裏切者:ノエル視点
「なぜ……?」
オレは腹部から突き出した剣先を握り、震える声で相棒に訊ねた。
激烈な傷の痛みで、声が震える。
「何故ってオマエ。覇道の剣なんてもんが、見つかったからに決まってる。誰だって、お宝は独り占めしたいだろ?」
平静を装ったラクロットの声が、オレの背後から聞こえてきた。
その非情な台詞に、自分の耳を疑いたくなる。
「ラクロット! オ・マ・エ……、レアな高額アイテム欲しさに、長年連れ添った……、仲間を刺すのか!?」
「はっ。覇道の剣とクソみたいな相棒を比べたら、天秤はどっちに傾くよ?考えるまでもないだろ。油断して刺されたオマエが、大間抜けなんだよ」
「ふざけんな!!」
ラクロットの理不尽な仕打ちに、言いたいことは山ほどあるのだが、腹に力が入らず声にならない。
煮えくり返るような怒りはあるけれど、予期せぬ死への恐怖が遥かに勝った。
傷口から流れ出す血が止まらない。
「その剣は、餞別にくれてやる。オマエの腹に刺さったショートソードな。あの世で、大切に使ってくれ。俺は、こっちの覇道の剣をもらうぜ」
「貴様ぁー!」
覇道の剣はキメラが守護する朽ち果てた神殿に、ひっそりと祀られていた宝剣だ。
神聖武具辞典によれば伝説級のアーティファクトで、所有者の徳性をズンと上げてくれるらしい。
オレとラクロットの二人で十数年も闇森の迷宮を探索して、ようやく見つけた本物のレアアイテムだった。
商業ギルドの競売にかければ、二人で分けても一生豪遊して暮らせる金額となっただろう。
しかし覇道の剣を振るい、己の運命を切り拓こうと欲するなら、ここで所有者を決める必要があった。
覇道の剣は一振りで、オレたちは二人だ。
最も単純な解決方法は、オレたちの頭数を一人にすること。
ラクロットは、オレを邪魔者と考えた訳だ。
そう推理するしかなかった。
「ちくしょう……。裏切者め!」
オレは愚かだ。
分不相応な財宝は人の心を狂わせる。
気心の知れた仲間だからと、油断してはいけなかったのだ。
「ノエル、オマエは貧乏神だ。オマエとコンビさえ組まなけりゃ、あと五年は早くお宝を手に入れられたと思うね」
ラクロットは鼻梁から左頬へと走る傷跡を指先でなぞりながら、すました顔で嘯く。
「そんなこと……、根拠のない言いがかりだろ!」
「いいや。オマエは生まれついての滓さ。何をしても上手く行かない、ハズレ野郎だ。俺が言うんだから間違いないね。現に、こんなチャンスを目の前にして、その有様じゃねぇーか。【栄光の剣】は、本日をもって解散しようぜ」
ラクロットのスカーフェイスが、残忍な笑みで歪んだ。
「…………ふっ、ふざけるな!」
オレを悪者扱いか……。
自分で刺しておいて、何という言い草だ。
腹が熱い。
心臓はドクドクと脈打ち、下半身から力が抜けて行く。
それなのに回復薬が、一本も残っていない。
傷を塞いでくれる治療薬もなかった。
『栄光の剣』のメンバーは、オレとラクロットの二人だけなので、助けてくれる治癒師も居ない。
「少しは自覚を持てよ。オマエは糞に集るハエだ。オマエと一緒にいると、糞ばかり引き当てる。オマエが生きているだけで、そばにいる奴が迷惑するんだよ。分ったかカス!」
「ラクロット……!!!」
「冒険者にはなぁー。ラックが必要なのさ。俺さまのような強運が」
腹部から溢れだした血が、ズボンを濡らす。
背中から串刺しにされ、どう見ても致命傷である。
どれだけ鍛え上げた肉体であろうと、これでは助からない。
しかもここは、モンスターが徘徊する迷宮の深層だった。
「まったく、やれやれだぜ。依頼人と会うときには身ぎれいにしろだの、風呂に入れだの、ハンカチくらい持てとか……。オマエは、俺のおふくろか!? キショイんだよ!!」
「なっ、なんだと……」
こいつ……。
契約相手から侮られないようにと、オレが口喧しく注意したことを根に持っていたのか!?
「はぁーっ。これで清々した」
「ラクロット……。オレを助けないと後悔するぞぉー。今ならまだ、間に合う。許してやらんでもない」
「冗談じゃねぇ! そんな安っぽい嘘で、この俺さまを騙せるとでも思ってんのかぁー? オマエは、ここでくたばるんだよ」
「…………っ」
悔しいがラクロットの言う通りだ。
ここでオレを助けたりすれば、ラクロットは殺人犯として追及される危険性を抱え込む。
たとえ卑屈に拝み倒しても、ラクロットが助けてくれる可能性はない。
「あばよ、カス。これまで世話になったな」
ラクロットは覇道の剣を拾い上げ、無防備な背中を見せた。
とどめを刺すまでもなく、オレを無力化できたと確信しているからだ。
オレは地面に膝をつき、倒れ伏した。
「くそう。くそう……。行くな。戻って来い!」
こうなれば死なばもろともの覚悟で、ラクロットに一太刀浴びせたい。
だけど、その余力が僅かな時間経過とともに消えていく。
「ぐぁぁーっ!」
身じろぎするだけで焼けつくような傷の痛みに、じっとりと脂汗が滲む。
「ウヒャヒャヒャヒャ……。ようやく俺にも、運が向いてきたぜ。ガハハハッ……!」
ラクロットの笑い声が、闇の中に遠ざかる。
それなのに致命傷を負わされたオレには、追いかける術さえない。
微かな明かりを追って視線を向けると、そこにはオレの腰から零れ落ちた魔光石があった。
その先には、ラクロットと協力して倒したキメラの死体。
これまでにない、見事な連携だった。
クソ野郎め。
「信じてたのに……」
考え得る限り最悪の窮地にあって、オレには一枚だけ手札が残されていた。
誰にも話したことがない、最後の切り札。
それは精霊の封印を解くことだ。
オレの身体に棲みついた精霊は、復活の属性を持つ。
不死鳥を頂点とする不死属の傍系。
『死返し』の精霊である。
これが字義通りの不死であるなら、何も問題はない。
死に至るダメージでも、たちどころに回復してくれるとか、夢のような話だ。
だが、『死返し』の精霊が力を発揮するのは、宿主の死後である。
その力は宿主を完全復活させ、死因となる攻撃を加えた敵に、死を返す。
つまり精霊の力を使うには、前提として死に至るダメージを喰らい、きちんと死ぬ必要があった。
即死なら良いが、そうでない場合は相当に苦しまねばならない。
自死では、精霊の力が発動しないからだ。
殺されなければ使えない力。
そんな力をありがたがる奴は居ない。
だからオレは、これまで『死返し』の精霊を封印してきた。
当然だろ。
真偽も定かでない過去の文献に、誰が自分の命を懸けたがるか?
死を体験しなければ確認できないとか、冗談ではない。
でも絶体絶命の危機に瀕した現在、今この時。
自力では死を避けられないのだから、この不確かな力に縋るとしよう。
これまで助け合ってきた相棒を殺すことに、躊躇いなどない。
ヤツが先に、オレの背中を刺したんだ。
因果応報の定めに則り、死んで詫びるがよい。
〈目覚めろペイバック!〉
オレは封印の首飾りを千切って、投げ捨てた。
「おおぉ……」
封印を解除された『死返し』の精霊が、オレの全身に融合していく。
その感覚に、オレは一発逆転への希望を抱いた。
「ふっ。残念だったなラクロット。訳も分からずにくたばって、吠え面かきやがれ……。アハハ!」
悶絶しそうな痛みに顔を引き攣らせながら、かつての友を嘲る。
その声は酷く弱々しく、掠れていた。
裏切者に復讐を……。
「……ッ! イテェ!?」
耳に激痛が走った。
針で突き刺されるような、鋭い痛みだ。
痛む部位を手で探ると、へばりついていた蟲が転げ落ちる。
「くっ。死肉あさりか……」
迷宮の掃除屋スカベンジャーは、血の臭いを嗅ぎつけて集まる。
力尽き、地面に横たわったオレの身体は、大小さまざまな蟲に囲まれていた。
おそらくは、キメラの死骸が大量の死肉あさりを招き寄せたのだろう。
既にキメラは死肉あさりに覆いつくされ、蟲の山だ。
「ちっ、ちくしょぉー!!」
蟲どもは、弱ったオレを生きたまま喰らうつもりだ。
逃げたくても身体が動かない。
「なんてこった」
ヤバい。
最悪の事態だ。
「ヤメろぉー」
スカベンジャーどもが死因を上書きすべく、オレの身体に喰らいついた。
『死返し』のターゲットはラクロットから外され、止めの一撃を加えた一匹の蟲に変更される。
「ヒィッ!!」
視界は霞み、意識が薄れていく。
「ウゴッ! ガフッ……」
『死返し』の精霊は、目覚めたばかりの幼体である。
オレが何を望んでいるのか、分かるはずもない。
そもそも精霊には精霊のルールがあり、オレの都合など二の次だろう。
オレは死ぬ。
ラクロットに復讐の刃は届かない。
バカが……。
攻撃手段もない蟲けらの癖しやがって、オレの邪魔をするんじゃねぇー。
やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!
「……カフッ」
まだ幼い精霊は、眼前の巨大な蟲に死を返した。
◇◇
目覚めると気が狂うほどの痛みや失血による悪寒は、嘘のように消え失せていた。
「くっ……。傷が綺麗に塞がっている」
実に不思議な力だった。
まるで時間を巻き戻したかのように、腹と背中から傷が消えていた。
「ラクロット……。オレの命を奪えずに、残念だったな!」
オレを貫いたはずの忌まわしいショートソードが脇に落ちていたので、手に取って投げ捨てた。
「おおっ……。危ない」
立ち上がろうとしたオレは、背負ったバスタードソードの重さにバランスを崩し、倒れそうになった。
先ほどまで死んでいたのだから、本調子ではないのだろう。
「おかしいな。剣が妙に重い」
だが、奇跡の如く復活したのだ。
よろめいたくらいで文句は言うまい。
「それより、魔石だ」
ラクロットは、倒したキメラから素材を剥ぎ取って行かなかった。
キメラは死肉あさりに食い荒らされていたけれど、骨と魔石が残っているはずだ。
「うほーっ。これまでにないほど、見事な魔石だ」
一撃で魔獣を倒すと、損傷の少ない魔石が手に入る。
小さなダメージを重ねて倒した魔獣は、粉々に砕けた魔石しか残さない。
大物討伐で傷が少ない魔石は、言うまでもなく値打ち物だった。
「んっ?」
ふと気になるものが、視界の隅をよぎった。
「なんだあれは……?」
あの巨大な蟲が、無残な姿で転がっていた。
オレの注意を引いたのは、その甲殻から転げ落ちた魔石のような物体である。
魔獣は例外なく体内に魔核を持つ。
魔核は魔獣が死ぬと、冷たい魔石となってしまう。
それが研究者たちの定説である。
「心拍のように、規則正しく明滅している。脈動なのか……?」
魔石では、起こり得ない現象だった。
「何てことだ。『死返し』の精霊に倒された魔獣は、魔核を残すのか……」
生きた魔石。
魔核なんてものは、これまでに見た覚えがない。
オークションに掛けたら、いったい幾らで落札されるだろうか……?
「これを持ち帰らんアホは、冒険者じゃない!」
何しろオレは、裏切者のラクロットに復讐しなければならない。
となれば、軍資金は幾らあっても足りないくらいだ。
「男として、冒険者として、あいつに過ちを償わせる」
ただ、斯く斯くしかじかと法廷で申し述べたとしても、ラクロットは何ひとつ罪を認めまい。
だから、この問題は単純な勝ち負けになる。
善悪の問題ではなかった。
「どちらがカスか、徹底的に思い知らせてやる」
勝ち負けの問題だから、ラクロットに勝利することで、ようやく『オマエこそ糞に集るハエだ!』と言い返せる。
詰まるところ、ルール無き殺し合いだ。
「ワハハハハ……。ハズレ野郎は、オマエだ。もう、決まったようなものさ!」
巨大な蟲の魔核を拾い背嚢に詰めたオレは、頭の中でラクロットをボコボコにして、ほくそ笑んだ。
なので背後から忍び寄る気配には、全く気付かずにいた。
「ウギャァァァァァァァァァァァァァァァァーッ!!!」
それは先ほど倒したキメラより、一回りほど大きなキメラだった。
どうやら忘れ去られた神殿を中心とする一帯には、キメラの群が巣食っていたようだ。
囮役のラクロットが居ないので、どう足掻いてもオレに勝ち目はない。
「げふっ!」
オレは二度目の死を経験した。




