錆びた希望
王都ルミナス。
数ヶ月の旅の末、ミナはこの巨大都市に辿り着いた。
彼女はここで、「願望機」を破壊できる力を持った人間を探し回った。
だが、結果は散々だった。
騎士団に訴えても「頭のおかしい女」と門前払いされ、冒険者ギルドで依頼を出しても、帝都の結界を破るという荒唐無稽な話に乗る者はいなかった。
「……また、同じなのね」
路地裏で雨宿りをしながら、ミナは膝を抱えた。
ここにあるのは、帝都とは違う種類の「拒絶」だった。
帝都の人々は微笑みながら真実から目を背けていたが、ここの人々は嘲笑しながら真実を否定する。
どちらも根っこは同じだ。
今の平穏を乱されたくない。
見たくないものは見ない。
煌びやかな鎧を着た騎士も、名を上げた冒険者も、結局はこの「平和ボケした世界」の住人でしかなかった。
彼らのような「まともな人間」には、あの狂った楽園を壊すことなどできない。
(毒には毒を。……狂気には狂気をぶつけなければ、あの壁は壊せない)
そんな時だった。
酒場の換気窓から、酔っ払い達の下卑た話し声が漏れ聞こえてきた。
「聞いたか? あの『暁の英雄』アルドの噂」
「ああ、辺境のバルクって町で、毎日泥酔してるらしいな」
「聖剣が錆びついて抜けなくなったんだとよ。……ザマァねえな、英雄の成れの果てが」
嘲笑う男たち。
だが、ミナはその言葉に、雷に打たれたような衝撃を受けた。
元英雄。
錆びついた聖剣。
抜けなくなった刃。
それは、その男がこの平和な世界に適合できず、過去の戦いと痛みを捨てきれなかった証拠ではないか?
周囲が忘れ去った「痛み」を、その剣だけが記憶し続けているのではないか?
綺麗に磨かれた剣を持つ騎士よりも、泥にまみれて錆びついた剣を背負う男の方が、今の帝都の「虚飾」を切り裂ける唯一の『鈍器』になり得るのではないか?
(……その男なら)
ミナは直感した。
自分が探していたのは、正義の味方じゃない。
自分と同じ、世界からはじき出された「異物」なのだと。
◇
数週間後。辺境の町バルク。
冷たい雨が降る夜だった。
この町特有の、骨まで冷やすような陰鬱な雨だ。
夜の闇に沈む町は死んだように静かで、雨音だけが支配している。
ミナは、路地裏の陰に佇んでいた。
その視線の先、泥濘んだ道を、一人の男が歩いている。
無精髭を生やし、死んだ魚のような目をした、薄汚れた男。
その背中には、赤茶けた鉄屑のような剣が、呪いのようにへばりついている。
惨めだ。
救いようがないほど落ちぶれている。
けれど、その背中は雄弁だった。
「俺はここには馴染めない」と、全身で世界を拒絶している。
ミナにはその背中が、どんな宝石よりも輝いて見えた。
あれは、彼が抗い、苦しみ、それでも生きてきた証だ。
彼こそが、私が探していた「共犯者」。
「……見つけた」
ミナは雨に濡れたフードを直し、覚悟を決めた。
「……誰だ」
男が、面倒くさそうにこちらを振り返る。
その目が合った瞬間、ミナの旅は終わり、そして新たな物語が始まった。




