表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

オレの認識、他人の認識:ノエル視点



「とうとう空っ穴(からっけつ)だ」


節制はしていたのだが、所持金と生活レベルのズレが修正できなかった。

貯金もあり、バリバリと稼いでいた頃と比べれば、かなり食事の量と質も落とした。

それでもバスタードソードを下取りに出して手に入れた金は、十日ほどで底を突いてしまった。


知っている。

スイーツの食べ歩きが良くなかった。

主たる浪費の原因は、美味しそうなスイーツの誘惑に勝てない心の弱さにあった。


「おいしいもん、仕方ないよ」


そう言い訳をしながら、二十万クローザを使い果たした。

カルロス・サヴォイアに木賃宿の名を書いて渡したが、あのメモは無駄になりそうだ。


「宿賃さえ払えない」


今のオレは、完全なる素寒貧(スカンピン)だった。


ドラローシュ侯爵との交渉に日数が掛かるのは、最初から分かっていたはず。

冒険者の付き合いではないのだから、酒瓶をぶら下げて、『ちーす。遊びに来たぜ!』とは行かない。

前もって、要件を手紙で伝え、相手方の都合をつけてもらう。

この書簡の往復だけでも、それなりに時間を取られる。

爵位が高いほど待たされるのは、お約束。


侯爵家ともなれば、忙しくて平民の相手などしていられないと言う雰囲気を大切にしたいだろう。

オレの親父さまなどは、そうやって御用商人を相手に恩着せがましくしていたものだ。

『私と会えるなんて、幸運なんだぞ!』と、会見の初っ端に圧をかけるわけだ。


平時であれば、(わずら)わしくて詰まらぬ見栄とも取れるが、身分差の線引きは権力支配を強固に保つ肝だ。

支配者側にしたら、どれだけ権力をアピールしようと充分ではない。


力で他人を従わせようとするなら、常日頃から逆らう気など起こせないように、しっかりと心を折っておく必要がある。

さもなくば、人が自分の意思決定を支配者に依存することなど、逆立ちしても起こり得ない。

こうした(たゆ)まぬ努力によって、リネール王国の階級制度が維持されているのだ。


そして……。

その(あお)りを食らって、オレが待たされる。


「しかし十日間も音沙汰なしとは、まいったね。これは干乾しになりそうだ。あははっ……」


笑い事ではなかった。


オレはトボトボと歩いて串焼き屋台の前を通りすぎ、木の根元にへたり込む。

肉が焼ける音とタレの焦げる匂いに、腹が鳴る。


「盗人になるか。狩猟生活に移行するか。それが問題だ」


どちらも口で言うほど簡単ではない。

試したところで、きっと徒労に終わるだろう。

オレには盗品を売りさばく伝手(つて)がないし、獲物を狩る弓矢も使えなかった。


「オレの陰口を叩く冒険者連中から、(クローザ)を巻き上げるってのは、どうよ?」


それこそ世迷言だ。

手前勝手な夢想に(ふけ)るのは、大概にした方が良い。

ムカつく冒険者どもを襲ったところで、財布の中身はせいぜい数千クローザだ。

稼ぎと犯罪のリスクが折り合わない。


「ハァー。ただ生きているだけで、金は減っていくんだな」


カルロスからの連絡待ちで、これまで可能な限り宿を離れないようにしていた。

一日中部屋に居れば、仕事を探すことなどできない。

いいや、それは言い訳だな。


スイーツを食べ歩く暇はあった。


「オレが怠惰だった」


色々とあって精神的に疲弊していたのだが、反省すべきだ。


オレは足元の雑草を引き抜き、モシャモシャと()んだ。

まるで羊になったような気分だが、【悪食】があるので生きて行くには困らない。

串焼きの屋台から流れて来る煙を吸い込みながら、青臭い草を()む。

生きて行くには困らないけれど、ひもじくて惨めだった。


「ほれっ!」


屋台のオヤジが、オレに串焼きを突き出した。


「なんだ?金はないぞ」

「タダでやるから、食え」

「…………?」

「店の近くで雑草なんか食われたら、印象が悪いんだよ。遠慮しないで食え!」


ちょっと泣けた。


「これから店が忙しくなる時間だ」

「ん?」

「オマエに手伝う気があるなら、労賃を払ってやろう」

「………………」


屋台のオヤジは素っ気ない振りを装い、オレに救いの手を差し伸べた。


「分かった。オッサンを手伝わせて欲しい」


オレは口に付いたタレをハンカチで拭き、頷いた。


「そこはぁー。お兄さん、あたし頑張る!だろ」

「はぁ!?オニイサン……。アタシ……??」


一瞬、オレの脳が理解を拒絶した。


「そうだ。お兄さん、あたし頑張ります。言ってみろ」

「おっ、おにいさん……。あたし頑張ります」

「フンッ。ちゃんと言えたじゃないか。お客さんを相手にするなら、気の利いた挨拶は欠かせない。オマエの仕事は、お客さまの呼び込みだ!」


こうしてオレは、屋台の売り子になった。


もとは伯爵家の三男坊だ。

丁寧な言葉を使い、他人に(へりくだ)るくらい容易い。

親父さまや兄貴たちと接するより、よほど気楽に思える。


それで労賃を頂けるのなら、こちらからお願いしたいくらいだ。


「お兄さま。委細承知しました。その役目、お引き受けしましょう」

「おっ、おう……」


オレは屋台の横に外套(コート)を脱ぎ捨て、腕まくりをした。

革ひもを使い、首の後ろで髪を束ねる。

店の名が入ったエプロンを借りて腰に巻けば、準備完了だ。


執事のように背筋をピンと伸ばして、声を張り上げる。


「いらっしゃいませ、お客さま。こちら岩トカゲのもも肉のみを使った、最上級の串焼きでございます。ソルト、甘辛、スパイシーと、三種類のタレもご用意しました。味はシェフの保証付き。さあ如何でしょうか?この機会に、是非お試しください」

「うーん。うちは高級レストランじゃないんだけど、まあ良しとするか」


屋台のオヤジが期待していたものとは違うらしいけれど、客からの評判は良かった。


「へぇー。キミ、ノエルちゃんて言うんだ。挨拶が気持ち良いね。これからは、この店を贔屓にしようかな」

「ありがとうございます。お近くにいらっしゃった折には、忘れずに、お立ち寄りを……」


ここで立礼。

宮廷での礼儀作法に倣う。

ボウ・アンド・スクレープだ。


流れるように手足が動いて、綺麗にポーズが定まった。

ガキの頃に叩き込まれた所作は、歳月が経っても覚えているものだ。


「ウハァー。そんなお辞儀をどこで習ったんだね。ワシはお貴族さまの屋敷に、迷い込んだのかと思ったぞ」

「そのようなご冗談を(おっしゃ)って……。わたしは、しがない屋台の売り子です。でも旦那さまにお褒め頂けて、恐悦(きょうえつ)です」

「ガハハハッ……。ワシの方が、恐悦至極だよ」

「うふふ」


下品にならぬ程度の笑みで、お客のジョークにも応じる。


「小父さん。もう一本、買っちゃおうかな……。ノエルちゃん、お薦めの味はどれかなぁー?」

「ソルトは如何でしょう。さっぱりとしたソルトなら、お肉本来の旨味を堪能していただけるかと……」

「んじゃ、ソルト三本!」

「ご注文ありがとうございます」


汚れた身なりの男性にも、分け隔てない態度で(うやうや)しく接する。

お客さまである以上、誰もが売り子より偉いのだ。

そう考えれば、自然と頭が下がる。


段々と楽しくなってきた。


「おやおや、可愛い子が居るじゃないか」

「見かけない子だな」

「オヤジの娘か?」

「そんな訳あるかぁー。ひとつも似てるところがないだろ!」

「だいたい、オヤジには品がない。あの子と比べりゃ、雲泥の差だろ」

「まあ、確かに……」


通りすがりの人々が、串焼きの屋台に集まってくる。


「焼き串、三本!甘辛ね!!」

「俺にもくれ。俺は四本な。ソルト、甘辛、スパイシーが二本」

「へい、お待ちを」

「オヤジに用はねぇんだよ。俺は売り子に声を掛けたんだ」

「すっこんでろ」

「そうだそうだ。オヤジはすっこんでろ。黙って肉を焼け!」


何故か屋台のオヤジが(なじ)られた。

フォローしたくともオレは男連中に囲まれて、お手上げ状態だ。


「俺の店なのに……」


屋台のオヤジは、悲しげにぼやいた。


「テメェのツラを鏡で見やがれ、あほんだら!お嬢さん、どこの娘さん?」


おいおい、お嬢さんって、まさかオレのことじゃないよな!?


「ムムッ」


これはもしかして……。

オレの役どころって、看板娘!?

屋台のオヤジも、オレを女だと思ってたのかよ。


言葉遣いとか、態度とか、グチグチと文句を垂れていたが、そう言うことか。


「フーム、ようやく腑に落ちたぞ」


腑に落ちても、納得はできなかった。



生れて初めて、労賃と言うものを貰った。

自分の時間を買われたような、何だか変な気分である。

自己責任で魔獣を狩り、剥ぎ取った素材を売るのと違って、手ごたえを感じられなかった。


「ウーム。声を出していただけで、働いた実感がない」


労賃を手にしながら、貰っても良いものか悩む。

詰まるところ、オレには労働が向いていないのだろう。


だがこれで、数日は木賃宿を追い出されずに済む。

屋台のオヤジから売れ残った肉を分けてもらい、晩飯もバッチリだ。


オレが女でないことは、黙っていた。

明日も雇ってもらえないと、生活に困るからだ。

卑怯だと思うが、騙そうとしたことは一度もないので許してもらいたい。


宿に着くと、オレの顔を見た女将さんが、ノシノシと近づいてきた。

木賃宿『すきま風』を切り盛りする女将さんの名は、サラ。

貫禄がある、太ましい女主人だ。

歳の頃は三十代前半だろう。


「ノエルちゃん。ノエルちゃん」


初対面の時から、サラさんはノエルちゃん呼びだ。

最初は馬鹿にされているのかと身構えたけれど、どうも様子が違った。


今なら、オレにも分かる。

オレはサラさんに、女だと思われていたのだ。

完璧に、頭から疑う余地もなく。


「アンタ、カルロスさんと知り合いなの?」

「ああ。親しいと言うほどではないけど……」

「何を言ってるんだ。親しくなけりゃ、こんな贈りものをしないだろ」

「うはぁー」


サラさんが示した大きな箱を見て、オレの口から驚きの声が漏れた。

『なんじゃ、これは……?』である。


「そう言うことはさー。前もって教えてくれないと困るよ」

「もしかすると、ヤクザ関係者は、お断りですか?」

「ちがう、ちがう。その逆だよ。カルロスさんの関係者から宿賃なんて取ったら、あたしゃ恩知らずだと噂されちまう」

「エェーッ?そうなの……」


そいつは驚きだ。


「カルロスさんは、マナドゥの名士だよ。あたしら貧乏人にも、手厚いお人さ。飢饉の時なんか、毎日のように炊き出しをして下さった。アンタも、カルロスさんにヤクザなんて言葉は使っちゃダメだよ。むしろ、あたしらから稼ぎを搾り取るのは、代官のリュシェール子爵さまさ。あれは、性根からして貴族(ヤクザ)だね」

「フーン」


オレはサラさんから大きな箱と手紙を受け取り、借りている部屋に向かった。


「しかし……。どこへ行っても、貴族は嫌われ者だな」


とくに下っ端は嫌われる。

上から嫌われ役を押し付けられるからな。

優秀な徴税官ともなれば、根性も捻じ曲がるってもんだ。


オレは粗末なベッドに箱を置き、手紙の封を切った。


ガーデンパーティーの招待状だった。

牙鬼王(モンスター)を狩るさいに同行させたい冒険者が居るなら、連れてくるようにと書いてあった。


「さてと……。お次は、この箱だが」


頑丈な革のベルトを外し、フタを開けると、幾つもの化粧箱が入っていた。

化粧箱だけでも値が張りそうだ。


「クルティーヌ商会って、確か魔装具を扱う老舗(しにせ)だよな。くっ。なんて贅沢な……」


化粧箱に刻印されていたのは、クルティーヌのロゴ。

筋肉剣士のオレでさえ知っている、魔法使い垂涎の魔装具工房である。

雑草を食ってメシの代わりにしようとしたオレには、とうてい理解できない贈りものだった。


「アミュレットや魔法の杖まで……。カルロスは、何を考えとるんだ!?」


大きめの化粧箱には、飛竜(ワイバーン)の革を素材にしたブーツが収められていた。

長い靴下や下着なども発掘された。


「ああ、そうか……。オレの発言が、誤解を招いたんだな」


『我に秘策あり』と聞いて、カルロスはオレが魔法使いだと誤認した。

死返し(ペイバック)』の隠密も、かなりインパクトが強かったのだろう。

あの日、意図して魔法使いを演じた自覚がある。


明らかにオレのせいだった。

だが、カルロスを乗り気にさせるには、仕方がなかったのだ。


「これを貰ってもなぁー」


オレに魔装具は使えない。

生れつき魔法使いに必要な才能を備えていなかったので、正式に魔法を学んだことがない。

誰でも使える魔道具ならオレだって普通に使えるが、カルロスの贈りものは魔法使い専用の高級品なのだ。


宝の持ち腐れだ。

使えるわけがなかった。


「売りたい。ぜぇーんぶ、売り払ってしまいたい。それで取引に支障を来さないなら……!」


ブーツの大きさがピッタリなのも、オレを落ち着かない気分にさせる。

いったい、いつどこで、足のサイズを調べさせたのやら。


「グヌヌヌヌッ……。カルロスのヤツ。隠密使いは、オレだけじゃないと言いたいのか……?なんて……、なんて、まわりくどい野郎だ」


これが交渉相手を威圧すべく仕組まれた示威行為の類なら、今すぐにでも売り払うのだが。

もし善意からの贈りものだとしたら、どうすればいいのだろう……?

長いこと腕力勝負で生きてきたオレには、難しすぎる。


「こなくそ!毒を食らわば皿までだ!!」


最後に開けた大きな箱からは、ゴージャスな長衣とフード付きのマントが出てきた。

要所にルーン文字の刺繍が施された、優美なデザインだ。


「まあ、流れからして、予想の範囲内だな!」


それは豪商と専属契約をして、自分を大魔導師さまとか呼ばせている魔法使いが身に着けたがる装備だった。

迷宮探索者からは、『高位魔法と備蓄魔素量のみを誇りとするカスども』と蔑まれている連中だ。

迷宮に潜る魔法使いの(ほとん)どは、目立たない魔法剣士のスタイルを取る。

フレンドリーファイアを恐れて、派手な魔法は使わない。


「だけど迷宮探索者の常識なんて、門外漢のカルロスに求めてもなぁー」


オレはフタを閉じて、ウーンと唸った。


「別段、深い意味はないか……。浮浪者みたいな恰好でガーデンパーティーに来るのは、止めろってことさ」


その浮浪者みたいな恰好が、迷宮探索者としての正式なスタイルなんだけど。

貴族も参加するかもしれない宴席だから、ここはカルロスのルールに従うのが正解だ。

そもそもガーデンパーティーの会場は、闇森の迷宮じゃない。


「だけどなー。『贈りものには罠がある』って、親父さまは口癖のように言ってたし……」


やはり、念には念を入れよだ。


〈ペイバック、残留思念を拾ってくれ!〉


オレの指示で、視界が切り替わった。

景色から色彩が省かれる。

狭い室内はモノトーンで表示され、ベッドの上に散らかった品々から、ゆっくりと金色の(もや)が立ちのぼった。

これで呪いの有無を調査できる。


「優しげな金色。イメージソースは実り。風に揺れる麦畑かな……?」


そこには、幸せを願う温もりが漂っているように感じられた。

親が庇護すべき子に向けた思いやりというか……。

何にせよ、オレには縁のない感情だ。


思いやりだと……!?


「さっ、錯覚だ。そんなこと、あるはずがないだろ!」


カルロスから送られて来た見当違いの品々が、想定外の『思いやり』でズンと重くなってしまった。


「どうしよう?」


世の中には、剣で殴っても解決できない案件が多すぎる。

そして筋肉信奉者だったオレは、自他ともに認めるひ弱ちゃんになってしまった。

今となっては、剣で殴って解決できる案件など、片手の指で数えるくらいしか残っていない。


「これって、カルロスに感謝の意を示さないと、(まず)いのかな?」


売り払うなんて、とんでもない話だった。

頭が痛い。




◇◇




「おい、クレア」

「あっ、ノエルさん。どうしましたか?」


オレはフローレンス聖女教会の施療院で働くクレアを訪ねた。

三馬鹿冒険者の求愛を避けるために、クレアは冒険者活動を休止して、施療院の回復師になった。

専属ではないので、かなり時間の自由が利くらしい。


「オマエ、勤務スケジュールはどうなってるの?」

「訊かないでください。お情けで、雇ってもらっているんです」


クレアの反応は鈍く、その瞳に生気はなかった。


「フーン。ヒマなのか」

「ええっ。身の置き所がないほど……。さっきから、戦争か、流行り病でも来てくれないかなって、祈ってました」

「縁起でもない。やめてくれ!」

「冗談です」


施療院でのお勤めは、ご奉仕だ。

給料などたかが知れている。

そのうえ暇なら、(さぞ)かし金に困っているだろう。


「四日後、開けられるか?」

「はい。でも、どうしたんですか?」

「ただ飯を食いに行こうと」

「開けます。いえ、開いています」


しおれた草みたいに項垂(うなだ)れていたクレアが、身体をピンと起こした。


「ところで……。これは例えばの話だけれど、治癒師の仕事があったら受けるか?」

「それはー。冒険者ギルドのお仕事ですか?」

「冒険者ギルドを通さない、個人的な依頼になる」

「規約違反ですね」

「そうなるな」

「うーん」


クレアが考え込んだ。


冒険者ギルドの労働環境は、クレアにとって最悪だ。

もはやギルドメンバーとして所属している旨味は、欠片もないはず。


「いま、Bランクなんですよね」

「すごいな」


それでも冒険者が冒険者ギルドを通さずに依頼を受けたなら、規約違反となる。


クレアが臨時でフローレンス聖女教会の手伝いを許されているのは、名目が奉仕活動だし、冒険者ギルドにしても文句がつけづらいからだ。

単純に力関係の問題である。

サレルノ教会だろうがフローレンス聖女教会だろうが、何処の宗派であろうと教会の権力は絶大なのだ。


「Bランクなのに、パンとスープしか食べれません」

「パーティーを組まなければ、そうなるな」

「治癒師って、世間から求められる職業ですよね」


だから冒険者ギルドも教会も、回復スキル所持者を甘やかし、大事に扱う。

クレアは明らかに特殊ケースだった。


「依頼を受けるなら、冒険者ギルドを辞めることになる」

「依頼者は、どなたでしょうか?」

「オレ」

「エェーッ。だって、ノエルさんは貧乏人ですよね」

「そうとも限らん」

「うそー。このまえ、ヤギみたいに草を食べてるところ、見ちゃいました。すぐばれる嘘はいけませんよ」

「オレの雇い主が、カルロス」

「…………へっ。カルロスさんって、あのカルロスさん?」

「カルロス・サヴォイア氏。裏社会のボス。ただ飯も、カルロスが催すガーデンパーティーだ」


クレアの目が丸くなった。


「いつの間に……。できる男は違いますね。カルロスさんと言えば、町の名士じゃありませんか」

「そうらしいな。オレ的には、ヤクザの親分だと思っていた」

「もの知らずにもほどがあります。だからラクロットさんなんかに刺されてしまうんです。そう言うところですよ。ノエルさん」


どういうところなのか、さっぱり分からん。

クレアに見えているものは、オレと違うらしい。


「あの方は、たくさん寄付して下さるんです」

「はぁ」


なんだ教会の話か。


「信心深い人は、神さまに目をかけて貰えます。日々の祈りは、人生を豊かなものにしてくれるのです」

「眉唾な話だな」

「まったく、もう。ノエルさんは、神に背を向けています。それでは運をつかめません」


自分は修道院から逃げ出したくせして、信仰心のなさで他人を責めるとは。

どこから来るんだ、その自信。


運。

運か!?


そう言えば、時を計る魔法具。

三馬鹿を追い払った謝礼として、クレアから貰った。

あれは魔法道具は、蚤の市で見つけた掘り出し物だとか言っていたな。

あのときは、魔道具に精通した目利きなんだろうと、軽く聞き流したのだが。


もしかして単なる運?


「オマエ、魔道具に詳しい?」

「へっ?実家には、高価な魔法具がたくさんありましたけど。詳しいかと訊かれたら、ちっとも。正直に白状するなら、ぜんぜん知りません」

「オレが貰った魔法具だけど、あれは幾らしたんだ?」

「エェーッ。それを訊く」

「幾らだよ」

「二千クローザ……。かなー?」


余りにも安いので、いい(よど)みやがった。


「それって、飲みしろより安くないか?」

「謝礼は金額でなく、気持ちです」


確かにオレは満足した。

だけど、それさえもクレアが意図したものではなかろう。


運だ。

それも、とびっきりの強運だ。

あの紛い物で溢れかえる蚤の市に出かけ、一発で当たりを引いてくる。


「教えてくれ。どうやって選んだ?」

「んーっ。なんとなく?」


クレアを只のお人好しと思うのは、間違いだった。

この女は、お人好しでいられるほど、幸運に恵まれているのだ。


「なんてこった。迂闊にも、これまで気づかなかったぜ」


もしかすると、オレはクレアの(ラック)に影響されて、依頼の話を持って来たのか?

くそーっ。

ドン引きしそうなほど、神懸っているじゃないか。

羨ましすぎる。


「オレも教会に通うか」

「うーん。教会は、あまり関係ないです」

「祈るだけか。だったら、どの神を崇めたら良いんだ?」

「仕方ありませんね。いつもお世話になっているノエルさんですから、特別に秘訣を教えちゃいます」


胡散臭い話だ。

そのうえ恩着せがましい態度なので、以前のオレなら強引に黙らせていただろう。

何度も死んだせいで、オレは性格が変わったのかも知れない。

明らかに弱くなっている。


「秘訣があるのか?」

「はい。秘訣とか言ったけど、簡単です。人気(にんき)のない神さまを拝むのが良いです」

「はぁ?」

「だって有名な神さまは忙しいから、個人の頼み事なんて聞いていられないんです」


なるほど。

国家が崇める神々は、豊穣や戦勝祈願などを請け負うんだな。

でもって、生きて帰りたいとか言う兵士の願いなど、聞いていられないと。

だとすれば教会に祀られている神々も、権力闘争とかで忙しそうだ。


分かった。

十全に理解した。

これまで幾ら祈ってもオレの願いが叶わなかったのは、祈る相手を間違えていたわけだ。


「歴代神名辞典って、知ってます?」

「知らん」

「わたしの宝物です。遠い昔に滅びてしまった国の神さまとかも載っていて、お薦めです」


いつになくクレアが得意そうだ。

この手の話は、真面目に聞いてくれる相手が居ないのだろう。

そもそも神学者にさえ聞かせられないような、異端に振り切った解釈である。


「力はあるが、信者を無くした神か?」

「いいえ、信者が消えれば神さまも無力化します。だけど無力化していても、個人の願いを叶えるくらいなら簡単にできるんです」

「その辞典、貸してくれ」

「貸すのは駄目です。でも、後で見せて上げますね」

「頼む」


オレは取り敢えず、クレアを拝んだ。


「それと……。先ほどの件ですが、謹んでお引き受けします。お給料は、たんまり弾んでくださいね。今日の午後にでも、冒険者ギルドを退会しておきます」

「了解した。では、四日後に」

「ガーデンパーティーで」


オレとクレアは、ガッチリと握手を交わした。




◇◇




ガーデンパーティーが催される日。

鳥の鳴き声が朝の到来を告げるより早く、オレはベッドの上で目を覚ました。

枕に頭を載せたまま動かした視線が、部屋の入口で止まる。

コンコンと扉をノックする、控えめな音が聞こえた。


「誰だ?」

「わたくしは、サヴォイア家に仕える闇烏(ヤミガラス)が一人、颯香(ふうか)にございます。ノエルさまの、お支度を手伝いに参りました」

「オシタク……?」


オレは眠い目を擦り、言葉の意味を考えた。


「ああ、ガーデンパーティーの身支度か」

「さようでございます」

「こんな時間からか……?」

「馬車での移動を考えますと、少し遅いくらいでございます」

「分かった。入ってくれ」


オレは毛布を撥ね退()けて、ベッドの端に座った。


「失礼いたします」


小間使いの黒い衣装を身に着けた美しい娘が、音もなく扉を開けて入ってきた。

だが、その足運びには独特の安定感があり、猫の忍び足に似て無音だった。

両手で大きなタライを抱えているのに、見事なものだ。

只の小間使いとは思えない。


ヤミガラスか……。

その名からして、おそらくは夜働きを得意とする間諜の類であろう。


「おはようございます。ノエルさま」


颯香(ふうか)と名乗った娘はタライを床に置き、オレと対峙した。


ローテーブルのランプに火が灯され、颯香(ふうか)の顔貌を見て取れるようになった。

颯香(ふうか)は艶のある黒髪を三つ編みにして、背中に垂らしていた。

黒髪を飾るホワイトプリムが似合っている。

瞳の色も黒く、目つきは鋭い。


地味で生真面目な性格を持つ娘。

その外見には、出来る小間使いの雰囲気があった。


でも、そんなものは単なる見せかけに過ぎない。


「オレのサイズを測ったのは、オマエか?」

「はい。殿の命を受け、たいそう苦労しました」

「殿?」

「殿とは、カルロスさまでございます」


ついと天井を仰ぎ、陶酔したような顔つきで颯香(ふうか)が答えた。


「どうやって調べたんだ?」

「と、申されますと?」

「オレの身体だよ」

「あーっ。それはもう、この両手を使いまして……。お休みの間に、すみからすみまで」

「ガァーッ。断りもなく、他人の身体を触るんじゃない!」

「わたくしはノエルさまが女性だと聞かされていたので、それはもう驚きました。真相をご報告したところ、殿もたいそう驚かれまして」


颯香(ふうか)が足元に視線を落とし、乙女のように恥じらって見せた。

なんて白々しい演技だ。

とぼけた娘である。


「これくらいの、小さな人形に会わなかったか?」

「いいえ」

「…………ッ!?」


何にせよ風花が役に立たないのは分かった。

あの精霊、留守番や見張りを頼んでいたのに、何処かをほっつき歩いている。

お説教をせねばなるまい。


「お時間がございませんので、さっそく身支度を」


そう言うなり、颯香(ふうか)はタライを示した。


「さっきから気になっていたんだが、そのタライは何なんだ?」

「お着替えの前に、ノエルさまには湯浴みをして頂きます」

「エェーッ!」

「薄汚れた身体のまま、ボサボサの髪で、殿が用意された衣装に着替えるおつもりですか?」

「いや、それが何か問題でも……」

「そのような真似、この颯香(ふうか)が許しません」

「エウッ!」


颯香(ふうか)にギロリと睨まれて、オレの金玉が縮み上がった。

とんでもなくヤバイ女が来た。


身分の高い貴族は、自分で身体を洗わない。

主人の世話を焼くのは、もっぱら小間使いの仕事である。


伯爵家で育ったオレにも、(いささ)か経験があった。

小間使いたちは自分の役目に誇りを持ち、意地でも譲ろうとしない。

『自分で出来るもん!』は、彼女たちを失望させる禁句だった。

忘れていた幼き日々の記憶が、脳裏に蘇る。


「どうしても……?」

「どうしてもです。ささ、寝間着を脱ぎましょう」


こうして、へたれたオレは真っ裸に剥かれ、木桶の中央にしゃがまされた。

颯香(ふうか)が魔法でお湯をだし、オレの全身を隅から隅まで洗い清める。


「お立ちください。両手を広げて、足を開く。股間を隠さない!」

「あぁ……」


石鹸で泡立ったスポンジを使い、尻やアソコまでモニュモニュされると、(くすぐ)ったいやら恥ずかしいやらで、ときおり意識が遠くなる。


いい歳こいて、オレは何をされているのか……?

これって他人に見られたら、とても(まず)い状況ではなかろうか……?


だが颯香(ふうか)は委細構わず、オレには意味の分からない作業を進めていく。

エプロンドレスのポケットから、アレヤコレヤを取り出し、次々と髪や肌に塗りたくる。


なんだ、あのポケットは。

どんだけ道具が入っているんだよ。

まさか、噂に聞く魔法カバンの類なのか……?


そんな考えも、颯香(ふうか)に下腹部を(こす)られるとと雲散霧消してしまう。

つるりと肌を撫でる素手の感触が、本気でヤバイ。


「なに、それ!?」

「香油です。お肌に潤いを与えます」

「あふぅ」


気持ち良すぎて、オレの口から変な声が漏れてしまった。


「ふぅー。ピカピカに磨き上げました」

「おう?」


スキンケアをされ、ヘアケアを施されたオレは、颯香(ふうか)の言葉通りピカピカに生まれ変わった。


やっと終わったかと思えば、お次は下着だ。

それを身につけたら、髪型を整えてから、顔を作るらしい。

長衣の着付けが最後になる。


「頭から被るタイプのお衣装でしたら、先に着ていただきます。今回は被らなくてもよいので、最後になります」

「なるほどー」


オレは肌着と七分丈のズボンを身に着け、靴下とブーツを履かされると、小さな椅子に座らされた。

肌着の素材は、南方から取り寄せられた質の良い木綿だった。

その肌触りときたら、ゆったりしっとりである。


「なにこれ……。シャツが気持ちいい」

「その気持ち、分かります。極細の綿糸をリブ編みにした、とってもお高い布地ですから」

「魔法か?」

「製法は秘密にされていますが、たぶん錬金術と魔法ですね。あのポワチエ紡績工房が開発した、新商品です」

「フーン」


そう言われても、オレにはさっぱり分からん。


颯香(ふうか)はオレの言葉に応じながら、テキパキと手を動かしていた。

ブラシ、クシ、ピン、リボンを使って、手際よく白い髪が纏められていく。

あっという間に編み込まれたサイドの髪が、宝石のついたピンでバランス良く頭部に留められる。


「よしよし……。わたくしの侍女スキルさえあれば、チョチョイのチョイと完成でございますわ」

「侍女スキル、あるんだ?」

「超一流の侍女スキルでございます。それでは、少しだけ目元を強調してから、唇に紅をさしましょう」

「えーっ。男は化粧なんてしないだろ」

「わたくしがやりたいのです」

「そう……」


オレは諦めて颯香(ふうか)に任せた。

その方が、言い争うより早く終わりそうに思えたからだ。



すっかり朝になった頃、ようやっと身支度とやらが完了した。

オレは宮廷魔導師風の衣装を身に纏った、高貴な大魔法使いさまになった。


「どうですか?」

「どうですかって……。誰これ!?」


颯香(ふうか)が取り出した手鏡に映るオレの姿は、ハッキリ言って別人だった。

弄られる前は単なる女顔だったのに、弄られた後は女にしか見えない顔になっていた。

しかも清楚で美しい、儚げで可憐なお嬢さまだ。


いやー。中身とのギャップが天と地だろ。

これは詐欺だ。


死返し(ペイバック)』の精霊は何をしてやがる。

完全復活のお題目は、何処へ消えたんだ。

せっせと鍛え上げたオレの身体を返してくれ。

あの生活苦が滲み出たような渋い顔だって、嫌いじゃなかったんだよ。


「素材が良いので、久々に腕を振るえました。完璧な出来栄えですわ」

「そう……」


ガーデンパーティーが始まるまえに、オレの気力は尽きた。

口から魂が抜けだしそうだ。

そして腹ペコだった。


オレは長衣の裾を踏まないように気を付けながら木賃宿の階段を降り、掃除中のサラさんに声を掛けた。

気心が知れた知人に、正直な感想を訊きたかったからだ。


「おはようございます」

「ウゲッ!?」


サラさんはオレに向き直ると、仰け反ったまま動かなくなった。

目を丸くして、あんぐりと口を開けたサラさんの顔は、何だか墓地で幽霊にあった人のようだ。

それを目にして、オレの不安が高まった。


恥ずかしくて顔が火照る。

今すぐ走って、自分の部屋に逃げ戻りたい。

だが、その気配を敏感に察した颯香(ふうか)が、しっかりとオレの背中を押さえた。


「ややっ。やっぱり、変だよな?」

「そんなことはございません。そこに居る女は驚いているだけです。この小汚い宿に宮廷魔導師さまが現れたら、誰だって言葉をなくすに決まっています」

「宮廷魔導師さまって……。宮廷魔導師さまに見える?」

「宮廷魔導師さまでなければ、若くて見目麗しい賢者さまですね」

「賢者さま……!?」


颯香(ふうか)は超一流の侍女を自認するだけあって、人を(おだ)てるのも上手(うま)かった。

自己認識がオッサンのオレに、グイグイと意識変革を迫ってくる。

アンタはもう、オッサンだったノエルじゃないんだと。

もっと賢く立ち回れと。


「宮廷魔導師さまと言うか、魔法使いゴッコに夢中なお嬢さま?」

「絶世の美少女です」


次第にオレも、中身を外見に添わせた方が生きやすいのではないか?と、思えてきた。


一々他人に、姿が変わったことを説明するのは面倒くさい。

これからは相手から(たず)ねられたときだけ、正直に男性(オッサン)だと答えよう。

だって面倒くさいモン。


そもそも人は、オレが何を言ってみところで、自分の信じたいものしか信じない。

そいつらのために労を払い、男であることを証明して見せるのは、幾らなんでも違うと思う。

相手の誤解を解くために、オレから個室に誘ってズボンを脱いで見せるとか、絵面的にも勘弁してもらいたい。


もう男でも女でも、いーじゃん。

そこは受け手の自己責任で、良しとしよう。


「さあ、馬車を待たせてあります。顔を上げて、背筋を伸ばしましょう。これより出発します」

「よぉーし、行くとするか!」

「宮廷魔導師さま。長衣の裾には、注意してくださいませ。足元に(から)まります」

「ありがとう颯香(ふうか)さん。気を付けます」


オレは覚悟を決めて、木賃宿の外に足を踏み出した。


気合を入れろ。

豪勢な肉料理が、オレの到着を待っている。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ