第6話
両親の家に着いたのは、夕方だった。
空港から車で四十分ほど。住宅街を抜けて、少し木の多いエリアに入ったところにある。
「相変わらず広いね」
助手席でそう言うと、父がバックミラー越しに笑った。
母は後部座席で、「庭、少し手入れしたのよ」と嬉しそうに言う。
私にとっては、ただの“両親の家”だ。
懐かしさも、感慨も、特別な感情はあまり湧かない。
恒一は、いつも通り無難に受け答えをしていた。
愛想よく、でも出しゃばらず。
こういう場面での振る舞いだけは、昔から上手かった。
家に入ると、母はすぐに客間を案内してくれた。
「二人で使っていいから」と、当たり前のように言う。
私は特に何も思わず、スーツケースを置いた。
恒一も黙ってそれに続く。
夜は簡単な食事だった。
時差のせいで、頭が少しぼんやりしている。
父の仕事の話、母の近所付き合いの話。
私は適当に相槌を打ち、恒一は適度に笑う。
「夫婦で来てくれて嬉しいわ」
母がそう言ったとき、私は特に反応しなかった。
訂正する必要も感じなかったし、今さら説明する気もなかった。
四日間は、あっという間に過ぎていった。
翌日はスーパーに連れて行ってもらった。
アメリカらしい広さで、歩いているだけで少し疲れる。
「何か欲しいものある?」
母に聞かれて、
「特にないかな」と答える。
恒一は、私の歩く速度に自然と合わせていた。
前に出るでもなく、遅れるでもなく。
それを見て、何かを思うほどの感情はなかった。
ただ、邪魔じゃない、と思っただけ。
別の日は、庭でバーベキューをした。
父がグリルの前に立ち、恒一も手伝う。
肉の焼き加減を確認しながら、二人で話している。
仕事の話だろうか。内容は聞いていなかった。
芝生の上に置かれた椅子に座り、私は空を見上げた。
日本より空が広い。
それだけのこと。
夜は、部屋で過ごす時間が多かった。
同じ部屋で、別々にスマホを見たり、本を読んだり。
会話はほとんどない。
それで困ることもなかった。
三日目の夜、ベッドに横になりながら、私は健太からのメッセージに返信していた。
《どう?アメリカ》
《楽しんでる?》
《まあまあ》
《思ったより普通》
少し間が空いて、また通知が鳴る。
《夫婦で行ってるんだよね》
《正直、嫌なんだけど》
私は天井を見たまま、返事を考える。
面倒だな、と思った。
《仕方ないでしょ》
《親の用事だし》
それ以上、話を広げる気はなかった。
健太は、感情をそのまま言葉にするタイプだ。
良く言えば正直、悪く言えば重い。
《でもさ》
《俺、待ってる立場なんだよ?》
その一文に、少しだけため息が出た。
《今それ言われても困る》
《帰ったら話そう》
送信して、スマホを伏せる。
そのとき、視界の端で、恒一がこちらを見ているのに気づいた。
「……誰?」
声は低く、でも静かだった。
「健太」
正直に答えた。
隠す理由もなかった。




