貰えるでしょう?」


体格からして、大人と子供なのだ。

二人の反応は当然である。


「なるほど。戦い方も分からぬのでは、話にならんと思ったが……。もし仮に、その娘がラトゥールに勝ったなら……」

「勝ったなら?」


オレは台詞の続きを促した。


「アハハ!それはもう魔法だろう」

「フムフム……。確かに一理ある。隊長の(おっしゃ)る通りだ。この娘が、俺より食うなんてあり得んからな。面白い。宴席の余興に丁度いい。ガハハハッ!」

「ウフフ……。ご理解を得られ、嬉しく思います」


オレも手を打って微笑んだ。


二匹の獲物が、さっそく釣り針に掛かった。

これでは、入れ食いじゃないか。

神懸っている。


クレアさえ居てくれるなら、オレは漁師でも暮らしていけそうだ。


「それでは……。賭けを了承して頂けたと解釈しても、よろしいでしょうか?」

「よい。それで賭祿(かけろく)はどうする?負けたなら、キッチリ取り立てるからな」


ペルティエ隊長は、オレの提案を上機嫌で請け負った。

それも自分から賭祿(かけろく)について言及するほど、乗り気である。


「よぉーく、考えるのだぞ。負けた時のことをな」


ラトゥール副隊長も、意地悪そうに口角を吊り上げた。

もう、賭けに勝ったつもりでいるようだ。


だがクレアの大喰(おおぐ)らいは、底なしだ。

たぶんクレアが食べたものは、その殆どが神さまへの供物になっているのだろう。


「クレアが勝ったら、一度だけ騎士の矜持を曲げてください。死刑囚の用意をお願いします」

「負けたら?」

「何でも」


オレはニッコリと笑って答えた。


「何でも……?」

「煮るなり焼くなり、お二人のご自由になさってください」

「内容が大食(おおぐ)いと言っても、勝負は勝負だ。大人を舐めやがって……。隊長、本気で叩き潰しますよ」

「ああっ、好きにしろ」


ペルティエ隊長は愉快そうに許可を出した。


「ふぇー?」


クレアが情けない声を上げた。


大食いを隠していたいクレアとしては、(さぞ)かし面白くなかろう。

それでもご馳走を前にしたら、食べずにいられない。

なので背中を押す必要さえなかった。


「騎士に、二言はありませんね?」

「くどい!賭けに負けたからと、己の言葉を(ひるがえ)すようなクズではない」

「私も保証するよ」


ラトゥール副隊長とペルティエ隊長から、言質は頂いた。

カルロスだけでなく招待客の殆どが、オレと騎士のやり取りに注目していた。

これでも言い逃れをするような連中なら、モンスター討伐での発言権は弱まるだろう。


こうしてクレアとラトゥール副隊長のために、テーブルが用意された。


「おいおい、ノエル。そんな約束をして、大丈夫なのか?」

「大丈夫、大丈夫。賭けなんて、負けなきゃ良いのさ」

「いや、ラトゥールを見ろ。人食い熊みたいな図体(ガタイ)だぞ。あの華奢(きゃしゃ)な娘に、勝てる道理がないだろ」


オレは負ける気がしなかった。


公平を期して、二人はステーキのみを食べることになった。

勿論、肉の重さは厨房にて計量し、テーブルに運ばれた時点で、再び計量する。


「勝負を開始する。両者よいな……?では、スタート!」


カルロスの合図で大食い競争が始まった。


最初こそ、ラトゥール副隊長の横に積み上がる皿の高さは、クレアを圧倒していた。

これはもう仕方のない話で、ラトゥール副隊長とクレアでは口の大きさからして違うからだ。

咬合力(こうごうりょく)に至っては比べるまでもなく、ステーキをつかんで噛み千切るラトゥール副隊長に対し、クレアにはナイフとフォークが必須だった。


「あんなに細かく切って、一欠けらずつモグモグと……。どんどん差を付けられちまう。だけど、あのチマチマした食べ方が、可愛いじゃねーか」


森の専門家パウルが、じれったそうに歯ぎしりをした。


「まあ、クレアの食事マナーは、評価に値する。あのキレイな所作を見ていると、パウルも高級料理店に同伴したくなるだろ」

「ウーム。確かに……」

「だが、やめておけ。財布が持たない。破産する」

「………………」


そう、これは早食い競争じゃない。

大食(おおぐ)い競争なのだ。


「ああ、可哀想に……。もう二倍も差を付けられちまった」

「最初から無理なのは分かっていただろう」

「もう止めさせてやれよ」


オーディエンスが、やいのやいのとかまびすしい。

オレに向けられる非難の視線が、どんどん厳しくなっていく。


「おい、ノエル。どうするんだよ!?」

「いいから、黙って見てな」


オレの襟首をカルロスがつかんだので、振り払った。

一々鬱陶しい。


「クレア、美味しいか?」

「うん、すっごく美味しいよ」


オレが訊ねると、クレアが嬉しそうに答えた。

あーっ、腹が減って眩暈(めまい)がする。

オレも食べたい。


(しばら)くするとラトゥール副隊長の挙動が、怪しくなってきた。

ステーキを平らげる速度が目に見えて落ち、フォークで肉を(もてあそ)ぶようになった。

ステーキを(にら)むウンザリとした顔が、ギブアップは近いと伝えていた。


一方のクレアは、スタート時と何も変わらない。

ナイフとフォークでステーキを切り、坦々と口に運んで咀嚼(そしゃく)する。

皿に当たるカトラリーのカチャカチャと言う音が、楽しげにリズムを刻んでいた。

クレアの顔は、美味しくて大満足の笑顔だった。


「おいおい。マジかい。小娘が追い上げている」

「信じられん」

「騎士のヤツ、だらしないなー」

「頑張れ、オイ。クレアちゃんに抜かれちまうぞ」


四半刻も経つと、ラトゥール副隊長は完全に動きを止めた。

平らげた皿の枚数は、とうとうクレアに追い抜かれてしまった。


「ねえ。もう勝負はついていますよね?」


クレアがラトゥール副隊長を横目で確認してから、カルロスに訊ねた。


「バカ言うんじゃない。ゲフゥー。俺は、ちょっと休んでいるだけだ」


ラトゥール副隊長は自らの敗北を認めようとせず、クレアを睨んだ。


「ふーん。それなら騎士さんが休んでいる間、他のものを食べても良いですか?」

「…………ウッ!」


ラトゥール副隊長の表情が、信じられないものでも見たかのように歪む。


「ステーキは美味しいけれど、そればかりだと寂しいです。テーブルには、色々な料理が並んでいるのに……」

「あーっ、確かに……。ステーキばかりじゃ飽きるよな。許可してやれよ」

「負けたときの言い訳にしないなら、問題ないだろ。カルロス」

「分かった。一皿だけだぞ。颯香(ふうか)、給仕してやりなさい」


カルロスはオーディエンスの声に負けて、折れた。


「嬉しい。ずーっと、そこの白身魚のフライが食べたかったの」

「どうぞ……」


せっせとステーキを運んでいた颯香(ふうか)が、白身魚のフライを取り皿に載せ、クレアの前に置いた。


「美味しそぉーっ。では、頂きまぁーす」

「うおぉろろろろろ……」


突然、ラトゥール副隊長が両手で口を押さえ、椅子から立ち上がった。

そのまま青い顔をして、パーティー会場から走り去った。


棄権(きけん)か?」

棄権(きけん)見做(みな)して良いだろう」


カルロスが審判を下した。


「ウワァーッ。奇跡(ミラクル)か」

「お嬢ちゃんが勝っちまった」

「おおおおーっ。すげえ。クレアちゃん、アンタはすげぇぜ!」


ガーデンパーティーの会場が、拍手と歓声に包まれた。


「待て、静まれ!まだ勝負は終わっていない」


顔を怒気に染めたペルティエ隊長が、大声で一喝した。


「いや、幾らなんでも……。テーブルから離れた時点で、ルール違反でしょう。負けだと思いますよ」

「カルロス。平民風情が、余計な口を挟むな。確かに、今の勝負はラトゥールの負けと認めよう」

「それで……?」


オレはペルティエ隊長を見上げ、何を言い出すのかドキドキしながら待った。


「次は私とオマエの勝負だ。そもそもクレアとか言う娘に勝負を託すなど、男の風上にも置けん恥ずべき行為……。諸君も、そうは思わんかね!?」


ペルティエ隊長は自信満々に言い放った。


「あー。それはあるかも」

「お嬢ちゃんに頑張らせて、自分は何もしないって。幾らなんでも、それは通らないよな」

「ノエルも勝負をしろ!」

「澄ましてんじゃねぇぞ、ゴラー!」

「そうだそうだ」


さすがは、第三騎士隊の隊長さま。

人心を操る(すべ)()けていらっしゃる。

だけど勝負が食いものとなれば、オレだって見物客に受けのよいネタを持っている。

クレアの大食(おおぐ)いが(かす)むくらいの荒業だぜ。


さてと、オレもオーディエンスを()かせてやるとしよう。

ペルティエ隊長さま、アンタを逃がしはしない。


「いいでしょう。同じく大食(おおぐ)いであれば、勝負を受けます」

「構わん。多く食べた方が勝ちだな」

「勝負はお受けしますが、観戦されている方々も、先ほどと同じでは面白味がないでしょう。少しだけ趣向を変えませんか?」

「何であろうと、絶対に負けぬ。言ってみろ」

「普段は口にしない物。そうですね。飼葉(かいば)を食べましょう」

「………………!?」


テーブルにズラリと美食が並ぶ状態で、これは紛うことなき自虐ネタである。

それでも悪食の異能力を持つオレに負けはないし、極々短時間で勝負(けり)がつくだろう。


豪勢な料理は、全てが終わってから楽しもう。


「…………正気か?」

「いたって正気です」

「オマエも食うんだぞ!」

「ええ、当然ですね」


ペルティエ隊長の眼が、点になった。


「うぉーっ。見直したぞノエル」

「オマエは男だぁー!」

「誰か、飼葉を用意してやれ」


オーディエンスは大喜びだ。

こうなればペルティエ隊長にも前言撤回は難しかろう。


「お待たせしました」


テーブルにデカイ飼葉桶(かいばおけ)が二つ、ドーンと置かれた。


幾ら待っても、カルロスからスタートの合図は発せられなかった。

お偉い騎士さまに、飼葉(かいば)を食えとは言いづらいのだろう。

それなら、勝手に始めさせてもらおう。


「では、頂くとしましょうか」

「……………………」


両手に飼葉を持ち、モシャモシャと()むオレを目の当たりにして、ペルティエ隊長が肩を落とした。


「くっ……。分かった。(いさぎよ)く敗北を認めよう」

「…………もぐもぐ?」

「私の負けだ。もう、そんなものを食うな!!」


ペルティエ隊長は百も数えぬうちに、降参した。

オレの勝ちだ。




◇◇




後日、牙鬼王(モンスター)討伐隊の代表者たちに見守られる中、オレの試しが実施されることになった。

オレの相手は、女子供ばかりを襲い十数人も殺した連続殺人犯だ。

試しの日時には、死刑執行日が選ばれた。


騎士隊とオレの都合を考慮して、試しを秘密裏に行うため、立会人は四名に絞られた。

実質的な調整役としてカルロス・サヴォイア氏、第三騎士隊からペルティエ隊長、トロッタ族のパウルに、獄吏と検視官。

御者は、迷宮の外で待機している。


アクシデントに備えて同行した闇烏の精鋭が五名。

闇烏には、現場を囲むように布陣してもらい、魔獣対策とした。


オレの話が絵空事であった場合、闇烏が囚人の逃亡を阻み、処刑することになっている。

殺されてしまったオレは、闇森の迷宮に埋められてお終いだ。

世は並べてこともなし、チャンチャン。

目出度し目出度しである。


「ノエル、準備は良いか?牢馬車から囚人を出すぞ」

「ペルティエ隊長、お願いします」


オレは両手を頭の後ろで組み、攻撃の術がないことを明白に示した。


獄吏が囚人の手枷を外した。

カルロスが短剣を地面に投げる。


「グヘヘヘ……。オマエらに感謝するぜ。なんて気の利いた待遇だ。死刑の前に、お楽しみを用意してくれるとは」

「黙れ。さっさと短剣を拾え!」


ペルティエ隊長が囚人を怒鳴りつけた。


「おーこわ。騎士さまに言われんでも、アッシは自分がなすべきことを心得ていやすよ」

「ちっ!牢で痛めつけたんだが、まったく反省の色はないな」


獄吏も不愉快そうに、囚人を睨んだ。


「カルロス、本当に大丈夫なんだろうな?」

「たぶん……」

「確実ではないのか……?まさか、貴様が強要したのではなかろうな。あの娘、震えているぞ!」


ペルティエ隊長は、オレを指差して叫んだ。


「ノエル。ペルティエ隊長を心配させるのはやめないか。震えてないで、シャンとしろ!

「…………ッ!」


カルロスめ、ムチャを言う。

これから殺されるんだ、怖いに決まっているだろ。

ちょっと足がカクカクするくらいで、文句を垂れんじゃねぇよ!


「はぁはぁ……。えらく別嬪じゃねぇか!?」

「うっ。キモイ」


死刑執行を目前に控えて獲物を与えられた男は、あろうことか興奮していた。

欲情した大男に近づかれると、さすがにオレも腰が引ける。

生理的に受け付けないし、おっかねぇ。


「ウヘヘヘヘー。じっとしていろ。死ぬのは一瞬だ。悲鳴を上げる暇も与えねぇ。何しろこちとら、女子供なら数え切れねぇほど()ってるんだ。言わばセンモンカよ」

「度し難いヤツ」

「ほーれ。痛くしねぇから、ヨォー。逆らうんじゃねぇぞ」

「バカを言え。死ぬのはオマエだぁー!」

「ひゃーはっはっは!」


鼻を衝く体臭に涙が滲む。

オレは短剣を構えて近づく大男から、顔を背けた。

その(スキ)に乗じて、身体を(かが)めた大男がオレの懐にもぐりこんだ。


胸骨の合間に、冷たい刃が差し込まれる異質な感覚。

傷口から噴き出す、大量の血。

意識が遠のく。


死。

そして蘇生。 


「イテェぞ、ゴラァ!!」

「ウゴッ……!?」


オレの心臓に短剣が突き立てられ、男は膝から(くずお)れて死んだ。


ペルティエ隊長とカルロスが、恐怖の表情を浮かべたまま固まっていた。

他の見物人たちも大なり小なりで、たった今目にした光景が信じられないようだった。

たぶん、入れ替わりの手品でも見せられた気分だろう。


「これがオレの魔法だ」


オレは言うなり、血で汚れたシャツを脱ぎ捨てた。


「死んでいます!」


囚人の脈を確認して、検視官が告げた。


「これにて、連続殺人犯ガビノの処刑は完了した。慣例通り、ガビノの遺体は刑場にて、十日間、曝されるものとする」


獄吏が声を震わせ、訥々(とつとつ)と宣言した。


オレをチラ見する獄吏と検視官の目には、明らかに(おび)えの色があった。

フフッ……。死の恐怖をおすそわけだ。






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